王子に求婚されましたが、貴方の番は私ではありません ~なりすまし少女の逃亡と葛藤~

浅海 景

文字の大きさ
27 / 31
第1.5章

意地悪な姉

しおりを挟む
『お姉ちゃんは悪い子だから、一緒には暮らせないんだよ』

ミラはずっとずっとお姉ちゃんが欲しかった。
だから、実はヴィオラという姉がいるということを知った時には、嬉しくてたまらなかったのに、お母さんから困ったように眉を顰めてそう告げられたのだ。
お姉ちゃんができたと思ったミラにとって、それは天国から地獄に落とされたような気分だった。

お母さんが悲しそうだったから、お姉ちゃんのことを聞いちゃいけないのかなと思って、他の人たちに聞いてみたけど、お姉ちゃんは悪い子で、ミラのことが嫌いだから近づいちゃいけないって言われてしまった。
しょんぼりと落ち込むミラを少し年上の子たちが、内緒だと言ってこっそり森に連れていってくれた。

草むらからのぞくと、ミラと同じような茶色の髪の女の子が地面に座り込んで、何やら手を動かしている。
あれがヴィオラだよ、と隣にいた男の子が小声で教えてくれる。わくわくしながら待っていたが、一向に顔を上げないことにミラは痺れを切らして飛び出して、お姉ちゃんの元へと駆け寄った。
突然現れたミラに驚いたように目を瞠るお姉ちゃんは、とてもきれいな緑色の瞳をしていて、ますますお姉ちゃんのことが好きになった。

「お姉ちゃん!」
「……ミラ、どうしてこんなところにいるの?一人で森に入るのは危ないと言われているんじゃない?」

せっかく会いに来たのにお姉ちゃんはちっとも嬉しそうではなく、困ったように眉を寄せているのを見て、ミラはとても悲しくなってしまった。

「うわああああああん!お姉ちゃんの意地悪!」
「ミラに何をした!お前みたいな悪い奴、やっつけてやる!」

わんわんとミラが泣いている間に、お姉ちゃんがいなくなって男の子たちが得意げな笑みを浮かべていた。

「ミラは俺たちが守ってやるからな」
「……うん、ありがと」

お姉ちゃんともっと話してみたかったけど、一緒に来てくれた子たちはミラを守ってくれたのだ。お礼を言うと嬉しそうな子たちを見て、ミラは自分が間違っていなかったのだと思った。

お姉ちゃんは意地悪だから仕方がない。
お姉ちゃんはミラのことが嫌いだけど、ミラはお姉ちゃんのことが好き。
だから、いつか仲良くできればいいな。

「お姉ちゃんが、貴族のお姫様の婚約者を横取りした……?」

伯爵家から使いを名乗る人が両親に話すのをこっそり聞いていたミラは、びっくりしてしまった。
お姉ちゃんの本当のお母さんは、お母さんからお父さんを奪った悪い人だ。だからお姉ちゃんは愛されて生まれてきたミラを憎んでいるのだと、13歳になったミラは知っている。

(きっとお姉ちゃんは寂しくて、他の人の婚約者に手を出したんだ……)

ミラを殺そうとしたのもお父さんとお母さんの愛情が欲しかったから。

「可哀想なお姉ちゃん……」

ミラはお姉ちゃんのこと、好きでいてあげているのに。

だからミラはお父さんとお母さんを説得したのだ。これ以上お姉ちゃんが他の人の迷惑になっちゃいけないし、私たちはそれでも家族なのだからお姉ちゃんを許してあげなくちゃいけない。
お姉ちゃんだってきっと分かってくれるはずだ。
そう信じていたのに――。

会いに来たミラにお姉ちゃんは困った顔をした。一緒にいる人は護衛だと聞いていたけど、お姉ちゃんが不安そうにその人を見ているのに、カチンときた。妹であるミラよりも護衛の人を信頼しているようで面白くない。
だからちゃんと教えてあげたのだ。お姉ちゃんはきっと王子様にも護衛の人にも嘘を吐いているに違いない。だって意地悪なお姉ちゃんを好きになるなんて思えなかったから。

「虚言癖があるのはどっちだ。ヴィオを傷つけることは許さない」

本性を知られてしまったことで逃げ出したというのに、護衛の人は怖い顔で言い放つと、お姉ちゃんの後を追って出ていってしまった。
心配してやってきたお父さんに話すとミラは悪くないと言ってくれたのだから、やっぱりお姉ちゃんのせいだろう。
きっとミラたち家族のことを悪く言って同情を引いたに違いない。
お姉ちゃんなのに困ったものだ。

荷物がなければ戻ってくるだろうとお姉ちゃんの部屋に通してもらったが、大した荷物はない。乾燥した植物、ノート、財布や僅かな着替えの中に一つだけ違うもの――ボロボロだが丁寧に繕ったぬいぐるみがあった。
見たことはないが、年季の入ったぬいぐるみはきっとお姉ちゃんの大事な物なのだと分かった。

伯爵様がお姉ちゃんのいる場所に案内してくれるというので、それを持っていくことにしたのは、大事な物なら保管してあげようと思ったからだ。お姉ちゃんもきっとミラを褒めてくれるに違いない。
そんなミラの期待はあっけなく破られることになった。

「――お前が言うことを聞かないなら、もう二度と家族として受け入れられない」

お父さんにも反抗的な態度を取り続けるお姉ちゃんに、お父さんも我慢の限界だったようだ。その言葉にミラも驚いたが、お姉ちゃんが不安と焦りを浮かべているのを見てようやく気付いたのだと思った。
家族なのだからと遠慮せずに時には厳しいことを言うほうがお姉ちゃんには効果的だったのだろう。

それなのに王子様が変なことを言いだしたせいで、お姉ちゃんはあっさりと家族を捨てた。そればかりか、護衛の人が新しいお父さんになると言い出してそれを受け入れたのだ。
意味が分からない。

(……お姉ちゃんは私を、私たちを捨てるの?)

お姉ちゃんが意地悪しなかったら一緒にいられたのに。
どうして王子様も護衛の人もお姉ちゃんばかりを庇うのだろう。お姉ちゃんのことを何も知らないくせに。

お父さんは押し黙ってしまい、この国の王子様まで出てきてお姉ちゃんが別の家族になる手続きがどんどん進んでしまう。

(……お姉ちゃんも私の気持ちなんてどうでもいいんだ)

そう思ったら悲しくて悔しくて、どうしようもなく腹立たしい気分になってぬいぐるみを見せると、必死な表情で返してほしいと訴える。
ミラには見せたことのない表情――ただのぬいぐるみがミラよりも大事にされているという事実に苛々した気持ちが爆発した。

お姉ちゃんも少しは思い知ればいい、そんな気持ちで放り投げたぬいぐるみを王子様が追いかけて視界から消えた時は、息が止まりそうなほどびっくりしたが、何事もなかったかのように戻ってきたのだから、大したことではなかったのだろう。
それなのにお姉ちゃんはミラばかりを責めて、突き放した。

「お父さん、どうしてお姉ちゃんを叱らないの?!勝手なことして迷惑を掛けてばかりなのに、どうして大切にされるの?他の家族になっちゃうの?」
「ミラ、やめなさい!ヴィオラは……いや、間違っていたのは私たちだったのかもしれない。あの子の話を聞かずに、遠ざけた……」

お父さんは青ざめた顔でぼそぼそと後悔の言葉を口にしたが、ミラは納得できない。
悪いことをしてなければ、そう言えばいい。意地悪じゃなければミラのことだって受け入れて優しくしてくれたはずだ。
村の人たちも薬師がいなくなったとお母さんとお父さんを責めているが、あんなにお姉ちゃんのことを嫌っていたのにミラたちのせいにするのは間違っている。
悪いのはお姉ちゃんだ。

「そうね。貴女は悪くないわ。教えてくれてありがとう」

お父さんもお母さんも最近はミラがお姉ちゃんの話をすると叱ったり窘めてばかりなので、ミラは少しだけ得意げな気分になった。
話のお礼にと銀貨をくれた女性は、お姉ちゃんに似た緑色の瞳を細めて微笑んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】そんなに嫌いなら婚約破棄して下さい! と口にした後、婚約者が記憶喪失になりまして

Rohdea
恋愛
──ある日、婚約者が記憶喪失になりました。 伯爵令嬢のアリーチェには、幼い頃からの想い人でもある婚約者のエドワードがいる。 幼馴染でもある彼は、ある日を境に無口で無愛想な人に変わってしまっていた。 素っ気無い態度を取られても一途にエドワードを想ってきたアリーチェだったけど、 ある日、つい心にも無い言葉……婚約破棄を口走ってしまう。 だけど、その事を謝る前にエドワードが事故にあってしまい、目を覚ました彼はこれまでの記憶を全て失っていた。 記憶を失ったエドワードは、まるで昔の彼に戻ったかのように優しく、 また婚約者のアリーチェを一途に愛してくれるようになったけど──…… そしてある日、一人の女性がエドワードを訪ねて来る。 ※婚約者をざまぁする話ではありません ※2022.1.1 “謎の女”が登場したのでタグ追加しました

元公爵令嬢、愛を知る

アズやっこ
恋愛
私はラナベル。元公爵令嬢で第一王子の元婚約者だった。 繰り返される断罪、 ようやく修道院で私は楽園を得た。 シスターは俗世と関わりを持てと言う。でも私は俗世なんて興味もない。 私は修道院でこの楽園の中で過ごしたいだけ。 なのに… ❈ 作者独自の世界観です。 ❈ 公爵令嬢の何度も繰り返す断罪の続編です。

ある公爵令嬢の死に様

鈴木 桜
恋愛
彼女は生まれた時から死ぬことが決まっていた。 まもなく迎える18歳の誕生日、国を守るために神にささげられる生贄となる。 だが、彼女は言った。 「私は、死にたくないの。 ──悪いけど、付き合ってもらうわよ」 かくして始まった、強引で無茶な逃亡劇。 生真面目な騎士と、死にたくない令嬢が、少しずつ心を通わせながら 自分たちの運命と世界の秘密に向き合っていく──。

何年も相手にしてくれなかったのに…今更迫られても困ります

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のアンジュは、子供の頃から大好きだった幼馴染のデイビッドに5度目の婚約を申し込むものの、断られてしまう。さすがに5度目という事もあり、父親からも諦める様言われてしまった。 自分でも分かっている、もう潮時なのだと。そんな中父親から、留学の話を持ち掛けられた。環境を変えれば、気持ちも落ち着くのではないかと。 彼のいない場所に行けば、彼を忘れられるかもしれない。でも、王都から出た事のない自分が、誰も知らない異国でうまくやっていけるのか…そんな不安から、返事をする事が出来なかった。 そんな中、侯爵令嬢のラミネスから、自分とデイビッドは愛し合っている。彼が騎士団長になる事が決まった暁には、自分と婚約をする事が決まっていると聞かされたのだ。 大きなショックを受けたアンジュは、ついに留学をする事を決意。専属メイドのカリアを連れ、1人留学の先のミラージュ王国に向かったのだが…

全部私が悪いのです

久留茶
恋愛
ある出来事が原因でオーディール男爵家の長女ジュディス(20歳)の婚約者を横取りする形となってしまったオーディール男爵家の次女オフィーリア(18歳)。 姉の元婚約者である王国騎士団所属の色男エドガー・アーバン伯爵子息(22歳)は姉への気持ちが断ち切れず、彼女と別れる原因となったオフィーリアを結婚後も恨み続け、妻となったオフィーリアに対して辛く当たる日々が続いていた。 世間からも姉の婚約者を奪った『欲深いオフィーリア』と悪名を轟かせるオフィーリアに果たして幸せは訪れるのだろうか……。 *全18話完結となっています。 *大分イライラする場面が多いと思われますので苦手な方はご注意下さい。 *後半まで読んで頂ければ救いはあります(多分)。 *この作品は他誌にも掲載中です。

嘘つくつもりはなかったんです!お願いだから忘れて欲しいのにもう遅い。王子様は異世界転生娘を溺愛しているみたいだけどちょっと勘弁して欲しい。

季邑 えり
恋愛
異世界転生した記憶をもつリアリム伯爵令嬢は、自他ともに認めるイザベラ公爵令嬢の腰ぎんちゃく。  今日もイザベラ嬢をよいしょするつもりが、うっかりして「王子様は理想的な結婚相手だ」と言ってしまった。それを偶然に聞いた王子は、早速リアリムを婚約者候補に入れてしまう。  王子様狙いのイザベラ嬢に睨まれたらたまらない。何とかして婚約者になることから逃れたいリアリムと、そんなリアリムにロックオンして何とかして婚約者にしたい王子。  婚約者候補から逃れるために、偽りの恋人役を知り合いの騎士にお願いすることにしたのだけど…なんとこの騎士も一筋縄ではいかなかった!  おとぼけ転生娘と、麗しい王子様の恋愛ラブコメディー…のはず。  イラストはベアしゅう様に描いていただきました。

傷付いた騎士なんて要らないと妹は言った~残念ながら、変わってしまった関係は元には戻りません~

キョウキョウ
恋愛
ディアヌ・モリエールの妹であるエレーヌ・モリエールは、とてもワガママな性格だった。 両親もエレーヌの意見や行動を第一に優先して、姉であるディアヌのことは雑に扱った。 ある日、エレーヌの婚約者だったジョセフ・ラングロワという騎士が仕事中に大怪我を負った。 全身を包帯で巻き、1人では歩けないほどの重症だという。 エレーヌは婚約者であるジョセフのことを少しも心配せず、要らなくなったと姉のディアヌに看病を押し付けた。 ついでに、婚約関係まで押し付けようと両親に頼み込む。 こうして、出会うことになったディアヌとジョセフの物語。

【完結】義妹(ヒロイン)の邪魔をすることに致します

凛 伊緒
恋愛
伯爵令嬢へレア・セルティラス、15歳の彼女には1つ下の妹が出来た。その妹は義妹であり、伯爵家現当主たる父が養子にした元平民だったのだ。 自分は『ヒロイン』だと言い出し、王族や有力者などに近付く義妹。さらにはへレアが尊敬している公爵令嬢メリーア・シェルラートを『悪役令嬢』と呼ぶ始末。 このままではメリーアが義妹に陥れられると知ったへレアは、計画の全てを阻止していく── ─義妹が異なる世界からの転生者だと知った、元から『乙女ゲーム』の世界にいる人物側の物語─

処理中です...