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第1章
厄介な訪問者
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「やっと会えた……。どうか俺と結婚してくれないだろうか」
僅かに掠れた声には熱がこもり、その眼差しは蕩けそうなほど甘い。夜闇のような艶やかな髪、菫色の瞳は宝石のように美しく輝いている。すらりとした体躯に明らかに高級な衣装を身に纏う美貌の青年に、ヴィオラはドアを開けたことを後悔した。
(…………詐欺ね)
明らかに初対面であるのに、意味深な言葉とともに求婚されたヴィオラの警戒心は一気に高まった。
一度見かけたら忘れられないほどの外見と雰囲気なのだ。押し売り、あるいは悪趣味な人買いの類なのかもしれない。
普通はこんな年季の入った家の住人から金品を巻き上げようなど考えないだろうが、物事には例外というものがある。
無言でドアを閉めようとしたヴィオラだが、青年は焦ったような表情を浮かべると素早くドアを押さえて叫んだ。
「待ってくれ、君の顔が見えなくなる!いや、まず話を聞いてくれないか?」
迂闊に会話してしまえば、言葉巧みに騙されてしまうかもしれない。そもそも相手が一人だけでない可能性もある。
(不用心だったわね。ヴィーは私が護らないと!)
反省を後回しにしてヴィオラは渾身の力を込めて扉を閉めようとするのだが、相手が男性のせいかびくともしない。
「決して怪しい者ではないんだ!ああ、そんなに力を入れると君の手が傷ついてしまう。そんなことになったら俺は耐えられない!」
(じゃあ、離しなさいよ!)
心の中で必死に訴えるが、青年は諦める気はないらしく扉の内側へと身体を滑り込ませようとする。
家の中まで入り込まれたらおしまいだ。腕力で敵うはずもなく、武器になるような物も近くにない。自分の迂闊さを呪いながらも腕の力は限界で、隙を見て逃げ出すしかないと諦めかけた時、外から焦ったような声が聞こえた。
「お待ちください、カイル様!それでは不審者と変わりありませんよ!」
その声に青年はぴたりと動きを止めて振り返る。それでもドアを閉じることは出来なかったが、常識的な判断が出来そうな人物の介入にヴィオラは少しだけ安堵して力を抜いたのだった。
「こちらはロドリニア国の王太子であられるカイル様です。決して不審者などではございませんので、どうか勘違いなさいませんよう」
「……それは、大変失礼いたしました。突然見知らぬ方が訊ねてこられたので、こちらとしても困惑してしまって……。非礼のほど深くお詫び申し上げます」
後から現れたライリーと名乗る男性の説明に、ヴィオラは困ったことになったと内心頭を抱えた。ロドリニアと言えば、大陸の中でも繁栄している大国である。そんな国の王族相手に随分と失礼な態度を取ったことを考えれば、不敬罪に問われてもおかしくない。
「いや、あれは俺が悪かったのだ。番に会えた喜びのあまり、我を忘れてしまい怖い思いをさせてしまったな。本当にすまない」
カイルの言葉に引っかかりを覚えたのも束の間、深く頭を下げられてヴィオラは悲鳴を上げそうになった。王族が平民相手に簡単に頭を下げることなどない。
「どうか頭を上げてくださいませ!私のほうこそ話を聞かずに失礼な態度を取って申し訳ございません」
「どちらかと言えば殿下のほうに問題がありますが、話が進まないのでお互い様ということで。よろしいですね?」
有無を言わせぬライリーの声音にヴィオラはこくこくと頷いた。淡々とした口調と平坦な表情から悪意は感じなかったが、王太子相手に物怖じしない発言をするあたりライリーも上位貴族に属する人間なのだろう。
不興を買ってしまえば厳重な処罰を与えられる立場の人間を前に嫌でも緊張が高まった。
「ライリー、俺の番が怯えている。ところで君の名前を聞いても?」
「……ヴィオラと申します」
またつがいという言葉が聞こえて、ヴィオラは嫌な予感を覚えながらも何とか自分の名を口にする。
「ヴィオラ、ヴィオラか。名前まで愛らしいなんて俺の番は可愛すぎる……」
(どうしよう、すっごく見られてる……)
もともと他人と関わる機会などそう多くはない。平民ならともかく見つめてくる相手は他国の王太子で、さらにその眼差しには明らかに熱がこもっているとあっては、そんな場合ではないのに勝手に頬が熱くなる。
少し冷静になろうとヴィオラは正面のカイルから顔を逸らし、ライリーへと視線を送った。この状況を説明してくれるのはきっと彼のほうだろう。
「ヴィオラ……まさかライリーの容姿のほうが好みなのだろうか……?」
しゅんとした声音にカイルを見れば、先ほどまでの恍惚とした表情から一転し、縋るような眼差しを向けている。
「え……いえ、そういう訳では………」
否定しかけたものの、それはそれでライリーに失礼ではないかと言葉に詰まるヴィオラにカイルは絶望的な呻き声を漏らす。
「殿下がさっさと事情を説明されないからでしょう。番様相手に平静を保つことが難しければ、私が代わりにお伝えしますが?」
「分かった、俺が悪かったから子供扱いするな。――ヴィオラ、ロドリニア国について少し説明させてくれ」
ヴィオラの瞳をじっと見つめながら、カイルはロドリニア国の成り立ちと番について語り始めたのだった。
僅かに掠れた声には熱がこもり、その眼差しは蕩けそうなほど甘い。夜闇のような艶やかな髪、菫色の瞳は宝石のように美しく輝いている。すらりとした体躯に明らかに高級な衣装を身に纏う美貌の青年に、ヴィオラはドアを開けたことを後悔した。
(…………詐欺ね)
明らかに初対面であるのに、意味深な言葉とともに求婚されたヴィオラの警戒心は一気に高まった。
一度見かけたら忘れられないほどの外見と雰囲気なのだ。押し売り、あるいは悪趣味な人買いの類なのかもしれない。
普通はこんな年季の入った家の住人から金品を巻き上げようなど考えないだろうが、物事には例外というものがある。
無言でドアを閉めようとしたヴィオラだが、青年は焦ったような表情を浮かべると素早くドアを押さえて叫んだ。
「待ってくれ、君の顔が見えなくなる!いや、まず話を聞いてくれないか?」
迂闊に会話してしまえば、言葉巧みに騙されてしまうかもしれない。そもそも相手が一人だけでない可能性もある。
(不用心だったわね。ヴィーは私が護らないと!)
反省を後回しにしてヴィオラは渾身の力を込めて扉を閉めようとするのだが、相手が男性のせいかびくともしない。
「決して怪しい者ではないんだ!ああ、そんなに力を入れると君の手が傷ついてしまう。そんなことになったら俺は耐えられない!」
(じゃあ、離しなさいよ!)
心の中で必死に訴えるが、青年は諦める気はないらしく扉の内側へと身体を滑り込ませようとする。
家の中まで入り込まれたらおしまいだ。腕力で敵うはずもなく、武器になるような物も近くにない。自分の迂闊さを呪いながらも腕の力は限界で、隙を見て逃げ出すしかないと諦めかけた時、外から焦ったような声が聞こえた。
「お待ちください、カイル様!それでは不審者と変わりありませんよ!」
その声に青年はぴたりと動きを止めて振り返る。それでもドアを閉じることは出来なかったが、常識的な判断が出来そうな人物の介入にヴィオラは少しだけ安堵して力を抜いたのだった。
「こちらはロドリニア国の王太子であられるカイル様です。決して不審者などではございませんので、どうか勘違いなさいませんよう」
「……それは、大変失礼いたしました。突然見知らぬ方が訊ねてこられたので、こちらとしても困惑してしまって……。非礼のほど深くお詫び申し上げます」
後から現れたライリーと名乗る男性の説明に、ヴィオラは困ったことになったと内心頭を抱えた。ロドリニアと言えば、大陸の中でも繁栄している大国である。そんな国の王族相手に随分と失礼な態度を取ったことを考えれば、不敬罪に問われてもおかしくない。
「いや、あれは俺が悪かったのだ。番に会えた喜びのあまり、我を忘れてしまい怖い思いをさせてしまったな。本当にすまない」
カイルの言葉に引っかかりを覚えたのも束の間、深く頭を下げられてヴィオラは悲鳴を上げそうになった。王族が平民相手に簡単に頭を下げることなどない。
「どうか頭を上げてくださいませ!私のほうこそ話を聞かずに失礼な態度を取って申し訳ございません」
「どちらかと言えば殿下のほうに問題がありますが、話が進まないのでお互い様ということで。よろしいですね?」
有無を言わせぬライリーの声音にヴィオラはこくこくと頷いた。淡々とした口調と平坦な表情から悪意は感じなかったが、王太子相手に物怖じしない発言をするあたりライリーも上位貴族に属する人間なのだろう。
不興を買ってしまえば厳重な処罰を与えられる立場の人間を前に嫌でも緊張が高まった。
「ライリー、俺の番が怯えている。ところで君の名前を聞いても?」
「……ヴィオラと申します」
またつがいという言葉が聞こえて、ヴィオラは嫌な予感を覚えながらも何とか自分の名を口にする。
「ヴィオラ、ヴィオラか。名前まで愛らしいなんて俺の番は可愛すぎる……」
(どうしよう、すっごく見られてる……)
もともと他人と関わる機会などそう多くはない。平民ならともかく見つめてくる相手は他国の王太子で、さらにその眼差しには明らかに熱がこもっているとあっては、そんな場合ではないのに勝手に頬が熱くなる。
少し冷静になろうとヴィオラは正面のカイルから顔を逸らし、ライリーへと視線を送った。この状況を説明してくれるのはきっと彼のほうだろう。
「ヴィオラ……まさかライリーの容姿のほうが好みなのだろうか……?」
しゅんとした声音にカイルを見れば、先ほどまでの恍惚とした表情から一転し、縋るような眼差しを向けている。
「え……いえ、そういう訳では………」
否定しかけたものの、それはそれでライリーに失礼ではないかと言葉に詰まるヴィオラにカイルは絶望的な呻き声を漏らす。
「殿下がさっさと事情を説明されないからでしょう。番様相手に平静を保つことが難しければ、私が代わりにお伝えしますが?」
「分かった、俺が悪かったから子供扱いするな。――ヴィオラ、ロドリニア国について少し説明させてくれ」
ヴィオラの瞳をじっと見つめながら、カイルはロドリニア国の成り立ちと番について語り始めたのだった。
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