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第1章
破格の提案
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「災難だったな。――よく頑張った」
話を聞き終えたレイはそう言ってヴィオラの頭を撫でた。その優しい手つきに思わず涙が出そうになるのを堪えて、ヴィオラはレイに訊ねた。
「……信じてくれるんですか?」
流石に固有名詞を出すのはまずいとカイルの名前と国名、それから王族であることは伏せて話したが、ヴィオラ自身説明しながらも現実味に欠ける話だと思ってしまったぐらいだ。
ヴィオラはヴィーが可愛いと思っているものの、お洒落で美しい貴族令嬢と比較するのはおこがましいだろう。
「俺がラトカでヴィオが気になったのは、どこか怯えた雰囲気があったからだ。家族や雇用主から虐待されて逃げているんじゃないかと心配になって声を掛けたんだが、まさか命を狙われてるとはな」
真剣な口調に苦々しさが混じって、ヴィオラははっとした。厄介事に巻き込まれたと後悔しているのかもしれない。
善意を仇で返すような真似はしたくなかった。
「誤魔化してくれてありがとうございました。あの、大したお礼も出来ませんが、良かったらこちらを受け取ってください。これ以上迷惑を掛けないうちに失礼しますね」
常備していた傷薬を押し付けるように渡して、立ち去ろうとするヴィオラの腕をレイはがしりと掴む。
「待て、一人になるのは危険だ。別に迷惑とかそういうことじゃない。どうやってヴィオの身の安全を確保するか考えていただけだ。取り敢えず何か食事を頼むぞ。夜分に出掛けるのは控えた方がいい。ほら、座りなさい」
窘めるように言われて、ヴィオラは立ち去るタイミングを失ってしまい素直に元の位置に戻った。満足そうに頷いたレイはヴィオラの好みを聞き、素早く店員に注文を済ませてしまうと豪快に杯を呷る。
冒険者らしい仕草なのに決して粗野には見えず、気持ちの良い飲みっぷりは思わず見入ってしまうほどだ。
「行く当てはあるのか?」
徐に尋ねられてヴィオラは少しだけ言葉に詰まったものの、結局は正直に答えることにした。
「しばらくは、ルストールにいようと思っています」
「ああ、あそこなら悪くない選択だな。人の行き来が多い場所だし、他国との交流も盛んでいざという時に逃げやすい」
そういう側面もあるのだなと納得していると、食事が届いた。予め作り置きしておいた料理もあるのだろうが、随分と早い。
「後の話は食事を済ませてからだな。食べないと身体が持たないぞ」
そう言ってレイはどんどんと料理を皿に取り分けて、ヴィオラの前に置いた。ちらりとお金の不安がよぎったが、頼んでしまったものは仕方がない。レイの言う通り、何をするにも身体が資本だ。
久し振りに誰かと一緒に摂る食事は何だかとても心地よくて、ヴィオラは束の間不安を忘れて食事を楽しんだのだった。
「さて、行先が決まったのはいいが、ルストールに親戚がいるわけでもないんだろう?仕事の伝手はあるのか?」
事情を話した時点で、馬車に乗るために嘘を吐いたとバレるのは仕方がないが、少し決まりが悪い。
「……はい。一応薬の調合が出来るので薬師見習いで雇ってもらうか、薬草収集などで凌げればと考えています」
「ヴィオの年齢で調合まで出来るのはすごいな。これもヴィオが作ったのか?」
先程押し付けた薬の瓶を持ち上げたレイに、こくりと頷く。
「師匠が生きていた頃に作ったものだから、品質に間違いありません」
ヴィオラが一人で作った薬も馴染みの薬屋からは問題ないと言われているものの、身体に作用するものだから、不安に思うのも無理はない。
「もしヴィオがこれと同じ傷薬を10本用意できるなら、ルストールまで護衛として連れて行ってやろう。材料がなければすぐじゃなくても構わない。いつか必ず渡してくれると約束してくれるならそれでいい」
ルストールまで早くても3日は掛かる。道中でわざわざ護衛を雇えば、恐らく金貨10枚は必要だろう。ヴィオの傷薬は銀貨1枚ぐらいの値段でしかなく、10本用意しても金貨1枚にしかならないので全然釣り合わない。
破格の申し出に目を瞬かせていると、レイはふっと柔らかく微笑んだ。
「俺もどのみちルストール経由で国に戻るところだったんだ。それに、成人にも達していない子供を見殺しには出来ないからな」
「あ、ありがとうございます。……えっと、成人していないと分かったのは、やっぱり見た目でしょうか?」
ぎこちなくお礼を言いながらも、気になったことを訊ねると、レイは得意げに口の端を上げた。
「こう見えても人の嘘には敏感な性質なんでね。年齢は嘘を吐いていたが、切実な様子や家出じゃないというのは本当だと分かったから口出ししたんだ」
「……ごめんなさい。本当は今年で16才になります……」
見抜かれていたのに堂々と嘘を吐いていたことが恥ずかしくなり、小さくなりながらも謝るとレイからまた頭を撫でられた。
「突然命を狙われたんだから誰も信用できないのが当然だ。怖かったよな。ヴィオはよく頑張ったと思うぞ」
優しい声に今度こそ涙がぽろりと落ちた。こんな場所で泣いていたら目立ってしまう、と息を止めたと同時に頭に何かが被せられる。
「周囲からは見えないから大丈夫だ。落ち着くまで被っていろ」
レイがマントを被せてくれたのだと分かって、また一粒涙がこぼれる。緊張の糸が解けたせいではなく、レイの優しさが胸にじわりと広がっていく。
少しだけ自分の弱さを許すことにしたヴィオラは、我慢を止めて静かに涙を流したのだった。
話を聞き終えたレイはそう言ってヴィオラの頭を撫でた。その優しい手つきに思わず涙が出そうになるのを堪えて、ヴィオラはレイに訊ねた。
「……信じてくれるんですか?」
流石に固有名詞を出すのはまずいとカイルの名前と国名、それから王族であることは伏せて話したが、ヴィオラ自身説明しながらも現実味に欠ける話だと思ってしまったぐらいだ。
ヴィオラはヴィーが可愛いと思っているものの、お洒落で美しい貴族令嬢と比較するのはおこがましいだろう。
「俺がラトカでヴィオが気になったのは、どこか怯えた雰囲気があったからだ。家族や雇用主から虐待されて逃げているんじゃないかと心配になって声を掛けたんだが、まさか命を狙われてるとはな」
真剣な口調に苦々しさが混じって、ヴィオラははっとした。厄介事に巻き込まれたと後悔しているのかもしれない。
善意を仇で返すような真似はしたくなかった。
「誤魔化してくれてありがとうございました。あの、大したお礼も出来ませんが、良かったらこちらを受け取ってください。これ以上迷惑を掛けないうちに失礼しますね」
常備していた傷薬を押し付けるように渡して、立ち去ろうとするヴィオラの腕をレイはがしりと掴む。
「待て、一人になるのは危険だ。別に迷惑とかそういうことじゃない。どうやってヴィオの身の安全を確保するか考えていただけだ。取り敢えず何か食事を頼むぞ。夜分に出掛けるのは控えた方がいい。ほら、座りなさい」
窘めるように言われて、ヴィオラは立ち去るタイミングを失ってしまい素直に元の位置に戻った。満足そうに頷いたレイはヴィオラの好みを聞き、素早く店員に注文を済ませてしまうと豪快に杯を呷る。
冒険者らしい仕草なのに決して粗野には見えず、気持ちの良い飲みっぷりは思わず見入ってしまうほどだ。
「行く当てはあるのか?」
徐に尋ねられてヴィオラは少しだけ言葉に詰まったものの、結局は正直に答えることにした。
「しばらくは、ルストールにいようと思っています」
「ああ、あそこなら悪くない選択だな。人の行き来が多い場所だし、他国との交流も盛んでいざという時に逃げやすい」
そういう側面もあるのだなと納得していると、食事が届いた。予め作り置きしておいた料理もあるのだろうが、随分と早い。
「後の話は食事を済ませてからだな。食べないと身体が持たないぞ」
そう言ってレイはどんどんと料理を皿に取り分けて、ヴィオラの前に置いた。ちらりとお金の不安がよぎったが、頼んでしまったものは仕方がない。レイの言う通り、何をするにも身体が資本だ。
久し振りに誰かと一緒に摂る食事は何だかとても心地よくて、ヴィオラは束の間不安を忘れて食事を楽しんだのだった。
「さて、行先が決まったのはいいが、ルストールに親戚がいるわけでもないんだろう?仕事の伝手はあるのか?」
事情を話した時点で、馬車に乗るために嘘を吐いたとバレるのは仕方がないが、少し決まりが悪い。
「……はい。一応薬の調合が出来るので薬師見習いで雇ってもらうか、薬草収集などで凌げればと考えています」
「ヴィオの年齢で調合まで出来るのはすごいな。これもヴィオが作ったのか?」
先程押し付けた薬の瓶を持ち上げたレイに、こくりと頷く。
「師匠が生きていた頃に作ったものだから、品質に間違いありません」
ヴィオラが一人で作った薬も馴染みの薬屋からは問題ないと言われているものの、身体に作用するものだから、不安に思うのも無理はない。
「もしヴィオがこれと同じ傷薬を10本用意できるなら、ルストールまで護衛として連れて行ってやろう。材料がなければすぐじゃなくても構わない。いつか必ず渡してくれると約束してくれるならそれでいい」
ルストールまで早くても3日は掛かる。道中でわざわざ護衛を雇えば、恐らく金貨10枚は必要だろう。ヴィオの傷薬は銀貨1枚ぐらいの値段でしかなく、10本用意しても金貨1枚にしかならないので全然釣り合わない。
破格の申し出に目を瞬かせていると、レイはふっと柔らかく微笑んだ。
「俺もどのみちルストール経由で国に戻るところだったんだ。それに、成人にも達していない子供を見殺しには出来ないからな」
「あ、ありがとうございます。……えっと、成人していないと分かったのは、やっぱり見た目でしょうか?」
ぎこちなくお礼を言いながらも、気になったことを訊ねると、レイは得意げに口の端を上げた。
「こう見えても人の嘘には敏感な性質なんでね。年齢は嘘を吐いていたが、切実な様子や家出じゃないというのは本当だと分かったから口出ししたんだ」
「……ごめんなさい。本当は今年で16才になります……」
見抜かれていたのに堂々と嘘を吐いていたことが恥ずかしくなり、小さくなりながらも謝るとレイからまた頭を撫でられた。
「突然命を狙われたんだから誰も信用できないのが当然だ。怖かったよな。ヴィオはよく頑張ったと思うぞ」
優しい声に今度こそ涙がぽろりと落ちた。こんな場所で泣いていたら目立ってしまう、と息を止めたと同時に頭に何かが被せられる。
「周囲からは見えないから大丈夫だ。落ち着くまで被っていろ」
レイがマントを被せてくれたのだと分かって、また一粒涙がこぼれる。緊張の糸が解けたせいではなく、レイの優しさが胸にじわりと広がっていく。
少しだけ自分の弱さを許すことにしたヴィオラは、我慢を止めて静かに涙を流したのだった。
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