引きこもり少女、御子になる~お世話係は過保護な王子様~

浅海 景

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目覚めても夢の中?

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『ごめんなさい、私の――子。貴女をきっと――――から。どうか――』

誰かが謝っている声が聞こえて、透花の意識が僅かに浮上した。慈しむような優しくて、でも辛そうな声。似ていないのに母の声だと思ったのは、そこに愛情を感じ取ったからかもしれない。

『大丈夫。心配してくれてありがとう』

透花は声にならない声で答える。それでも何故か伝わったと信じて疑わなかった。
悲しそうな気配が消えて、ふわりと温かいものが流れ込んでくる。心地よさと安心感に身を委ねながら、透花はまた意識を手放した。


温かな毛布がふっとなくなった感覚に、透花の意識はゆるゆると浮上する。熟睡した後のような満ち足りた感覚に頬を緩ませながら瞼を開く。

「御子様、お目覚めでございますか?ご気分はいかがでしょうか?」

聞き覚えのない声にきょとんとしながら、透花は声のした方向に顔を動かし、固まった。
さらりと揺れるアッシュブロンドと瑠璃色の瞳が鮮やかな青年が立っている。その色彩と美しさに思わず見惚れていると、穏やかな笑みを浮かべていた青年は目を瞠り、驚きの表情へと変わった。

その様子に我に返った透花は慌てて両手で顔を覆う。目の前の人物が誰なのかよりも、自分の瞳を晒してしまったほうが遥かに問題だった。

「――御子様、大丈夫ですか?もしや御目に障りでもございますか?」

焦ったような声が近づいてきて、透花は混乱したまま声を上げた。

「っ、嫌!見ないで!」

頭を抱えて蹲りながら、透花は泣きそうな気分になった。しっかりと目が合ってしまったのだから、この気持ち悪い瞳は相手にも良く見えてしまっただろう。

(あんな綺麗な人にこんな醜いものを見せてしまった)

優しそうな人だったけど、彼もきっと透花を不愉快に思っただろう。あからさまに嫌な顔はされなかったが、呆気にとられたような表情はどう反応していいか分からなかったのかもしれない。

「――皆、伏せよ。御子様、許可なくご尊顔を拝しましたこと、深くお詫び申し上げます。ご気分を害してしまい、申し訳ございませんでした」

否定の言葉を覚悟していた透花だが、真摯な口調で詫びる言葉が聞こえてきて強張っていた身体から力が抜ける。
そうすると今度は透花に丁重な言葉づかいで話しかけてくる青年のことが気になった。まるで身分が高い人への対応のようだが、彼は誰かと透花を勘違いしているのだろうか。

目を伏せたままそっと顔を上げれば、跪いた状態で深く頭を下げた青年の姿が目に入った。

「っ!」

驚きのあまり顔を上げてしまった透花が周囲を見渡せば、扉の近くに同じように膝を付き深々と頭を下げている人たちがいて息を呑む。

(何で?……私が見ないでって言ったから?)

顔は見えないが透花の知り合いでもないし、たとえ知っている人たちであっても透花の言うことに耳を傾ける必要などない。
やはり人違いをしているとしか思えないが、透花が該当の人物でないと判明したら彼らはどう思うだろうか。
その時の反応を考えればぞっとする。

「や、止めてください。ごめんなさい。わたし……私、違うんです!」

しどろもどろになりながらも、透花は声を掛けてくれた青年の前に座り込んで必死に頭を下げた。

(ごめんなさい、ごめんなさい)

訳が分からないまま透花は土下座をするように額を床にくっつけて、謝罪の意思を示した。

「っ、御子様!私どもにそのようなことをなさいませんよう」
「違います、私はミコ様じゃありません。私は透花です。人違いですみません」

必死に謝罪をしながらも透花の頭にはいくつもの疑問が浮かんできた。

(あの時、頭を打って倒れたはずなのに……ここはどこ?)

明らかに自室ではない場所だが、病院でもないようだ。大切にしていたスノードームが床に落ちる瞬間の光景も、鈍い音も鮮明に覚えている。それなのに頭だけではなく身体中に感じていた痛みも全くないのだ。

(私はもしかしてあの時死んでしまった?それともこれは夢なのかな?)

夢であればいつかは覚める。辛くて苦しい現実に戻ることを考えれば憂鬱で堪らない。
夢の中でさえ自分を必要とされず他人に間違われているのだと思えば、悲しさと不安に透花の瞳から涙がこぼれた。

「御子様、いえ、トーカ様と仰るのですね。私はフィルと申します。こちらの配慮が足りず申し訳ございません。ご説明をさせていただきますので、場所を移しても構わないでしょうか?」

気遣うような気配に僅かに身を起こして頷けば、身体が浮き上がる感覚に透花は反射的に目を閉じた。

「御身に触れるご無礼をお許しください」
「あの、下ろしてください。歩けますから」

透花が声を上げた直後に頭に何かを被せられて周囲が暗くなった。

「御身を他者の目に触れさせないよう、私がお運びいたしますのでご安心ください」

先ほどの透花の言動を慮ってくれたのだろう。見られたくない気持ちはあるが怪我をしたわけでもないのに運んでもらうのは行き過ぎだ。
どうしたものかと迷っているうちに、フィルと名乗った青年は危うげのない足取りで歩きだした。

(でも……これが夢なら、甘えてもいいのかもしれない)

いつもであればそんな風に思わなかったのだろうが、状況の変化に心が追い付かず透花は考えを放棄した。

壊れ物のように大切に抱きかかえられるなんて、いつ振りだろう。
少しだけくすぐったい気持ちになりながら、ほのかに伝わる温もりに透花は肩の力を抜いた。
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