引きこもり少女、御子になる~お世話係は過保護な王子様~

浅海 景

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ドレスと決意

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「夢じゃなかった……」

肌触りの良いシーツに包まれたまま、透花は深い溜息を吐いた。
昨日は情報量の多さに圧倒されて流されるようにこの状態を受け入れてしまったが、やはり自分なんかが御子だとは思えない。
それなのにこの国の第一王子であるフィルは透花を丁重に扱ってくれるのだ。

そんな雲の上の人に傅かれ、下僕にして欲しいと言われた時には、逃げ出したいぐらい怖かった。それほどに求めているのに透花が御子ではなかったと判明すれば、どれほどの落胆と怒りを覚えるのだろう。
いっそ下僕になれと言われたほうがまだましだった。一国の王子の申し出を断るのは恐ろしかったがそれだけはやめてほしいと懇願したところ、最終的にはお世話係ということで落ち着いた。

だが一晩経って考えれば、言い方が違うだけであまり変わらない気がして、透花はまた溜息を吐く。

(王子様にお世話されるなんて、身の程知らずにも程があるわ)

ただでさえ他人と関わるのが苦手なのに、身分の高い人を相手にするなんて恐怖でしかない。フィルは透花を御子だと信じているが、きっとすぐに間違いに気づくだろう。
優しく穏やかな声が不機嫌に自分を糾弾する声に変わることを考えれば、胸が重くなる。

(仕方ないよね。私は要らない子なんだから)

ふっくらと弾力のあるベッドから下りて、顔を洗うため洗面室に向かう。ホテルのスイートルームのような広々とした部屋には、生活に必要な者はほとんど揃っている。キッチンだけは簡素なものだが、希望があれば改装するとフィルから事も無げに言われて慌てて首を横に振った。

タオルで顔を拭けばピカピカに磨かれた鏡に映った自分と目が合いかけて、すぐに逸らす。
色の異なる瞳は嫌悪の対象――異端の証だ。

『あんたの目がまともだったら、パパもママも仲良しなのに』
『とーかちゃんの目、こわい!』

透花は常に嫌われ者だった。生まれ持ったものだからどうしようもないと思いながらも、どこかに自分を受け入れてくれる人がいるのではないか、そんな甘い夢を見ていたのは中学生までだ。

『そんな目で見ないで。もう透花とは一緒にいたくないの』

友人だと思っていた相手からの言葉を思い出すたびに、胸が痛む。
だが彼女のおかげで透花は現実を受け入れて叶わぬ願いに手を伸ばさなくなった。期待することを止めれば傷つくこともなく、分を弁えていれば相手の不興を買うこともない。

(大丈夫。分かってるから勘違いなんてしない)

部屋に戻ればタイミングよくノックの音がした。洗面室にいて気づかなかったのかもしれない、と透花は慌てて扉を開ける。
長い前髪で瞳は隠れるし、俯けばそう簡単に見えないので嫌な気分にさせることはないだろう。

「トーカ様、おはようございます。ご気分はいかがですか」

柔らかな口調のミレーに、トーカは優しい笑顔を思い浮かべる。見えなくても温もりが伝わってくるのは彼女の人柄ゆえだろう。

「おはようございます、ミレーさん」
「ご不便はございませんか?いま温かいお茶をご用意しますからね」

目を合わさず気の利いた会話も出来ない透花に呆れた様子もなく、ミレーは手際よくお茶を淹れると、カーテンを開けクローゼットへと向かう。任せきりなことに居たたまれなさを覚えるが、今の透花に出来ることはなく大人しくしておくことにした。

(勝手なことをしたら、きっとまた困らせちゃうから)

昨日もミレーは着替えや食事の準備など細やかに世話を焼いてくれた。お世話係となったフィルだが、自分だけでは不便だろうとベテランの侍女を手配してくれたのだ。

流石に同性であっても入浴の手伝いは恥ずかしくて断ったのだが、貴族の令嬢では普通のことらしい。透花のいた世界ではそんな習慣はないからと必死で断った結果、一人で済ませたものの、二人はひどく心配しているようだった。
浴室の使い方も元の世界とほとんど変わらなかったし、子供ではないのだと思いながらも気を揉ませてしまったことが申し訳ない。

「トーカ様、御召し物はいかがいたしますか?」

ミレーが用意してくれたドレスはどれも素敵だったが、自分が着るとなると話は別だ。ドレスだって透花に着られるとがっかりしてしまうのではないか、そう思ってしまうほど不釣り合いなドレスに透花が口ごもってしまうと、ミレーはクローゼットに案内してくれた。

「ゆっくり選んでいただいて大丈夫ですからね」

ミレーの言葉から気遣いを感じられたが、透花は自分で服を選んだことがなかった。母が買い与えてくれるものも、いつからか菜々花のお下がりになり、自分の好みも似あう服装も分からない。

選択肢が増えてしまったことでますます迷ってしまった透花だったが、せめて目立たない色を探していると、濃紺のドレスが目に入る。高級そうなのは変わらないが、フリルや飾りなども少なくシンプルなものだ。

「あら、こちらがお気に召しましたか?どうぞお手に取ってご覧ください」

しっとりした手触りは心地よく、よく見れば濃淡のグラデーションになっているのが夜空のように美しい。

「それではこちらに合わせてお支度をさせていただきますね。ふふ、フィル殿下がお喜びになる顔が目に浮かぶようです」

(フィル殿下も紺色がお好きなのかな?)

何故フィルが喜ぶのかはよく分からなかったが、それよりも先程から顔が見えていないにもかかわらず透花の心の機微を察知するミレーの能力に驚かされていた。恐らく顔の向きや気配から判断しているのだと思うが、一流のプロというのはこういう人をいうのだろう。

そんなプロに任せて、されるがままに支度を終えた頃には透花は精神的に疲れ切っていた。着替えだけではなく指先や髪の手入れも念入りに行われ、慣れない待遇にリラックスするどころか緊張しっぱなしだったのだ。
これでは駄目だと危機感を抱いた透花は意を決してミレーに話しかけた。

「ミレーさん、私にも何かお仕事をさせてください」

賓客扱いを受けているが、ここにいるのは役に立たない居候だ。何もせずに好待遇を受けるのは後ろめたいし、いずれここを追い出された時のために、少しでも必要な知識や技術を身に付けておきたい。

「トーカ様は勤勉でいらっしゃいますね。そちらについては私ではお答えいたしかねますので、朝食の席でフィル殿下にお尋ねになってはいかがでしょうか?」

これまでの様子からフィルに告げれば、良い顔をされないだろうと考えてミレーに訊ねたのだが、そう簡単にはいかないらしい。

(でも、やるしかないんだよね……)

夢でないのなら、この世界で一人で生きていかなければならないのなら、もう部屋に引きこもっているわけにはいかないのだ。

不安に胃の辺りがもやもやしたが、ドレスの色を見て心を落ち着かせる。
夜空を模した宝物のスノードームを思い浮かべて、透花は自分を奮い立たせたのだった。
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