引きこもり少女、御子になる~お世話係は過保護な王子様~

浅海 景

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踏み出した一歩

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「おはようございます、トーカ様」
「おはようございます、フィル殿下」

中庭のテラスに到着すると、テーブルの側に立っていたフィルに恭しくお辞儀をされて、透花も同じように返した。

「私に敬称など不要ですから、フィルとお呼びください」
「…………」

そんな恐れ多いことなど出来ずに透花が黙ってしまうと、フィルはそれ以上言葉を重ねることなく、透花に座るよう促した。

「トーカ様、どうぞお好きな物を召し上がってください」

対面の席についているものの、一緒に食事を摂るわけではなく透花の世話をするためだろう。昨晩はあまりにもじっと見られて食べづらくなっているところを、ミレーが口添えしてくれたため事なきを得たが、今日はミレーも他の仕事があるのかいなくなってしまった。

パンだけでも数種類あり、サラダ、スープ、卵料理、ハム、ソーセージ、それから見たことがない果物なども皿に盛られている。

「……いただきます」

近くにあったパンを一つ取って小さくちぎりながら口に運ぶ。他にも美味しそうな料理はあったが、テーブルマナーに自信のない透花は粗相をしなくて済むものを選んだ。

「トーカ様、こちらのジャムも甘酸っぱくて美味しいのでよければどうぞ」

ジャムを載せた薄切りのパンを差し出されて、透花はどう受け取ってよいのか分からずに固まってしまう。

「あ……ありがとうございます」

片手で受け取るのも失礼かと両手を差し出せば、ふっと笑ったような気配とともに手の平にパンを載せられる。
ちらりと様子を窺えば、目を伏せたままのフィルの口元が弧を描いているのが見えた。

顔を見ないようにとフィルは常に視線を下に向けてくれているので、透花が顔を伏せなくても問題ない。だが相手に強要しておいて自分が相手の顔を見るのは何だか違う気がして、透花はなるべくフィルの顔を見ないようにしていた。

(やっぱり綺麗な人……)

先ほどの受け取り方が間違っていたのかもしれないが、それでも嫌な笑い方ではなく、どこか温かみのあるものだった。
緊張しながらも食事が出来ているのは、フィルの穏やかで柔らかい雰囲気のおかげだ。

「美味しいです。……あの、フィル……様は、お食事はお済みですか?」
「いえ、私は食べないことも多いのでお気になさらず。ですがせっかくなのでご相伴に預かりましょう」

朝食は摂らない派なのかもしれないが、すぐに前言撤回したのは透花を気遣ってくれたのだろう。

(甲斐甲斐しくお世話されるよりも、一緒に食事をするほうが緊張しないから)

果物を口に運ぶだけでも優雅な仕草のフィルを盗み見ながら、マナーとは一朝一夕に身に付くものではないのだと実感する。

「こちらもトーカ様がお好きかと思いますので、どうぞ。ああ、これもそうですね」

昨晩の食事から判断したのか、フィルは色んな料理を皿にどんどん載せていく。あっという間にワンプレートの出来上がりだ。綺麗にバランスよく盛り付けられた皿を見て、育ちというより才能なのだろうかと考えてしまった。


「あの、フィル様。私、働きたいと思っています。私でも出来るような仕事はありませんか?」

朝食を終えてお茶を淹れてもらったタイミングで、透花は覚悟を決めて切り出した。まだこの世界の知識や常識に疎いが、一歩踏み出さなければ何も始まらない。

フィルの反応がやっぱり怖くて、告げた途端に俯いてしまった自分は駄目だなと思う。働く意思はもちろんあるが、一度声に出してしまったら取り消せない。
無知な異世界の人間が何を言い出すのかと呆れられてしまっただろうか。

「トーカ様の当面のお仕事は、しっかりお食事を摂り健やかに過ごされることですね。これは大切なお仕事なので、疎かにしてはいけませんよ?」

さらりと穏やかな口調で告げられて、一瞬納得しかけたが、それでは成長期の幼児と変わらない。

「フィ、フィル様。私は幼子ではありません。迷惑をかけないように頑張りますから。お掃除や草むしりなどであれば――」
「御子であるトーカ様にそんなことをさせられません」

やや強めの声で言われて透花は最後まで言い切ることができなかった。それ以外に出来そうな仕事もなく、これ以上自分の主張を通せば、うんざりさせてしまうかもしれない。
説得するための言葉も浮かばず黙ってしまった透花だが、先に折れたのはフィルだった。

「――不慣れな環境では何かとご負担が掛かりますから、ゆっくりとお過ごし頂きたいと思っているのですが……トーカ様が落ち着かないようでしたら、一つお願いしたいことがあります」
「は、はい!私で出来る事なら何でも言ってください!」

諦めかけた矢先の言葉に透花は折角の機会を逃すまいと意気込みを見せる。

「トーカ様、何でもなどと簡単に言ってはいけません。皆が善人ばかりとは限りませんからね」

そんな風に言い含められる様はまさに子供のようで、透花は自分の軽率な発言を反省しつつも、一歩前進したことにささやかな達成感と安堵を覚えていた。
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