引きこもり少女、御子になる~お世話係は過保護な王子様~

浅海 景

文字の大きさ
6 / 56

思いがけない言葉

しおりを挟む
その日の午後、会わせたい人物がいるとフィルから言われて透花は応接室のようなところに案内された。尤も同じ建物内なので移動に時間はほとんどかからないい。

透花がいる建物は御子専用らしく、透花が現れてからはフィルの手配により使用人を厳選し、顔を合わせることがないよう調整してくれたそうだ。

最初に会った時に透花が混乱して顔を晒すことを拒否したせいで、手間を掛けさせてしまった。そこまでしてくれなくて良いと伝えたが、フィルからにこやかに問題ありませんと言い切られたため、今もその状態が続いている。

「少し変わった男ですので、不快に思われたら遠慮なく仰ってください」

その声に嫌悪感はなく、どちらかと言えば相手を庇っているような気がした。

(フィル様のお友達だったりするのかな……)

そう思うと少し緊張が和らいだ。そもそもフィルだって一国の王子様なのだから、これ以上緊張する相手もいないだろう。
そんな風に考えて、気を緩めすぎていたのかもしれない。


「フィル殿下の補佐役兼神官のジョナスと申します」

淡々とした口調で深く頭を下げた青年、ジョナスはフィルと同じぐらいの年齢に見える。

「透花と申します」

同じようにお辞儀をしかけて、フィルからの視線を感じたため会釈程度に留めた。誰に対しても頭を下げる必要はないと言われても、反射的に返してしまうのは透花が小心者であり、一般人だからだろう。

「ジョナス、トーカ様は繊細でいらっしゃるのだから重々言動には注意してくれ」
「承知しておりますよ。御子様、失礼いたします」

ジョナスがそう言い終わった途端に、薄緑色の瞳が視界に映る。俯いている透花の顔をジョナスが身を屈めて見上げているのだ。

「――っ!」
「動かないでください。目も逸らさないで」

鋭い声に下がりかけた足が止まるが、至近距離でこの瞳を見られているのかと思うと恐ろしくて頭が真っ白になる。

「――この、無礼者が!!!」

透花が悲鳴を上げるよりも先にフィルの怒鳴り声が響き、ジョナスの姿が視界から消えた。
一瞬遅れて何かが壁にぶつかる鈍い音と呻き声に、透花が恐る恐る顔を上げると入口近くにジョナスが倒れていて思わず目を丸くする。
この一瞬で移動できる距離ではない。

「トーカ様、申し訳ございません!お側にありながらお護り出来ず、お詫びのしようもございません。あの男は早急に処分いたします」
「い、いえ。ちょっと……驚いただけですから」

怖かったとはいえ、顔を見られただけなのだ。それなのに処分という言葉やフィルの気配に不穏なものを感じる。

「トーカ様を怯えさせるなど言語道断です。ましてや至高の宝玉のような美しい瞳を汚してしまった罪は許されるものではありません」

(え…………)

思いがけない言葉に透花は耳を疑った。自分の瞳が綺麗だと言われた気がしたが、聞き間違いだろうか。

「痛ってえ……、酷い言われようですね。瞳を見なければ御子であることの確認は出来ないというのに……」

頭をさすりながら立ち上がるジョナスに目を向けると、フィルは透花を背後に隠すように前に立った。

「そんな大事なことは先に言え。騙し討ちでトーカ様を傷付けるとは、いくらお前であっても容赦出来ない」

「事前に話したら拝謁を断られるのが分かっていましたからね。一応お伝えしておくと、その御方が御子であることは間違いありませんが、魔力が欠乏状態にあるようです」

ジョナスの言葉に素早く振り向いたフィルは、どこか焦っているように見える。

「っ、トーカ様!ご体調が優れないのではありませんか?!ご無理をなさってはいけません。失礼いたします」
「ひゃっ?!フィル様、私、無理なんかしていません。どこも悪くないですから!」

断りを入れるなり抱え上げられると、フィルの強張った表情が視界に映る。反射的に手で顔を覆いかけて、先程のフィルの言葉を思い出す。

(フィル様は、この目が気持ち悪いと思っていないの……?)

「御手に力が入らないのですね。必ずお救いいたしますから、どうかご安静になさってください」

中途半端に持ち上げた透花の腕を見たフィルから悲壮な顔つきで告げられた。変な誤解を与えてしまったと慌てて透花が否定する前に、呆れたような声が掛かった。

「慢性的な欠乏のようですが命に別状はありませんし、普通に生活していれば元の状態に戻りますよ。許可なく御子様を抱き上げる殿下のほうが俺より無礼ではないですか?」

その言葉に雰囲気が少し和らいだものの、それでもまだ安心できないのかフィルの表情は硬い。

「……フィル様、誤解させてしまってすみません。少し……いえ、何でもないです」

嬉しかったと言いかけて、透花はその言葉を呑み込んだ。フィルはただ失礼がないようにそういう言い方をしただけかもしれなかったし、御子への崇敬からそう思い込んでいるだけかもしれない。

「御心を悩ませていることがあれば何なりと仰ってください。とりあえずあれを庇う必要はありませんし、御子への不敬行為は私自身も含め厳重に罰を与えますので」

自分も対象に入れるあたり、フィルはとても真面目な性格なのだと思う。敬われる立場でもなく、罰を与えるようなことなど何もされていないが、このままではいけない。事の発端の一部は透花の言動にあるので、言わずにいようと思ったことを口にすることにした。

「あの……フィル様は、私の瞳が気持ち悪くないのですか?」

ひゅっと息を呑む音が聞こえて、透花は身を固くした。やはり先ほどの言葉はただの社交辞令だったのだろうか。

「……誰が、そのような讒言を口にしたのですか?」

感情を押し殺したような声とともに突風に髪が煽られて視界が鮮明になる。目を細めた冷ややかな顔に滲んでいるのは怒りだろうか。
目が合うと悲しそうに眉を下げて、持ち上げていた透花の身体をソファーへと下ろす。

「清涼な泉のように透き通ったアクアマリンの瞳は神聖で貴きお色ですし、太陽のように温もりのある琥珀色の瞳はトーカ様のお優しい人柄が滲みでているようです。トーカ様の瞳は称賛しかあり得ない至高の美しさです。どうかこれだけはお疑いになりませんよう。ご不安でしたら私が毎日、何度でもお伝えさせていただきますので」

真摯な声と透花を見つめるフィルの瞳が陶酔したように蕩けている。それを理解した途端、顔から火が出そうなほどに熱い。

「……俺、もう戻っていいですか?」

耐え切れずに顔を覆った透花の耳に投げやりなジョナスの声が届いたが、すぐに顔を上げられそうにないほど、透花は羞恥に悶えていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

差し出された毒杯

しろねこ。
恋愛
深い森の中。 一人のお姫様が王妃より毒杯を授けられる。 「あなたのその表情が見たかった」 毒を飲んだことにより、少女の顔は苦悶に満ちた表情となる。 王妃は少女の美しさが妬ましかった。 そこで命を落としたとされる少女を助けるは一人の王子。 スラリとした体型の美しい王子、ではなく、体格の良い少し脳筋気味な王子。 お供をするは、吊り目で小柄な見た目も中身も猫のように気まぐれな従者。 か○みよ、○がみ…ではないけれど、毒と美しさに翻弄される女性と立ち向かうお姫様なお話。 ハピエン大好き、自己満、ご都合主義な作者による作品です。 同名キャラで複数の作品を書いています。 立場やシチュエーションがちょっと違ったり、サブキャラがメインとなるストーリーをなどを書いています。 ところどころリンクもしています。 ※小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿しています!

ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています

木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。 少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが…… 陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。 どちらからお読み頂いても話は通じます。

逆行したので運命を変えようとしたら、全ておばあさまの掌の上でした

ひとみん
恋愛
夫に殺されたはずなのに、目覚めれば五才に戻っていた。同じ運命は嫌だと、足掻きはじめるクロエ。 なんとか前に死んだ年齢を超えられたけど、実は何やら祖母が裏で色々動いていたらしい。 ザル設定のご都合主義です。 最初はほぼ状況説明的文章です・・・

姉に代わって立派に息子を育てます! 前日譚

mio
恋愛
ウェルカ・ティー・バーセリクは侯爵家の二女であるが、母亡き後に侯爵家に嫁いできた義母、転がり込んできた義妹に姉と共に邪魔者扱いされていた。 王家へと嫁ぐ姉について王都に移住したウェルカは侯爵家から離れて、実母の実家へと身を寄せることになった。姉が嫁ぐ中、学園に通いながらウェルカは自分の才能を伸ばしていく。 数年後、多少の問題を抱えつつ姉は懐妊。しかし、出産と同時にその命は尽きてしまう。そして残された息子をウェルカは姉に代わって育てる決意をした。そのためにはなんとしても王宮での地位を確立しなければ! 自分でも考えていたよりだいぶ話数が伸びてしまったため、こちらを姉が子を産むまでの前日譚として本編は別に作っていきたいと思います。申し訳ございません。

虐げられ続けてきたお嬢様、全てを踏み台に幸せになることにしました。

ラディ
恋愛
 一つ違いの姉と比べられる為に、愚かであることを強制され矯正されて育った妹。  家族からだけではなく、侍女や使用人からも虐げられ弄ばれ続けてきた。  劣悪こそが彼女と標準となっていたある日。  一人の男が現れる。  彼女の人生は彼の登場により一変する。  この機を逃さぬよう、彼女は。  幸せになることに、決めた。 ■完結しました! 現在はルビ振りを調整中です! ■第14回恋愛小説大賞99位でした! 応援ありがとうございました! ■感想や御要望などお気軽にどうぞ! ■エールやいいねも励みになります! ■こちらの他にいくつか話を書いてますのでよろしければ、登録コンテンツから是非に。 ※一部サブタイトルが文字化けで表示されているのは演出上の仕様です。お使いの端末、表示されているページは正常です。

バイトの時間なのでお先に失礼します!~普通科と特進科の相互理解~

スズキアカネ
恋愛
バイト三昧の変わり者な普通科の彼女と、美形・高身長・秀才の三拍子揃った特進科の彼。 何もかもが違う、相容れないはずの彼らの学園生活をハチャメチャに描いた和風青春現代ラブコメ。 ◇◆◇ 作品の転載転用は禁止です。著作権は放棄しておりません。 DO NOT REPOST.

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

薬師の能力を買われた嫁ぎ先は闇の仕事を請け負う一族でした

あねもね
恋愛
薬師として働くエリーゼ・バリエンホルムは貴族の娘。 しかし両親が亡くなって以降、叔父に家を追い出されていた。エリーゼは自分の生活と弟の学費を稼ぐために頑張っていたが、店の立ち退きを迫られる事態となる。同時期に、好意を寄せていたシメオン・ラウル・アランブール伯爵からプロポーズを申し込まれていたものの、その申し出を受けず、娼館に足を踏み入れることにした。 エリーゼが娼館にいることを知ったシメオンは、エリーゼを大金で身請けして屋敷に連れ帰る。けれどそこは闇の仕事を請け負う一族で、シメオンはエリーゼに毒薬作りを命じた。 薬師としての矜持を踏みにじられ、一度は泣き崩れたエリーゼだったが……。 ――私は私の信念で戦う。決して誰にも屈しない。

処理中です...