引きこもり少女、御子になる~お世話係は過保護な王子様~

浅海 景

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堂々巡りな思考と手紙

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「フィル様、先程から手が止まっております。落ち込むのは仕事が終わってからにしてください」

いつもと変わらない態度で指摘するジョナスに、フィルは返事をする気にもなれない。

「トーカ様が泣いている気がする」
「気のせいです。どのみち今のフィル様は面会禁止ですので、出来ることなどありません。切り替えて仕事に集中してください」

本当であればとっくに御子の部屋へ向かい、お世話をしているはずだった。軽率な行動で怯えさせてしまったことを詫び、心身の負担を軽減することがフィルの役目であり最優先事項であるのに、それを阻止したのはミレーだ。

ただならぬ御子の様子を案じたミレーに事情を聞かれ、不注意で怖がらせてしまったことを端的に告げれば、いつもは朗らかな表情がすっと人形のように冷ややかなものに変わった。

まずいと思った時には遅く、御子の精神安定のためと部屋への立ち入りを禁じられたのだ。本来であれば一介の侍女であるミレーにそんな権限はないのだが、幼少の頃から世話になっている元乳母を怒らせるのは愚策だということをフィルは重々承知していた。

一縷の望みを賭けて切々と訴えてみたのだが聞き入れてもらえず、御子のためだと言われれば引き下がるしかなかった。

(近頃は少しずつ心を緩めてくださるようになっていたというのに……)

いつも引き結んでいた口元が僅かにほころんでいるのを見るのが、最近の楽しみになっていた。判断を誤ったばかりに、また殻に閉じこもってしまうのではないかと思えば、自然とため息が漏れる。

「御子教育に時間がかかると言われているのは、魔法の概念がないせいだと思っていましたが、もしかしすると御子様の精神状態によるところが大きいのかもしれませんね」

仕事にならないと思ったのか、ジョナスは御子について話を振ってきた。

「ああ。体内に魔力を受け入れるのは関係性がないと不快感を覚えるものだからな」

他者との関わりを恐れていた御子が、本能的に拒否感を覚えても無理はない。
全く知らない間柄ではないし、ほんの僅かな魔力であれほど大きな反応を示すとはフィルもジョナスも思ってもみなかったのだ。ジョナスが拒絶されたのに自分であれば問題ないだろうと考えたのは過信ゆえだ。

打ち解けてきたように思えた御子だが、部屋から出る時には必ずベールを身に付けている。使用人にもほとんど会うことがないのに手放さないのは、まだ不安があるからだと気づいていたのに、軽視してしまった結果だった。

さらに最悪なのは、フィルが御子の心情を正しく理解していなかったことだ。動揺している御子を落ち着かせようと、幼かった時の弟と同じように頭を撫でようとしてしまった。

御子自身も自分の反応に驚いていたようだから、無意識だったのだろう。動揺していたこともあり咄嗟の出来事にいつものように振舞えなかった、そう考えるのは穿ち過ぎだろうか。

思い出すのは御子の名前を教えてもらった時のことだ。名前の意味を説明する御子の瞳が不自然に揺れたが、話題が変わったため言及しなかった。

踏み込み過ぎてもいけないと思うものの、御子を支えるためには全て知っておきたいとも思う。過去の傷を癒すために力になりたいと思っているのに、上手くいかずに傷付けてばかりいる。

(トーカ様はお優しいから口にしないが、僕の存在自体が負担になっているんじゃないか?)

堂々巡りの思考に項垂れていると、ノックの音がしてフィルは思わず立ち上がる。そこには待ち望んでいたミレーの姿があった。

「トーカ様はどうしている?」

性急なフィルに僅かに眉を顰めたミレーは、窘めるように小さく咳ばらいをして言った。

「フィル殿下、落ち着いてくださいませ。お部屋でお休みいただいておりますし、もう大丈夫かと思いますわ。お手紙をお預かりして参りました」
「……手紙?」

まだ文字が書けなかったはずなのに、と思いながらも封を切る。短い文章に何度も目を走らせ、そこに込められた想いを感じて、フィルは安堵の息を吐く。

一生懸命書いてくれたことが伝わる文字には御子の気持ちが綴られていて、心の裡を明かしてくれたことが信頼の証のように思えた。
謝罪と同じぐらい感謝の言葉も多く、自分を責める傾向の強かった御子にはこれまで見られなかったことだ。
少しずつ前進していることを確信し、フィルは表情を緩めた。

「フィル様のにやけた顔は初めてみました」
「せっかくの凛々しいお顔が台無しですこと」

小声で交わされる会話も気にならず、フィルは丁寧に手紙を畳み封筒に戻した。

「ミレー、少し待っていてくれ。私もトーカ様に手紙を送りたい」

先ほどまでのもやもやした気持ちが晴れていくようだ。一人で悩んだところで答えはでないのだから、少しずつでも互いに分かり合っていけば良いのだろう。

温かな色味の便箋を選んで、フィルは御子への言葉を綴り始めた。
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