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新しい教師
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一晩経って透花は改めて自分の失敗を実感していた。
(フィル様が行くような場所に私なんかが一緒に行けるわけないじゃない)
御子だともてはやされているが、王族であるフィルと自分はそもそも身分が違うのだ。気を遣っているようで、なんて図々しいことを言ってしまったのだろう。
フィルと顔を合わせるのが憂鬱で仕方がない。きっといつもと同じように接してくれるはずだが、内心どう思われているのかと考えるだけで逃げ出したくなる。
(でも何処にも居場所なんてないし、せめてこれ以上失望されないようにしないと)
ノックの音に、透花は諦観を抱きながら身体を起こした。
「トーカ様、午前中は厨房を空けておりますから、自由にお使いくださいと料理長が申しておりました」
着替えを手伝ってもらったミレーに言われて、透花はすっかり失念していたことに気づいた。
「……ごめんなさい。やっぱりフィル様にお渡しするのは止めておきます。料理長さんにもご迷惑おかけしたのに申し訳ないです」
「お気になさらなくて大丈夫ですよ。ではその旨私から伝えておきます。もしまた気が変わられたら仰ってくださいね。トーカ様が作られたお菓子なら、フィル殿下はさぞお喜びになられると思いますから」
一番お世話になっているフィルにも何か贈り物をしたかったが、安価な物では失礼だろうし何よりフィルに買ってもらったものを渡すというのも違う気がした。
ならば手作りのお菓子でもと思い、ミレーに相談して料理長から厨房の使用許可を取ってもらったのだ。
フィルには内緒にしていたのがせめてもの幸いだった。
フィルはきっと受け取ってくれるだろうが、それは御子に対する気遣いゆえだ。素人の作った物を渡しても困らせただけだろう。
「あの……いつもお世話になっているから、良かったら使ってください」
話を逸らすように透花は昨日買ったハンカチをミレーに手渡した。
「まあ、まあ!トーカ様から贈り物を頂けるなんて光栄です。私どもに本来そのようなお気遣いは不要なのですが、トーカ様のお気持ちとして有難く頂戴いたしますね」
嬉しそうなミレーの笑顔に透花はほっと胸を撫で下ろす。
「あら、私の好きな色に可愛らしいタンポポの刺繍まで入っているんですね。トーカ様、素敵な贈り物をありがとうございます」
心から喜んでくれることが伝わってくる言葉に心が温かくなる。透花は少しでも同じように返したくて、口を開いた。
「……明るくて元気なタンポポが、ミレーさんみたいだと思って。いつもありがとうございます」
「トーカ様……」
呟くような小さな声だが、ミレーにはちゃんと届いたらしい。顔を上げると感極まったように目じりに涙をためている。
「一生大切にしますから」
「えっと……消耗品なので使ってください」
そんなやり取りをしていたため、お菓子作りのことはすっかり話題からなくなっていた。
「明日から新しい教師に来てもらうようになりました」
そんなフィルの言葉に、透花はつい不安そうな顔をしてしまったのだろう。大丈夫だと言うように笑顔を浮かべて、フィルは続けた。
「ネイワース侯爵夫人は魔力操作に長けたミレーと同年代の女性です。トーカ様と同じ年頃の令嬢もいますので、御子教育以外のこともご相談しやすいかと思います」
フィルの説明に納得しながらも、どこか不安がぬぐえない。触れられそうになった時に透花が怯えてしまったので、同性の教師を手配してくれたのだろう。フィルやジョナスに言いにくいことも女性同士ならと思ったことも理解できる。
だけど、フィルの側近であるジョナスの手をこれ以上煩わせないためだと考えてしまうのは間違っているのだろうか。
「……お気遣いありがとうございます」
いずれにしてもフィルが決めたことなのだから異論などない。自分はただ勉強を頑張って御子として役に立てばいいのだ。
「メリル・ネイワースと申します。御子様にお目に掛かれて光栄ですわ」
美しい容姿と気品のある雰囲気のメリルに透花は緊張が高まっていくのを感じた。
「……透花と申します。ご指導のほどよろしくお願いします」
小さく頭を下げるとメリルは一瞬困ったように眉を下げ、微笑んだ。
「御子様は謙虚でいらっしゃいますのね。あまり緊張なさらないでくださいまし。今日はただの顔合わせでございますから、お茶を飲みながらお話が出来ればと思いますわ」
「は、はい」
こんな上流階級の人と何を話せば良いのだろうか。思わず隣に立つフィルに顔を向けてしまう。
「ネイワース侯爵夫人、トーカ様はこちらの世界にお越しになってまだ日が浅い。令嬢たちが好むものや流行り物などは私も把握しているとはいいがたいので、そのようなことを話してもらって良いだろうか」
「承知いたしましたわ、フィル殿下」
そのような話題であれば透花は聞き役に徹していればいい。ほっとした透花だが、後に続いたメリルの言葉にぎくりと身体を強張らせた。
「そのようなことであれば殿方の前でお話することではありませんわ。フィル殿下も公務がおありでしょうし、御子様とお二人でお話させていただいてもよろしいでしょうか?」
「……トーカ様、いかがいたしますか?」
フィルがいなければ困った時に頼ることができない。だが初対面の人と二人きりになりたくないというのは透花の我儘で、メリルにも失礼だろう。
「はい、お願いします」
そう答える以外、透花に選択肢はなかった。
(フィル様が行くような場所に私なんかが一緒に行けるわけないじゃない)
御子だともてはやされているが、王族であるフィルと自分はそもそも身分が違うのだ。気を遣っているようで、なんて図々しいことを言ってしまったのだろう。
フィルと顔を合わせるのが憂鬱で仕方がない。きっといつもと同じように接してくれるはずだが、内心どう思われているのかと考えるだけで逃げ出したくなる。
(でも何処にも居場所なんてないし、せめてこれ以上失望されないようにしないと)
ノックの音に、透花は諦観を抱きながら身体を起こした。
「トーカ様、午前中は厨房を空けておりますから、自由にお使いくださいと料理長が申しておりました」
着替えを手伝ってもらったミレーに言われて、透花はすっかり失念していたことに気づいた。
「……ごめんなさい。やっぱりフィル様にお渡しするのは止めておきます。料理長さんにもご迷惑おかけしたのに申し訳ないです」
「お気になさらなくて大丈夫ですよ。ではその旨私から伝えておきます。もしまた気が変わられたら仰ってくださいね。トーカ様が作られたお菓子なら、フィル殿下はさぞお喜びになられると思いますから」
一番お世話になっているフィルにも何か贈り物をしたかったが、安価な物では失礼だろうし何よりフィルに買ってもらったものを渡すというのも違う気がした。
ならば手作りのお菓子でもと思い、ミレーに相談して料理長から厨房の使用許可を取ってもらったのだ。
フィルには内緒にしていたのがせめてもの幸いだった。
フィルはきっと受け取ってくれるだろうが、それは御子に対する気遣いゆえだ。素人の作った物を渡しても困らせただけだろう。
「あの……いつもお世話になっているから、良かったら使ってください」
話を逸らすように透花は昨日買ったハンカチをミレーに手渡した。
「まあ、まあ!トーカ様から贈り物を頂けるなんて光栄です。私どもに本来そのようなお気遣いは不要なのですが、トーカ様のお気持ちとして有難く頂戴いたしますね」
嬉しそうなミレーの笑顔に透花はほっと胸を撫で下ろす。
「あら、私の好きな色に可愛らしいタンポポの刺繍まで入っているんですね。トーカ様、素敵な贈り物をありがとうございます」
心から喜んでくれることが伝わってくる言葉に心が温かくなる。透花は少しでも同じように返したくて、口を開いた。
「……明るくて元気なタンポポが、ミレーさんみたいだと思って。いつもありがとうございます」
「トーカ様……」
呟くような小さな声だが、ミレーにはちゃんと届いたらしい。顔を上げると感極まったように目じりに涙をためている。
「一生大切にしますから」
「えっと……消耗品なので使ってください」
そんなやり取りをしていたため、お菓子作りのことはすっかり話題からなくなっていた。
「明日から新しい教師に来てもらうようになりました」
そんなフィルの言葉に、透花はつい不安そうな顔をしてしまったのだろう。大丈夫だと言うように笑顔を浮かべて、フィルは続けた。
「ネイワース侯爵夫人は魔力操作に長けたミレーと同年代の女性です。トーカ様と同じ年頃の令嬢もいますので、御子教育以外のこともご相談しやすいかと思います」
フィルの説明に納得しながらも、どこか不安がぬぐえない。触れられそうになった時に透花が怯えてしまったので、同性の教師を手配してくれたのだろう。フィルやジョナスに言いにくいことも女性同士ならと思ったことも理解できる。
だけど、フィルの側近であるジョナスの手をこれ以上煩わせないためだと考えてしまうのは間違っているのだろうか。
「……お気遣いありがとうございます」
いずれにしてもフィルが決めたことなのだから異論などない。自分はただ勉強を頑張って御子として役に立てばいいのだ。
「メリル・ネイワースと申します。御子様にお目に掛かれて光栄ですわ」
美しい容姿と気品のある雰囲気のメリルに透花は緊張が高まっていくのを感じた。
「……透花と申します。ご指導のほどよろしくお願いします」
小さく頭を下げるとメリルは一瞬困ったように眉を下げ、微笑んだ。
「御子様は謙虚でいらっしゃいますのね。あまり緊張なさらないでくださいまし。今日はただの顔合わせでございますから、お茶を飲みながらお話が出来ればと思いますわ」
「は、はい」
こんな上流階級の人と何を話せば良いのだろうか。思わず隣に立つフィルに顔を向けてしまう。
「ネイワース侯爵夫人、トーカ様はこちらの世界にお越しになってまだ日が浅い。令嬢たちが好むものや流行り物などは私も把握しているとはいいがたいので、そのようなことを話してもらって良いだろうか」
「承知いたしましたわ、フィル殿下」
そのような話題であれば透花は聞き役に徹していればいい。ほっとした透花だが、後に続いたメリルの言葉にぎくりと身体を強張らせた。
「そのようなことであれば殿方の前でお話することではありませんわ。フィル殿下も公務がおありでしょうし、御子様とお二人でお話させていただいてもよろしいでしょうか?」
「……トーカ様、いかがいたしますか?」
フィルがいなければ困った時に頼ることができない。だが初対面の人と二人きりになりたくないというのは透花の我儘で、メリルにも失礼だろう。
「はい、お願いします」
そう答える以外、透花に選択肢はなかった。
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