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心境の変化
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涙が止まりようやく透花が落ち着くと、王妃殿下自らお茶を淹れてくれた。涙と一緒にもやもやしていた気持ちが洗い流されたようで、すっきりとした気分だ。
「お恥ずかしいところをお見せして、申し訳ございません。本当にありがとうございます」
透花自身がどうあれ、御子としての立場にいる以上、言動に気を付けていかなければならない。フィルは透花の意思を尊重してくれるが、きっとそれだけでは駄目なのだと王妃殿下の言葉で気づかされた。
「何かお困りのことがございましたら、いつでもご相談に乗りますわ。……まあ、あの子も堪え性がないこと。御子様、貴女の騎士が参りましたわ」
苦笑する王妃殿下の言葉に振り向くと、フィルがこちらに向かってくるのが見えた。
「……王妃殿下、御子様の御目が腫れているようですが?」
透花の顔を見るなり眉を顰めたフィルは、冷ややかな口調で王妃殿下に問いかけている。
「フィル様、これは私が勝手に……その、王妃殿下に甘えてしまった結果なのです」
慌てて透花が説明するが、フィルは納得していないのか王妃殿下に厳しい視線を向けたままだ。
「陛下からもお話があったでしょう?排除するばかりが護ることになるとは限りませんよ。御子様、わたくしと陛下は失礼いたしますが、良ければごゆっくりなさってくださいね」
王妃殿下が立ち去ると、フィルは透花の目元にそっと手を添えた。
「……泣いておられたのですね」
「はい、王妃殿下が私のことを案じて寄り添ってくださったのが何だかとても……嬉しかったのだと思います。ふふっ、王妃殿下はフィル様と似ていますね」
悄然としていたフィルの表情が複雑そうなものに変わる。
透花自身も泣いている理由がよく分からなかったが、恐らくは王妃殿下の持つ母性に触れたからではないだろうか。幼い頃の自分が欲しかった言葉を与えられて、心の底に眠っていた色々な感情が涙となって溢れ出したのだろう。
「フィル様、私もっと学びたいです。御子の力だけじゃなくて立場に応じた言動が出来るように頑張ります。だから、フィル様も手伝ってくれますか?」
「トーカ……今回のことは僕の不手際によるものでトーカは気にしなくていいんだよ」
眉を下げたフィルは躊躇うように告げるが、透花は首を振った。
「私も知らないといけなかったの。フィーが守ってくれるのは嬉しいけど、ちゃんと知って判断できるようになりたい」
知ることで不自由さや責任が伴うこともあるだろう。でも透花が御子である以上、それは避けては通れないものだ。フィルが透花に負担を掛けないよう心を砕いてくれるのは分かっているが、いつまでも頼ってばかりではいられない。
「トーカは強くて優しい子だね」
フィルの手が透花の頭を撫でる。以前は無意識に怖がってしまっていたけど、今ではふわふわと溶けていくような感覚が心地よい。
「せっかくだからもう少し庭を散策してみようか?トーカに見せたいものがあるんだよ」
当然のように差し出された手は温かくて安心する。
(頼ってばかりでは友達でいられない)
唯一の友人だったあの子に、きっと透花は依存し過ぎたのだと思う。話しかけてくれることが、一緒にいてくれることが嬉しくて無意識に縋ってしまったのかもしれない。
(変わりたいな……)
臆病ですぐに逃げ出してしまう自分のままでは、フィルと友達だなんて自信を持って言えない。フィルが過保護なのは透花が不安定だからでもあるのだが、優しさに甘えすぎればきっと負担になってしまう。
自分の思考に没頭していた透花はフィルが足を止めたことで顔を上げて、息を呑んだ。
「――っ、桜……?」
大きな木の枝いっぱいに薄紅色の花が咲いていて、時折はらはらと花びらが落ちていく。
「やっぱりトーカも知っているんだね。先代の御子様がお好きな花で苦労して取り寄せたそうだよ」
実物の桜を見るのは何年振りだろうか。学校に通っていた頃でさえ俯いてばかりいた透花は地面に落ちた花びらしか見ていなかった気がする。
「トーカ、そのまま見ていてね」
フィルに言われるまま桜を見ているとふわりとした風が枝を揺らし、花びらが雪のように風を舞う。青い空と薄紅色のコントラストが綺麗で思わず手を伸ばすと、小さな花片が手の中に落ちてきた。
「フィー、ありがとう。すごく……綺麗だね」
もっと相応しい言葉がある気がするのに、月並みな言葉しか出てこない。それでもフィルは満足そうな笑みを浮かべて頷いてくれた。
「どういたしまして。もう一度しようか?」
「ううん、大丈夫。見ているだけでも綺麗だし、あまり早くに散ってしまうのは勿体ないから」
こんな風に空の下で誰かと一緒に桜を眺める日が来るなんて、何だかとても不思議な気がした。他の人にとっては当たり前のことかもしれないが、透花にとってはまるで奇跡のように思える。
(これからはこの世界で御子として生きていくんだ)
この世界に来た日からそう説明されていたのに、今更ながら腑に落ちたような感覚が湧いた。鈍い自分に呆れながらも、変わりたいと決めたからこそ訪れた心境の変化なのかもしれない。
言葉を交わさなくても気まずさはなく、穏やかな気分で透花は桜を眺めていた。
「お恥ずかしいところをお見せして、申し訳ございません。本当にありがとうございます」
透花自身がどうあれ、御子としての立場にいる以上、言動に気を付けていかなければならない。フィルは透花の意思を尊重してくれるが、きっとそれだけでは駄目なのだと王妃殿下の言葉で気づかされた。
「何かお困りのことがございましたら、いつでもご相談に乗りますわ。……まあ、あの子も堪え性がないこと。御子様、貴女の騎士が参りましたわ」
苦笑する王妃殿下の言葉に振り向くと、フィルがこちらに向かってくるのが見えた。
「……王妃殿下、御子様の御目が腫れているようですが?」
透花の顔を見るなり眉を顰めたフィルは、冷ややかな口調で王妃殿下に問いかけている。
「フィル様、これは私が勝手に……その、王妃殿下に甘えてしまった結果なのです」
慌てて透花が説明するが、フィルは納得していないのか王妃殿下に厳しい視線を向けたままだ。
「陛下からもお話があったでしょう?排除するばかりが護ることになるとは限りませんよ。御子様、わたくしと陛下は失礼いたしますが、良ければごゆっくりなさってくださいね」
王妃殿下が立ち去ると、フィルは透花の目元にそっと手を添えた。
「……泣いておられたのですね」
「はい、王妃殿下が私のことを案じて寄り添ってくださったのが何だかとても……嬉しかったのだと思います。ふふっ、王妃殿下はフィル様と似ていますね」
悄然としていたフィルの表情が複雑そうなものに変わる。
透花自身も泣いている理由がよく分からなかったが、恐らくは王妃殿下の持つ母性に触れたからではないだろうか。幼い頃の自分が欲しかった言葉を与えられて、心の底に眠っていた色々な感情が涙となって溢れ出したのだろう。
「フィル様、私もっと学びたいです。御子の力だけじゃなくて立場に応じた言動が出来るように頑張ります。だから、フィル様も手伝ってくれますか?」
「トーカ……今回のことは僕の不手際によるものでトーカは気にしなくていいんだよ」
眉を下げたフィルは躊躇うように告げるが、透花は首を振った。
「私も知らないといけなかったの。フィーが守ってくれるのは嬉しいけど、ちゃんと知って判断できるようになりたい」
知ることで不自由さや責任が伴うこともあるだろう。でも透花が御子である以上、それは避けては通れないものだ。フィルが透花に負担を掛けないよう心を砕いてくれるのは分かっているが、いつまでも頼ってばかりではいられない。
「トーカは強くて優しい子だね」
フィルの手が透花の頭を撫でる。以前は無意識に怖がってしまっていたけど、今ではふわふわと溶けていくような感覚が心地よい。
「せっかくだからもう少し庭を散策してみようか?トーカに見せたいものがあるんだよ」
当然のように差し出された手は温かくて安心する。
(頼ってばかりでは友達でいられない)
唯一の友人だったあの子に、きっと透花は依存し過ぎたのだと思う。話しかけてくれることが、一緒にいてくれることが嬉しくて無意識に縋ってしまったのかもしれない。
(変わりたいな……)
臆病ですぐに逃げ出してしまう自分のままでは、フィルと友達だなんて自信を持って言えない。フィルが過保護なのは透花が不安定だからでもあるのだが、優しさに甘えすぎればきっと負担になってしまう。
自分の思考に没頭していた透花はフィルが足を止めたことで顔を上げて、息を呑んだ。
「――っ、桜……?」
大きな木の枝いっぱいに薄紅色の花が咲いていて、時折はらはらと花びらが落ちていく。
「やっぱりトーカも知っているんだね。先代の御子様がお好きな花で苦労して取り寄せたそうだよ」
実物の桜を見るのは何年振りだろうか。学校に通っていた頃でさえ俯いてばかりいた透花は地面に落ちた花びらしか見ていなかった気がする。
「トーカ、そのまま見ていてね」
フィルに言われるまま桜を見ているとふわりとした風が枝を揺らし、花びらが雪のように風を舞う。青い空と薄紅色のコントラストが綺麗で思わず手を伸ばすと、小さな花片が手の中に落ちてきた。
「フィー、ありがとう。すごく……綺麗だね」
もっと相応しい言葉がある気がするのに、月並みな言葉しか出てこない。それでもフィルは満足そうな笑みを浮かべて頷いてくれた。
「どういたしまして。もう一度しようか?」
「ううん、大丈夫。見ているだけでも綺麗だし、あまり早くに散ってしまうのは勿体ないから」
こんな風に空の下で誰かと一緒に桜を眺める日が来るなんて、何だかとても不思議な気がした。他の人にとっては当たり前のことかもしれないが、透花にとってはまるで奇跡のように思える。
(これからはこの世界で御子として生きていくんだ)
この世界に来た日からそう説明されていたのに、今更ながら腑に落ちたような感覚が湧いた。鈍い自分に呆れながらも、変わりたいと決めたからこそ訪れた心境の変化なのかもしれない。
言葉を交わさなくても気まずさはなく、穏やかな気分で透花は桜を眺めていた。
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