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八つ当たり
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「それで、トーカ様はフィルのことをどう思っていらっしゃるの?」
姿勢が良くなった、そう褒められた直後の唐突な質問に、透花はぱちぱちと目を瞬かせた。
王妃殿下からマナーを習い始めて一月半、国や貴族社会の話題から雑談まで、何とかついていえるようになったものの、予期せぬ質問に咄嗟に返すことはまだ苦手だ。
相手の意図や心情を考えすぎだと指摘されるが、どうしても気になってしまい相手の反応を窺ってしまう。
「……えっと、とても優しい方だと……」
(私がフィル様に甘えすぎているから心配されていらっしゃるのかな……)
フィルが世話焼きな性格だからと頼り過ぎている自覚はある。
王妃殿下は優しい方だが、フィルの言動に時折溜息を吐いているので、第一王子が御子のお世話係と言うのはやはりあまり外聞が良くないと思っているのかもしれない。
もっとしっかりしなければと背筋を伸ばすと、鈴を転がすような笑い声が落ちた。
「ふふ、少し意地悪な質問だったかしら。でも今後はこのようなやり取りも増えてくるかと思いますわ」
「王妃殿下、それはどういうことでしょうか?」
以前であれば質問の意味が分からなくても、手間を掛けさせるのはと言葉を呑み込むことも多かった。
『わたくし達もトーカ様の世界のことは分からないのですから、トーカ様がこちらの世界について知らないことが多くて当たり前ですわ。ご遠慮する必要などありませんから何でもお聞きくださいな』
王妃殿下が根気強くそう言い続けてくれたことで、透花も徐々に質問を躊躇わなくなったのだ。
「トーカ様のお披露目パーティーの日付が決まりましたわ。そろそろ良い頃合いだと思っておりましたの」
「パーティー……」
お披露目、パーティ、どれも縁のない言葉だが、華やかで煌びやかな光景が浮かぶ。その主役ともなればかなり目立ってしまうのは間違いない。
「お、王妃殿下……それは、やはり必須なのでしょうか?」
一抹の期待を胸に訊ねると、フィルによく似た笑顔が返ってきた。
「みな、楽しみにしておりますわ。緊張しないよう、しっかり練習いたしましょうね」
反論を許さない笑みに透花は黙って頷くことしか出来なかった。
「フィーはお披露目パーティーのこと、いつから知ってたの?」
「いつかはと思っていたけど、僕も今朝知らされたよ。まだ早いと反対したけど既に招待状を送った後だと言われて、決定を覆すことは出来なかった。ごめんね」
申し訳なさそうな表情に嘘はないのだろう。だが王妃殿下から聞いた話を確認するため、透花は少し悩んだ末に質問をした。
「パーティには先日陛下にお会いする時に準備してもらったドレスで大丈夫なんだよね?」
国王陛下への謁見用に新しく仕立てたものだと聞いていたので、そのような場所でも問題ないだろう。ドレスを最初から作る場合は、どんなに急いでも一ヶ月半は必要らしくパーティーには間に合わない。
だが、フィルは平然とした口調で告げた。
「いや、ドレスは準備中だから問題ないよ。いくつかデザインや色が異なるからトーカの好きなものを選ぼう。明日にでも来てもらおうか?」
王妃殿下の言う通り、フィルは随分と前から着手していたようだ。御子のお披露目なのだから、相応のドレスでなければ不敬であり、王家の威厳にも関わるらしい。
(時期は未定でもそういう催し物があるなら、先に教えてくれればいいのに……)
早い時期に聞いていたならその日まできっと不安で一杯だったとしても、何となく必要なことを隠されていたようで恨みがましく思ってしまう。
「トーカ?」
唇を尖らせた透花に、フィルは不思議そうに首を傾げている。そんなフィルを見て、自分の感情が八つ当たりだと自覚した透花は恥ずかしくなって俯いてしまった。
「お披露目パーティーがそんなに憂鬱なら、陛下に直談判してせめて時期をずらしてもらうよ。トーカの安全のためには一度貴族に紹介しないといけないから、ずっと延期にはできないけど」
決定を覆せなかったと言ったばかりなのに、透花の様子に無理を通そうと決めたのだろう。ますます申し訳なくなった透花は小声で謝罪を口にした。
「フィー、ごめんなさい」
「どうしてトーカが謝るの?王家主催とは言え、主賓であるトーカの意向を蔑ろにして勝手に決めたほうが悪いんだよ」
憮然とした表情に透花は慌てて正直に打ち明けることにした。いつも透花を優先してくれるのに些細なことで気を遣わせてしまった罪悪感からだ。
「違うの。そういうものがあるのなら教えてくれればいいのにってフィーに八つ当たりしてしまったの。……ごめんなさい」
流石に呆れるだろうかと思いきや、何故かフィルは嬉しそうに顔を綻ばせている。
「トーカが我慢しないでくれたのが嬉しくて。嫌なことがあってもこれまではそんな風に感情をぶつけてくれることなんてなかったからね。うん、トーカは怒っても可愛い」
上機嫌なフィルに透花は複雑な気分になった。
(八つ当たりしたのに喜ばれるって……これは良くないよね)
周囲に甘やかされて増長した令嬢が破滅する、というのは物語でよく見るパターンではないか。
(フィーもいつか結婚するのだろうし……)
友達であっても今のように頻繁に顔を合わせることもなくなるだろう。ずっと一緒にいられない、そう考えると胸がひやりとするような寂しさを感じるが、透花は感傷を振り払って言った。
「フィーの甘やかしが過ぎるようなら、代わりにジョナス先生をお世話係に推薦するって王妃殿下が仰っていたの。私もそのほうが良いような気がしてきた……」
「トーカ?!」
淡々と告げた言葉は効果覿面だったようで、甘すぎるお世話係は即座に反省の言葉を繰り返す。その必死さと王子様に頭を下げさせているという状況に、透花は改めて自分の言動に注意しようと心に誓ったのだった。
姿勢が良くなった、そう褒められた直後の唐突な質問に、透花はぱちぱちと目を瞬かせた。
王妃殿下からマナーを習い始めて一月半、国や貴族社会の話題から雑談まで、何とかついていえるようになったものの、予期せぬ質問に咄嗟に返すことはまだ苦手だ。
相手の意図や心情を考えすぎだと指摘されるが、どうしても気になってしまい相手の反応を窺ってしまう。
「……えっと、とても優しい方だと……」
(私がフィル様に甘えすぎているから心配されていらっしゃるのかな……)
フィルが世話焼きな性格だからと頼り過ぎている自覚はある。
王妃殿下は優しい方だが、フィルの言動に時折溜息を吐いているので、第一王子が御子のお世話係と言うのはやはりあまり外聞が良くないと思っているのかもしれない。
もっとしっかりしなければと背筋を伸ばすと、鈴を転がすような笑い声が落ちた。
「ふふ、少し意地悪な質問だったかしら。でも今後はこのようなやり取りも増えてくるかと思いますわ」
「王妃殿下、それはどういうことでしょうか?」
以前であれば質問の意味が分からなくても、手間を掛けさせるのはと言葉を呑み込むことも多かった。
『わたくし達もトーカ様の世界のことは分からないのですから、トーカ様がこちらの世界について知らないことが多くて当たり前ですわ。ご遠慮する必要などありませんから何でもお聞きくださいな』
王妃殿下が根気強くそう言い続けてくれたことで、透花も徐々に質問を躊躇わなくなったのだ。
「トーカ様のお披露目パーティーの日付が決まりましたわ。そろそろ良い頃合いだと思っておりましたの」
「パーティー……」
お披露目、パーティ、どれも縁のない言葉だが、華やかで煌びやかな光景が浮かぶ。その主役ともなればかなり目立ってしまうのは間違いない。
「お、王妃殿下……それは、やはり必須なのでしょうか?」
一抹の期待を胸に訊ねると、フィルによく似た笑顔が返ってきた。
「みな、楽しみにしておりますわ。緊張しないよう、しっかり練習いたしましょうね」
反論を許さない笑みに透花は黙って頷くことしか出来なかった。
「フィーはお披露目パーティーのこと、いつから知ってたの?」
「いつかはと思っていたけど、僕も今朝知らされたよ。まだ早いと反対したけど既に招待状を送った後だと言われて、決定を覆すことは出来なかった。ごめんね」
申し訳なさそうな表情に嘘はないのだろう。だが王妃殿下から聞いた話を確認するため、透花は少し悩んだ末に質問をした。
「パーティには先日陛下にお会いする時に準備してもらったドレスで大丈夫なんだよね?」
国王陛下への謁見用に新しく仕立てたものだと聞いていたので、そのような場所でも問題ないだろう。ドレスを最初から作る場合は、どんなに急いでも一ヶ月半は必要らしくパーティーには間に合わない。
だが、フィルは平然とした口調で告げた。
「いや、ドレスは準備中だから問題ないよ。いくつかデザインや色が異なるからトーカの好きなものを選ぼう。明日にでも来てもらおうか?」
王妃殿下の言う通り、フィルは随分と前から着手していたようだ。御子のお披露目なのだから、相応のドレスでなければ不敬であり、王家の威厳にも関わるらしい。
(時期は未定でもそういう催し物があるなら、先に教えてくれればいいのに……)
早い時期に聞いていたならその日まできっと不安で一杯だったとしても、何となく必要なことを隠されていたようで恨みがましく思ってしまう。
「トーカ?」
唇を尖らせた透花に、フィルは不思議そうに首を傾げている。そんなフィルを見て、自分の感情が八つ当たりだと自覚した透花は恥ずかしくなって俯いてしまった。
「お披露目パーティーがそんなに憂鬱なら、陛下に直談判してせめて時期をずらしてもらうよ。トーカの安全のためには一度貴族に紹介しないといけないから、ずっと延期にはできないけど」
決定を覆せなかったと言ったばかりなのに、透花の様子に無理を通そうと決めたのだろう。ますます申し訳なくなった透花は小声で謝罪を口にした。
「フィー、ごめんなさい」
「どうしてトーカが謝るの?王家主催とは言え、主賓であるトーカの意向を蔑ろにして勝手に決めたほうが悪いんだよ」
憮然とした表情に透花は慌てて正直に打ち明けることにした。いつも透花を優先してくれるのに些細なことで気を遣わせてしまった罪悪感からだ。
「違うの。そういうものがあるのなら教えてくれればいいのにってフィーに八つ当たりしてしまったの。……ごめんなさい」
流石に呆れるだろうかと思いきや、何故かフィルは嬉しそうに顔を綻ばせている。
「トーカが我慢しないでくれたのが嬉しくて。嫌なことがあってもこれまではそんな風に感情をぶつけてくれることなんてなかったからね。うん、トーカは怒っても可愛い」
上機嫌なフィルに透花は複雑な気分になった。
(八つ当たりしたのに喜ばれるって……これは良くないよね)
周囲に甘やかされて増長した令嬢が破滅する、というのは物語でよく見るパターンではないか。
(フィーもいつか結婚するのだろうし……)
友達であっても今のように頻繁に顔を合わせることもなくなるだろう。ずっと一緒にいられない、そう考えると胸がひやりとするような寂しさを感じるが、透花は感傷を振り払って言った。
「フィーの甘やかしが過ぎるようなら、代わりにジョナス先生をお世話係に推薦するって王妃殿下が仰っていたの。私もそのほうが良いような気がしてきた……」
「トーカ?!」
淡々と告げた言葉は効果覿面だったようで、甘すぎるお世話係は即座に反省の言葉を繰り返す。その必死さと王子様に頭を下げさせているという状況に、透花は改めて自分の言動に注意しようと心に誓ったのだった。
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