引きこもり少女、御子になる~お世話係は過保護な王子様~

浅海 景

文字の大きさ
28 / 56

互いの色

しおりを挟む
それからお披露目パーティーまではあっという間だった。
元々貴族でないことや御子の立場を加味しても、弁えない者はどこにでもいる。そんな人たちにつけ込む隙を与えまいと王妃殿下の指導のもと、透花は懸命に学んだ。
その甲斐あって何とか外面だけは整えられるようになったものの、性格を急に変えることはできない。

基本的には挨拶だけで、会話を続ける必要はないので堂々としていればよいと言われたのがせめてもの救いだ。
貴族社会において、特に女性は他家との繋がりを重要視する者だが、御子である透花が社交に励むと逆に力関係の均衡を崩しかねない。

「トーカはただ僕の側にいればいいからね」

それもなかなか針の筵なのではと思わないでもなかったが、フィルが付いていてくれるなら安心だ。

午後からは侍女を増員して身支度に取り掛かる。今日ばかりはお風呂でのマッサージからしっかりと磨かれて、準備を終えた頃には既に疲労困憊の状態だったが、鏡の中の自分を透花は呆けたように見入ってしまった。

(すごい……お姫様みたいだわ)

ハーフアップにした髪はゆるく巻かれたためふわふわしていて、耳元を飾る小さなホワイトトパーズがよく映える。
夜明けを思わせる群青から青褐色と美しい夜空に変わるドレスは、ところどころに散りばめられた星空のような輝きがあり、派手ではないが目を引くような美しさがあった。

(好きな夜の色だけど……)

フィルの瞳の色にも似ていると気づいて、少しどきどきしてしまう。選んだ時は気が付かなかったし、誰からも指摘をされなかったが少し気恥ずかしい。
その想いはフィルの姿を見てますます強くなった。

「お迎えに上がりました、トーカ様」

黒を基調にした装いの中に差し色のように琥珀色が使われていて、まるで互いの色を纏っているように見える。
婚約者同士なら問題ないが、御子と王子の関係でしかないのにこれでは邪推されてしまうのではないだろうか。

「あの、フィル様……」
「トーカ様、さながら夜の妖精のように可憐で美しいですね。貴女の隣に立てることを光栄に思います」

懸念を伝えようとした透花より先に慇懃な態度で告げたフィルは、手の甲に口づけまで落としてくれる。非常に王子様らしい優雅な仕草はフィルによく似合っていたが、それを受けた透花は動揺を表に出さないようにするのが精一杯だ。

「っ、フィル様もとても素敵です」

いつもは深みのある青系統の装いが多いが、漆黒の盛装姿は涼やかな凛々しさを感じさせ、その美貌を引き立てている。
フィルのような比喩は使えないものの、かろうじて言葉を返すと嬉しそうな笑みが浮かぶ。

「ありがとうございます。実は以前冷淡に見えると言われたことがあるので迷いましたが、トーカ様に褒めていただいて嬉しいです」

そんな風に言われてしまえば、互いの色を纏っていることにについて言及しづらい。

(誰にも指摘されなかったし、多分大丈夫だよね……)

今更言っても遅いのだと透花は思い悩むのをやめると、今度は緊張が高まってきた。国王陛下への挨拶や質問への返し方、言葉遣いなど王妃殿下に習った内容を頭の中で反芻するが、いざその時になれば真っ白になってしまいそうで怖い。

「大丈夫だよ。トーカの頑張りは僕たちがよく知っているから」

耳元で囁くフィルの声に顔を上げれば、いつもの穏やかな瞳にふっと心が軽くなる。

「……うん、ありがとう」

この扉を開ければたくさんの人から注目を浴びることになる。嫌悪や好奇の滲む瞳が脳裏によぎり、深呼吸して背筋を伸ばす。以前はそれが当たり前だったと思っていたが、今は透花の瞳を褒めてくれる人もたくさんいるのだ。

「さあ、行こうか」

フィルの合図に透花はこつりと床を鳴らして踏み出した。

部屋の一番奥には国王陛下と王妃殿下の姿があり、王妃殿下が微笑みかけてくれた。集まった貴族たちは両端に分かれて深く頭を下げているが、透花が通り過ぎると背中に視線を感じる。

緊張からフィルの腕に添えた手に思わず力が入ったが、すかさずフィルが身体の位置を僅かにずらし歩きやすいように調整してくれた。
まだ入場したばかりなのに、ここで躓くわけにはいかないと顔を上げて歩けばフィルが微笑む気配がした。一人ではないのだという安心感から、震えそうな足にようやく力が戻ったようだ。

玉座の前に到着すると、立ち上がった国王陛下が胸に手を当てて頭を下げた。透花もカーテシーで返礼して、国王の隣に立つ。

予想はしていたものの、圧倒的な視線に晒されて透花は意識的に呼吸をしようとした。国王陛下の言葉も上手く頭に入ってこず、嫌な汗が流れる。

(国王陛下に名前を呼ばれたら……一歩前に出てカーテシーをするだけ……)

動揺が見透かされているのではないかと思うと、自分に注がれている視線が怖い。期待外れの御子だと思われたらと思うと、鼓動がますます早くなる。

「トーカ」

幻聴だろうかと思うほど微かな声が聞こえて、背中をとんとんと小さく叩かれた。国王陛下が話している中で褒められた行為ではないが、強張った背中に気づいて緊張を和らげようとしてくれているのだ。

(大丈夫、たくさん練習したしフィルが傍にいてくれるから)

弱気な自分を振り払うと国王陛下の声が明瞭に聞こえるようになった。
見守っていてくれるフィルの視線を感じながら、透花は微笑みを浮かべて精一杯優雅に見えるようにカーテシーを行ったのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

差し出された毒杯

しろねこ。
恋愛
深い森の中。 一人のお姫様が王妃より毒杯を授けられる。 「あなたのその表情が見たかった」 毒を飲んだことにより、少女の顔は苦悶に満ちた表情となる。 王妃は少女の美しさが妬ましかった。 そこで命を落としたとされる少女を助けるは一人の王子。 スラリとした体型の美しい王子、ではなく、体格の良い少し脳筋気味な王子。 お供をするは、吊り目で小柄な見た目も中身も猫のように気まぐれな従者。 か○みよ、○がみ…ではないけれど、毒と美しさに翻弄される女性と立ち向かうお姫様なお話。 ハピエン大好き、自己満、ご都合主義な作者による作品です。 同名キャラで複数の作品を書いています。 立場やシチュエーションがちょっと違ったり、サブキャラがメインとなるストーリーをなどを書いています。 ところどころリンクもしています。 ※小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿しています!

ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています

木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。 少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが…… 陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。 どちらからお読み頂いても話は通じます。

逆行したので運命を変えようとしたら、全ておばあさまの掌の上でした

ひとみん
恋愛
夫に殺されたはずなのに、目覚めれば五才に戻っていた。同じ運命は嫌だと、足掻きはじめるクロエ。 なんとか前に死んだ年齢を超えられたけど、実は何やら祖母が裏で色々動いていたらしい。 ザル設定のご都合主義です。 最初はほぼ状況説明的文章です・・・

薬師の能力を買われた嫁ぎ先は闇の仕事を請け負う一族でした

あねもね
恋愛
薬師として働くエリーゼ・バリエンホルムは貴族の娘。 しかし両親が亡くなって以降、叔父に家を追い出されていた。エリーゼは自分の生活と弟の学費を稼ぐために頑張っていたが、店の立ち退きを迫られる事態となる。同時期に、好意を寄せていたシメオン・ラウル・アランブール伯爵からプロポーズを申し込まれていたものの、その申し出を受けず、娼館に足を踏み入れることにした。 エリーゼが娼館にいることを知ったシメオンは、エリーゼを大金で身請けして屋敷に連れ帰る。けれどそこは闇の仕事を請け負う一族で、シメオンはエリーゼに毒薬作りを命じた。 薬師としての矜持を踏みにじられ、一度は泣き崩れたエリーゼだったが……。 ――私は私の信念で戦う。決して誰にも屈しない。

姉に代わって立派に息子を育てます! 前日譚

mio
恋愛
ウェルカ・ティー・バーセリクは侯爵家の二女であるが、母亡き後に侯爵家に嫁いできた義母、転がり込んできた義妹に姉と共に邪魔者扱いされていた。 王家へと嫁ぐ姉について王都に移住したウェルカは侯爵家から離れて、実母の実家へと身を寄せることになった。姉が嫁ぐ中、学園に通いながらウェルカは自分の才能を伸ばしていく。 数年後、多少の問題を抱えつつ姉は懐妊。しかし、出産と同時にその命は尽きてしまう。そして残された息子をウェルカは姉に代わって育てる決意をした。そのためにはなんとしても王宮での地位を確立しなければ! 自分でも考えていたよりだいぶ話数が伸びてしまったため、こちらを姉が子を産むまでの前日譚として本編は別に作っていきたいと思います。申し訳ございません。

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

バイトの時間なのでお先に失礼します!~普通科と特進科の相互理解~

スズキアカネ
恋愛
バイト三昧の変わり者な普通科の彼女と、美形・高身長・秀才の三拍子揃った特進科の彼。 何もかもが違う、相容れないはずの彼らの学園生活をハチャメチャに描いた和風青春現代ラブコメ。 ◇◆◇ 作品の転載転用は禁止です。著作権は放棄しておりません。 DO NOT REPOST.

悪夢から逃れたら前世の夫がおかしい

はなまる
恋愛
ミモザは結婚している。だが夫のライオスには愛人がいてミモザは見向きもされない。それなのに義理母は跡取りを待ち望んでいる。だが息子のライオスはミモザと初夜の一度っきり相手をして後は一切接触して来ない。  義理母はどうにかして跡取りをと考えとんでもないことを思いつく。  それは自分の夫クリスト。ミモザに取ったら義理父を受け入れさせることだった。  こんなの悪夢としか思えない。そんな状況で階段から落ちそうになって前世を思い出す。その時助けてくれた男が前世の夫セルカークだったなんて…  セルカークもとんでもない夫だった。ミモザはとうとうこんな悪夢に立ち向かうことにする。  短編スタートでしたが、思ったより文字数が増えそうです。もうしばらくお付き合い痛手蹴るとすごくうれしいです。最後目でよろしくお願いします。

処理中です...