30 / 56
胸の苦しさ
しおりを挟む
「わわわ、私なんかが王族専用の休憩室を使用するなんて……畏れ多いですっ!」
「ごめんなさい。フィル様が心配そうなのでメグさんと一緒に待っていると伝えてしまいました」
そわそわと落ち着かないメグに詫びれば、メグはソファーの上で垂直に弾むような勢いで顔を上げて否定した。
「いえっ、トーカ様のせいではなくて、むしろ社交をしなくて済むので助かってはいますが、場違い感が半端なくて居たたまれないだけですので、気にしないでくださいっ!」
社交の邪魔をしてしまっただろうかと内心気になっていたので、透花はほっと息を吐いた。貴賓室としても使用されるため、室内に揃えられた品はどれも高級品でメグの気持ちは分からないでもない。
「会場に戻りますか?実は……フィル様のダンスを見てみたくて……」
大人しくしておいたほうがフィルも安心だろうと思ったが、部屋にいるようには言われていないし、一人にならなければ問題ないだろう。
「まあ、それでしたら是非参りましょう。フィル殿下はダンスもお上手ですから、見ているだけでも楽しんでいただけるかと思いますよ」
途端に笑顔になったメグの表情は優しい。緊張しやすい彼女だが、透花のことは気に掛けてくれているようで、こういう時の判断力は早いのだ。
室内にいた侍女や騎士に伝言を頼み、二人で会場に戻った。透花に気づいた周囲から視線を感じるものの、先程の一件で警戒されているのか声を掛けられることはない。
「まもなく始まるようですよ」
控えめに流れていた演奏が止まり、人々の視線が中央のダンスホールへと注がれる。中央へと進むフィルとデイジーの堂々として気品を感じられる立ち振る舞いに自然と感嘆が漏れた。
曲が始まると流れるようなステップと、柔らかなターンにふわりとドレスの裾が舞う。
繊細で優雅な動きは美しく、微笑みあう男女は親密さを感じさせる。
(王子様とお姫様みたい……)
フィルは第一王子であり、デイジーは公爵令嬢で第二王子の婚約者なのだから、その感想は間違いではない。あちらが本物なのだという実感が湧いて、自分が恥ずかしく思えてきた。
綺麗に着飾ってもらって外見だけはお姫様みたいになったが、中身はただの一般人なのだと思い知らされる。見惚れてしまうほどに美しい光景なのに、胸が苦しくなるのは何故だろう。
「メグさん、すぐに戻りますので」
「トーカ様、一緒に……」
同行してくれようとするメグを笑顔で制して、透花はお手洗いに向かった。少しだけ一人で頭を冷やす時間が欲しかったのだ。
(デイジー様にフィーを取られたみたいで嫌だったのかな……)
過保護だと言いながらいつの間にかフィルに依存していたのかもしれない。変わろうと決めたのに、鏡の中の自分は情けない顔をしている。冷たい水で顔を洗いたかったが、化粧をしてもらっているので濡らすわけにはいかない。
だがこんな表情で戻ればフィルを心配させてしまう。
夜風に当たれば少しは気が紛れるだろうかと、透花は庭のほうへと向かった。
月明りが照らす庭に出ると喧騒が遠ざかり、ひんやりとした冷たい風が頬に心地よい。
(何だか懐かしいな)
家族が寝静まったあとに夜空を見上げるのが透花の習慣だった。怖いことも悲しいことも夜空を見ると心が凪いで少しだけ頑張れるような気がしていたことを思い出す。
フィルの側にいる時も同じような気持ちになれるから、眠いのを我慢して夜中に起きている必要はなくなった。
(少しフィーから離れないと嫌われちゃう……)
ただでさえ透花は鈍いのだから、手遅れになる前に自分から行動しなくてはならない。少し距離を置くだけ、そう思うのに鼻の奥がつんとする。
かさりと何かが動く音がして、透花はそちらに顔を向けると木の上にいる人物と目が合った。
夜闇の中でもきらりと光る黄金色の瞳は梟を連想させる。そのせいかその人物がすぐそばに降り立っても怖いとは思わなかった。
「ずいぶん不用心だな、姫さん」
「すみません。あの、お姫様ではないです」
つい口癖で謝ってしまうと、男は呆れたように鼻を鳴らした。
「不審者に謝るよりも、悲鳴を上げるなり、逃げ出すなりしないと駄目だろう。警備も甘いが、姫さん自身に危機感がなさすぎる」
訂正したのに姫さんと呼び続ける男を改めて観察すると、黒装束に身を包み、顔もフードとマスクで覆われていて確かに不審者らしい装いで、鮮やかな瞳が透花をまっすぐに見つめている。
(悪い人には見えないけど……)
脅迫や暴力を振るわれるような気配があれば、即座に逃げ出していただろう。だが親切に忠告をしてくれた相手を不審者として報告するのも気が進まない。
「夜会の最中にどうしてこんなところに来たんだ?」
「ちょっと風に当たりたくて、抜け出してきました」
正直に話すと、その瞳がいたずらっぽく弧を描いた。
「攫ってやろうか?」
「え……?」
「さっきも泣きそうな顔してただろう?姫さんが望むならここから連れ出してやるよ」
見られていたのかと恥ずかしく思ったが、自分のことを不審者だと言いながらも気遣いを見せる男の言動のちぐはぐさが可笑しくなって笑い声が漏れた。
「トーカ様!」
切迫したようなフィルの声が聞こえて、透花は思わず身体を震わせた。心配を掛けてしまっただけでなく、もしかしてダンスの邪魔をしてしまったかもしれない。
申し訳なさにぐっと胸が苦しくなったが、突然の浮遊感に顔を上げると男の顔がすぐそばにあった。
「一緒に逃げるぞ、姫さん」
「え……待っ……」
男は透花の返事を待つことなく、透花を抱えたまま軽々と城壁を飛び越える。
突然の事態に呆然とする透花の耳に自分の名を呼ぶフィルの声がいつまでも残っていた。
「ごめんなさい。フィル様が心配そうなのでメグさんと一緒に待っていると伝えてしまいました」
そわそわと落ち着かないメグに詫びれば、メグはソファーの上で垂直に弾むような勢いで顔を上げて否定した。
「いえっ、トーカ様のせいではなくて、むしろ社交をしなくて済むので助かってはいますが、場違い感が半端なくて居たたまれないだけですので、気にしないでくださいっ!」
社交の邪魔をしてしまっただろうかと内心気になっていたので、透花はほっと息を吐いた。貴賓室としても使用されるため、室内に揃えられた品はどれも高級品でメグの気持ちは分からないでもない。
「会場に戻りますか?実は……フィル様のダンスを見てみたくて……」
大人しくしておいたほうがフィルも安心だろうと思ったが、部屋にいるようには言われていないし、一人にならなければ問題ないだろう。
「まあ、それでしたら是非参りましょう。フィル殿下はダンスもお上手ですから、見ているだけでも楽しんでいただけるかと思いますよ」
途端に笑顔になったメグの表情は優しい。緊張しやすい彼女だが、透花のことは気に掛けてくれているようで、こういう時の判断力は早いのだ。
室内にいた侍女や騎士に伝言を頼み、二人で会場に戻った。透花に気づいた周囲から視線を感じるものの、先程の一件で警戒されているのか声を掛けられることはない。
「まもなく始まるようですよ」
控えめに流れていた演奏が止まり、人々の視線が中央のダンスホールへと注がれる。中央へと進むフィルとデイジーの堂々として気品を感じられる立ち振る舞いに自然と感嘆が漏れた。
曲が始まると流れるようなステップと、柔らかなターンにふわりとドレスの裾が舞う。
繊細で優雅な動きは美しく、微笑みあう男女は親密さを感じさせる。
(王子様とお姫様みたい……)
フィルは第一王子であり、デイジーは公爵令嬢で第二王子の婚約者なのだから、その感想は間違いではない。あちらが本物なのだという実感が湧いて、自分が恥ずかしく思えてきた。
綺麗に着飾ってもらって外見だけはお姫様みたいになったが、中身はただの一般人なのだと思い知らされる。見惚れてしまうほどに美しい光景なのに、胸が苦しくなるのは何故だろう。
「メグさん、すぐに戻りますので」
「トーカ様、一緒に……」
同行してくれようとするメグを笑顔で制して、透花はお手洗いに向かった。少しだけ一人で頭を冷やす時間が欲しかったのだ。
(デイジー様にフィーを取られたみたいで嫌だったのかな……)
過保護だと言いながらいつの間にかフィルに依存していたのかもしれない。変わろうと決めたのに、鏡の中の自分は情けない顔をしている。冷たい水で顔を洗いたかったが、化粧をしてもらっているので濡らすわけにはいかない。
だがこんな表情で戻ればフィルを心配させてしまう。
夜風に当たれば少しは気が紛れるだろうかと、透花は庭のほうへと向かった。
月明りが照らす庭に出ると喧騒が遠ざかり、ひんやりとした冷たい風が頬に心地よい。
(何だか懐かしいな)
家族が寝静まったあとに夜空を見上げるのが透花の習慣だった。怖いことも悲しいことも夜空を見ると心が凪いで少しだけ頑張れるような気がしていたことを思い出す。
フィルの側にいる時も同じような気持ちになれるから、眠いのを我慢して夜中に起きている必要はなくなった。
(少しフィーから離れないと嫌われちゃう……)
ただでさえ透花は鈍いのだから、手遅れになる前に自分から行動しなくてはならない。少し距離を置くだけ、そう思うのに鼻の奥がつんとする。
かさりと何かが動く音がして、透花はそちらに顔を向けると木の上にいる人物と目が合った。
夜闇の中でもきらりと光る黄金色の瞳は梟を連想させる。そのせいかその人物がすぐそばに降り立っても怖いとは思わなかった。
「ずいぶん不用心だな、姫さん」
「すみません。あの、お姫様ではないです」
つい口癖で謝ってしまうと、男は呆れたように鼻を鳴らした。
「不審者に謝るよりも、悲鳴を上げるなり、逃げ出すなりしないと駄目だろう。警備も甘いが、姫さん自身に危機感がなさすぎる」
訂正したのに姫さんと呼び続ける男を改めて観察すると、黒装束に身を包み、顔もフードとマスクで覆われていて確かに不審者らしい装いで、鮮やかな瞳が透花をまっすぐに見つめている。
(悪い人には見えないけど……)
脅迫や暴力を振るわれるような気配があれば、即座に逃げ出していただろう。だが親切に忠告をしてくれた相手を不審者として報告するのも気が進まない。
「夜会の最中にどうしてこんなところに来たんだ?」
「ちょっと風に当たりたくて、抜け出してきました」
正直に話すと、その瞳がいたずらっぽく弧を描いた。
「攫ってやろうか?」
「え……?」
「さっきも泣きそうな顔してただろう?姫さんが望むならここから連れ出してやるよ」
見られていたのかと恥ずかしく思ったが、自分のことを不審者だと言いながらも気遣いを見せる男の言動のちぐはぐさが可笑しくなって笑い声が漏れた。
「トーカ様!」
切迫したようなフィルの声が聞こえて、透花は思わず身体を震わせた。心配を掛けてしまっただけでなく、もしかしてダンスの邪魔をしてしまったかもしれない。
申し訳なさにぐっと胸が苦しくなったが、突然の浮遊感に顔を上げると男の顔がすぐそばにあった。
「一緒に逃げるぞ、姫さん」
「え……待っ……」
男は透花の返事を待つことなく、透花を抱えたまま軽々と城壁を飛び越える。
突然の事態に呆然とする透花の耳に自分の名を呼ぶフィルの声がいつまでも残っていた。
46
あなたにおすすめの小説
差し出された毒杯
しろねこ。
恋愛
深い森の中。
一人のお姫様が王妃より毒杯を授けられる。
「あなたのその表情が見たかった」
毒を飲んだことにより、少女の顔は苦悶に満ちた表情となる。
王妃は少女の美しさが妬ましかった。
そこで命を落としたとされる少女を助けるは一人の王子。
スラリとした体型の美しい王子、ではなく、体格の良い少し脳筋気味な王子。
お供をするは、吊り目で小柄な見た目も中身も猫のように気まぐれな従者。
か○みよ、○がみ…ではないけれど、毒と美しさに翻弄される女性と立ち向かうお姫様なお話。
ハピエン大好き、自己満、ご都合主義な作者による作品です。
同名キャラで複数の作品を書いています。
立場やシチュエーションがちょっと違ったり、サブキャラがメインとなるストーリーをなどを書いています。
ところどころリンクもしています。
※小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿しています!
ざまぁに失敗したけど辺境伯に溺愛されています
木漏れ日
恋愛
天才魔術師セディが自分の番である『異界渡りの姫』を召喚したとき、16歳の少女奈緒はそれに巻き込まれて、壁外という身分を持たない人々が住む場所に落ちました。
少女は自分を異世界トリップに巻き込んだ『異界渡り姫』に復讐しようとして失敗。なぜかロビン辺境伯は少女も『異界渡りの姫』だと言って溺愛するのですが……
陰陽の姫シリーズ『図書館の幽霊って私のことですか?』と連動しています。
どちらからお読み頂いても話は通じます。
逆行したので運命を変えようとしたら、全ておばあさまの掌の上でした
ひとみん
恋愛
夫に殺されたはずなのに、目覚めれば五才に戻っていた。同じ運命は嫌だと、足掻きはじめるクロエ。
なんとか前に死んだ年齢を超えられたけど、実は何やら祖母が裏で色々動いていたらしい。
ザル設定のご都合主義です。
最初はほぼ状況説明的文章です・・・
姉に代わって立派に息子を育てます! 前日譚
mio
恋愛
ウェルカ・ティー・バーセリクは侯爵家の二女であるが、母亡き後に侯爵家に嫁いできた義母、転がり込んできた義妹に姉と共に邪魔者扱いされていた。
王家へと嫁ぐ姉について王都に移住したウェルカは侯爵家から離れて、実母の実家へと身を寄せることになった。姉が嫁ぐ中、学園に通いながらウェルカは自分の才能を伸ばしていく。
数年後、多少の問題を抱えつつ姉は懐妊。しかし、出産と同時にその命は尽きてしまう。そして残された息子をウェルカは姉に代わって育てる決意をした。そのためにはなんとしても王宮での地位を確立しなければ!
自分でも考えていたよりだいぶ話数が伸びてしまったため、こちらを姉が子を産むまでの前日譚として本編は別に作っていきたいと思います。申し訳ございません。
虐げられ続けてきたお嬢様、全てを踏み台に幸せになることにしました。
ラディ
恋愛
一つ違いの姉と比べられる為に、愚かであることを強制され矯正されて育った妹。
家族からだけではなく、侍女や使用人からも虐げられ弄ばれ続けてきた。
劣悪こそが彼女と標準となっていたある日。
一人の男が現れる。
彼女の人生は彼の登場により一変する。
この機を逃さぬよう、彼女は。
幸せになることに、決めた。
■完結しました! 現在はルビ振りを調整中です!
■第14回恋愛小説大賞99位でした! 応援ありがとうございました!
■感想や御要望などお気軽にどうぞ!
■エールやいいねも励みになります!
■こちらの他にいくつか話を書いてますのでよろしければ、登録コンテンツから是非に。
※一部サブタイトルが文字化けで表示されているのは演出上の仕様です。お使いの端末、表示されているページは正常です。
バイトの時間なのでお先に失礼します!~普通科と特進科の相互理解~
スズキアカネ
恋愛
バイト三昧の変わり者な普通科の彼女と、美形・高身長・秀才の三拍子揃った特進科の彼。
何もかもが違う、相容れないはずの彼らの学園生活をハチャメチャに描いた和風青春現代ラブコメ。
◇◆◇
作品の転載転用は禁止です。著作権は放棄しておりません。
DO NOT REPOST.
妹がいなくなった
アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。
メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。
お父様とお母様の泣き声が聞こえる。
「うるさくて寝ていられないわ」
妹は我が家の宝。
お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。
妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?
薬師の能力を買われた嫁ぎ先は闇の仕事を請け負う一族でした
あねもね
恋愛
薬師として働くエリーゼ・バリエンホルムは貴族の娘。
しかし両親が亡くなって以降、叔父に家を追い出されていた。エリーゼは自分の生活と弟の学費を稼ぐために頑張っていたが、店の立ち退きを迫られる事態となる。同時期に、好意を寄せていたシメオン・ラウル・アランブール伯爵からプロポーズを申し込まれていたものの、その申し出を受けず、娼館に足を踏み入れることにした。
エリーゼが娼館にいることを知ったシメオンは、エリーゼを大金で身請けして屋敷に連れ帰る。けれどそこは闇の仕事を請け負う一族で、シメオンはエリーゼに毒薬作りを命じた。
薬師としての矜持を踏みにじられ、一度は泣き崩れたエリーゼだったが……。
――私は私の信念で戦う。決して誰にも屈しない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる