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立場
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菜々花と向き合い、初めて言いたいことを伝えられた高揚感にすっかり頭から抜け落ちていた。菜々花は透花が逆らうことを決して許さないことを。
「っ!」
「ナナカ嬢、トーカ様から手を離してください!」
突然右手を摑まれた透花が小さく声を上げると同時にフィルが苦言を呈するが、菜々花はどこ吹く風だ。
「あら、だって実際にどういう感覚か知らないことには力の使い方が分かりませんもの」
そう言って菜々花は手を離すどころか、隠れて見えない手の平の部分に親指を食い込ませてくる。我慢できないほどではないが地味に痛い。心配そうなフィルに透花は微笑んで大丈夫だと伝える。
御子である可能性がある菜々花にフィルは強く言えない立場なのだ。
現時点で菜々花は賓客扱いということでそれなりの生活を保障されている。正式に御子と認められれば透花と同等の待遇になり、そうでなければ御子の姉ということを考慮して多少の金銭的援助を行い、市井で暮らすことになるらしい。
ジョナスが教師役として付いているものの、菜々花は座学よりも実技のほうが自分には向いていると主張したため、フィルが難色を示しつつも透花に許可を得て今の状況に至る。
「透花はちゃんと力を使えているのかしら?特段何も感じないのだけど、まさかわざと教えないつもりなの?」
手を摑まれたと同時に止めてしまっていた透花は、慌てて浄化を再開した。
御子の力は人に悪影響を与えないと聞いているが、魔力を他者に流した時の拒否反応を考えるとみだりに触れない方が良いのだと考えていたのだ。
そのせいか集中しようとするのに、いつもより力が不安定で浄化を保つのが難しい。
「今日はここまでにいたしましょう。トーカ様、顔色が優れませんのでこれ以上はご無理をなさいませんよう」
フィルの言葉に力を抜けば、倦怠感に加えて目眩がする。
「フィル様、それでは過去の御子について教えてください。御子についてはフィル様が一番お詳しいのでしょう?」
「ジョナスも神官ですから十分に詳しいですよ。トーカ様をお送りいたしますので、失礼いたします」
エスコートのために差し出された手に指先を重ねれば、温かさに心が安らぐ。しっかりしなければと自分を鼓舞して立ち上がれば、フィルがしっかりと手を握りしめてくれた。
「どうしてフィル様は透花ばかり構われるのですか?私はただフィル様と仲良くなりたいだけなのに……」
「御子を優先するのは王族としての務めですから。ナナカ嬢も今は大切な時期ですので、御子教育を優先されてください」
さらりと躱しながら、フィルは透花の体重を自分のほうに預けさせようとさり気なく手を引いた。透花の不調に気づいているようだが、ここで透花を抱き上げるのは悪手だと考えたのだろう。
ただでさえ透花が特別扱いされていることに不満があるようだが、今のところフィルが上手に逸らして切り抜けている状況だ。
(フィーを困らせないようにしたいのに……)
決別するつもりで伝えた言葉が、菜々花の逆燐に触れてしまったことで透花に関わってくるようになってしまった。
大人しく昔のように振舞っていれば、菜々花の自尊心は満たされたに違いなかったが、それはそれで問題が起こった気がする。
部屋を出た途端に抱き上げられて、透花は力を抜いた。普段であれば城内でそのような振る舞いはよろしくないと拒否するところだが、そんな余裕はない。
「トーカ、ごめん。君にばかり負担を強いている」
菜々花の前で倒れなくてよかったと考えていると、沈痛な声が落ちた。目を閉じていても早く部屋で休ませようと急ぐ靴音が聞こえているし、しっかり支えてくれる腕には安心感しかないのに、気に病ませてしまったことが心苦しい。
「フィーが一緒だから大丈夫だよ。迷惑かけてごめんね。……ありがとう」
透花がそう言うとフィルは笑顔を浮かべてくれたものの、いつものような穏やかなものではなくどこか悲しげに見えた。揺れる視界と疲労感からその理由を深く考えられなかった透花だったが、思えばあの時からフィルは懸念していたのかもしれない。
部屋に戻った透花にミレーは特製のお茶を用意してくれたし、フィルは遅くまで透花の側にいて見守ってくれていた。
だがその翌日、頭痛と眩暈が酷くて起き上がれない透花をフィルが訪れることはなかった。精神的負担によるものだと診断されていたため、一人で休めるよう気を遣ってくれたのだろうとしか考えなかったのだ。
そして今朝、透花を訪れたフィルの表情は固い。
「ナナカ嬢が御子の力を使えるようになった」
どくりと心臓が嫌な音を立てる。
その可能性は示唆されていたはずなのに、どこかで透花は驕っていたのかもしれない。菜々花は御子の証である色違いの瞳ではないし、祈りの間に現れなかったことで心のどこかで御子でないと考えてしまっていたのだろう。
「もちろんトーカも御子であることに変わりはないよ。ただ僕はナナカ…様にもお仕えする義務があるから、以前と同じように頻繁にこちらには来られなくなる。彼女をトーカに近づけたくはないから、ここ以外の場所で納得してもらった」
「……うん、御子が大切な存在だと分かっているから大丈夫だよ。私もしっかり役目を果たせるようもっと頑張るから――」
抱き寄せられたのは一瞬で髪に柔らかな感触が落ちた。
「トーカ、僕の気持ちは変わらない。御子だからじゃなくトーカだから好きなんだ。どうか忘れないで」
懇願するような口調に顔を上げると、瑠璃色の瞳が切なそうに揺れていて、そのことが一層透花の不安を煽る。そんな心情を読み取ったのかフィルが、いつもの優しい笑みに表情を切り替えた。
「僕が不在の時はジョナスを付けるようにするから、心配しないで。頑張り過ぎて無理をしては駄目だよ」
「フィーも無理しないでね。……菜々花のことなら私は大丈夫だから」
同等の立場を得たのなら、菜々花はもう遠慮はしないだろう。だがフィルは微笑んだまま、透花の言葉に頷くことはなかった。
「っ!」
「ナナカ嬢、トーカ様から手を離してください!」
突然右手を摑まれた透花が小さく声を上げると同時にフィルが苦言を呈するが、菜々花はどこ吹く風だ。
「あら、だって実際にどういう感覚か知らないことには力の使い方が分かりませんもの」
そう言って菜々花は手を離すどころか、隠れて見えない手の平の部分に親指を食い込ませてくる。我慢できないほどではないが地味に痛い。心配そうなフィルに透花は微笑んで大丈夫だと伝える。
御子である可能性がある菜々花にフィルは強く言えない立場なのだ。
現時点で菜々花は賓客扱いということでそれなりの生活を保障されている。正式に御子と認められれば透花と同等の待遇になり、そうでなければ御子の姉ということを考慮して多少の金銭的援助を行い、市井で暮らすことになるらしい。
ジョナスが教師役として付いているものの、菜々花は座学よりも実技のほうが自分には向いていると主張したため、フィルが難色を示しつつも透花に許可を得て今の状況に至る。
「透花はちゃんと力を使えているのかしら?特段何も感じないのだけど、まさかわざと教えないつもりなの?」
手を摑まれたと同時に止めてしまっていた透花は、慌てて浄化を再開した。
御子の力は人に悪影響を与えないと聞いているが、魔力を他者に流した時の拒否反応を考えるとみだりに触れない方が良いのだと考えていたのだ。
そのせいか集中しようとするのに、いつもより力が不安定で浄化を保つのが難しい。
「今日はここまでにいたしましょう。トーカ様、顔色が優れませんのでこれ以上はご無理をなさいませんよう」
フィルの言葉に力を抜けば、倦怠感に加えて目眩がする。
「フィル様、それでは過去の御子について教えてください。御子についてはフィル様が一番お詳しいのでしょう?」
「ジョナスも神官ですから十分に詳しいですよ。トーカ様をお送りいたしますので、失礼いたします」
エスコートのために差し出された手に指先を重ねれば、温かさに心が安らぐ。しっかりしなければと自分を鼓舞して立ち上がれば、フィルがしっかりと手を握りしめてくれた。
「どうしてフィル様は透花ばかり構われるのですか?私はただフィル様と仲良くなりたいだけなのに……」
「御子を優先するのは王族としての務めですから。ナナカ嬢も今は大切な時期ですので、御子教育を優先されてください」
さらりと躱しながら、フィルは透花の体重を自分のほうに預けさせようとさり気なく手を引いた。透花の不調に気づいているようだが、ここで透花を抱き上げるのは悪手だと考えたのだろう。
ただでさえ透花が特別扱いされていることに不満があるようだが、今のところフィルが上手に逸らして切り抜けている状況だ。
(フィーを困らせないようにしたいのに……)
決別するつもりで伝えた言葉が、菜々花の逆燐に触れてしまったことで透花に関わってくるようになってしまった。
大人しく昔のように振舞っていれば、菜々花の自尊心は満たされたに違いなかったが、それはそれで問題が起こった気がする。
部屋を出た途端に抱き上げられて、透花は力を抜いた。普段であれば城内でそのような振る舞いはよろしくないと拒否するところだが、そんな余裕はない。
「トーカ、ごめん。君にばかり負担を強いている」
菜々花の前で倒れなくてよかったと考えていると、沈痛な声が落ちた。目を閉じていても早く部屋で休ませようと急ぐ靴音が聞こえているし、しっかり支えてくれる腕には安心感しかないのに、気に病ませてしまったことが心苦しい。
「フィーが一緒だから大丈夫だよ。迷惑かけてごめんね。……ありがとう」
透花がそう言うとフィルは笑顔を浮かべてくれたものの、いつものような穏やかなものではなくどこか悲しげに見えた。揺れる視界と疲労感からその理由を深く考えられなかった透花だったが、思えばあの時からフィルは懸念していたのかもしれない。
部屋に戻った透花にミレーは特製のお茶を用意してくれたし、フィルは遅くまで透花の側にいて見守ってくれていた。
だがその翌日、頭痛と眩暈が酷くて起き上がれない透花をフィルが訪れることはなかった。精神的負担によるものだと診断されていたため、一人で休めるよう気を遣ってくれたのだろうとしか考えなかったのだ。
そして今朝、透花を訪れたフィルの表情は固い。
「ナナカ嬢が御子の力を使えるようになった」
どくりと心臓が嫌な音を立てる。
その可能性は示唆されていたはずなのに、どこかで透花は驕っていたのかもしれない。菜々花は御子の証である色違いの瞳ではないし、祈りの間に現れなかったことで心のどこかで御子でないと考えてしまっていたのだろう。
「もちろんトーカも御子であることに変わりはないよ。ただ僕はナナカ…様にもお仕えする義務があるから、以前と同じように頻繁にこちらには来られなくなる。彼女をトーカに近づけたくはないから、ここ以外の場所で納得してもらった」
「……うん、御子が大切な存在だと分かっているから大丈夫だよ。私もしっかり役目を果たせるようもっと頑張るから――」
抱き寄せられたのは一瞬で髪に柔らかな感触が落ちた。
「トーカ、僕の気持ちは変わらない。御子だからじゃなくトーカだから好きなんだ。どうか忘れないで」
懇願するような口調に顔を上げると、瑠璃色の瞳が切なそうに揺れていて、そのことが一層透花の不安を煽る。そんな心情を読み取ったのかフィルが、いつもの優しい笑みに表情を切り替えた。
「僕が不在の時はジョナスを付けるようにするから、心配しないで。頑張り過ぎて無理をしては駄目だよ」
「フィーも無理しないでね。……菜々花のことなら私は大丈夫だから」
同等の立場を得たのなら、菜々花はもう遠慮はしないだろう。だがフィルは微笑んだまま、透花の言葉に頷くことはなかった。
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