一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景

文字の大きさ
6 / 58

求婚と願い

しおりを挟む
「楽にしてくれ。急に押し掛けたのはこちらのほうなのだから気遣いは無用だ」

その言葉に顔を上げるとカイルはシャーロットに顔を向けていた。何もかも見透かされてしまいそうな瞳から一礼することで視線を逸らす。
お茶の支度を整えた侍女が退出すると、カイルはようやく訪問の意図を告げた。

「今回の訪問は非公式のため先触れも出さずに失礼した。だが婚約の申し入れをするのに手紙だけで済ますのも不誠実だからな」
「とんでもございません。娘のためにそこまでご配慮いただき、感謝申し上げます」

サイラスは恐縮する素振りを見せそつのない返答をしているが、本心では何を考えているか分からない。話が途中で終わってしまったためにサイラスがこの婚約をどう捉えているのかシャーロットには判断が付かなかった。

(そもそも陛下もどうして私を選んだのかしら)

婚約解消されるような令嬢を大国の皇帝が望むとは思えない。そんなシャーロットの考えを読んだかのようにカイルはシャーロットに視線を向けた。

「シャーロット嬢、婚約を解消されたばかりで不躾な申し入れだと分かっている。だが機を見計らっている間に他の男にかっさらわれるのは我慢がならない。――君はとても魅力的で素敵な女性だから」

カイルの熱のこもった言葉も優しい笑みもシャーロットの心には響かない。それどころか嫌味のつもりなのかとどろりとした嫌な感情が胸の奥で蠢く。

(わざわざ瑕疵のある人間を婚約者に選ぶなんて、裏があるとしか思えないわ)

謙遜も感謝の言葉もなく、シャーロットは無言でカップに手を伸ばし紅茶を口にした。当然カイルを無視した形になり、不敬だと言われても仕方がない。
けれど、もう何もかもがどうでもよくなってしまったのだ。どれだけ正しく振舞おうとしても、他人の意図を考えて行動しても無駄だったから――。

サイラスは咎めるような視線を送っているものの何も言わず、カイルの従者は表情を微動だにしない。それなのにカイルは困ったように眉を下げているが、優しい眼差しでシャーロットを見つめている。
それが妙に癇に障った。

「……陛下は私に何をお望みですか?」
「シャーロット!?」
皇帝相手に遠慮のない質問をした娘を叱責するようにサイラスが叫び声を上げる。

「申し訳ございません。娘は未だショックから立ち直っていない状態でございます。大変光栄なことですが、やはり此度のことは――」
「ブランシェ侯爵」

それは静かな声だった。だがその一言は場の雰囲気を一変させ侯爵が口を噤むのに十分な威圧感を持っていた。緊張が高まり重苦しい空気の中、カイルはふと目元を和らげる。

「君が疑問に思うのは当然だが、答えは簡単だ。俺は愛しいと思う者を妃として迎えたい。シャーロット嬢、君を幸せにすると誓うからどうか俺との結婚を考えてはくれないだろうか?」

(理由を告げる気はないのね)

愛する者へ告げるようなプロポーズの言葉をシャーロットは冷めた気持ちで受け止めた。面識がないのにカイルが自分にそのような気持ちを抱くはずがない。

「――私の婚姻に関することはお父様にお任せしておりますので」

育ててくれたことに対しては恩がある。貴族令嬢であるからには結婚相手が選べないのは普通のことだ。サイラスにとって最も利がある者を選んでくれて構わない。

「ふ、よく似た親子だな。ブランシェ侯爵も同じことを言っていた。どのみち今日返事をもらうつもりはない。君が嫌だというのなら無理を強いるつもりもないから安心してくれ」

その言葉にシャーロットは納得した。何を求められているのかは分からないが、代わりはいくらでもいるのだろう。断られる可能性も含めた申し入れだとするならば、お忍びでの訪問も頷ける。わざわざ皇帝が訪問する理由は謎だが、自分の目で確認したい何かがあるのかもしれない。シャーロットは一応それに見合う相手だったのだろう。

(陛下の申し入れはブランシェ侯爵家にとっても私にとってもメリットしかないわ)

自国の王太子から婚約解消されたシャーロットに婚約の申し入れを行う高位貴族は皆無だろう。内情はどうあれシャーロットは王族の不興を買った令嬢として認識されているのだし、不用意に王族に目を付けられたいと思わない。

だが大国である帝国に嫁げば他国の王族と縁を繋ぐことになり外交面で有利に働くし、ブランシェ侯爵家だけでなくリザレ国も一目置かれる存在となる。そうすれば侯爵家の名誉を回復しつつ、シャーロットも社交の場で肩身の狭い思いをせずに済む。
そして何よりラルフ王太子とカナの姿や噂を見聞きする機会もなくなるだろう。

(選んで良いというのなら、現時点ではこれが最良だわ)

「陛下、この度のお話――謹んでお受けいたしますわ」

淡々と告げるとカイルは驚いたように目を見開いた。皇帝の威光を振りかざさなかったとはいえ、整った面立ちや身分ゆえに断られることなど想定していないだろうと予測していたのだ。その表情が年齢より幼く見えて、シャーロットは溜飲が下がるような気持ちになった。

「シャーロット嬢、いやシャーリーと呼んでも構わないだろうか?」
「申し訳ございません。その愛称で呼ばれることは……あまり好みません」
嬉しそうに目を細めていたカイルの表情が一瞬曇ったが、すぐに穏やかな笑みに変わった。

「そうか。すまない、嬉しさのあまりつい先走ってしまった。――ブランシェ侯爵、少しの間シャーロット嬢と二人で話がしたい。ネイサン、今後の話をしておいてくれ」

カイルの言葉で従者――ネイサンとサイラスが退出して、シャーロットはカイルと二人きりになった。

「俺が自ら訪ねておいて断りにくいことは承知している。だけど君を想う気持ちは本心だし、必ず幸せにすると約束する。だから思うところがあれば何でも言って欲しい」
真剣な眼差しに少しだけ心が揺れそうになり、シャーロットは自分を戒める。

(皇帝陛下ともなれば世間知らずの令嬢を欺くことなど児戯にも等しいのでしょう)

望んでいる振りをしているだけなのに信じてしまえば傷つくのは自分なのだ。
もうあんなに苦しい思いはしたくなかった。

「では一つだけお願いしてもよろしいでしょうか?」
嬉しそうに瞳を輝かせるカイルから僅かに目を逸らしながら、シャーロットは願いを告げる。

「陛下の婚約者として、そしていずれは皇妃としての責務は果たしましょう。ですが私に妻としての役割を求めないでいただきたいのです」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

この婚約は白い結婚に繋がっていたはずですが? 〜深窓の令嬢は赤獅子騎士団長に溺愛される〜

氷雨そら
恋愛
 婚約相手のいない婚約式。  通常であれば、この上なく惨めであろうその場所に、辺境伯令嬢ルナシェは、美しいベールをなびかせて、毅然とした姿で立っていた。  ベールから、こぼれ落ちるような髪は白銀にも見える。プラチナブロンドが、日差しに輝いて神々しい。  さすがは、白薔薇姫との呼び名高い辺境伯令嬢だという周囲の感嘆。  けれど、ルナシェの内心は、実はそれどころではなかった。 (まさかのやり直し……?)  先ほど確かに、ルナシェは断頭台に露と消えたのだ。しかし、この場所は確かに、あの日経験した、たった一人の婚約式だった。  ルナシェは、人生を変えるため、婚約式に現れなかった婚約者に、婚約破棄を告げるため、激戦の地へと足を向けるのだった。 小説家になろう様にも投稿しています。

はじめまして、旦那様。離婚はいつになさいます?

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
「はじめてお目にかかります。……旦那様」 「……あぁ、君がアグリア、か」 「それで……、離縁はいつになさいます?」  領地の未来を守るため、同じく子爵家の次男で軍人のシオンと期間限定の契約婚をした貧乏貴族令嬢アグリア。  両家の顔合わせなし、婚礼なし、一切の付き合いもなし。それどころかシオン本人とすら一度も顔を合わせることなく結婚したアグリアだったが、長らく戦地へと行っていたシオンと初対面することになった。  帰ってきたその日、アグリアは約束通り離縁を申し出たのだが――。  形だけの結婚をしたはずのふたりは、愛で結ばれた本物の夫婦になれるのか。 ★HOTランキング最高2位をいただきました! ありがとうございます! ※書き上げ済みなので完結保証。他サイトでも掲載中です。

養っていただかなくても結構です!〜政略結婚した夫に放置されているので魔法絵師として自立を目指したら賢者と言われ義母にザマァしました!(続く)

陰陽@4作品商業化(コミカライズ他)
恋愛
養っていただかなくても結構です!〜政略結婚した夫に放置されているので魔法絵師として自立を目指したら賢者と言われ義母にザマァしました!大勢の男性から求婚されましたが誰を選べば正解なのかわかりません!〜 タイトルちょっと変更しました。 政略結婚の夫との冷えきった関係。義母は私が気に入らないらしく、しきりに夫に私と別れて再婚するようほのめかしてくる。 それを否定もしない夫。伯爵夫人の地位を狙って夫をあからさまに誘惑するメイドたち。私の心は限界だった。 なんとか自立するために仕事を始めようとするけれど、夫は自分の仕事につながる社交以外を認めてくれない。 そんな時に出会った画材工房で、私は絵を描く喜びに目覚めた。 そして気付いたのだ。今貴族女性でもつくことの出来る数少ない仕事のひとつである、魔法絵師としての力が私にあることに。 このまま絵を描き続けて、いざという時の為に自立しよう! そう思っていた矢先、高価な魔石の粉末入りの絵の具を夫に捨てられてしまう。 絶望した私は、初めて夫に反抗した。 私の態度に驚いた夫だったけれど、私が絵を描く姿を見てから、なんだか夫の様子が変わってきて……? そして新たに私の前に現れた5人の男性。 宮廷に出入りする化粧師。 新進気鋭の若手魔法絵師。 王弟の子息の魔塔の賢者。 工房長の孫の絵の具職人。 引退した元第一騎士団長。 何故か彼らに口説かれだした私。 このまま自立?再構築? どちらにしても私、一人でも生きていけるように変わりたい! コメントの人気投票で、どのヒーローと結ばれるかが変わるかも?

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~

薄味メロン
恋愛
 HOTランキング 1位 (2019.9.18)  お気に入り4000人突破しました。  次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。  だが、誰も知らなかった。 「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」 「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」  メアリが、追放の準備を整えていたことに。

次期王妃な悪女はひたむかない

三屋城衣智子
恋愛
 公爵家の娘であるウルム=シュテールは、幼い時に見初められ王太子の婚約者となる。  王妃による厳しすぎる妃教育、育もうとした王太子との関係性は最初こそ良かったものの、月日と共に狂いだす。  色々なことが積み重なってもなお、彼女はなんとかしようと努力を続けていた。  しかし、学校入学と共に王太子に忍び寄る女の子の影が。  約束だけは違えまいと思いながら過ごす中、学校の図書室である男子生徒と出会い、仲良くなる。  束の間の安息。  けれど、数多の悪意に襲われついにウルムは心が折れてしまい――。    想いはねじれながらすれ違い、交錯する。  異世界四角恋愛ストーリー。  なろうにも投稿しています。

処理中です...