一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景

文字の大きさ
20 / 58

不調

しおりを挟む
午前中の授業が終わり、教師を見送った直後のことだった。朝から日差しが強く汗ばむほどの陽気になっていたが、不意に涼やかな風を感じてシャーロットが窓の方を振り返った途端に視界が歪んだ。

「お嬢様!?」
驚いたケイシーの声が遠くから聞こえ、その呼び方を懐かしいと感じる余裕さえあったのに身体は言うことを聞かず、シャーロットはそのまま床に倒れ込む。

「お嬢様、大丈夫ですか?!誰かお医者様を!」
すぐに支えてくれた温かい腕がケイシーのものだと傍で叫ぶ声で分かった。

「や……めて、大げさだわ。太陽の光に、目が眩んだだけよ」
頭がくらくらして視界が安定しないが、幸い声を出すことは出来た。

「ですがお嬢様——」
「大丈夫よ。少し休めば良くなるから。こんなことでお医者様を煩わせてはいけないわ」
不安そうなケイシーの言葉を遮り、手を借りてソファーに横になる。


(次の授業まで30分、それぐらい休憩すればきっと何とかなるわ)
少し離れた場所からケイシーとミシェルが小声でやり取りしているようだが、内容までは分からない。もっともこんな状況なのだから、シャーロットの不調にどう対処するかという相談なのだろう。

健康に問題があると疑われたくなかったから出来れば何もしないで欲しかったが、主人の体調管理も侍女の責任範囲である。ケイシーはともかくミシェルの本来の雇用主は皇太后のため、意見を強く主張することは出来なかった。

扉の開閉音が聞こえると、二人は部屋から出て行ったようで室内は静かになった。彼女たちが戻ってくる前には大丈夫な姿を見せなければと、シャーロットは目を閉じたまま溜息を吐く。少し気分が悪かったが、軽度の不調ならすぐに収まるだろうと自分自身に言い聞かせる。
だが、それからすぐにノックもなくドアが開いた。そのことに驚いて目を開くと真剣な表情のカイルと目があった。

「――カイル陛下、どうしてこちらに?」
「そのままでいい。気分はどうだ?すぐに医者が来るからな」

起き上がろうとしたシャーロットを制して、カイルはソファーの前に跪いたかと思うとシャーロットを抱き上げた。

「陛下!お待ちください。わ、私一人で立てますわ!」
「駄目だ。大人しくしていろ」

カイルは軽々とシャーロットを抱えてベッドに向かう。壊れ物を扱うかのようにそっと下ろされて、シャーロットは早鐘を打つ鼓動をなだめながらも意識的に笑みを浮かべた。

「本当に大丈夫ですのよ。うっかり太陽を見てしまって目眩がしただけですから、お医者様に診ていただくようなことではございませんわ」
「ロティ、俺は君の大丈夫を信用しないことにした」

無理をしているのではないかと指摘されたのは、ほんの数日前のこと。軽微な不調であるもののカイルの懸念が的中した形になり、シャーロットは居たたまれなさに身を縮める。

「……申し訳ございません」
「謝らなくていい。だが無理をしないでくれ。君が倒れたと聞いて心臓が止まるかと思った」
シャーロットの指先を握り締めてカイルは沈痛な面持ちで吐息を漏らす。そんな表情をさせているのは自分が原因だと思うと胸が締め付けられるように苦しくなる。

(こんな風になるのはお母様が亡くなって以来だわ)
すぐに治ると思っていたのに、寝込んで1週間も経たないうちに儚くなってしまった。

二度と会えないのだと分かってからシャーロットは悲しくてどうしようもなかったが、共に悲しみ寄り添ってくれたのは父やケイシーだ。今のカイルと同じように手を握ったり、抱き締めてくれたことを鮮明に思い出す。
あの頃は確かに愛されていたのだと思うと、心が少し軽くなったような気がした。

その後駆けつけた医者からは睡眠不足と過労と診断された。大丈夫だと思っていたが専門家からの見立てにシャーロットは胸を撫でおろしたが、カイルはそう受け取らなかったらしい。

「今日から3日間、予定を全てキャンセルしろ」
ケイシーにそう命じたカイルにシャーロットは慌てて声を上げる。

「カイル陛下、夜はきちんと休みますからそこまでしなくても大丈夫——」
つい先ほど信用しないと言われたため、別の言葉を探しているとカイルが有無を言わせない口調で告げた。

「3日間しっかり休養を取れ。これは命令だ」
「……畏まりました」

不甲斐ない自分が悔しくて目頭が熱くなった。カイルの視線から逃れるように俯くと、優しい手が頭を撫でる。

「何も心配しなくても大丈夫だ。ほら、今は取り敢えず休むことだけを考えていればいい」

申し訳なさでいっぱいになったシャーロットに、カイルは先ほどとは打って変わって優しい声で告げると枕をポンポンと叩く。横になれという意味だと分かるが、皇帝の前でだらしない恰好を見せるのは気恥ずかしいというより畏れ多い。
だが無言の圧力を向けられてシャーロットは覚悟を決めてそろりと身体を横たえた。

カイルが傍にいるのなら眠れないだろうが、少しでも身体を休ませるため目を閉じる。温かい指先が頭を優しく撫でる感触に子供に戻ったような気分だ。心地よい感触に身を委ねるうちにシャーロットはいつの間にか意識を手放していた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を

川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」  とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。  これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。  だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。 新聞と涙 それでも恋をする  あなたの照らす道は祝福《コーデリア》 君のため道に灯りを点けておく 話したいことがある 会いたい《クローヴィス》  これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。 第22回書き出し祭り参加作品 2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます 2025.2.14 後日談を投稿しました

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

噂の悪女が妻になりました

はくまいキャベツ
恋愛
ミラ・イヴァンチスカ。 国王の右腕と言われている宰相を父に持つ彼女は見目麗しく気品溢れる容姿とは裏腹に、父の権力を良い事に贅沢を好み、自分と同等かそれ以上の人間としか付き合わないプライドの塊の様な女だという。 その名前は国中に知れ渡っており、田舎の貧乏貴族ローガン・ウィリアムズの耳にも届いていた。そんな彼に一通の手紙が届く。その手紙にはあの噂の悪女、ミラ・イヴァンチスカとの婚姻を勧める内容が書かれていた。

【完結】この胸が痛むのは

Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」 彼がそう言ったので。 私は縁組をお受けすることにしました。 そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。 亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。 殿下と出会ったのは私が先でしたのに。 幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです…… 姉が亡くなって7年。 政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが 『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。 亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……  ***** サイドストーリー 『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。 こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。 読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです * 他サイトで公開しています。 どうぞよろしくお願い致します。

はじめまして、旦那様。離婚はいつになさいます?

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
「はじめてお目にかかります。……旦那様」 「……あぁ、君がアグリア、か」 「それで……、離縁はいつになさいます?」  領地の未来を守るため、同じく子爵家の次男で軍人のシオンと期間限定の契約婚をした貧乏貴族令嬢アグリア。  両家の顔合わせなし、婚礼なし、一切の付き合いもなし。それどころかシオン本人とすら一度も顔を合わせることなく結婚したアグリアだったが、長らく戦地へと行っていたシオンと初対面することになった。  帰ってきたその日、アグリアは約束通り離縁を申し出たのだが――。  形だけの結婚をしたはずのふたりは、愛で結ばれた本物の夫婦になれるのか。 ★HOTランキング最高2位をいただきました! ありがとうございます! ※書き上げ済みなので完結保証。他サイトでも掲載中です。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

【完結】不誠実な旦那様、目が覚めたのでさよならです。

完菜
恋愛
 王都の端にある森の中に、ひっそりと誰かから隠れるようにしてログハウスが建っていた。 そこには素朴な雰囲気を持つ女性リリーと、金髪で天使のように愛らしい子供、そして中年の女性の三人が暮らしている。この三人どうやら訳ありだ。  ある日リリーは、ケガをした男性を森で見つける。本当は困るのだが、見捨てることもできずに手当をするために自分の家に連れて行くことに……。  その日を境に、何も変わらない日常に少しの変化が生まれる。その森で暮らしていたリリーには、大好きな人から言われる「愛している」という言葉が全てだった。  しかし、あることがきっかけで一瞬にしてその言葉が恐ろしいものに変わってしまう。人を愛するって何なのか? 愛されるって何なのか? リリーが紆余曲折を経て辿り着く愛の形。(全50話)

処理中です...