一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景

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思惑

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「どうしてシャーロット様にお茶会の誘いを?!陛下からは極力関わらないようにとのご指示だったのに!」
部屋に戻るなり勢いよく詰め寄るステフに対して、侍女の恰好をしたアグネスは顔色一つ変えなかった。

「あら、ステフがずっとこのままで良いと言うなら止めてあげてもいいのよ」
途端に押し黙るステフにアグネスは溜息を吐いて告げる。

「第一これは陛下のためなのよ?与えられた役割を全うするのは当然だけど、それ以上の成果が出せなくては意味がないわ」
「……だからと言って陛下のご意向に反する行為は却ってご不興を買いかねない」

むっとした表情で反論するステフを、アグネスは嘲笑するように鼻を鳴らした。
折角あのような形で自然に顔を合わせることが出来たのだから、貴重な機会をみすみす見逃すわけがない。

ステフには全てを告げていないが、ネイサンからの依頼を受けてアグネスはあらゆる方法や可能性を視野に入れ、状況に応じて変更可能な筋書きを立てたのだ。既に離宮入りを果たしシャーロットと対面を終えたこの状況で、いまさら中止にすれば何のために侍女の真似事までしたか分からない。

「私の計画が気に入らないの?ステフ、私は別に侍女の真似事などしなくても良いのよ?」

『不満なら別の者に身の回りの世話をしてもらえ』
言葉の裏に込められたメッセージを正確に読み取って、ステフは必死に首を横に振った。
昔からアグネスに逆らって上手くいったためしなどないのだから、最初から素直に従えばいいのだ。

「ごめんなさい……お願いします」
ステフの返答に満足そうに眼を細めたアグネスは、艶然とした微笑を浮かべて頷いた。



「ステフとのお茶会はいかがでしたか?」
わざとらしい笑顔を張り付けたネイサンに、カイルは無言で溜息を吐いた。

「……どうやって説得した?まさか権力を盾に強制したんじゃないだろうな?」
「ははは、人聞きの悪いことをおっしゃいますね。真摯に丁重にお願いしただけですよ。それにステフは陛下に憧憬を抱いておりましたから、力になりたいと思ってくれたようです」

心外だと言わんばかりの口調だが、面白そうな表情がそれを裏切っている。
元々カイルはネイサンの提案には難色を示していたが、テリーを返してシャーロットが喜んでくれたこと、咄嗟にとはいえもう一度愛称で呼ばれたことに浮かれていてすっかり失念していた。

気づいた時にはすっかり手筈は整っていて、テリーを返すことを決めたのもネイサンの一言があったからだということもあり、割り切れない思いを抱えながらも提案を受けることにしたのだ。

「まさかあそこまで化けるとは思っていなかった……。ステフなら確かに後の心配は必要ないが、そう長い間この茶番を続ける気はないぞ」
「承知しております。それからステフのところに顔を出してくださるなら、シャーロット様とお会いすることを控える必要はございませんよ?」

目下のところ、それが一番の不機嫌な原因となっている。シャーロットの好意を確かめるための茶番劇が始まって以来、シャーロットに会っていない。直接的な嘘を吐いてはいないが騙しているという罪悪感から合わせる顔がないし、何より彼女の反応を見るのが怖いのだ。
お祝いの言葉など掛けられようものなら心が痛むし、簡単に心変わりするような男だと思われていたら絶望的な気分になる。

(ん、待てよ)
そこでカイルは気づいてしまった。

「ネイサン、この場合シャーロットが俺に好意を持っていなかったら、いや持っていたとしても騙して相手の好意を計ろうとしたことは不信感しか与えないのではないか?」
「……まあ、そういうリスクもありますね」

呑気な返答にカイルは思わず机に突っ伏してしまった。

(待て、落ち着け。状況を客観視して最善の行動を考えろ)

だが考えれば考えるほど状況は芳しくない。ネイサンの計画ではシャーロットが無意識に抱いているカイルへの好意を自覚させるための小芝居だったが、あくまでもカイルに好意を持っているという前提の上に成り立っている。
それがなければ全く意味のないことであり、そもそもこの計画にはシャーロットの性格が反映されていないのだ。

(シャーロットは我慢強く、自分の感情に蓋をする傾向がある)

「シャーロットなら自分の感情よりも俺やステフの感情を優先させようとするんじゃないか?」
カイルの指摘にネイサンは目を瞠り顎に手を当てて思案していたが、徐々に気まずそうな表情に変わる。

「……ネイサン?」
「……女性の意見も取り入れて計画しておりましたが、シャーロット様の性格を加味しておりませんでした」

重い沈黙が室内に落ちる。

「おい、ちょっと待て!これまで積み上げてきたシャーロットの信頼がなくなるどころか、マイナスだろうが!」
「申し訳ございません!早急に最善策を練りますので!」

今更本当のことを打ち明けたところで、返ってくるのは軽蔑の眼差しだろうか。婚約者が他の女性に目を向けるなど、かつての婚約者と同類だと思われているかもしれない。

浅はかな考えによる己の失態ぶりにカイルは暗澹とした気持ちで頭を抱えることしか出来なかった。
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