50 / 58
誓い
しおりを挟む
優しい声と背中に触れる大きな手が心地よい。
それなのに心の中ではそんな気持ちを咎める自分自身の声がずっと聞こえている。泣いて同情を引き、甘えることへの免罪符にしている自分が浅ましくて堪らなかった。
(こんな風にカイル様に迷惑を掛け続けてしまえば、いつかは愛想を尽かされてしまうかもしれないのに……)
そこでシャーロットはふと気づいてしまった。
「カイル様、まだ公務のお時間では……」
昼近くまで続く予定だった見送りがこんなに早く終わるはずがない。血の気が引くような思いで確認すれば、カイルはこともなげに言い放った。
「問題ない。あとは皇太后とネイサンに任せている」
「――っ!」
自分のせいで公務を放棄させてしまったことに、どうしようもないほどの罪悪感と恐怖でその場に蹲りそうになる。カナとの面会とてシャーロットの我儘だったのに、カイルに多大な迷惑を掛けてしまった。
(謝らなきゃ…嫌われちゃう……でも、カイル様のためにはその方が良いのかも)
自分の思考に胸が締め付けられるように苦しい。鼻の奥がつんとしてシャーロットは咄嗟に唇を噛みしめて涙を堪える。これ以上カイルに面倒を掛けるわけにはいかなかった。
「ロティの前ではかっこいい男でありたかったんだがな」
苦笑を含んだ声と唐突な発言にシャーロットが思わず顔を上げた。
「本当にロティが気にする必要はないぞ。今まで見送りなんざしてなかったからな。今回は他の奴らに俺の婚約者を自慢したかったのと、ロティと一緒にいる時間を少しでも増やすためにわざわざ入れたんだ」
仕事ならネイサンも文句を言わないからな、そう付け加えたカイルの頬には羞恥のせいか赤みが差している。
さらには気まずそうに眼を逸らす様子からシャーロットを気遣っての言葉ではなく事実なのだとシャーロットは思った。
それでも迷惑を掛けたことに変わりはない。
(でもやっぱり私はカイル様に相応しくない。一緒にいたいけれど、いつか嫌われてしまうのなら今のうちに身を引けば……いえ、個人的な感情でそんな身勝手なことは出来ないわ)
シャーロットの中で様々な感情がせめぎ合う。
「ロティ、君の不安を俺に教えてくれ。どうしたらいいか一緒に考えよう」
いつだってカイルはシャーロットの気持ちを慮ってくれる。大切に守って甘やかしてくれることを素直に喜べないのは、自分にその価値があると思えないからだ。
知られたくない、だけど伝えなくてはいけない言葉を告げるためにシャーロットは口を開いた。
「婚約解消されて、誰にも必要とされない場所に留まるのはとても惨めで辛くて……そこから逃げ出すために私はカイル様の婚約を受けたのです。カイル様はずっと私のことを想って下さっていたのに、そのお気持ちを利用して」
国のため、侯爵家のためと立派な理由を掲げていたが、シャーロットの行動は結局のところ自分の心を守るためだけに選択したものだった。
「私はカイル様の好意に甘えてばかりで、お役に立てておりませんし、この想いも長年想ってくださったカイル様のお気持ちには敵いませんわ」
「ロティ」
カイルが呼ぶ声が聞こえたが、今止めてしまえば逃げてしまいそうで怖かった。自分の言葉が今の関係を壊してしまうのではないかと思うと不安や恐れで顔を上げられない。
「カイル様はいつも他者をを気遣ってくださる優しい方です。お姿も麗しく優秀でいらっしゃるのに、私が貴方のお傍にいるのは——」
相応しくない、そう続けるつもりだった。
「待て、ロティ。それ以上はちょっと、どうしていいか分からない」
動揺したようなカイルの声に顔を上げれば、口元を覆い顔を赤らめているカイルがいた。
予想もしていなかった表情を見てシャーロットが呆然としていると、カイルはシャーロットの肩に顔を埋める。
「何か俺の事すごく好きだと言っているようにしか聞こえない」
幸せ過ぎて顔がやばい、と呟くカイルの声にシャーロットは顔だけでなく全身が熱くなるのを感じた。
「そ、そんなつもりじゃ……!私がカイル様を慕う気持ちは純粋なものばかりでなくて、カイル様とは釣り合わないということを伝えたかったのですわ!」
慌てて弁解するシャーロットの言葉に顔を上げたカイルは幸せそうに、仕方がないなと言わんばかりの表情だ。片手でシャーロットを抱き寄せると頭を撫でながら言い聞かせるような口調で告げる。
「俺だって自分がロティに相応しいのか自信がないぞ?努力家でひたむきで優しい君に相応しい人間でありたいと努力してきたし、これからもそうするつもりだ」
自分を慰めるための言葉なのだろうかという考えがよぎったが、優しい口調とは裏腹にカイルの瞳は真剣そのものだった。
「大体利用したというなら俺の方だろう。ロティが困っているところをつけ込んだし、利用というよりは頼ってくれたようで嬉しかったしな」
同じ状況であるのにシャーロットとカイルでは解釈が全く異なっており、あんなに思い詰めていたのに霧がすっと晴れるような感覚に目を瞠る。
カナにはカナの言い分があったが、それは事実ではなく人によって解釈が違えば受け取り方もまた異なるのだ。
「カイル様……本当に私で良いのですか?」
心から疑っているわけではないが、揺らぐ自分に確信を与えたくて、シャーロットは震えそうな声で尋ねた。
「ロティじゃないと駄目なんだ。俺は君を心から愛している。俺に君と共にいる未来をくれないか?」
シャーロットの手を取り、片膝をついて告げる求婚の言葉に胸がいっぱいになって、涙が一筋こぼれた。
「カイル様、永遠の愛を貴方に捧げますわ。どうかずっと私と一緒にいてくださいませ」
それなのに心の中ではそんな気持ちを咎める自分自身の声がずっと聞こえている。泣いて同情を引き、甘えることへの免罪符にしている自分が浅ましくて堪らなかった。
(こんな風にカイル様に迷惑を掛け続けてしまえば、いつかは愛想を尽かされてしまうかもしれないのに……)
そこでシャーロットはふと気づいてしまった。
「カイル様、まだ公務のお時間では……」
昼近くまで続く予定だった見送りがこんなに早く終わるはずがない。血の気が引くような思いで確認すれば、カイルはこともなげに言い放った。
「問題ない。あとは皇太后とネイサンに任せている」
「――っ!」
自分のせいで公務を放棄させてしまったことに、どうしようもないほどの罪悪感と恐怖でその場に蹲りそうになる。カナとの面会とてシャーロットの我儘だったのに、カイルに多大な迷惑を掛けてしまった。
(謝らなきゃ…嫌われちゃう……でも、カイル様のためにはその方が良いのかも)
自分の思考に胸が締め付けられるように苦しい。鼻の奥がつんとしてシャーロットは咄嗟に唇を噛みしめて涙を堪える。これ以上カイルに面倒を掛けるわけにはいかなかった。
「ロティの前ではかっこいい男でありたかったんだがな」
苦笑を含んだ声と唐突な発言にシャーロットが思わず顔を上げた。
「本当にロティが気にする必要はないぞ。今まで見送りなんざしてなかったからな。今回は他の奴らに俺の婚約者を自慢したかったのと、ロティと一緒にいる時間を少しでも増やすためにわざわざ入れたんだ」
仕事ならネイサンも文句を言わないからな、そう付け加えたカイルの頬には羞恥のせいか赤みが差している。
さらには気まずそうに眼を逸らす様子からシャーロットを気遣っての言葉ではなく事実なのだとシャーロットは思った。
それでも迷惑を掛けたことに変わりはない。
(でもやっぱり私はカイル様に相応しくない。一緒にいたいけれど、いつか嫌われてしまうのなら今のうちに身を引けば……いえ、個人的な感情でそんな身勝手なことは出来ないわ)
シャーロットの中で様々な感情がせめぎ合う。
「ロティ、君の不安を俺に教えてくれ。どうしたらいいか一緒に考えよう」
いつだってカイルはシャーロットの気持ちを慮ってくれる。大切に守って甘やかしてくれることを素直に喜べないのは、自分にその価値があると思えないからだ。
知られたくない、だけど伝えなくてはいけない言葉を告げるためにシャーロットは口を開いた。
「婚約解消されて、誰にも必要とされない場所に留まるのはとても惨めで辛くて……そこから逃げ出すために私はカイル様の婚約を受けたのです。カイル様はずっと私のことを想って下さっていたのに、そのお気持ちを利用して」
国のため、侯爵家のためと立派な理由を掲げていたが、シャーロットの行動は結局のところ自分の心を守るためだけに選択したものだった。
「私はカイル様の好意に甘えてばかりで、お役に立てておりませんし、この想いも長年想ってくださったカイル様のお気持ちには敵いませんわ」
「ロティ」
カイルが呼ぶ声が聞こえたが、今止めてしまえば逃げてしまいそうで怖かった。自分の言葉が今の関係を壊してしまうのではないかと思うと不安や恐れで顔を上げられない。
「カイル様はいつも他者をを気遣ってくださる優しい方です。お姿も麗しく優秀でいらっしゃるのに、私が貴方のお傍にいるのは——」
相応しくない、そう続けるつもりだった。
「待て、ロティ。それ以上はちょっと、どうしていいか分からない」
動揺したようなカイルの声に顔を上げれば、口元を覆い顔を赤らめているカイルがいた。
予想もしていなかった表情を見てシャーロットが呆然としていると、カイルはシャーロットの肩に顔を埋める。
「何か俺の事すごく好きだと言っているようにしか聞こえない」
幸せ過ぎて顔がやばい、と呟くカイルの声にシャーロットは顔だけでなく全身が熱くなるのを感じた。
「そ、そんなつもりじゃ……!私がカイル様を慕う気持ちは純粋なものばかりでなくて、カイル様とは釣り合わないということを伝えたかったのですわ!」
慌てて弁解するシャーロットの言葉に顔を上げたカイルは幸せそうに、仕方がないなと言わんばかりの表情だ。片手でシャーロットを抱き寄せると頭を撫でながら言い聞かせるような口調で告げる。
「俺だって自分がロティに相応しいのか自信がないぞ?努力家でひたむきで優しい君に相応しい人間でありたいと努力してきたし、これからもそうするつもりだ」
自分を慰めるための言葉なのだろうかという考えがよぎったが、優しい口調とは裏腹にカイルの瞳は真剣そのものだった。
「大体利用したというなら俺の方だろう。ロティが困っているところをつけ込んだし、利用というよりは頼ってくれたようで嬉しかったしな」
同じ状況であるのにシャーロットとカイルでは解釈が全く異なっており、あんなに思い詰めていたのに霧がすっと晴れるような感覚に目を瞠る。
カナにはカナの言い分があったが、それは事実ではなく人によって解釈が違えば受け取り方もまた異なるのだ。
「カイル様……本当に私で良いのですか?」
心から疑っているわけではないが、揺らぐ自分に確信を与えたくて、シャーロットは震えそうな声で尋ねた。
「ロティじゃないと駄目なんだ。俺は君を心から愛している。俺に君と共にいる未来をくれないか?」
シャーロットの手を取り、片膝をついて告げる求婚の言葉に胸がいっぱいになって、涙が一筋こぼれた。
「カイル様、永遠の愛を貴方に捧げますわ。どうかずっと私と一緒にいてくださいませ」
89
あなたにおすすめの小説
噂の悪女が妻になりました
はくまいキャベツ
恋愛
ミラ・イヴァンチスカ。
国王の右腕と言われている宰相を父に持つ彼女は見目麗しく気品溢れる容姿とは裏腹に、父の権力を良い事に贅沢を好み、自分と同等かそれ以上の人間としか付き合わないプライドの塊の様な女だという。
その名前は国中に知れ渡っており、田舎の貧乏貴族ローガン・ウィリアムズの耳にも届いていた。そんな彼に一通の手紙が届く。その手紙にはあの噂の悪女、ミラ・イヴァンチスカとの婚姻を勧める内容が書かれていた。
【完結】不誠実な旦那様、目が覚めたのでさよならです。
完菜
恋愛
王都の端にある森の中に、ひっそりと誰かから隠れるようにしてログハウスが建っていた。
そこには素朴な雰囲気を持つ女性リリーと、金髪で天使のように愛らしい子供、そして中年の女性の三人が暮らしている。この三人どうやら訳ありだ。
ある日リリーは、ケガをした男性を森で見つける。本当は困るのだが、見捨てることもできずに手当をするために自分の家に連れて行くことに……。
その日を境に、何も変わらない日常に少しの変化が生まれる。その森で暮らしていたリリーには、大好きな人から言われる「愛している」という言葉が全てだった。
しかし、あることがきっかけで一瞬にしてその言葉が恐ろしいものに変わってしまう。人を愛するって何なのか? 愛されるって何なのか? リリーが紆余曲折を経て辿り着く愛の形。(全50話)
【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
※表紙 AIアプリ作成
優しすぎる王太子に妃は現れない
七宮叶歌
恋愛
『優しすぎる王太子』リュシアンは国民から慕われる一方、貴族からは優柔不断と見られていた。
没落しかけた伯爵家の令嬢エレナは、家を救うため王太子妃選定会に挑み、彼の心を射止めようと決意する。
だが、選定会の裏には思わぬ陰謀が渦巻いていた。翻弄されながらも、エレナは自分の想いを貫けるのか。
国が繁栄する時、青い鳥が現れる――そんな伝承のあるフェラデル国で、優しすぎる王太子と没落令嬢の行く末を、青い鳥は見守っている。
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ
棗
恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。
王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。
長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。
婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。
ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。
濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。
※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています
【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?
氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。
しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。
夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。
小説家なろうにも投稿中
結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。
真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。
親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。
そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。
(しかも私にだけ!!)
社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。
最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。
(((こんな仕打ち、あんまりよーー!!)))
旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる