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入学式と要注意人物たち
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ロワール王立学園は特待生などの一部の例外を除き、基本的に貴族が通う学園だ。遠方から通う生徒のため、広大な学園の敷地内には貴族子女を預かる寮が完備されている。
アネットやクロエの場合、片道1時間半と通えない距離ではなかったが、アネットは通学にかかる費用と効率を理由にカミーユを説得した。
出来る限り家から離れているほうが、自由が利きやすいからだ。
「お姉様、それではまた後程」
「ええ、待っているわ」
明日が入学式なので早々に部屋の片付けや明日の準備をしなければならないが、一緒に夕食を摂る約束をしたので、アネットは上機嫌で自分の寮へと向かった。
「まあ、思ったより良い部屋ね」
「アネット様……」
ジョゼが何を言いたいのかが分かったが、アネットはただ笑ってみせた。
「私が最初に侯爵家で与えられた部屋よりも日当たりが良いし、ちゃんと机も簡易キッチンもあるじゃない」
わざわざ寮を分けられたことで何かあるのだろうと思っていたが、部屋のランクが違うこと、学園から一番遠い位置にあることぐらい大した問題ではない。
「あ、でもジョゼの部屋が手狭なのは申し訳ないわね。良かったらベッドはこっちを使っても―」
「アネット様!もう、分かりました。クロエ様にもミリーさんにも何も言いません」
付き合いが長いと話が早い。
「ジョゼの気持ちは嬉しいのよ。いつもありがとう」
「本当にアネット様は……。お荷物を片付けますから、アネット様はご入学の準備をなさってください。明日は大切な日なのですから」
素直にお礼を言うと、ジョゼは赤くなった顔を隠すかのように急いで荷解きを始めた。大人しく小心者だったメイドも強くたくましくなったが、照れ屋なところは変わっていない。アネットにはそれが嬉しくて温かい気持ちになって見つめていたが――。
「アネット様、顔に締まりがなくて気持ち悪いです」
私の専属メイドはちょっと遠慮がなさすぎる、とアネットは思った。
翌日はクロエと揃って入学式に向かう。
「クロエ、アネット嬢」
背後から掛けられた声は馴染みのあるもので、クロエの表情が僅かにぱっと明るくなったのが分かった。
「おはようございます、セルジュ様」
「おはようございます、殿下」
クロエに続いてアネットも簡易的な挨拶を交わす。
学園内では奨励されないことを互いに分かっているからこそのやり取りだが、見知らぬ男性がセルジュの隣に立っており、どことなく冷ややかな眼差しを向けている。
「私の従弟にあたるナビエ公爵令息のリシャールだ。リシャール、私の婚約者のクロエとその妹のアネット嬢だ」
「お初にお目にかかります、リシャール様。ルヴィエ侯爵家の長女のクロエでございます」
「次女のアネットでございます」
初対面のため、失礼にならない程度に軽く腰を落として挨拶をするクロエに倣ってアネットも続く。
(お姉様、淑女としてのそつのない振る舞い、流石ですわ!!)
クロエへの惜しみない賞賛を心の中で送りながら顔を上げると、リシャールはどこか警戒するような視線をアネットに向けている。その真意を読み取ろうとするが、リシャールはさりげなく視線を逸らした。
「悪いが失礼する」
それだけ告げるとリシャールは一人で先に行ってしまった。
「ふふふ、ごめんね。ちょっと素っ気ないけど、悪い奴じゃないんだ」
弁解するように告げるセルジュだが、その口調がどこか楽しげだ。
「気にしておりませんわ。わたくし達も参りましょう」
「ああ。その前にアネット嬢、特待生入学おめでとう。本当に君はすごいね、クロエと学園生活を送るためにそこまでやってのけるのは流石というか…」
クロエがどれだけ好きかということをセルジュは知っている。互いにクロエへの好意を競っていた時期もあるが、今は良き理解者であり友人だ。
「卒業後は殿下がお姉様を独り占めされるのですから、今は譲っていただきたいですわ」
「はじめのうちは公務の関係で私ではなく母上がクロエを独占することになるだろう。貴重な学園生活をクロエと過ごしたいのは私も同じなのだから、その願いは叶えてやれないな」
こんな軽口もいつものことだったが、クロエの反応は相変わらずだ。
「このような往来でお止めください。……わたくし、先に参りますわ」
ふいと視線を逸らしたクロエの表情は固く、その美貌と切れ長の涼やかな目元と相まって冷ややかに感じられるが僅かにのぞく耳元は真っ赤に染まっている。
「ごめんね、クロエ」
「ごめんなさい、お姉様。一緒に参りましょう」
いつまでたっても好意を伝えると照れてしまうクロエを可愛く思うセルジュとアネットだった。
「――以上、新入生代表アネット・ルヴィエ」
礼儀程度の拍手を浴びながら、本日一番の仕事を終えたアネットは席に戻った。名前を呼ばれ壇上に上がる前まではざわめきの声が上がったものの、それなりに教育を受けた貴族子女たちなのですぐに収まった。
だが内心では納得していないのだろう。今年は優秀と名高い第二王子のセルジュがいたのだ。最優秀成績者が新入生代表挨拶をするのが通例で、誰もがセルジュが行うものだと思いこんでいたので無理もない。
アネットとて目立つつもりはなかったが、クロエの傍にいるための唯一の手段だったのだ。
(さて、プライドの高い貴族のお子様達がどう出るかしらね)
多少の面倒臭さと理不尽さは甘んじようと思いつつ、不快な視線に気づかない振りをするアネットだった。
教室に着くとアネットはまっすぐにクロエの元に向かった。
「お姉様とお席が近くて嬉しいです」
クラスは成績ごとに分かれており、席もまた成績順となっていた。アネットの後ろはセルジュで、クロエの成績は7位でアネットの斜め右、セルジュの隣である。
「アネット嬢、授業中に振り向いたら駄目だよ」
揶揄うように告げるセルジュにアネットは悔しそうに言った。
「殿下こそお隣にお姉様がいらっしゃると集中できないのではありませんか?お困りでしたらいつでも代わって差し上げますよ」
「あはははは」
快活に笑うセルジュに遠巻きにしていた生徒もどことなく緊張が緩んだようだ。学園内では平等が建前ではあるが、王族と同じクラスで過ごすとなると何かと気を遣うのだろう。
何気ない会話を続けるなか、アネットはそれとなくクラスの様子を窺っていた。
だからその女生徒が近づいてくるのも声がかかる前に認識していた。
「失礼いたします、クロエ様。私はロザリー・アルカンと申します。以後お見知りおきを」
「ロザリー様、ご挨拶ありがとうございます。クロエ・ルヴィエと申します。こっちは妹のアネットですわ」
「アネットです。よろしくお願いいたします」
にこやかな笑みを浮かべるアネットだが、ロザリーが少し苛立っていることを察している。王族であるセルジュに直接話しかけることが出来ず、クロエに紹介してもらうつもりだったのに、当てが外れたのだろう。
(お姉様はそういう部分に慣れていないのだから、私が守らなくてはね)
王族と近づきたいと思う気持ちも分からないではないが、クロエを利用するような真似はしてほしくない。
「アルカン侯爵令嬢、久しぶりだね。これからは同級生としてよろしく」
「もったいないお言葉ですわ、殿下。わたくしのほうこそ、どうぞよろしくお願いいたします」
それだけ言うとロザリーはあっさりと離れていった。
短い言葉の中に含まれた意味を正しく読み取った結果なのだろう。婚約者候補であったロザリーに対して、名を呼ばず友人ではなく敢えて同級生と言及したところで踏み込ませないようにしたのだ。
(ならばロザリー様は要注意といったところね。それにしてもさすが王子様、場数の踏み方と言葉選びが完璧だわ)
アネットと目が合ったセルジュが微かに口角を上げる。心強い味方ではあるが、少々悔しい。それでもクロエを守ってくれたのだからと感謝の気持ちを込めてにっこりと笑顔で頷いておく。
「恥知らずにも程がある」
教師が入ってきて席に戻りかけたアネットの耳に辛うじて届くぐらいの小さな声。視界の端に捉えた黒を追いかけると、声の持ち主はセルジュの後ろに腰掛けた。
(あれはリシャール・ナビエ公爵令息……何で?)
第一印象も良くはなかったが、侮蔑に近い言葉を投げつけられるほど気に障るようなことをした覚えはない。
セルジュと親しいようだが、要注意人物リストに入れておくべきだろう。
(しばらくは人間観察で忙しくなりそうね)
真面目な表情で教師の話を聞くふりをしながら、これから想定されるいくつかの面倒事への対処方法をアネットは頭の中で組み立てていた。
アネットやクロエの場合、片道1時間半と通えない距離ではなかったが、アネットは通学にかかる費用と効率を理由にカミーユを説得した。
出来る限り家から離れているほうが、自由が利きやすいからだ。
「お姉様、それではまた後程」
「ええ、待っているわ」
明日が入学式なので早々に部屋の片付けや明日の準備をしなければならないが、一緒に夕食を摂る約束をしたので、アネットは上機嫌で自分の寮へと向かった。
「まあ、思ったより良い部屋ね」
「アネット様……」
ジョゼが何を言いたいのかが分かったが、アネットはただ笑ってみせた。
「私が最初に侯爵家で与えられた部屋よりも日当たりが良いし、ちゃんと机も簡易キッチンもあるじゃない」
わざわざ寮を分けられたことで何かあるのだろうと思っていたが、部屋のランクが違うこと、学園から一番遠い位置にあることぐらい大した問題ではない。
「あ、でもジョゼの部屋が手狭なのは申し訳ないわね。良かったらベッドはこっちを使っても―」
「アネット様!もう、分かりました。クロエ様にもミリーさんにも何も言いません」
付き合いが長いと話が早い。
「ジョゼの気持ちは嬉しいのよ。いつもありがとう」
「本当にアネット様は……。お荷物を片付けますから、アネット様はご入学の準備をなさってください。明日は大切な日なのですから」
素直にお礼を言うと、ジョゼは赤くなった顔を隠すかのように急いで荷解きを始めた。大人しく小心者だったメイドも強くたくましくなったが、照れ屋なところは変わっていない。アネットにはそれが嬉しくて温かい気持ちになって見つめていたが――。
「アネット様、顔に締まりがなくて気持ち悪いです」
私の専属メイドはちょっと遠慮がなさすぎる、とアネットは思った。
翌日はクロエと揃って入学式に向かう。
「クロエ、アネット嬢」
背後から掛けられた声は馴染みのあるもので、クロエの表情が僅かにぱっと明るくなったのが分かった。
「おはようございます、セルジュ様」
「おはようございます、殿下」
クロエに続いてアネットも簡易的な挨拶を交わす。
学園内では奨励されないことを互いに分かっているからこそのやり取りだが、見知らぬ男性がセルジュの隣に立っており、どことなく冷ややかな眼差しを向けている。
「私の従弟にあたるナビエ公爵令息のリシャールだ。リシャール、私の婚約者のクロエとその妹のアネット嬢だ」
「お初にお目にかかります、リシャール様。ルヴィエ侯爵家の長女のクロエでございます」
「次女のアネットでございます」
初対面のため、失礼にならない程度に軽く腰を落として挨拶をするクロエに倣ってアネットも続く。
(お姉様、淑女としてのそつのない振る舞い、流石ですわ!!)
クロエへの惜しみない賞賛を心の中で送りながら顔を上げると、リシャールはどこか警戒するような視線をアネットに向けている。その真意を読み取ろうとするが、リシャールはさりげなく視線を逸らした。
「悪いが失礼する」
それだけ告げるとリシャールは一人で先に行ってしまった。
「ふふふ、ごめんね。ちょっと素っ気ないけど、悪い奴じゃないんだ」
弁解するように告げるセルジュだが、その口調がどこか楽しげだ。
「気にしておりませんわ。わたくし達も参りましょう」
「ああ。その前にアネット嬢、特待生入学おめでとう。本当に君はすごいね、クロエと学園生活を送るためにそこまでやってのけるのは流石というか…」
クロエがどれだけ好きかということをセルジュは知っている。互いにクロエへの好意を競っていた時期もあるが、今は良き理解者であり友人だ。
「卒業後は殿下がお姉様を独り占めされるのですから、今は譲っていただきたいですわ」
「はじめのうちは公務の関係で私ではなく母上がクロエを独占することになるだろう。貴重な学園生活をクロエと過ごしたいのは私も同じなのだから、その願いは叶えてやれないな」
こんな軽口もいつものことだったが、クロエの反応は相変わらずだ。
「このような往来でお止めください。……わたくし、先に参りますわ」
ふいと視線を逸らしたクロエの表情は固く、その美貌と切れ長の涼やかな目元と相まって冷ややかに感じられるが僅かにのぞく耳元は真っ赤に染まっている。
「ごめんね、クロエ」
「ごめんなさい、お姉様。一緒に参りましょう」
いつまでたっても好意を伝えると照れてしまうクロエを可愛く思うセルジュとアネットだった。
「――以上、新入生代表アネット・ルヴィエ」
礼儀程度の拍手を浴びながら、本日一番の仕事を終えたアネットは席に戻った。名前を呼ばれ壇上に上がる前まではざわめきの声が上がったものの、それなりに教育を受けた貴族子女たちなのですぐに収まった。
だが内心では納得していないのだろう。今年は優秀と名高い第二王子のセルジュがいたのだ。最優秀成績者が新入生代表挨拶をするのが通例で、誰もがセルジュが行うものだと思いこんでいたので無理もない。
アネットとて目立つつもりはなかったが、クロエの傍にいるための唯一の手段だったのだ。
(さて、プライドの高い貴族のお子様達がどう出るかしらね)
多少の面倒臭さと理不尽さは甘んじようと思いつつ、不快な視線に気づかない振りをするアネットだった。
教室に着くとアネットはまっすぐにクロエの元に向かった。
「お姉様とお席が近くて嬉しいです」
クラスは成績ごとに分かれており、席もまた成績順となっていた。アネットの後ろはセルジュで、クロエの成績は7位でアネットの斜め右、セルジュの隣である。
「アネット嬢、授業中に振り向いたら駄目だよ」
揶揄うように告げるセルジュにアネットは悔しそうに言った。
「殿下こそお隣にお姉様がいらっしゃると集中できないのではありませんか?お困りでしたらいつでも代わって差し上げますよ」
「あはははは」
快活に笑うセルジュに遠巻きにしていた生徒もどことなく緊張が緩んだようだ。学園内では平等が建前ではあるが、王族と同じクラスで過ごすとなると何かと気を遣うのだろう。
何気ない会話を続けるなか、アネットはそれとなくクラスの様子を窺っていた。
だからその女生徒が近づいてくるのも声がかかる前に認識していた。
「失礼いたします、クロエ様。私はロザリー・アルカンと申します。以後お見知りおきを」
「ロザリー様、ご挨拶ありがとうございます。クロエ・ルヴィエと申します。こっちは妹のアネットですわ」
「アネットです。よろしくお願いいたします」
にこやかな笑みを浮かべるアネットだが、ロザリーが少し苛立っていることを察している。王族であるセルジュに直接話しかけることが出来ず、クロエに紹介してもらうつもりだったのに、当てが外れたのだろう。
(お姉様はそういう部分に慣れていないのだから、私が守らなくてはね)
王族と近づきたいと思う気持ちも分からないではないが、クロエを利用するような真似はしてほしくない。
「アルカン侯爵令嬢、久しぶりだね。これからは同級生としてよろしく」
「もったいないお言葉ですわ、殿下。わたくしのほうこそ、どうぞよろしくお願いいたします」
それだけ言うとロザリーはあっさりと離れていった。
短い言葉の中に含まれた意味を正しく読み取った結果なのだろう。婚約者候補であったロザリーに対して、名を呼ばず友人ではなく敢えて同級生と言及したところで踏み込ませないようにしたのだ。
(ならばロザリー様は要注意といったところね。それにしてもさすが王子様、場数の踏み方と言葉選びが完璧だわ)
アネットと目が合ったセルジュが微かに口角を上げる。心強い味方ではあるが、少々悔しい。それでもクロエを守ってくれたのだからと感謝の気持ちを込めてにっこりと笑顔で頷いておく。
「恥知らずにも程がある」
教師が入ってきて席に戻りかけたアネットの耳に辛うじて届くぐらいの小さな声。視界の端に捉えた黒を追いかけると、声の持ち主はセルジュの後ろに腰掛けた。
(あれはリシャール・ナビエ公爵令息……何で?)
第一印象も良くはなかったが、侮蔑に近い言葉を投げつけられるほど気に障るようなことをした覚えはない。
セルジュと親しいようだが、要注意人物リストに入れておくべきだろう。
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