召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景

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聖女の願い(ヴィクトール視点)

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「あの方はとても傲慢で……はしたない振る舞いが多く、わたくし共もどうして良いか分からず困っております」

侍女長の言葉に賛同するようにバロー夫人が頷いている。涙ながらに訴えられれば流石に無視をするわけにはいかないと、重い腰を上げた。

多忙を理由にエリーとの面会を減らしたのは、彼女の瑕疵を見たくなかったからだ。召喚には代償が必要だと聞かされていたが、まさかあの場にいた神官全員の命を犠牲にするほどだとは思っていなかった。

魔王復活の兆しが確認された今、聖女召喚の絶好の機会なのだとダミアーノが熱弁するなか、国王である父があまり気乗りしない様子だったのはその対価を知っていたからかもしれない。
国の長である以上、少数の犠牲よりも多数の利益を考えるのは当然だが、人々の救済を信条とする神殿がそれを行ったことが民衆に露見すれば求心力が低下し、暴動がおこる可能性が高い。

最近は特に貴族と平民との摩擦が高まっており、犠牲になった神官は全員平民だったことからも情報の秘匿は必須だ。そんな危険を背負ってまで召喚した聖女は浄化の力も弱く、癒しの力も扱えない状態である。
そう考えればわざわざ自分の時間を割くのがもったいないと思うようになった。

そうして多少の手間と苛立ちを感じながらエリーの元を訪れた結果、ヴィクトールは思いがけない言葉を聞くことになった。



「私と婚約破棄していただけないでしょうか、永遠に」

(婚約……破棄?)
何を言われたのか一瞬理解が遅れたが、すぐに自分の気を惹くための発言だと思い至ってヴィクトールは興ざめするような思いでエリーに視線を投げる。

(少し面倒だな。大人しくて従順そうな娘に見えたのに、これだから女は嫌なのだ)

召喚した直後、困惑した眼差しでこちらを見つめてくる様子は弱々しく庇護欲をそそられたものだ。変わった格好をしていたが、艶やかなダークブラウンの髪と澄んだ瞳、すらりとした肢体は悪くないと思った。
飾り立てればそれなりの見た目になるだろうと声を掛けながら観察していた。自分の隣に立つ女性ともなれば、ある程度容姿が整っていないと釣り合わないし外聞が悪い。

「聖女殿、弁えよ!王太子殿下への不敬に当たる」

ヴィクトールの不機嫌を感じ取ったのか、護衛騎士のオスカーが諫めるように言った。第一騎士副団長であり侯爵令息もあるため身分は高い。第二騎士団と違って家柄重視の第一騎士団において武芸にも秀でているため重用している。

「弁えているからこそ辞退させていただきたいのですが、何か問題がございますか?」

不思議そうなエリーの声にオスカーが眉間に皺を寄せたが、ヴィクトールはその無知さに寛大な気分になった。
ただの愚鈍であれば論外だが、異世界から来た少女なのだ。こちらの常識に疎く知らないこともまだまだ多いだろう。
疑問に首を僅かに傾げ、答えを待つようにこちらに向ける瞳にはどこか無防備さが滲み、その稚さが心地よい。

(まあこの程度なら可愛いものか)

社交の場で出会う令嬢たちは過剰なほどに飾り立て淑やかな笑みを浮かべているが、その裏では寵を求めて醜悪な争いを繰り広げている様が透けて見え辟易とさせられる。愚かで我儘な妹のような高慢さも強欲さもうんざりだった。

「エリー、君が思っている以上に聖女は尊い立場だ。だからこそ王族と縁を結ぶことを許された特別な存在なんだよ。ただ下位の者が上位の者が決めたことを覆すのは非礼に当たるから今後は気を付けるようにね」

駆け引きにすらなっていない稚拙な言動だったが、己の立場に不安を覚えているのであれば仕方がないのかもしれない。安心して良いという意味を込めて微笑んでみせたが、エリーの表情は晴れないままだ。

「――かしこまりました」

そう言って目を伏せるエリーの素直な態度にヴィクトールは満足感を覚えた。今後エリーがもっと力を使いこなせるようになれば、婚約者としての時間を持つこともやぶさかではない。ヴィクトールの前では我儘を言わず感情を押し付けない健気さに、多少の我儘は目を瞑ってやってもよいだろうという気持ちになった。

(使用人たちには負担を掛けるが、それも仕事のうちと割り切ってもらおう)

「ヴィクトール王太子殿下、発言してもよろしいでしょうか?」
こちらの様子を窺うような口調に、ヴィクトールの機嫌は上向く。

「エリー、君は私の部下ではないのだからそんなに固い口調じゃなくていい。何か他に望みがあるのか?」
そう告げればエリーの瞳が期待に輝いたように見えた。

「外出許可をいただけないでしょうか?この国の人々の暮らしを見てみたいんです」
「市街の視察か……」

城の外に出るなら、それなりに護衛体勢を整えなければならない。あまり厳重にし過ぎれば逆に余計なトラブルを招きかねないが、聖女に万が一のことがあっては困る。

(多くて二人……そして適任なのはこの男なのだろうが――)

ヴィクトールは苦々しい思いでディルクに目を向ける。元々第二騎士団は市井の見回りや魔物の討伐任務が多く、市街の案内兼護衛などお手のものだろう。

平民出身ながら騎士団で頭角を現し、現団長であるサミュエルにその才覚を認められ昨年の魔物討伐で多大な成果を収め男爵位を授けられた男だ。気さくな態度と物腰の柔らかさと整った容貌から令嬢たちにも人気があり、妹のマリエットも熱を上げている。
そのことも不満に感じている一因だが、ディルクの絵に描いたような順調な経歴はヴィクトールの劣等感を刺激するものだった。

自分が突出したところのない凡庸な王子だと言われていることは知っている。武芸も勉学も一通り努力をしたが、何かの才能に秀でているわけでもなく、両親から褒められたこともない。

「……駄目ですか?ヴィクトール様にしか頼めなくて……」
その声にはっと顔を上げると、エリーがしゅんとした様子で俯いている。

「いや、駄目ではない」
反射的にそう返すとエリーがきらきらと瞳を輝かせてこちらを見つめている。

「本当ですか!ヴィクトール様にお願いして良かったです」

屈託のない満面の笑顔を浮かべるエリーに目を奪われる。ずっと困ったような顔をしていた彼女の喜ぶ顔を初めて見たことに気づいて、前言撤回できないと頭の片隅で思った。
だけど後悔するわけでもなく、気持ちが高揚している。
ディルクにエリーの護衛を命じることに思うところはあるが、彼女の安全を考えれば仕方がない。

(さほど親しい関係ではないと言っていたしな)

部屋に入った時、二人の間に甘やかな雰囲気はなく周囲が邪推するような関係でないことは分かった。この程度の願いなら叶えてやるのも婚約者の務めだろう。

胸に芽生えた感情がどんなものなのか、その時のヴィクトールは気づかなかった。
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