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ご褒美
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お茶会に招かれた瑛莉はヴィクトールの私室にいた。よほど親しい間柄でなければ入れないと聞いて、作り笑いが引きつりそうになったが何とか堪える。
「おめでとう、エリー。聖女の力が開花したことは私としても嬉しく思う。これで名実ともに聖女である君を紹介できる」
誰に紹介するのだと聞き返すような迂闊なことはしない。国に大きな影響力を持つ聖女が召喚されたにもかかわらず、瑛莉はこれまで国王や王妃と謁見する機会を与えられていなかった。
それは瑛莉が聖女としてだけでなく、王太子の婚約者として認められていなかったからだろう。
(できれば避けたいが、そうもいかないのだろうな)
「ヴィクトール様、今後についてご相談なのですが……」
瑛莉が口火を切ると、ヴィクトールは口角を上げて視線だけで続きを促す。優雅さと寛容な印象を与える所作に、このようなところは見習うべきだなと頭の片隅で考えながら、慎重に言葉を紡ぐ。
「聖女として私はまだまだ未熟です。ヴィクトール様のお役に立つためにも、しばらく聖女教育に専念したいと思うのですが……どう思われますか?」
予想外の内容だったようで、ヴィクトールは思案するように目を細めた。瑛莉はそれを邪魔しないよう静かにヴィクトールの言葉を待ちながら、もしもの時の対応を頭の中で反芻する。
「――ならば力が安定するまで王子妃教育は止めておこう」
「ありがとうございます」
希望通りの言葉に瑛莉は微笑んでお礼を言った。だが目的を果たした達成感に浸る間もなく、ヴィクトールから余計な一言が追加される。
「だけど私との時間も作ってくれるだろう?エリーは私の婚約者なのだから」
こちらの要望を聞いてもらっている以上嫌だとは言いづらいし、何より上位である王太子からの言葉に反論すれば、また不敬だなんだと外野がうるさいだろう。
「――光栄ですわ」
瑛莉にはそう答える選択肢しか残っていなかった。
「エルヴィーラ、戦利品だよ。一緒に食べよう」
部屋に戻って告げれば、いつもと同じ温度の無い視線で迎えられる。
「ありがとうございます。後ほどいただきましょう。エリー様はすぐに召し上がりますか?」
「着替えたらね」
すっかり慣れてきたやり取りに瑛莉は小さく笑みを漏らす。
初日の質問によりエルヴィーラを警戒していたのだが、彼女の性格と行動基準が分かってきてからはあまり気にするのを止めた。
淡々とした態度ながら瑛莉にとって必要な知識や情報を伝えてくれるし、嫌がらせにも加わっている様子もない。エルヴィーラにとって瑛莉の世話をすることはあくまでも仕事なのだ。余計な感情を交えない態度は楽だったし、一緒にいる時間が長い彼女の前でずっと猫を被っていることは精神的にもかなり疲れる。
もちろんエルヴィーラにも瑛莉の言動をダミアーノに伝える役目はあるのだろうが、神殿としては瑛莉が聖女の役割を果たせればよいというスタンスらしく、聖女の生まれや育ち、性格などはあまり重視していないようだ。
癒しの力が開花した翌日から、神殿から派遣される神官たちの態度が目に見えて変わったことからもそれがよく分かった。
「何か良いことがございましたか?」
珍しくエルヴィーラが質問したのに対して、瑛莉は人の悪い笑みを浮かべる。
「食生活が改善するかもしれない」
お茶会では食べられなかった苺のタルトを口に運べば、甘酸っぱさが広がり瑛莉は口角を上げた。
癒しの力が開花したからと言って瑛莉の元々の身分が変わるわけでもなく、貴族からの嫌がらせは続いていた。流石に食事抜きはまずいと判断したのか、三食提供されるようになったが、パンとスープのみの簡素な食事だ。
食事問題に関しては一度ヴィクトールにそれとなく伝えても一蹴されてしまったため、すぐに改善は難しいだろうと期待しないことにした。保存食を準備した自分を褒めつつ長期戦を覚悟していたのだが、今日のお茶会で相手が墓穴を掘ったのだ。
「エリー、ご褒美に何か欲しいものはないか?」
お茶会終了間際にヴィクトールからそう声を掛けられた。
「お心遣いありがとうございます」
そう言いながら瑛莉はちょっと面倒くさいなと思っていた。普通の令嬢であればドレスや宝石を望むのだろうが、興味はないし下手なものを強請れば令嬢たちから余計な反感を買いかねない。
「――それでは、こちらのお菓子を頂いてもよろしいでしょうか?」
「うん?………こんな物ならいつでも用意させるが、エリーが気に入ったのなら包ませよう」
ヴィクトールはきょとんとした表情を浮かべたあと、首をひねりながらも傍にいた侍女に目で指示した。後々のことを考えると残らない食べ物系が一番面倒がないし、おやつが食べれて瑛莉としては大満足だ。
少しして戻ってきた侍女の手には白い箱があり、厨房からお茶会用の菓子を詰めてきたのだと察した。
「……お待たせいたしました」
そう告げる侍女の顔色は悪く、箱を持つ手が不安定な状態でまるで箱に触りたくないように見える。
「ありがとう。――ヴィクトール様、このタルトも一緒に入れてもらっても良いですか?」
目の前のタルトを示すと、ヴィクトールの顔が僅かに曇ったが、すぐに微笑みを浮かべ寛容に頷いた。
(まあ意地汚いと思われても仕方ないけど、あっちはどうするかな)
侍女はぎくりとした様子だったが、ヴィクトールが頷いたため動かないわけにはいかないのだろう。顔色がさらに悪くなり、テーブルの端ギリギリに箱を置いて小さく蓋を開けるが、瑛莉には中身が見えてしまった。
「食べ物を無駄にするのはよくないけど、それはもう処分してちょうだい」
感情を込めずに淡々と告げれば、侍女が身体を強張らせるのが分かった。彼女本人の意思ではなく上からの指示なのだろうが、中身が分かった以上受け取るつもりはない。
「エリー、どうした?」
ヴィクトールの席からは中身が見えないようで、怪訝そうに尋ねられるが事が大きくなると面倒だ。
「ちょっとゴミが入ってしまったみたいですね。お菓子を頂くのはまた次回にいたしましょう」
さらりと告げて微笑んだが、ヴィクトールの関心は逸れなかった。
「箱をこちらへ」
命じられた侍女はもはや可哀そうなぐらいに震えていて、自分が悪いことをしたような気分になってくる。その様子に不審を抱いたのか、侍女が動くよりも先にヴィクトールが立ち上がった。
箱に注がれた視線が見る見るうちに険しくなっていくのは、菓子の上に置かれた鼠の死骸が目に入ったからだろう。
「これは……どういうことだ!」
「もっ、申し訳ございません!!!」
怒りに火がついたようなヴィクトールと怯え切った侍女を見て、瑛莉はとっとと部屋に戻りたくなった。
「ヴィクトール様、彼女の意思ではございませんわ。勿体ないですけど実害はありませんでしたので、どうかお気になさらず」
落ち着かせようと声を掛ければ、ヴィクトールに苛立ったような眼差しで睨まれた。
「そういう問題ではない。君はどうしてそんなに冷静なんだ」
「いちいち腹を立てても仕方がないですもの。代わりのご褒美をいただけるのでしたら、彼女を私付きの侍女にしてもらってもよろしいでしょうか?彼女への罰にもなりますし、エルヴィーラにも休みを与えてあげたいので」
そう伝えれば、ヴィクトールの眉間の皺がさらに深くなる。
(勝手に罰を決めるのは越権行為だったか)
ちょっと踏み込み過ぎたかと反省したが、ヴィクトールの苛立ちは瑛莉ではなく他に向けられた。
「侍女長、エリーには三人の侍女を付けると聞いていたが、どうも話が違うようだな」
「そのようなことはございません。ですが、聖女様がお気に召されないとの報告があり人員を調整していたところです」
恐縮そうにしながらもすらすらと息を吐くように嘘を吐く侍女長を、瑛莉は冷めた目で見ていた。わざわざ指摘するつもりはないが、思っていた以上に厄介だなとげんなりする。
「ねえ、ちょっとそこのテーブルナプキン取ってくれる?」
小声で侍女に呼び掛けると、泣きそうな顔をしながらも言うとおりにしてくれた。どんな罰を下されているのかと戦々恐々しているのだろうが、こちらは脅したわけでもなくむしろ庇ったぐらいなのでそんなに怯えないでほしい。
ぴりつく雰囲気をよそに瑛莉が持ち帰り用にとスコーンとクッキーをナプキンの上に乗せたところで、ヴィクトールからストップが入った。
呆れたのか頭を冷やすことにしたのか分からないが、ヴィクトールは話し合いを中断すると侍従に命じて菓子箱を準備してくれた。テーブルに残った菓子を受け取って瑛莉は意気揚々と部屋へと戻ってきたのだった。
「おめでとう、エリー。聖女の力が開花したことは私としても嬉しく思う。これで名実ともに聖女である君を紹介できる」
誰に紹介するのだと聞き返すような迂闊なことはしない。国に大きな影響力を持つ聖女が召喚されたにもかかわらず、瑛莉はこれまで国王や王妃と謁見する機会を与えられていなかった。
それは瑛莉が聖女としてだけでなく、王太子の婚約者として認められていなかったからだろう。
(できれば避けたいが、そうもいかないのだろうな)
「ヴィクトール様、今後についてご相談なのですが……」
瑛莉が口火を切ると、ヴィクトールは口角を上げて視線だけで続きを促す。優雅さと寛容な印象を与える所作に、このようなところは見習うべきだなと頭の片隅で考えながら、慎重に言葉を紡ぐ。
「聖女として私はまだまだ未熟です。ヴィクトール様のお役に立つためにも、しばらく聖女教育に専念したいと思うのですが……どう思われますか?」
予想外の内容だったようで、ヴィクトールは思案するように目を細めた。瑛莉はそれを邪魔しないよう静かにヴィクトールの言葉を待ちながら、もしもの時の対応を頭の中で反芻する。
「――ならば力が安定するまで王子妃教育は止めておこう」
「ありがとうございます」
希望通りの言葉に瑛莉は微笑んでお礼を言った。だが目的を果たした達成感に浸る間もなく、ヴィクトールから余計な一言が追加される。
「だけど私との時間も作ってくれるだろう?エリーは私の婚約者なのだから」
こちらの要望を聞いてもらっている以上嫌だとは言いづらいし、何より上位である王太子からの言葉に反論すれば、また不敬だなんだと外野がうるさいだろう。
「――光栄ですわ」
瑛莉にはそう答える選択肢しか残っていなかった。
「エルヴィーラ、戦利品だよ。一緒に食べよう」
部屋に戻って告げれば、いつもと同じ温度の無い視線で迎えられる。
「ありがとうございます。後ほどいただきましょう。エリー様はすぐに召し上がりますか?」
「着替えたらね」
すっかり慣れてきたやり取りに瑛莉は小さく笑みを漏らす。
初日の質問によりエルヴィーラを警戒していたのだが、彼女の性格と行動基準が分かってきてからはあまり気にするのを止めた。
淡々とした態度ながら瑛莉にとって必要な知識や情報を伝えてくれるし、嫌がらせにも加わっている様子もない。エルヴィーラにとって瑛莉の世話をすることはあくまでも仕事なのだ。余計な感情を交えない態度は楽だったし、一緒にいる時間が長い彼女の前でずっと猫を被っていることは精神的にもかなり疲れる。
もちろんエルヴィーラにも瑛莉の言動をダミアーノに伝える役目はあるのだろうが、神殿としては瑛莉が聖女の役割を果たせればよいというスタンスらしく、聖女の生まれや育ち、性格などはあまり重視していないようだ。
癒しの力が開花した翌日から、神殿から派遣される神官たちの態度が目に見えて変わったことからもそれがよく分かった。
「何か良いことがございましたか?」
珍しくエルヴィーラが質問したのに対して、瑛莉は人の悪い笑みを浮かべる。
「食生活が改善するかもしれない」
お茶会では食べられなかった苺のタルトを口に運べば、甘酸っぱさが広がり瑛莉は口角を上げた。
癒しの力が開花したからと言って瑛莉の元々の身分が変わるわけでもなく、貴族からの嫌がらせは続いていた。流石に食事抜きはまずいと判断したのか、三食提供されるようになったが、パンとスープのみの簡素な食事だ。
食事問題に関しては一度ヴィクトールにそれとなく伝えても一蹴されてしまったため、すぐに改善は難しいだろうと期待しないことにした。保存食を準備した自分を褒めつつ長期戦を覚悟していたのだが、今日のお茶会で相手が墓穴を掘ったのだ。
「エリー、ご褒美に何か欲しいものはないか?」
お茶会終了間際にヴィクトールからそう声を掛けられた。
「お心遣いありがとうございます」
そう言いながら瑛莉はちょっと面倒くさいなと思っていた。普通の令嬢であればドレスや宝石を望むのだろうが、興味はないし下手なものを強請れば令嬢たちから余計な反感を買いかねない。
「――それでは、こちらのお菓子を頂いてもよろしいでしょうか?」
「うん?………こんな物ならいつでも用意させるが、エリーが気に入ったのなら包ませよう」
ヴィクトールはきょとんとした表情を浮かべたあと、首をひねりながらも傍にいた侍女に目で指示した。後々のことを考えると残らない食べ物系が一番面倒がないし、おやつが食べれて瑛莉としては大満足だ。
少しして戻ってきた侍女の手には白い箱があり、厨房からお茶会用の菓子を詰めてきたのだと察した。
「……お待たせいたしました」
そう告げる侍女の顔色は悪く、箱を持つ手が不安定な状態でまるで箱に触りたくないように見える。
「ありがとう。――ヴィクトール様、このタルトも一緒に入れてもらっても良いですか?」
目の前のタルトを示すと、ヴィクトールの顔が僅かに曇ったが、すぐに微笑みを浮かべ寛容に頷いた。
(まあ意地汚いと思われても仕方ないけど、あっちはどうするかな)
侍女はぎくりとした様子だったが、ヴィクトールが頷いたため動かないわけにはいかないのだろう。顔色がさらに悪くなり、テーブルの端ギリギリに箱を置いて小さく蓋を開けるが、瑛莉には中身が見えてしまった。
「食べ物を無駄にするのはよくないけど、それはもう処分してちょうだい」
感情を込めずに淡々と告げれば、侍女が身体を強張らせるのが分かった。彼女本人の意思ではなく上からの指示なのだろうが、中身が分かった以上受け取るつもりはない。
「エリー、どうした?」
ヴィクトールの席からは中身が見えないようで、怪訝そうに尋ねられるが事が大きくなると面倒だ。
「ちょっとゴミが入ってしまったみたいですね。お菓子を頂くのはまた次回にいたしましょう」
さらりと告げて微笑んだが、ヴィクトールの関心は逸れなかった。
「箱をこちらへ」
命じられた侍女はもはや可哀そうなぐらいに震えていて、自分が悪いことをしたような気分になってくる。その様子に不審を抱いたのか、侍女が動くよりも先にヴィクトールが立ち上がった。
箱に注がれた視線が見る見るうちに険しくなっていくのは、菓子の上に置かれた鼠の死骸が目に入ったからだろう。
「これは……どういうことだ!」
「もっ、申し訳ございません!!!」
怒りに火がついたようなヴィクトールと怯え切った侍女を見て、瑛莉はとっとと部屋に戻りたくなった。
「ヴィクトール様、彼女の意思ではございませんわ。勿体ないですけど実害はありませんでしたので、どうかお気になさらず」
落ち着かせようと声を掛ければ、ヴィクトールに苛立ったような眼差しで睨まれた。
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「いちいち腹を立てても仕方がないですもの。代わりのご褒美をいただけるのでしたら、彼女を私付きの侍女にしてもらってもよろしいでしょうか?彼女への罰にもなりますし、エルヴィーラにも休みを与えてあげたいので」
そう伝えれば、ヴィクトールの眉間の皺がさらに深くなる。
(勝手に罰を決めるのは越権行為だったか)
ちょっと踏み込み過ぎたかと反省したが、ヴィクトールの苛立ちは瑛莉ではなく他に向けられた。
「侍女長、エリーには三人の侍女を付けると聞いていたが、どうも話が違うようだな」
「そのようなことはございません。ですが、聖女様がお気に召されないとの報告があり人員を調整していたところです」
恐縮そうにしながらもすらすらと息を吐くように嘘を吐く侍女長を、瑛莉は冷めた目で見ていた。わざわざ指摘するつもりはないが、思っていた以上に厄介だなとげんなりする。
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小声で侍女に呼び掛けると、泣きそうな顔をしながらも言うとおりにしてくれた。どんな罰を下されているのかと戦々恐々しているのだろうが、こちらは脅したわけでもなくむしろ庇ったぐらいなのでそんなに怯えないでほしい。
ぴりつく雰囲気をよそに瑛莉が持ち帰り用にとスコーンとクッキーをナプキンの上に乗せたところで、ヴィクトールからストップが入った。
呆れたのか頭を冷やすことにしたのか分からないが、ヴィクトールは話し合いを中断すると侍従に命じて菓子箱を準備してくれた。テーブルに残った菓子を受け取って瑛莉は意気揚々と部屋へと戻ってきたのだった。
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