召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景

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嫌疑

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(どうしよう、タイミングが分からない……)

散々泣いて落ち着いてきたものの、どのタイミングで顔を出したら良いのだろうか。
恥ずかしいのはやまやまだが、流石にそのまま寝た振りをするわけにもいかない。面倒だろうにディルクはいまだに手を止めず傍に付いてくれているのだ。それに大体こういうことは時間が経てば経つほど気まずくなってしまう。

(あ、でも何て言おう……)

謝罪かお礼か再び悩み始めた瑛莉にディルクの声が落ちてきた。

「落ち着いたか?寝る前に水を飲んでおいた方がいいぞ。朝まで外にいるから、何かあればいつでも声掛けろよ」

頭をくしゃりと撫でられてディルクが立ち去る気配がした。
慌てて身体を起こせば、振り向いたディルクと目が合う。その瞳が僅かに曇ったことで、瑛莉は自分がどれだけ酷い状態になっているか思い至った。

まだ涙の跡が残る顔はぐしゃぐしゃで、髪もぼさぼさになっているはずだ。通常であれば人前に出れる格好じゃないだろう。恥ずかしくて俯きかけたが、言わなくてはならないことが残っている。

「八つ当たりしてごめん。……ありがとう」
悩んでいたのが馬鹿みたいにするりと言葉が出た。

「お前は悪くないんだから、謝らなくていい。元の世界に戻りたいという気持ちも当然だろう」

どこか悔やむような響きに瑛莉が疑問を浮かべていると、それを読み取ったかのようにディルクは説明した。

「いつかあいつを救うために、聖女についての文献も読み漁った時期があってな。神殿や王家にとって都合の良い部分が多いから、聖女伝承も事実ばかりでなく改竄されているのだろうと――」

不意にディルクが言葉を切り、扉のほうを見つめた。

「もしもの時は自分のことだけを考えて動け」
「どういう意味――」

瑛莉が言葉を終える前に扉が乱暴な音を立てて開いた。先頭にいるのはオスカーで、その後ろには4名の騎士を引き連れている。

「聖女の密会相手はお前だったか」

嘲笑を浮かべてオスカーは勝ち誇ったような口調で言った。

「こんなに騎士を引き連れて聖女様の部屋に押し入るとは、相応の理由があるのだろうな」

ディルクはそんな挑発には乗らず、淡々と問いかけた。密会相手を突き止めるために見張っていたのだとしても、数が多すぎる。

「非礼のほどご容赦ください、聖女様。この男には反逆罪の疑いが掛かっております」

オスカーの言葉に騎士たちが動き、剣を抜きディルクを取り囲む。

「抵抗すれば命はない。跪いて両手を上げろ」

ディルクは瑛莉を横目で一瞥すると、ゆっくりと膝をつく。
直前に言われた言葉から考えればディルクがこちらを見たのは何もするなという合図だろう。瑛莉が口出ししたところで、何の手助けにもならないだろうし、逆に迷惑を掛ける可能性だってあるのだ。
それなのに瑛莉は無意識のうちに立ち上がっていた。

「そいつを連れて行くなら私も行こう」

明らかに迷惑そうな視線を向けるオスカーに瑛莉は鼻を鳴らした。

「何があったのかは知らないが、ディルクは私の護衛騎士だ。それに邪推されたままなのも不愉快だしな」
「邪推も何もそのような恰好で二人きりになるなど、不貞と疑われても仕方がないでしょう。あまり我儘をおっしゃるようでしたら、貴女にも嫌疑が及びますよ」

瑛莉が来ている夜着はゆったりとした薄手のロングワンピースだが、生地が透けてしまうことはない。瑛莉としては特に見られて困るものでもないが、淑女としてははしたないと思われてしまうようだ。

(っていうかお前らも見てるじゃないか……)

「内容次第では私にも関係があるかもしれないだろう?あとこの格好で不貞と判じるなら、私はお前たちを咎める権利があると思うのだが?」
「我々は騎士としての職務を果たしているだけです。貴女にそんな権限はありませんよ」

それでも問答無用で連れて行かないだけ、一応聖女の立場に気を遣っているらしい。

「そうか。じゃあもう聖女を辞めていいんだな?」
「――何を馬鹿なことを言っているんですか。勝手にそんなこと出来るはずがないでしょう。いい加減に――」

「お前にも私に指図する権限などないだろう、オスカー・ロジュロ侯爵令息。私の同行程度、自分の裁量で許可できなというのなら、上司に判断を仰ぐがいい」

オスカーは忌々しそうな表情で瑛莉を睨みつけるが、反論の言葉はない。
本来であれば聖女の身分は侯爵よりも上位なのだ。これまで権力を笠に着ることはなかったが、意外と有効なのかもしれない。

「……そこまでおっしゃるならどうぞ。下手に庇いだてしたことを後悔なさらないと良いのですが」

オスカーは突き放すような口調で言ったが、瑛莉は気にならなかった。ディルクから向けられる視線は瑛莉の軽率さを窘めているようだったが、それでも何故か瑛莉は不安よりも安堵を感じていたのだった。
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