召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景

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無謀な行動

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(一応覚悟はしてたけどさ……)

溜息を吐きながらも不用意に気を緩めないように、瑛莉はしっかりと手綱を握りしめる。あまり身体に力を入れ過ぎれば節々を痛めてしまうと分かっているが、落下して馬に逃げられれば怪我は治っても移動手段を失ってしまうのだ。
そうなれば一日と経たないうちに王宮に戻されてしまうだろう。

(でも、もういつ追いつかれても不思議じゃないな)

全力疾走されれば振り落とされてしまうかもしれないと心配していたが、賢いからか瑛莉の合図が間違っているのか、何度かスピードアップを試みたものの馬は軽い駆け足程度の速度でしか走らない。最寄りの街がなかなか見えて来ず、足腰が辛くなってくるとともに瑛莉は焦燥感を覚えていた。

正直なところ、自力でトルフィ村に辿り着けるとは思っていない。利用価値のある瑛莉を王家も神殿も放っておかないだろうし、聖女の力は攻撃に適していないのだ。

野生動物や魔物、そして王都から離れれば離れるほど治安が悪くなり、盗賊などに出会う可能性だってある。
それでも脱走を決めたのは、自分の意思を伝えるためだ。安全なところでいくら訴えても世間知らずな子供の発言として流されてしまう。
さっさと行動に移してしまう辺り、向こう見ずだと眉をひそめられてしまうだろうが、やってしまったことは仕方がない。

だからこそせめて中間地点ぐらいまでは辿り着きたいと思う。
そんなことを考えていると、馬のスピードが落ちてブルルルと鼻を鳴らされた。

「どうした、疲れたのか?」

しきりに林の方を気にしているようで、目を凝らせば何かが反射したようにきらりと光った。

(もしかして水場があるのかも)

駆け足ペースとはいえ、それなりの距離を移動したのだから喉が渇いていて当然だろう。気づかなかったことに反省しながら、瑛莉は馬が興味を示す方向に手綱を引いた。

さらさらと流れる小川に付くと馬は勢いよく顔を突っ込んで水を飲み始める。その様子を見て瑛莉が馬から下りれば、足元がふらつく。強張った身体を丁寧に伸ばした後、小川を見ながら水を口にして、思いのほか喉が渇いていることに気づいた。

考え事をし過ぎて体調管理が疎かになっていたのかもしれない。自分の要望をしっかり意思表示してくれた馬に感謝の気持ちを込めて、首筋を撫でれば気持ちよさそうに鼻から息を吐いた。

「よし、行こうか」

小休憩を終えて再び馬に乗った瑛莉が声を掛けるが、馬は耳をぴんと立てて木々が密集した林の奥に顔を向けたまま動かない。

(これは……何かいるのか?)

動物のほうが人間よりも聴覚や嗅覚が優れていることが多い。特に馬は視野が広く、臆病な生き物だったはずだ。
こんな場合はどうすればよいだろうと考える前に、視界がブレて咄嗟に馬にしがみついていた。全速力で走りだした馬相手にまっすぐな姿勢のままで騎乗し続けるのは瑛莉のレベルでは難しく、振り落とされないように腕や足に力を込める。

(っ……!でも、これじゃ前がよく見えない)

後方からは犬のような獣の唸り声が聞こえるが、姿を確認する余裕はない。生い茂った葉や枝が身体に容赦なく辺り、手綱を引いて馬を制御すべきだろうかという考えがよぎったものの、初心者である瑛莉の言うことを聞いてくれる保証はないのだ。何より馬を止めてしまえば獣に襲われかねないので、瑛莉は馬の生存本能に掛けることにしたのだが――。

突如馬が急停止したかと思うと高い嘶きとともに立ち上がり、瑛莉はあっけなく地面に転がり落ちる。背中から落下した衝撃で息が詰まったが、背負っていたリュックがクッション代わりとなり、そこまでの痛みは感じなかった。

身体を起こした時には、馬の姿は既に遠い。溜息とともに下げた視線の先には小さなリスのような生き物が固まっていたが、瑛莉の存在を認識したのか慌てて草むらへと消えた。
突然足元によぎった小動物に馬も驚いてしまったのだろう。あの様子では瑛莉がいないことに気づいていないか、邪魔な荷物を振り落としたという認識なのかもしれない。

(これ結構森の奥に来たよな。下手したら遭難するんじゃ……)

途方に暮れた瑛莉に追い打ちをかけるかのように、遠吠えが聞こえた。まだ近い位置ではないが、仲間を呼ぶための合図かもしれない。
瑛莉は慌てて周囲を見渡し、避難場所を探したのだった。

夕暮れの色と夜が混じり始めるのを瑛莉はぼんやりと見ていた。豊かな自然に囲まれた景色は美しく、頬に感じる風は心地よい。

「いや、現実逃避してる場合じゃないけどな」

あれから瑛莉は何とか木の上に避難することに成功したのだが、狼に似た獣はなかなか諦めてくれず、ようやくどこかへ行ってくれたのはつい先ほどのことだ。

夜の森を彷徨うのはあまりにも危険なため、今夜はここで野宿するしかない。
本能なのか食料や水が入ったリュックはしっかり背負っていたし、気候的にも安定しているため、うっかりバランスを崩してしまわなければ一晩ぐらいどうということはないだろう。

「問題はどうやってトルフィ村まで行くかだよな」

ちびちびと乾燥させたイチジクをかじりながら、瑛莉は目下の問題について考える。最寄りの街までそう遠くない位置まで来ていたはずだから、徒歩でたどり着けないことはないだろう。ただ既に瑛莉の捜索が行われていれば、間違いなく拘束される。

街に寄らなければまだチャンスはあるだろうが、そうなるとトルフィ村までの移動手段が確保できない。徒歩での移動では限界があるし、女性の一人旅ともなればそれなりに危険が伴う。

(やっぱり無謀過ぎたかな……)

ディルクの忠告を無視した形で強行したのに、目的を果たせないどころか無駄に迷惑を掛けただけで終わってしまう。

「ああ、もう一旦考えるのは止めだ!」

こんな状態で考えたって良いアイデアが浮かぶとは思えない。寝相は良い方だが念のため簡易的な命綱を準備して、瑛莉は休息を取るために目を閉じた。
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