召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景

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夢の中

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ふと誰かに呼ばれたような気がして顔を上げた。

(……ここはどこだ?)

木の上で眠っていたはずなのに、気づけばぼんやりと薄暗い空間に立っていた。ふわりと丸い光の玉がゆるやかに点滅し、幻想的な光景に目を奪われる。

(夢にしては意識がはっきりしている気がするけど、これは明晰夢というやつかな?)

そう思いついて両手を握って開いてを繰り返してみると、思い通りに身体が動く。疲れているはずの身体も軽く、はっきりとしない輪郭が曖昧な場所ということもあって瑛莉はこれが夢だろうと結論付けた。
だからこそ背後から声を掛けられた時には、飛び上がるほどに驚いた。

「おや、君はもしかして聖女かな?」
「っ――!」

声こそ上げなかったが息を呑み、勢いよく振り返るとアメジストの美しい瞳が暗がりに浮かんでいて一瞬見惚れてしまった。靴音もなく彼が一歩前に出たことで、瑛莉ははっと我に返り目の前の青年を観察する。

淡い光に照らされた暗い髪色は美しい漆黒で、少し困ったように微笑む表情は穏やかだ。それでいてどこか緊張を強いられるような存在感に、瑛莉は無意識に口を開いていた。

「――あなたはもしかして魔王ですか?」

青年の柔らかい口調とは反対に自分の声が硬い響きを帯びていて、動揺が表に出たことに内心舌打ちした。
だが青年はそんな瑛莉の警戒する様を気に留める様子もなく、ふわりと柔らかい笑みを浮かべる。

「うん、そう呼ばれているね。僕の名はエーヴァルト。肩書ではなく名前で呼んでくれたほうが嬉しいかな」
「……エリと申します」

相手が名乗ったのだからと簡単に名前だけを告げたが、瑛莉の頭の中は疑問で埋め尽くされており、それ以上の余裕がなかった。
これは夢ではなく現実なのか。どうして魔王が接触してきたのか。どう対応するのが最善なのか。

(いや、聖女かと問いかけられたのだから、あちらにとっても予想外の事態のはずだ)

慎重に情報を引き出しながら対応しなければと頭をフル回転させる瑛莉だが、魔王――エーヴァルトは人がよさそうな笑みのまま語り始めた。

「そんなに堅苦しい口調でなくて、普段どおりで大丈夫だよ。意図しないこととはいえ君の夢に侵入してしまって申し訳ない」
「これは……やはり夢なのですか?」

さらりと告げられた言葉はなかなか衝撃的で、瑛莉はそのまま訊ね返してしまった。

「うん、珍しい気配を感じて辿っていったら君の元に引き寄せられてしまってね。その辺りにはいないようだけど、豹や熊など木に登ることができる生き物もいるから木の上で休むのはあまり推奨しない」

真剣な顔で忠告した後にエーヴァルトは少し困ったように眉を下げて、言った。

「――だけど、どうしてそんなところにいるのかな?」

彼は疑問に思ったことを素直に口にしただけに見えた。警戒を怠るつもりはないが、何故かこちらに危害を加えるような真似はしないのではないかと思えてしまう。

(印象なんていくらでも取り繕えるものだけど……何か毒気を抜かれると言うかちょっと変わってる?)

礼儀正しく生真面目な青年だが、瑛莉の現状が見えているのなら真っ先に問い質しそうなものなのに、どことなくペースがずれているような気がしなくもない。
老成したような穏やかな態度、どこか達観したような眼差しは静かに瑛莉の言葉を待っている。
正直に話すべきか迷ったものの、結局瑛莉はありのままに話すことにした。


「迷惑を掛けて済まなかったね。ディルクが疑われたのは恐らく僕が託した手紙がきっかけだろう」

いつもは互いの居住地の中間地点辺りにある街のとある店を利用して、手紙のやり取りを行うのだが、急ぎ知らせたいことがありディルクの幼馴染が王都に行くことを知って依頼したのだという。

「その幼馴染の方もあなたのことを知っているのですか?」
「いや、知らないよ。だから慎重に接触したつもりだったけど失敗したな。女性の直感は鋭いと言うけれど、本当らしいね」

肩を落として嘆息するエーヴァルトに、瑛莉はふと浮かんだことを訊ねてみた。

「その人って腰ぐらいの長さがあるハニーブラウンの髪色だったりします?」
「そうだよ。君も会ったの?」

夜市の雑踏でディルクといるところを見かけた女性が原因だったと聞けば、何やら複雑な心境だ。どういう経緯でダミアーノの元に手紙の情報が伝わったのか分からないが、彼女の意思で渡したものではないと思いたい。

「君はとても良い子だね」

唐突にそんなことを言われて目を丸くした瑛莉を見て、エーヴァルトは楽しそうに微笑んでいる。

「ディルクのことを心配して追いかけてくれたんだよね。友人として礼を言わせてほしい、ありがとう」
「別に……そういう仕事だし、あいつには借りがあるから」

真っ直ぐな言葉に居たたまれないような気分になり、視線を逸らして返した瑛莉にエーヴァルトは小さく笑いながら言葉を続けた。

「ただ、残念ながらディルクはまだ王都にいるんだけどね」
「………は?」

恥ずかしさのあまり今すぐ夢から覚めたくなった瑛莉だった。


(そういえばジャンがあの時何か言いかけていたのは、そういうことか……)

「でも……ほら、君の気持ちは伝わってると思うから。僕がディルクと連絡が取れればいいんだけど王都では難しいんだ。ごめんね」

見事な空回りに落ち込む瑛莉を慰めるように、エーヴァルトは申し訳なさそうに言葉を連ねる。

「いや、自業自得なんで大丈夫……です」
「敬語なんて使わなくていいよ。僕はたまたま魔王になっただけだし、君だってそうだろう?」

以前ディルクと話した際に魔王が魔物ではなく人間だと言っていたことを思い出す。
魔物を制御できる特別な力を持っているということだったが、トルフィ村周辺での魔物の被害が増加しているのはエーヴァルトの指示なのだろうか。

「私は聖女として魔物を浄化するのが仕事だと言われているが、エーヴァルトはどういう立ち位置にいるんだ?」

瑛莉の問いかけにエーヴァルトは一瞬目を見開いて驚きを表したが、すぐに困ったような微笑みに変わる。諦観と痛みが入り混じったような愁いを帯びた瞳に、瑛莉は言葉を選ぶべきだったと少し後悔した。

「……それを最初に伝えておくべきだったね。だけどきちんと説明するには時間が足りないみたいだ。今度会った時に必ず話すから待っていてくれるかな」

時間が足りないと言うエーヴァルトの言葉を裏付けるかのように、その身体の輪郭がぶれる。分かったと頷く瑛莉にエーヴァルトは安心したかのように目を細めた。

「君が森から抜け出せるよう誰かに案内を頼んでおくよ。あまり無茶をしないようにね」

その言葉を言い終えると同時にエーヴァルトの姿は消えて、瑛莉の意識もたちまち遠ざかっていった。
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