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暗闇
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「エリー!――エーヴァルト!?」
熊を倒し異変に気付いたディルクがこちらに駆け寄ってきた。ほんの少し目を離した隙にいるはずのない友人が現れていたのだから驚くのも無理はない。
だが一瞬不安そうな眼差しを浮かべたことに瑛莉は気づいた。そのことが何故か引っかかる。
「久しぶりだね、ディルク。元気そうで良かった」
ふわりと笑みを浮かべるエーヴァルトは再会を心から喜んでいるようだ。先ほどの違和感は気になったが、それよりも先に大切なことを伝えなくてはならない。
「ディルク、王家か神殿の関係者だと思う。連れて行かれそうになったところをエーヴァルトが助けてくれた」
男は地面に伏したままだったが、僅かに胸が上下しているので死んではないはずだ。
「女の子に刃物を向けちゃ駄目だよね。ベンノ、手加減してくれてありがとう」
エーヴァルトの言葉に振り向くと、いつの間にか現れたベンノが恭しく頭を下げていた。エーヴァルトが魔力か何かで攻撃したのかと思っていたのだが、男を吹き飛ばしたのはベンノだったようだ。
「――こいつは王宮では見たことがないな。恐らくだが神官長の子飼いだろう」
身をかがめて男の所有物などを確かめたディルクがそう結論付ける。
「……侍女を連れてきたと言われた。多分、エルヴィーラのことだ」
「人質か……」
考えすぎかもしれないと思ったが、ディルクも同じように考えたようで眉を大きくひそめて不快感を露わにしている。脱走の際にエルヴィーラを遠ざけたのは侍女としての責任を問われないようにするためだったが、結局こうして巻き込んでしまった。
(私が行かなかったらエルヴィーラは……最悪始末されてしまう可能性もあるのだろうか)
流石にそれは目覚めが悪すぎる。とはいえ神殿の脅しに屈すれば今度こそ逃げられなくなってしまう。
「立ち話もなんだし、とりあえず僕の住居まで移動しよう」
葛藤する瑛莉におっとりとした口調でエーヴァルトが声を掛けた。
「……でもエルヴィーラを見捨てるような真似は――」
「うん、だからこそエリーが今動くのは良くないね」
達観したような深い瞳に瑛莉は咄嗟に反論するのを止めて、続きを待った。
「その女性がエリーにとって大切だと認識されているのなら、すぐに損なわれることはないよ。下手に傷付けてエリーが神殿に嫌悪するようになってしまったら、扱いにくくなるからね。それに助けた後のことまで考えないと、エリーにとっても彼女にとっても良い結果にはならないと思うよ」
柔らかな、でもどこか諭すような口調は抵抗なく瑛莉の中に落ちた。
(……今回だけ助けたところで、また同じことが起きる)
そう簡単なことではないのだと言外に告げられて、瑛莉は自分の視野が狭くなっていたことに気づいた。自分では冷静なつもりだったが、最悪の事態を想定して勝手に焦ってしまっていたのだろう。
「もともとエルヴィーラも神殿の人間だし、副神官長にも目を掛けられている。そう手荒な真似はしないだろう」
「……ん、そうだな」
エーヴァルトの言葉を肯定するようなディルクの言葉に、瑛莉の不安は和らいだ。
「で、どうやって移動するんだ?ここはまだトルフィ村にも至っていないぞ」
そう訊ねるディルクの口調はいつもより軽快で、敢えて何でもない風に装ってくれる気遣いを感じて瑛莉は気持ちを切り替える。
「戻る方が簡単だから、ここから転移しよう。ちょっと人数が多いけど多分大丈夫だよ」
(あれ、黒いのが収まってる?)
声を掛けられた直後に見た時はエーヴァルトの周囲だけべっとりとした黒い影のようなものが広がっていたが、今はゆらゆらと陽炎のように漂っている靄しか見当たらない。
「ちょっと近くに寄ってくれる?うん、それぐらいで。――大丈夫だからベンノもおいで」
エーヴァルトとディルクの間に静かに入ってきたベンノだが、警戒するような眼差しを向けられているのが分かる。
(そういえば、さっきエーヴァルトの名前を出したような……)
面倒だなと思いながら心の中で嘆息していると、エーヴァルトの声が聞こえた。
「危ないから動かないでね」
周囲の風景が歪み、足元に青白い光が立ち昇る。その眩しさに瑛莉は思わず目を閉じた。
「着いたよ」
ふわりと僅かな浮遊感を感じたかと思うと、すぐにエーヴァルトの声が聞こえた。目を開ければ深みのあるバーガンディの絨毯が目に入る。周囲を見渡せば広い室内にはぽつりと長椅子が一つだけ置かれており、小さな採光窓から僅かに光が入るばかりでどこか寂しい空間だ。
空虚な雰囲気を感じつつも、瑛莉は初めての体験に気を取られていた。
(すごいな……これが転移か)
すっかり感心した瑛莉がお礼を言おうと顔を上げて凍り付く。
「エリー?」
先ほどと変わらない穏やかな笑みを浮かべたエーヴァルトだが、全身に重く暗い闇のようなものが纏わりつき蠢いていた。
熊を倒し異変に気付いたディルクがこちらに駆け寄ってきた。ほんの少し目を離した隙にいるはずのない友人が現れていたのだから驚くのも無理はない。
だが一瞬不安そうな眼差しを浮かべたことに瑛莉は気づいた。そのことが何故か引っかかる。
「久しぶりだね、ディルク。元気そうで良かった」
ふわりと笑みを浮かべるエーヴァルトは再会を心から喜んでいるようだ。先ほどの違和感は気になったが、それよりも先に大切なことを伝えなくてはならない。
「ディルク、王家か神殿の関係者だと思う。連れて行かれそうになったところをエーヴァルトが助けてくれた」
男は地面に伏したままだったが、僅かに胸が上下しているので死んではないはずだ。
「女の子に刃物を向けちゃ駄目だよね。ベンノ、手加減してくれてありがとう」
エーヴァルトの言葉に振り向くと、いつの間にか現れたベンノが恭しく頭を下げていた。エーヴァルトが魔力か何かで攻撃したのかと思っていたのだが、男を吹き飛ばしたのはベンノだったようだ。
「――こいつは王宮では見たことがないな。恐らくだが神官長の子飼いだろう」
身をかがめて男の所有物などを確かめたディルクがそう結論付ける。
「……侍女を連れてきたと言われた。多分、エルヴィーラのことだ」
「人質か……」
考えすぎかもしれないと思ったが、ディルクも同じように考えたようで眉を大きくひそめて不快感を露わにしている。脱走の際にエルヴィーラを遠ざけたのは侍女としての責任を問われないようにするためだったが、結局こうして巻き込んでしまった。
(私が行かなかったらエルヴィーラは……最悪始末されてしまう可能性もあるのだろうか)
流石にそれは目覚めが悪すぎる。とはいえ神殿の脅しに屈すれば今度こそ逃げられなくなってしまう。
「立ち話もなんだし、とりあえず僕の住居まで移動しよう」
葛藤する瑛莉におっとりとした口調でエーヴァルトが声を掛けた。
「……でもエルヴィーラを見捨てるような真似は――」
「うん、だからこそエリーが今動くのは良くないね」
達観したような深い瞳に瑛莉は咄嗟に反論するのを止めて、続きを待った。
「その女性がエリーにとって大切だと認識されているのなら、すぐに損なわれることはないよ。下手に傷付けてエリーが神殿に嫌悪するようになってしまったら、扱いにくくなるからね。それに助けた後のことまで考えないと、エリーにとっても彼女にとっても良い結果にはならないと思うよ」
柔らかな、でもどこか諭すような口調は抵抗なく瑛莉の中に落ちた。
(……今回だけ助けたところで、また同じことが起きる)
そう簡単なことではないのだと言外に告げられて、瑛莉は自分の視野が狭くなっていたことに気づいた。自分では冷静なつもりだったが、最悪の事態を想定して勝手に焦ってしまっていたのだろう。
「もともとエルヴィーラも神殿の人間だし、副神官長にも目を掛けられている。そう手荒な真似はしないだろう」
「……ん、そうだな」
エーヴァルトの言葉を肯定するようなディルクの言葉に、瑛莉の不安は和らいだ。
「で、どうやって移動するんだ?ここはまだトルフィ村にも至っていないぞ」
そう訊ねるディルクの口調はいつもより軽快で、敢えて何でもない風に装ってくれる気遣いを感じて瑛莉は気持ちを切り替える。
「戻る方が簡単だから、ここから転移しよう。ちょっと人数が多いけど多分大丈夫だよ」
(あれ、黒いのが収まってる?)
声を掛けられた直後に見た時はエーヴァルトの周囲だけべっとりとした黒い影のようなものが広がっていたが、今はゆらゆらと陽炎のように漂っている靄しか見当たらない。
「ちょっと近くに寄ってくれる?うん、それぐらいで。――大丈夫だからベンノもおいで」
エーヴァルトとディルクの間に静かに入ってきたベンノだが、警戒するような眼差しを向けられているのが分かる。
(そういえば、さっきエーヴァルトの名前を出したような……)
面倒だなと思いながら心の中で嘆息していると、エーヴァルトの声が聞こえた。
「危ないから動かないでね」
周囲の風景が歪み、足元に青白い光が立ち昇る。その眩しさに瑛莉は思わず目を閉じた。
「着いたよ」
ふわりと僅かな浮遊感を感じたかと思うと、すぐにエーヴァルトの声が聞こえた。目を開ければ深みのあるバーガンディの絨毯が目に入る。周囲を見渡せば広い室内にはぽつりと長椅子が一つだけ置かれており、小さな採光窓から僅かに光が入るばかりでどこか寂しい空間だ。
空虚な雰囲気を感じつつも、瑛莉は初めての体験に気を取られていた。
(すごいな……これが転移か)
すっかり感心した瑛莉がお礼を言おうと顔を上げて凍り付く。
「エリー?」
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