召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景

文字の大きさ
66 / 74

悲しさの理由

しおりを挟む
瑛莉がエルヴィーラの不在に気づいた時には既に半日ほど経っていた。戻ってこないことに少し違和感を覚えたものの、休んでいるのだろうと深く考えなかった自分が恨めしい。
昼前に目覚めたソフィアと食事を摂りながら話を聞いているうちに、既に事情を打ち明けていたことが判明したのだ。

何も聞かされていなかったことに胸騒ぎを覚え、再度ソフィアに話を聞いた瑛莉は部屋の前にいたベンノを無視してエーヴァルトの元へと向かった。


「……どういうことだ」

怒りに声が震えるのが自分でも分かった。感情的になっても良いことなど何もないと自分を落ち着かせようとしても上手くいかない。

気まずそうなエーヴァルトと対照的にディルクの感情を削ぎ落とした顔に心が波立つ。
見覚えのあるその表情は、約束を破り逃亡した時と同じだった。

「最初に伝えておくが、今回お前の身代わりを申し出たのはエルヴィーラからだ」

淡々としたディルクの声に苛立ちが増す。無言で続きを促せばディルクは同じ口調で説明を始めた。

「今回の件はおかしな点が多い。本気で脅迫するつもりならもっと他に方法があったはずだ」

ソフィアが一人で森まで辿りついたことも、魔物に遭遇しなかったことも運が良かっただけに過ぎない。保護した際に周囲に人の気配はなかったことから監視も付いていなかったはずだ。人質を盾に聖女を呼び寄せるには随分杜撰なものだった。

言い方は悪いが、そもそも少年一人の命と聖女では釣り合いが取れないのだ。
本気で取り返そうという気があると思えないことから、他に目的があるのではないかという結論に達した。

「ただの様子見や嫌がらせだとしても稚拙過ぎるし、何かのカモフラージュではないかと考えている。シクサール国王陛下はこのようなことに加担するような方ではないし、神殿側の独断だとしてもあの神官長が意味のないことをするとは思えないからな」

「だからと言ってエルヴィーラを潜入させる理由にはならないはずだが?」
「お前よりはなるな」

エルヴィーラはフリッツが監禁されているスファリの神殿に、ロドリーゴと共に何度か足を運んだことがあるらしい。ロドリーゴの生まれ故郷であり、副神官長として王都に来るまではそこで務めを果たしていたためだ。

内部構造に詳しい人間の方が目的を探るために立ちまわりやすい。さらに神殿内にはロドリーゴを慕う敬虔な信徒がいて、いざという時には助けを求めることが出来る。

「……それでも安全とは言えないだろう」
「安全を最優先するのなら何もしないのが一番だっただろうが、お前は納得するのか?」

フリッツを見捨てられないのなら駄々を捏ねるなと言われた気がして、瑛莉はディルクを睨んだ。心の片隅でディルクの言い分に納得している自分がいたが、それでも気持ちは収まらない。

「――ディルク」

取りなすように声を掛けるエーヴァルトを手で制して、ディルクは瑛莉から目を離さずに変わらぬ口調で告げた。

「もう既にエルヴィーラはスファリにいる。お前が動けばエルヴィーラを危険に晒すことになるぞ。今回ばかりは大人しくしておくんだな」

一方的な物言いと冷ややかな口調は取り付く島もない。込み上げる感情を呑み込んで瑛莉は部屋から出て行った。



こうやって部屋に閉じこもっても仕方がないのだと分かっている。だが行き場を失くした感情をやり過ごすには時間が必要だった。押し寄せる感情に心を揺らしていると、控えめなノックの音がした。

遠慮がちなその様子に姿を見なくても訪問者が分かる。今は会いたくないなと思うが、そういう訳にもいかないだろう。
それでも返事をせずにいると、躊躇いがちに扉が小さく開いて声が聞こえた。

「エリー、少しだけ話せないかな?」

気遣わし気な響きに瑛莉は諦めてエーヴァルトを招き入れることにした。

「今回の件だけど……」
「分かってるよ。私のためなんだろう?だから怒ってない」

良い出会い方ではなかったが、妹想いの優しい少年を見捨てたくはなかった。そんな瑛莉の行動を予測して行動してくれたことも、出来る限りの配慮をした上でエルヴィーラの意志を尊重し送り出したことも理解はしている。

「うん、僕もエリーが怒っているとは思っていないよ。エリーは何が悲しかったの?」

思わず顔を上げれば、ラベンダー色の瞳はとても穏やかで、胸がぎゅっと苦しくなる。いつも救ってくれていた人と似た眼差しに自然と言葉が漏れた。

「私が子供だから、ディルクにあんな言い方をさせてしまった……」

ディルクが敢えて突き放すような話し方を選んだのは、エルヴィーラやエーヴァルトへ否定的な感情を抱かせないため、瑛莉の怒りを自分だけに向けさせるためだろう。

優しい人にそんな風に気を遣わせたことが、そして子供扱いをされたことが惨めでならなかった。努力を重ねて大人になったつもりでいたのに、結局はまだ無力で弱い子供なのだと思い知らされるようで苦しくなる。
そんな精神状態から、同じように守ってくれた「先生」にも嫌な思いをさせてしまった過去を思い出してしまっていた。

(だからこそこれ以上他人に甘えず一人で生きていけるよう頑張ってきたのに、結局まだ届かないままだ……)

「エリーが子供だなんて誰も思っていないよ。今回は僕らが勝手に気を回した結果、エリーに嫌な思いをさせてしまっただけだ。自分が逆の立場だったらと考えてみればすぐ分かることなのに、ごめんね」

静かな声は後悔を含んでいて、自分の内側に意識を傾けていた瑛莉は顔を上げる。

「話し合いの場を持たないのは良くなかった。除け者にされたようで気分が悪かっただろう?」

疎外感を抱かせてしまったことを申し訳なく思っているエーヴァルトとは少し認識のずれがあるようだ。確かにそういった要素もなくはないが、主な要因はそこではない。
上手く伝わっていない気がして言葉を重ねようとした瑛莉はふと思いついた。

(誰にも話してなかったけどエーヴァルトなら聞いてほしいかも……)

「――元の世界に大切な人がいたんだ」

前置きもなく話し始めた瑛莉に、エーヴァルトは少し驚いたような表情を浮かべたが、続きを促すように小さく頷いてくれた。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

【完結】さようなら。毒親と毒姉に利用され、虐げられる人生はもう御免です 〜復讐として隣国の王家に嫁いだら、婚約者に溺愛されました〜

ゆうき
恋愛
父の一夜の過ちによって生を受け、聖女の力を持って生まれてしまったことで、姉に聖女の力を持って生まれてくることを望んでいた家族に虐げられて生きてきた王女セリアは、隣国との戦争を再び引き起こした大罪人として、処刑されてしまった。 しかし、それは現実で起こったことではなく、聖女の力による予知の力で見た、自分の破滅の未来だった。 生まれて初めてみた、自分の予知。しかも、予知を見てしまうと、もうその人の不幸は、内容が変えられても、不幸が起こることは変えられない。 それでも、このまま何もしなければ、身に覚えのないことで処刑されてしまう。日頃から、戦争で亡くなった母の元に早く行きたいと思っていたセリアだが、いざ破滅の未来を見たら、そんなのはまっぴら御免だと強く感じた。 幼い頃は、白馬に乗った王子様が助けに来てくれると夢見ていたが、未来は自分で勝ち取るものだと考えたセリアは、一つの疑問を口にする。 「……そもそも、どうして私がこんな仕打ちを受けなくちゃいけないの?」 初めて前向きになったセリアに浮かんだのは、疑問と――恨み。その瞬間、セリアは心に誓った。自分を虐げてきた家族と、母を奪った戦争の元凶である、隣国に復讐をしようと。 そんな彼女にとある情報が舞い込む。長年戦争をしていた隣国の王家が、友好の証として、王子の婚約者を探していると。 これは復讐に使えると思ったセリアは、その婚約者に立候補しようとするが……この時のセリアはまだ知らない。復讐をしようとしている隣国の王子が、運命の相手だということを。そして、彼に溺愛される未来が待っていることも。 これは、復讐を決意した一人の少女が、復讐と運命の相手との出会いを経て、幸せに至るまでの物語。 ☆既に全話執筆、予約投稿済みです☆

【完結】「異世界に召喚されたら聖女を名乗る女に冤罪をかけられ森に捨てられました。特殊スキルで育てたリンゴを食べて生き抜きます」

まほりろ
恋愛
※小説家になろう「異世界転生ジャンル」日間ランキング9位!2022/09/05 仕事からの帰り道、近所に住むセレブ女子大生と一緒に異世界に召喚された。 私たちを呼び出したのは中世ヨーロッパ風の世界に住むイケメン王子。 王子は美人女子大生に夢中になり彼女を本物の聖女と認定した。 冴えない見た目の私は、故郷で女子大生を脅迫していた冤罪をかけられ追放されてしまう。 本物の聖女は私だったのに……。この国が困ったことになっても助けてあげないんだから。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※小説家になろう先行投稿。カクヨム、エブリスタにも投稿予定。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!

チャらら森山
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。 お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。

冷酷騎士団長に『出来損ない』と捨てられましたが、どうやら私の力が覚醒したらしく、ヤンデレ化した彼に執着されています

放浪人
恋愛
平凡な毎日を送っていたはずの私、橘 莉奈(たちばな りな)は、突然、眩い光に包まれ異世界『エルドラ』に召喚されてしまう。 伝説の『聖女』として迎えられたのも束の間、魔力測定で「魔力ゼロ」と判定され、『出来損ない』の烙印を押されてしまった。 希望を失った私を引き取ったのは、氷のように冷たい瞳を持つ、この国の騎士団長カイン・アシュフォード。 「お前はここで、俺の命令だけを聞いていればいい」 物置のような部屋に押し込められ、彼から向けられるのは侮蔑の視線と冷たい言葉だけ。 元の世界に帰ることもできず、絶望的な日々が続くと思っていた。 ──しかし、ある出来事をきっかけに、私の中に眠っていた〝本当の力〟が目覚め始める。 その瞬間から、私を見るカインの目が変わり始めた。 「リリア、お前は俺だけのものだ」 「どこへも行かせない。永遠に、俺のそばにいろ」 かつての冷酷さはどこへやら、彼は私に異常なまでの執着を見せ、甘く、そして狂気的な愛情で私を束縛しようとしてくる。 これは本当に愛情なの? それともただの執着? 優しい第二王子エリアスは私に手を差し伸べてくれるけれど、カインの嫉妬の炎は燃え盛るばかり。 逃げ場のない城の中、歪んだ愛の檻に、私は囚われていく──。

私は、聖女っていう柄じゃない

蝋梅
恋愛
夜勤明け、お風呂上がりに愚痴れば床が抜けた。 いや、マンションでそれはない。聖女様とか寒気がはしる呼ばれ方も気になるけど、とりあえず一番の鳥肌の元を消したい。私は、弦も矢もない弓を掴んだ。 20〜番外編としてその後が続きます。気に入って頂けましたら幸いです。 読んで下さり、ありがとうございました(*^^*)

【完結】聖女召喚の聖女じゃない方~無魔力な私が溺愛されるってどういう事?!

未知香
恋愛
※エールや応援ありがとうございます! 会社帰りに聖女召喚に巻き込まれてしまった、アラサーの会社員ツムギ。 一緒に召喚された女子高生のミズキは聖女として歓迎されるが、 ツムギは魔力がゼロだった為、偽物だと認定された。 このまま何も説明されずに捨てられてしまうのでは…? 人が去った召喚場でひとり絶望していたツムギだったが、 魔法師団長は無魔力に興味があるといい、彼に雇われることとなった。 聖女として王太子にも愛されるようになったミズキからは蔑視されるが、 魔法師団長は無魔力のツムギをモルモットだと離そうとしない。 魔法師団長は少し猟奇的な言動もあるものの、 冷たく整った顔とわかりにくい態度の中にある優しさに、徐々にツムギは惹かれていく… 聖女召喚から始まるハッピーエンドの話です! 完結まで書き終わってます。 ※他のサイトにも連載してます

追放聖女の再就職 〜長年仕えた王家からニセモノと追い出されたわたしですが頑張りますね、魔王さま!〜

三崎ちさ
恋愛
メリアは王宮に勤める聖女、だった。 「真なる聖女はこの世に一人、エミリーのみ! お前はニセモノだ!」 ある日突然いきりたった王子から国外追放、そして婚約破棄もオマケのように言い渡される。 「困ったわ、追放されても生きてはいけるけど、どうやってお金を稼ごうかしら」 メリアには病気の両親がいる。王宮で聖女として働いていたのも両親の治療費のためだった。国の外には魔物がウロウロ、しかし聖女として活躍してきたメリアには魔物は大した脅威ではない。ただ心配なことは『お金の稼ぎ方』だけである。 そんな中、メリアはひょんなことから封印されていたはずの魔族と出会い、魔王のもとで働くことになる。 「頑張りますね、魔王さま!」 「……」(かわいい……) 一方、メリアを独断で追放した王子は父の激昂を招いていた。 「メリアを魔族と引き合わせるわけにはいかん!」 国王はメリアと魔族について、何か秘密があるようで……? 即オチ真面目魔王さまと両親のためにお金を稼ぎたい!ニセモノ疑惑聖女のラブコメです。 ※小説家になろうさんにも掲載

子供が可愛いすぎて伯爵様の溺愛に気づきません!

屋月 トム伽
恋愛
私と婚約をすれば、真実の愛に出会える。 そのせいで、私はラッキージンクスの令嬢だと呼ばれていた。そんな噂のせいで、何度も婚約破棄をされた。 そして、9回目の婚約中に、私は夜会で襲われてふしだらな令嬢という二つ名までついてしまった。 ふしだらな令嬢に、もう婚約の申し込みなど来ないだろうと思っていれば、お父様が氷の伯爵様と有名なリクハルド・マクシミリアン伯爵様に婚約を申し込み、邸を売って海外に行ってしまう。 突然の婚約の申し込みに断られるかと思えば、リクハルド様は婚約を受け入れてくれた。婚約初日から、マクシミリアン伯爵邸で住み始めることになるが、彼は未婚のままで子供がいた。 リクハルド様に似ても似つかない子供。 そうして、マクリミリアン伯爵家での生活が幕を開けた。

処理中です...