ヒロイン気質がゼロなので攻略はお断りします! ~塩対応しているのに何で好感度が上がるんですか?!~

浅海 景

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顔合わせ

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2日後、サーシャは迎えに来たゲイルとともにガルシア家へと到着した。馬車に乗ったのは初めてで、降りた後でもまだ身体がぐらぐらと揺れている気がする。
「大丈夫ですか?」
気遣うような表情で手を差し伸べたゲイルと目が合った。

「はい、大丈夫です」
意識して笑顔を作ると、優しく微笑み返してくれた。
心配してくれたのは長旅による体調のことだけではなく、これからの顔合わせのことも含まれているのだろう。
出迎えてくれた侍女に誘導されてゲイルとともに応接間に向かう。

「サーシャ!」
笑顔で迎えてくれたのは父だけだった。子爵夫人であるマノンは冷たい表情のまま無言でサーシャを見つめている。
その隣にいる一歳上の義兄シモンは眉を下げて困ったような表情を浮かべているし、二歳下の義妹イリアは拗ねたように唇を尖らせてシモンに抱きついていた。

「初めまして、サーシャと申します」
歓迎されていないのは予想していたので、落ち着いて深々とお辞儀をした。
ジュールはサーシャの手を取り、対面のソファーに座らせると自身もサーシャの横に腰を下ろす。

(ちょっ、お父様、空気読んで!?)
これでは浮気相手の娘を優先すると言っているようなものだ。
これ以上心証を悪くしたくないのに、どうしたものかとサーシャが内心慌てているとマノンが静かに口を開いた。

「ガルシア家で引き取ると決めた以上、相応の振る舞いを身に付けてもらいます」
「マノン、今のサーシャに必要なのは休息だと話しただろう!」
苛立ったような声でジュールが反論するが、マノンは表情一つ変えない。

「承諾はしておりません。最低限のマナーは身に付けているようですが、貴族として学ぶことは無数にあるのです」
「君に情はないのかい?いつも合理性や数字で正しさを主張するけれど、時には相手の気持ちを優先することだって必要だ」
「貴族ならば当然のことです。そして感情ではなく過去の記録や生産性を見て判断することは領地の繁栄、ひいては領民の暮らしを豊かにすることに繋がります。旦那様は領主としてのご自覚をお持ちくださいませ」
短いやり取りの中だけで、サーシャはガルシア家の力関係を理解した。

父は高慢な貴族ではないが、考えが浅い。マノンの冷静な態度から察するに女主人としてだけではなく、領主経営にも携わっているのかもしれない。
(これならもしかしたら話が早いかも……)

「子爵夫人、発言してもよろしいでしょうか?」
「サーシャ?!」
驚きの声を上げる父とは対照的にマノンは片眉を上げると、鷹揚に頷いた。

「私のことは使用人として扱っていただきたいのです。本来であれば私は平民の娘、貴族令嬢として扱っていただくのは分不相応ですし、何より母が望みません」
「何を言っているんだい、サーシャ?!君は僕の娘なんだから、貴族の娘として扱われる権利がある」
貴族としての身分にサーシャは全くといっていいほど魅力を感じていない。

何より母が何のために身を引いたのかといえば、父の家庭を壊さないためだった。それなのに娘であるサーシャが家庭不和の原因になれば母の想いが無駄になってしまう。
保護は有難く受けるが、対価として労働力を提供する。ガルシア家の不利益にならないよう使用人として働くのが最良だとサーシャは考えていた。

「……サーシャ、貴女が将来目指すものがあるのならば言ってみなさい」
マノンの問いかけに直感的に試されていると感じた。
次に返す自分の発言が将来を左右するものだと思うと先送りにしてしまいたいが、マノンの人を見定めるような瞳を前に嘘や誤魔化しは悪手だろう。
彼女はサーシャの意思ではなく覚悟を問うているのだ。

「貴族はマナーや品性だけでなく出自も重要だと認識しております。私が貴族と平民の血を引くことは努力ではどうしようもないことであり、それゆえにガルシア家の不利益になることは避けたいのです。もしお許しいただけるのであれば、手に職をつけ自立した女性として働くことを目指しております」
サーシャが話し終わるとマノンは扇子で口元を覆い、目を閉じた。静まり返った室内で誰もが固唾を飲んでマノンの返答を待った。

ゆっくりと目を開けるとマノンはまっすぐにサーシャを見据えて言った。
「分かりました。貴女を私付きの侍女として教育しましょう」
「駄目だ!サーシャを使用人扱いするなんて、僕は認めない!」
「お父様は黙っていてください。子爵夫人は私の意思を尊重してくださったのですから、お父様には関係ありません」

見るからにショックを受けた様子のジュールだが、サーシャは無視することにした。母を騙し苦労を掛けたことに関して許すつもりはないのだ。
「貴女はまだ幼い。今すぐに将来を決める必要はないでしょう」
子爵夫人の声が少しだけ柔らかくなる。

その言葉に母親のような温かさを感じて、サーシャは涙腺が緩みそうになるのを堪えた。

(きっと大丈夫。衣食住は確保できたし、私には前世の知識があるんだから、絶対に幸せになってみせる!)
サーシャ自身のためだけではなく、母の最期の願いを叶えるためにサーシャは心の中で誓ったのだった。
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