18 / 57
一難去ってまた一難
しおりを挟む
アーサーの突然の訪問から1週間が経った。
「うふふ、ようやく今日から解禁だわ!」
まだ日が昇りきらない早朝にサーシャはわくわくした気分で目を覚ました。シモンからの説教が終わったあと、無情にも罰を与えたられたのだ。
「1週間侍女と働くことは禁止。令嬢として生活するように」
侍女として過ごすために別荘に来たのに、それでは何の意味もない。さすがにそれは許して欲しいと懇願したが、話を聞きつけた父までシモンの肩を持つ始末。
こうなっては味方はおらず、唯一お茶を淹れることとお菓子作りだけは許可してもらえたのは不幸中の幸いだった。
おかげで体重が増えたとイリアから八つ当たりされてしまったが、サーシャのせいではなくシモンとジュールのせいだと言いたい。
(まだ早いけど、せっかくだから邸内を飾るお花の準備でもしようかしら)
落ち着いた雰囲気のダイニングや玄関ホールも悪くないが、色とりどりの花を活けて華やかさを添えても素敵だろうなと思っていた。
いそいそと侍女用のドレスに身を包み、そっと表に出るとひんやりとした空気が心地よい。
庭のバラやトルコギキョウなどを剪定していると、裏門から続く森の中にふっくらとしたアナベルが咲いているのが目に入った。
(そうだわ。せっかく別荘にいるのだから、この辺りで咲く花を加えてもいいわね。ついでにお義兄様に研究に使える薬草なんかも見つけたら持って帰ってあげよう)
そうすれば完全に機嫌を直してくれるに違いない、と若干打算的な気持ちを抱えつつサーシャは森へと足を向けた。
「これぐらいかしら」
手に下げた籠の中身は色とりどりの花と薬草がぎっしりと詰まっていた。夢中になって少々採りすぎたかもしれない。
そろそろ屋敷に戻ろうと踵を返しかけたサーシャの足が止まった。すぐ近くで馬の鳴き声が聞こえた気がしたのだ。
森の中は私有地ではないが、領主の別荘地に隣接しているため禁漁区となっている。また街道に面しておらず、通常人の出入りも少ない。このような早朝ならなおさらだ。
(不審者かどうか分からないけれど、一応知らせておいたほうが良さそうね)
鳴き声が聞こえた方向を確認して立ち去ろうとしたとき、がさりと草をかき分ける音がしてサーシャは思わず身をすくめたのだが――。
「なっ、……サーシャ嬢?!」
驚愕の表情を浮かべながら木々の間から姿を現したのは、ユーゴ・デュラン侯爵令息だった。
「ユーゴ様……どうしてこんなところに?」
確かに手紙には別荘を訪れる予定だと記したが、訪ねて来るとは思わなかった。何より事前に手紙のやり取りや何の先触れもなく現れたユーゴにサーシャは戸惑いを隠せない。
約束のない訪問は無作法とされているはずだが、アーサーといいユーゴといい高位貴族である彼らはどうして貴族のしきたりを守らないのか。
そんなサーシャの心の声が伝わったのか、ユーゴは気まずそうに視線を逸らして話し始めた。
「……申し訳ない。訪問の許可を得るための手紙を書いたのだが、私のほうが早く着いてしまったようだ」
手違いが起こりサーシャからの手紙に気づいたのが3日前のこと。急ぎ返信をしたもののこのままではサーシャが別荘にいる間に訪問することが難しいかもしれないと思ったユーゴは、馬で単身ここまで駆けつけたのだという。
「流石に訪問には早すぎる時間だとは理解していたから、気分転換を兼ねて馬を森で休ませていたところだった。……すまない、サーシャ嬢。すぐ戻るから少し待っててくれ」
先ほど出てきた場所を早足で戻るユーゴの様子に、置いてきた馬を連れて戻ってくるのだろうとサーシャはその後ろ姿を見送った。
ユーゴの行動力は想定外だが、わざわざ訪ねてくれたのにそのまま帰すわけにはいかない。父と義兄への報告やユーゴに休んでもらうための部屋の準備など段取りを考えていると、思いのほか早くユーゴが戻ってきた。
周囲に馬は見当たらず不思議に思っていると、ユーゴはサーシャにハンカチを差し出した。
「………?」
見るからに高級そうなハンカチは細かい刺繍が入っていて思わず見入ってしまったが、よくよく見ると水分を含んで濡れていることに気づいた。
「サーシャ嬢、失礼する」
そう言ってユーゴはサーシャの手を取ると指先を丁寧に拭い始めた。
「ユーゴ様?!ハンカチが汚れてしまいます!」
サーシャの両手は草花の汁や土すっかり汚れてしまっていた。サーシャにとっては大したことではなかったが、貴族令嬢の手が土まみれであることにユーゴは驚いたのだろう。
「ただの布だ。それにハンカチなどより君のほうが……いや何でもない」
顔を伏せられたためユーゴの表情は確認できなかったが、その耳が赤く染まっているのが見えて、つられるようにサーシャの顔も熱を帯びてくるのを感じる。
(お、落ち着いて私―!私まで赤くなってどうすんの!)
普段クールなユーゴの純情な一面にギャップ萌えという言葉を思い出す。動揺を宥めようと視線を遠くに向けていると、ユーゴはやるせないような声でぽつりと漏らした。
「それにしても、シモンのことは信頼のおける男だと思っていたが私もまだまだ人を見る目がないようだ」
「……ユーゴ様、何か誤解をされていらっしゃいませんか?」
「義妹がこんな目に遭っているのに、何も行動をしないなんてどうかしている」
(うん、しっかり誤解していらっしゃるわ)
侍女の恰好をして早朝に森まで花の調達を命じられている令嬢――普通に考えれば虐げられているようにしか見えないだろう。
謹慎が解けてようやく侍女生活に戻れると安心していた矢先の出来事に、サーシャは頭を抱えたくなった。
「うふふ、ようやく今日から解禁だわ!」
まだ日が昇りきらない早朝にサーシャはわくわくした気分で目を覚ました。シモンからの説教が終わったあと、無情にも罰を与えたられたのだ。
「1週間侍女と働くことは禁止。令嬢として生活するように」
侍女として過ごすために別荘に来たのに、それでは何の意味もない。さすがにそれは許して欲しいと懇願したが、話を聞きつけた父までシモンの肩を持つ始末。
こうなっては味方はおらず、唯一お茶を淹れることとお菓子作りだけは許可してもらえたのは不幸中の幸いだった。
おかげで体重が増えたとイリアから八つ当たりされてしまったが、サーシャのせいではなくシモンとジュールのせいだと言いたい。
(まだ早いけど、せっかくだから邸内を飾るお花の準備でもしようかしら)
落ち着いた雰囲気のダイニングや玄関ホールも悪くないが、色とりどりの花を活けて華やかさを添えても素敵だろうなと思っていた。
いそいそと侍女用のドレスに身を包み、そっと表に出るとひんやりとした空気が心地よい。
庭のバラやトルコギキョウなどを剪定していると、裏門から続く森の中にふっくらとしたアナベルが咲いているのが目に入った。
(そうだわ。せっかく別荘にいるのだから、この辺りで咲く花を加えてもいいわね。ついでにお義兄様に研究に使える薬草なんかも見つけたら持って帰ってあげよう)
そうすれば完全に機嫌を直してくれるに違いない、と若干打算的な気持ちを抱えつつサーシャは森へと足を向けた。
「これぐらいかしら」
手に下げた籠の中身は色とりどりの花と薬草がぎっしりと詰まっていた。夢中になって少々採りすぎたかもしれない。
そろそろ屋敷に戻ろうと踵を返しかけたサーシャの足が止まった。すぐ近くで馬の鳴き声が聞こえた気がしたのだ。
森の中は私有地ではないが、領主の別荘地に隣接しているため禁漁区となっている。また街道に面しておらず、通常人の出入りも少ない。このような早朝ならなおさらだ。
(不審者かどうか分からないけれど、一応知らせておいたほうが良さそうね)
鳴き声が聞こえた方向を確認して立ち去ろうとしたとき、がさりと草をかき分ける音がしてサーシャは思わず身をすくめたのだが――。
「なっ、……サーシャ嬢?!」
驚愕の表情を浮かべながら木々の間から姿を現したのは、ユーゴ・デュラン侯爵令息だった。
「ユーゴ様……どうしてこんなところに?」
確かに手紙には別荘を訪れる予定だと記したが、訪ねて来るとは思わなかった。何より事前に手紙のやり取りや何の先触れもなく現れたユーゴにサーシャは戸惑いを隠せない。
約束のない訪問は無作法とされているはずだが、アーサーといいユーゴといい高位貴族である彼らはどうして貴族のしきたりを守らないのか。
そんなサーシャの心の声が伝わったのか、ユーゴは気まずそうに視線を逸らして話し始めた。
「……申し訳ない。訪問の許可を得るための手紙を書いたのだが、私のほうが早く着いてしまったようだ」
手違いが起こりサーシャからの手紙に気づいたのが3日前のこと。急ぎ返信をしたもののこのままではサーシャが別荘にいる間に訪問することが難しいかもしれないと思ったユーゴは、馬で単身ここまで駆けつけたのだという。
「流石に訪問には早すぎる時間だとは理解していたから、気分転換を兼ねて馬を森で休ませていたところだった。……すまない、サーシャ嬢。すぐ戻るから少し待っててくれ」
先ほど出てきた場所を早足で戻るユーゴの様子に、置いてきた馬を連れて戻ってくるのだろうとサーシャはその後ろ姿を見送った。
ユーゴの行動力は想定外だが、わざわざ訪ねてくれたのにそのまま帰すわけにはいかない。父と義兄への報告やユーゴに休んでもらうための部屋の準備など段取りを考えていると、思いのほか早くユーゴが戻ってきた。
周囲に馬は見当たらず不思議に思っていると、ユーゴはサーシャにハンカチを差し出した。
「………?」
見るからに高級そうなハンカチは細かい刺繍が入っていて思わず見入ってしまったが、よくよく見ると水分を含んで濡れていることに気づいた。
「サーシャ嬢、失礼する」
そう言ってユーゴはサーシャの手を取ると指先を丁寧に拭い始めた。
「ユーゴ様?!ハンカチが汚れてしまいます!」
サーシャの両手は草花の汁や土すっかり汚れてしまっていた。サーシャにとっては大したことではなかったが、貴族令嬢の手が土まみれであることにユーゴは驚いたのだろう。
「ただの布だ。それにハンカチなどより君のほうが……いや何でもない」
顔を伏せられたためユーゴの表情は確認できなかったが、その耳が赤く染まっているのが見えて、つられるようにサーシャの顔も熱を帯びてくるのを感じる。
(お、落ち着いて私―!私まで赤くなってどうすんの!)
普段クールなユーゴの純情な一面にギャップ萌えという言葉を思い出す。動揺を宥めようと視線を遠くに向けていると、ユーゴはやるせないような声でぽつりと漏らした。
「それにしても、シモンのことは信頼のおける男だと思っていたが私もまだまだ人を見る目がないようだ」
「……ユーゴ様、何か誤解をされていらっしゃいませんか?」
「義妹がこんな目に遭っているのに、何も行動をしないなんてどうかしている」
(うん、しっかり誤解していらっしゃるわ)
侍女の恰好をして早朝に森まで花の調達を命じられている令嬢――普通に考えれば虐げられているようにしか見えないだろう。
謹慎が解けてようやく侍女生活に戻れると安心していた矢先の出来事に、サーシャは頭を抱えたくなった。
68
あなたにおすすめの小説
【完結】転生したので悪役令嬢かと思ったらヒロインの妹でした
果実果音
恋愛
まあ、ラノベとかでよくある話、転生ですね。
そういう類のものは結構読んでたから嬉しいなーと思ったけど、
あれあれ??私ってもしかしても物語にあまり関係の無いというか、全くないモブでは??だって、一度もこんな子出てこなかったもの。
じゃあ、気楽にいきますか。
*『小説家になろう』様でも公開を始めましたが、修正してから公開しているため、こちらよりも遅いです。また、こちらでも、『小説家になろう』様の方で完結しましたら修正していこうと考えています。
どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~
涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!
【完結】私ですか?ただの令嬢です。
凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!?
バッドエンドだらけの悪役令嬢。
しかし、
「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」
そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。
運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語!
※完結済です。
※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)
※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。
《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》
異世界で悪役令嬢として生きる事になったけど、前世の記憶を持ったまま、自分らしく過ごして良いらしい
千晶もーこ
恋愛
あの世に行ったら、番人とうずくまる少女に出会った。少女は辛い人生を歩んできて、魂が疲弊していた。それを知った番人は私に言った。
「あの子が繰り返している人生を、あなたの人生に変えてください。」
「………はぁああああ?辛そうな人生と分かってて生きろと?それも、繰り返すかもしれないのに?」
でも、お願いされたら断れない性分の私…。
異世界で自分が悪役令嬢だと知らずに過ごす私と、それによって変わっていく周りの人達の物語。そして、その物語の後の話。
※この話は、小説家になろう様へも掲載しています
転生令嬢はのんびりしたい!〜その愛はお断りします〜
咲宮
恋愛
私はオルティアナ公爵家に生まれた長女、アイシアと申します。
実は前世持ちでいわゆる転生令嬢なんです。前世でもかなりいいところのお嬢様でした。今回でもお嬢様、これまたいいところの!前世はなんだかんだ忙しかったので、今回はのんびりライフを楽しもう!…そう思っていたのに。
どうして貴方まで同じ世界に転生してるの?
しかも王子ってどういうこと!?
お願いだから私ののんびりライフを邪魔しないで!
その愛はお断りしますから!
※更新が不定期です。
※誤字脱字の指摘や感想、よろしければお願いします。
※完結から結構経ちましたが、番外編を始めます!
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
【完結】旦那様、わたくし家出します。
さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。
溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。
名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。
名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。
登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*)
第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中
【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる
雨野
恋愛
難病に罹り、15歳で人生を終えた私。
だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?
でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!
ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?
1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。
ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!
主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!
愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。
予告なく痛々しい、残酷な描写あり。
サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。
小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。
こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。
本編完結。番外編を順次公開していきます。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる