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見解の相違
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その後ユーゴの誤解を解くべく、サーシャは自らの意思で侍女の仕事をしていることを強く訴えたものの、同情的な視線を向けられるばかりでちっとも伝わる様子がない。
埒が明かない上に、侯爵令息を立たせたままで会話するのも問題ありと判断したサーシャは、仕方なくそのままユーゴを連れて別荘に戻ることにした。
突然の侯爵令息の登場に家族や使用人が騒然となり、急ピッチで朝食会の準備が整えられた。サーシャも手伝おうとしたが、侍女長であるエミリーの指示でダリアから身支度を整えられることとなり、ただでさえ忙しいのに余計な仕事を増やしてしまい、申し訳ない気持ちで一杯だ。
侯爵令息を招いての朝食とあってジュールが当主として歓迎の挨拶を行い、主にシモンもユーゴに話しかけるのだが、会話が一向に弾まない。
というのもユーゴは未だに誤解をしたままで、冷淡な態度で「はい」「いえ」といった短い言葉しか返さないのだ。
徐々に言葉が少なくなり、朝食の雰囲気が暗くなっていく。そんな中現れたイリアの一言で状況は一気に変わった。
「遅くなって申し訳ございません。……どうして貴女がここにいるのよ?」
後半部分の不機嫌そうなイリアの声がサーシャに向けられていることにユーゴが反応した。
「サーシャ嬢は貴女の義姉でしょう?いつもは別々に食事を摂られているのですか?」
その通りなのだが、今それを肯定すればサーシャが虐待されているというユーゴの考えを補強することになりかねない。
「ユーゴ様、それは違――」
「ええ、その通りですわ」
あっさりと肯定するイリアにユーゴが眉をひそめて席を立った。
「サーシャ嬢、行きましょう」
エスコートするかのように手を差し出されるが、まだ食事は終わっていない。そもそもどこに行こうというのか。
「ユーゴ様、応接室にご案内いたします。何か見解の相違があるように思います」
いつもと違うユーゴの態度に戸惑っていたシモンが提案したのをきっかけに、サーシャはシモンとともに席を立った。
「シモン、どういう事情があったとしても彼女を使用人扱いしていた事実は変わらない。彼女は自分が望んだ結果だと言うが、引き取ったからには彼女を貴族の娘として迎え入れたということだ。このような待遇は黙認されるべきではない」
応接室に入るなりユーゴは責めるような口調でシモンに詰め寄った。
「僕もそう思います」
「お義兄様?」
思いがけない同意にユーゴだけでなく、サーシャも目を丸くする。
それからシモンはサーシャが引き取られた直後から侍女として働きたいと願い出たこと、事実上家を取り仕切っている母親がそれを認めたこと、侍女としてだけでなく令嬢としての教養も与えたことなどを簡潔に話した。
「最終的にサーシャの幸せを考えた上で、選択できるようにとの母の判断です。それに対する賛否はあるかと思いますが――」
一度言葉を切ってシモンはユーゴからサーシャへと向きなおった。
「サーシャ、僕としては君に苦労をさせたくないし、貴族の義務として意に沿わない相手と婚姻をさせるつもりもないよ。だけどもし今朝遭遇したのがユーゴ様でなかったら、どうなっていたと思う?」
無法者や後ろ暗いところがある人間であれば危害を加えられていた可能性を示唆するシモンに、サーシャは一瞬返答に詰まった。
令嬢であれば大人しく屋敷にいるか、せめて供を連れていったはずだ。ユーゴのことばかりに気を取られていたが、確かに今朝の行動は軽率な部分もあったと認めざるを得ない。
「お義兄様、ごめんなさい。次からは気をつけます。でも私は令嬢として振舞うよりも働いているほうがずっと楽しいのです。やりがいがあるし、何かを作ったり綺麗にしたりするのも好きだし、お茶やケーキを作って喜んでくれるのも嬉しいもの」
だから侍女のまま過ごさせてほしい、そんな思いを込めてシモンを見つめると隣にいたユーゴの唖然とした顔が目に入った。
「……本当に虐げられているわけではないのか?」
「私、家族からも使用人からも可愛がってもらっていますわ。――ユーゴ様、心配してくださってありがとうございます。ですが、私もう大丈夫ですわ」
今の環境も過去の出来事も、もう気にしないでいいのだという思いを込めて、サーシャは口元に笑みを浮かべる。
「……そうか」
「ユーゴ様、幼いサーシャを守ってくださってありがとうございます」
シモンの言葉に困ったように眉をよせるユーゴが何かを言いかける前に、サーシャも同調した。
「あの時のことはあまり覚えていませんが、ユーゴ様が手を握ってくれてとても心強かったですわ」
ユーゴは何故か一瞬悲しげな表情を浮かべたが、すぐに目元を緩めて優しく微笑んだ。
「……そう言ってもらえて良かった。ありがとう、サーシャ嬢」
結局ユーゴはガルシア家に1泊することになった。最初は遠慮していたユーゴだがシモンの強い勧めもあって最終的には「世話を掛ける」といって承諾したのだ。
ガルシア家としてもわざわざ遠方から来たのにそのままトンボ帰りさせるのは、失礼に当たるのだから精一杯もてなす必要がある。
「それでは、私は準備があるので失礼いたしますわ」
「サーシャ、まさかと思うけどユーゴ様がいるのに侍女として働いたりしないよね?」
「あら、お義兄様こそ約束を違えたりしませんわよね?そういえば、今朝がた研究に役立ちそうな薬草を摘んでまいりましたの。ご入用でしたら後ほどお届けいたしますが?」
ようやく謹慎が解けたのだ。貴重な機会を逃すまいと薬草をちらつかせてシモンを説得しようとするサーシャだったが、その様子にユーゴが声を立てて笑い出した。
「くくっ……いや、失礼。サーシャ嬢は本当に侍女の仕事が好きなんだな。シモン、私のことは気にしなくていいから、サーシャ嬢の希望を叶えてやって欲しい」
思わぬ助太刀に期待を込めてシモンを見ると、不本意そうに口を開いた。
「……ほどほどにしなさい。それから食事は一緒に摂ること。いいね?」
「はい、ありがとうございます!」
シモンの気が変わらないうちにとサーシャは応接室を後にした。
埒が明かない上に、侯爵令息を立たせたままで会話するのも問題ありと判断したサーシャは、仕方なくそのままユーゴを連れて別荘に戻ることにした。
突然の侯爵令息の登場に家族や使用人が騒然となり、急ピッチで朝食会の準備が整えられた。サーシャも手伝おうとしたが、侍女長であるエミリーの指示でダリアから身支度を整えられることとなり、ただでさえ忙しいのに余計な仕事を増やしてしまい、申し訳ない気持ちで一杯だ。
侯爵令息を招いての朝食とあってジュールが当主として歓迎の挨拶を行い、主にシモンもユーゴに話しかけるのだが、会話が一向に弾まない。
というのもユーゴは未だに誤解をしたままで、冷淡な態度で「はい」「いえ」といった短い言葉しか返さないのだ。
徐々に言葉が少なくなり、朝食の雰囲気が暗くなっていく。そんな中現れたイリアの一言で状況は一気に変わった。
「遅くなって申し訳ございません。……どうして貴女がここにいるのよ?」
後半部分の不機嫌そうなイリアの声がサーシャに向けられていることにユーゴが反応した。
「サーシャ嬢は貴女の義姉でしょう?いつもは別々に食事を摂られているのですか?」
その通りなのだが、今それを肯定すればサーシャが虐待されているというユーゴの考えを補強することになりかねない。
「ユーゴ様、それは違――」
「ええ、その通りですわ」
あっさりと肯定するイリアにユーゴが眉をひそめて席を立った。
「サーシャ嬢、行きましょう」
エスコートするかのように手を差し出されるが、まだ食事は終わっていない。そもそもどこに行こうというのか。
「ユーゴ様、応接室にご案内いたします。何か見解の相違があるように思います」
いつもと違うユーゴの態度に戸惑っていたシモンが提案したのをきっかけに、サーシャはシモンとともに席を立った。
「シモン、どういう事情があったとしても彼女を使用人扱いしていた事実は変わらない。彼女は自分が望んだ結果だと言うが、引き取ったからには彼女を貴族の娘として迎え入れたということだ。このような待遇は黙認されるべきではない」
応接室に入るなりユーゴは責めるような口調でシモンに詰め寄った。
「僕もそう思います」
「お義兄様?」
思いがけない同意にユーゴだけでなく、サーシャも目を丸くする。
それからシモンはサーシャが引き取られた直後から侍女として働きたいと願い出たこと、事実上家を取り仕切っている母親がそれを認めたこと、侍女としてだけでなく令嬢としての教養も与えたことなどを簡潔に話した。
「最終的にサーシャの幸せを考えた上で、選択できるようにとの母の判断です。それに対する賛否はあるかと思いますが――」
一度言葉を切ってシモンはユーゴからサーシャへと向きなおった。
「サーシャ、僕としては君に苦労をさせたくないし、貴族の義務として意に沿わない相手と婚姻をさせるつもりもないよ。だけどもし今朝遭遇したのがユーゴ様でなかったら、どうなっていたと思う?」
無法者や後ろ暗いところがある人間であれば危害を加えられていた可能性を示唆するシモンに、サーシャは一瞬返答に詰まった。
令嬢であれば大人しく屋敷にいるか、せめて供を連れていったはずだ。ユーゴのことばかりに気を取られていたが、確かに今朝の行動は軽率な部分もあったと認めざるを得ない。
「お義兄様、ごめんなさい。次からは気をつけます。でも私は令嬢として振舞うよりも働いているほうがずっと楽しいのです。やりがいがあるし、何かを作ったり綺麗にしたりするのも好きだし、お茶やケーキを作って喜んでくれるのも嬉しいもの」
だから侍女のまま過ごさせてほしい、そんな思いを込めてシモンを見つめると隣にいたユーゴの唖然とした顔が目に入った。
「……本当に虐げられているわけではないのか?」
「私、家族からも使用人からも可愛がってもらっていますわ。――ユーゴ様、心配してくださってありがとうございます。ですが、私もう大丈夫ですわ」
今の環境も過去の出来事も、もう気にしないでいいのだという思いを込めて、サーシャは口元に笑みを浮かべる。
「……そうか」
「ユーゴ様、幼いサーシャを守ってくださってありがとうございます」
シモンの言葉に困ったように眉をよせるユーゴが何かを言いかける前に、サーシャも同調した。
「あの時のことはあまり覚えていませんが、ユーゴ様が手を握ってくれてとても心強かったですわ」
ユーゴは何故か一瞬悲しげな表情を浮かべたが、すぐに目元を緩めて優しく微笑んだ。
「……そう言ってもらえて良かった。ありがとう、サーシャ嬢」
結局ユーゴはガルシア家に1泊することになった。最初は遠慮していたユーゴだがシモンの強い勧めもあって最終的には「世話を掛ける」といって承諾したのだ。
ガルシア家としてもわざわざ遠方から来たのにそのままトンボ帰りさせるのは、失礼に当たるのだから精一杯もてなす必要がある。
「それでは、私は準備があるので失礼いたしますわ」
「サーシャ、まさかと思うけどユーゴ様がいるのに侍女として働いたりしないよね?」
「あら、お義兄様こそ約束を違えたりしませんわよね?そういえば、今朝がた研究に役立ちそうな薬草を摘んでまいりましたの。ご入用でしたら後ほどお届けいたしますが?」
ようやく謹慎が解けたのだ。貴重な機会を逃すまいと薬草をちらつかせてシモンを説得しようとするサーシャだったが、その様子にユーゴが声を立てて笑い出した。
「くくっ……いや、失礼。サーシャ嬢は本当に侍女の仕事が好きなんだな。シモン、私のことは気にしなくていいから、サーシャ嬢の希望を叶えてやって欲しい」
思わぬ助太刀に期待を込めてシモンを見ると、不本意そうに口を開いた。
「……ほどほどにしなさい。それから食事は一緒に摂ること。いいね?」
「はい、ありがとうございます!」
シモンの気が変わらないうちにとサーシャは応接室を後にした。
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