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転生者
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「サーシャ、やっぱり俺も行ったほうがいいんじゃないか?」
「ご心配いただきありがとうございます、エリアス殿下。ですが一人で大丈夫ですわ」
一緒に行けないことが不服なのか何度か似たようなやり取りを経て、サーシャは朝早く王宮を出発した。
ほんの2日離れていただけなのに懐かしさすら感じる学園に、帰ってきたという実感が湧いてくる。男子寮に行くのは初めてだったが、義兄への面会を求めると受付にいた男性が部屋に案内してくれた。
「少し前に別の女子生徒が忘れ物を届けに来たようですよ」
意味深な顔つきをした男性の顔をじっと見つめると、向こうから目を逸らした。わざわざ言及したのは親切心からでないことは明らかだった。
部屋の前に着くとそそくさと立ち去っていた男には構わずに、サーシャは少し強めに部屋をノックした。
「お義兄様、いらっしゃいますか?」
そこまで大きな声ではなかったはずだが、勢いよく扉が開いた。
「サーシャ…?」
二日ぶりの義兄は、酷い有様だった。アッシュブロンドの髪はぼさぼさで、目の下にはくっきりと濃い隈が浮いている。やつれた表情からは食事もろくに摂っていないことが窺える。
「お義兄様、色々とお話したいことがございます。お邪魔してもよろしいですか?」
「勿論だよ」
即答するシモンにほっとしながらサーシャが部屋に入ると、そこには胸元を大きく開いた煽情的な姿のエマがソファーに横たわっていた。潤んだ瞳は熱を孕んでいて、知らない者が見れば情事の最中であることを匂わせる光景だった。
「なっ!」
絶句するシモンをサーシャは半ば無意識に押しとどめる。
「お義兄様、今すぐ部屋の外に出てください」
感情を削ぎ落したサーシャの声に圧倒されたのか、シモンは言われたとおりに部屋を出て行く。エマは恥じらうように胸元の生地を掻き寄せたが、その口元が僅かに上がっていた。
エマのそんな様子を見て、サーシャは自分の推測が間違っていないことを確信してエマに近づいた。
「サーシャ様、シモン様と私は――きゃあああ、何をするの?!」
エマが言い終える前にサーシャはエマのドレスを捲って上半身を確認すると、今度はスカートを躊躇なくめくりあげた。
「ちょっと、やめなさいよ!この変態!」
「ええ、もう終わりました。貴女の名誉が傷つかないうちに早急にお引き取りください」
サーシャを睨みつけていたエマの瞳が困惑の色がよぎる。
「……どういう意味よ」
「男性の部屋に押しかけて誘惑するようなふしだらな女性だと噂になりたいのですか?」
「酷いわ!憔悴してらっしゃるシモン様の力になりたかっただけなのに、いきなり押し倒されたのよ……。むしろ不名誉な噂になるのはシモン様ではなくて?」
(やっぱりそれが狙いだったのね)
未婚の令嬢と私室で二人きりになるなどシモンらしかぬ失態だが、分かりやすいハニートラップで助かった。サーシャが来るのが遅れていたら、合意なく関係を持たされたと主張されるところだった。
「エマ様がお義兄様を押し倒したのでは?」
念押しとばかりに挑発するとエマはあっさり乗ってきた。
「サーシャ様は信じたくないのかもしれませんが、シモン様が私を押し倒して無理やり……」
「無理やり、何をされたのですか?」
平坦な声でサーシャは続きを促す。
「……唇を奪われてそのまま襲われそうになったから私、必死で抵抗して……。いくらシモン様でもそんな乱暴なことをされるなんて、思ってもみなかった」
うっすらと涙が浮かべ、自分の身体を抱きしめるエマはか弱くて痛々しい。何も知らなければの話だが――。
「無理やり脱がそうとすればもっとドレスは皺になりますし、ボタンも簡単に取れてしまいますよね。それからエマ様の肌には押さえつけられた痕も暴力を振るわれた形跡がなかったことは確認済みです。これ以上義兄を侮辱するつもりなら、然るべきところで対応していただきましょう」
身内の証言だけではあてにならないし、そうなればガルシア家の醜聞にもなるので半分以上ははったりだ。こちらから公の場で明らかにする意志があることを告げれば、証拠薄弱なエマも強くは出られないはずだとサーシャは踏んだ。
不名誉な噂を撒き散らされないよう、このような手が通じないとエマに思わせることが重要だった。
すると先ほどまでの涙を浮かべた表情から一転、エマは憎しみすら感じさせる表情でサーシャを睨みつけてくる。その様子に恐ろしいと思うより疑問が先に立った。エマはサーシャのことを特別に嫌っているように見えたからだ。
邪魔者扱いされたことはあるが、あれ以降ほとんど接点がなくその時のことを未だに根に持っているのだろうか。
「……やっぱり貴女も転生者なのね」
断定するような口調にサーシャは一瞬反応に迷ったが、肯定も否定もせずにただ少し首を傾げてみせた。
「ヒロインは平民だから私のはずなのよ。それなのに記憶が戻るのが1年遅れたせいで、ユーゴは卒業しちゃうし他の攻略対象も全然相手をしてくれないし、貴女が全部邪魔しているんでしょう?!しかも隠しキャラのエリアスを手に入れようだなんて図々しいわ!」
「シュバルツ王太子殿下を呼び捨てにするなど不敬にも程があります」
あくまでも取り合わない態度を崩さないサーシャに、エマは苛立ったように近くにあった本を投げつけた。本はサーシャの膝あたりにぶつかったが感情を見せずにただエマを見つめる。
「貴女の思い通りにはさせないんだから!」
捨て台詞を吐いて乱暴に部屋を開け放つ音が聞こえると、サーシャは詰めていて息を漏らした。
(ちょっと当てられたかもね)
久しぶりに強い悪意を向けられて胸の辺りが重い。表情はあまり変わっていないだろうが、知らない振りをするために会話にも普段以上に気を遣ったからだろう。
意識的に深呼吸をしてみるが胸のつかえはすぐには取れそうになかった。
「ご心配いただきありがとうございます、エリアス殿下。ですが一人で大丈夫ですわ」
一緒に行けないことが不服なのか何度か似たようなやり取りを経て、サーシャは朝早く王宮を出発した。
ほんの2日離れていただけなのに懐かしさすら感じる学園に、帰ってきたという実感が湧いてくる。男子寮に行くのは初めてだったが、義兄への面会を求めると受付にいた男性が部屋に案内してくれた。
「少し前に別の女子生徒が忘れ物を届けに来たようですよ」
意味深な顔つきをした男性の顔をじっと見つめると、向こうから目を逸らした。わざわざ言及したのは親切心からでないことは明らかだった。
部屋の前に着くとそそくさと立ち去っていた男には構わずに、サーシャは少し強めに部屋をノックした。
「お義兄様、いらっしゃいますか?」
そこまで大きな声ではなかったはずだが、勢いよく扉が開いた。
「サーシャ…?」
二日ぶりの義兄は、酷い有様だった。アッシュブロンドの髪はぼさぼさで、目の下にはくっきりと濃い隈が浮いている。やつれた表情からは食事もろくに摂っていないことが窺える。
「お義兄様、色々とお話したいことがございます。お邪魔してもよろしいですか?」
「勿論だよ」
即答するシモンにほっとしながらサーシャが部屋に入ると、そこには胸元を大きく開いた煽情的な姿のエマがソファーに横たわっていた。潤んだ瞳は熱を孕んでいて、知らない者が見れば情事の最中であることを匂わせる光景だった。
「なっ!」
絶句するシモンをサーシャは半ば無意識に押しとどめる。
「お義兄様、今すぐ部屋の外に出てください」
感情を削ぎ落したサーシャの声に圧倒されたのか、シモンは言われたとおりに部屋を出て行く。エマは恥じらうように胸元の生地を掻き寄せたが、その口元が僅かに上がっていた。
エマのそんな様子を見て、サーシャは自分の推測が間違っていないことを確信してエマに近づいた。
「サーシャ様、シモン様と私は――きゃあああ、何をするの?!」
エマが言い終える前にサーシャはエマのドレスを捲って上半身を確認すると、今度はスカートを躊躇なくめくりあげた。
「ちょっと、やめなさいよ!この変態!」
「ええ、もう終わりました。貴女の名誉が傷つかないうちに早急にお引き取りください」
サーシャを睨みつけていたエマの瞳が困惑の色がよぎる。
「……どういう意味よ」
「男性の部屋に押しかけて誘惑するようなふしだらな女性だと噂になりたいのですか?」
「酷いわ!憔悴してらっしゃるシモン様の力になりたかっただけなのに、いきなり押し倒されたのよ……。むしろ不名誉な噂になるのはシモン様ではなくて?」
(やっぱりそれが狙いだったのね)
未婚の令嬢と私室で二人きりになるなどシモンらしかぬ失態だが、分かりやすいハニートラップで助かった。サーシャが来るのが遅れていたら、合意なく関係を持たされたと主張されるところだった。
「エマ様がお義兄様を押し倒したのでは?」
念押しとばかりに挑発するとエマはあっさり乗ってきた。
「サーシャ様は信じたくないのかもしれませんが、シモン様が私を押し倒して無理やり……」
「無理やり、何をされたのですか?」
平坦な声でサーシャは続きを促す。
「……唇を奪われてそのまま襲われそうになったから私、必死で抵抗して……。いくらシモン様でもそんな乱暴なことをされるなんて、思ってもみなかった」
うっすらと涙が浮かべ、自分の身体を抱きしめるエマはか弱くて痛々しい。何も知らなければの話だが――。
「無理やり脱がそうとすればもっとドレスは皺になりますし、ボタンも簡単に取れてしまいますよね。それからエマ様の肌には押さえつけられた痕も暴力を振るわれた形跡がなかったことは確認済みです。これ以上義兄を侮辱するつもりなら、然るべきところで対応していただきましょう」
身内の証言だけではあてにならないし、そうなればガルシア家の醜聞にもなるので半分以上ははったりだ。こちらから公の場で明らかにする意志があることを告げれば、証拠薄弱なエマも強くは出られないはずだとサーシャは踏んだ。
不名誉な噂を撒き散らされないよう、このような手が通じないとエマに思わせることが重要だった。
すると先ほどまでの涙を浮かべた表情から一転、エマは憎しみすら感じさせる表情でサーシャを睨みつけてくる。その様子に恐ろしいと思うより疑問が先に立った。エマはサーシャのことを特別に嫌っているように見えたからだ。
邪魔者扱いされたことはあるが、あれ以降ほとんど接点がなくその時のことを未だに根に持っているのだろうか。
「……やっぱり貴女も転生者なのね」
断定するような口調にサーシャは一瞬反応に迷ったが、肯定も否定もせずにただ少し首を傾げてみせた。
「ヒロインは平民だから私のはずなのよ。それなのに記憶が戻るのが1年遅れたせいで、ユーゴは卒業しちゃうし他の攻略対象も全然相手をしてくれないし、貴女が全部邪魔しているんでしょう?!しかも隠しキャラのエリアスを手に入れようだなんて図々しいわ!」
「シュバルツ王太子殿下を呼び捨てにするなど不敬にも程があります」
あくまでも取り合わない態度を崩さないサーシャに、エマは苛立ったように近くにあった本を投げつけた。本はサーシャの膝あたりにぶつかったが感情を見せずにただエマを見つめる。
「貴女の思い通りにはさせないんだから!」
捨て台詞を吐いて乱暴に部屋を開け放つ音が聞こえると、サーシャは詰めていて息を漏らした。
(ちょっと当てられたかもね)
久しぶりに強い悪意を向けられて胸の辺りが重い。表情はあまり変わっていないだろうが、知らない振りをするために会話にも普段以上に気を遣ったからだろう。
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