ヒロイン気質がゼロなので攻略はお断りします! ~塩対応しているのに何で好感度が上がるんですか?!~

浅海 景

文字の大きさ
46 / 57

強制力

しおりを挟む
「サーシャ…大丈夫かい?エマ嬢がすごい剣幕で走り去っていったけれど…」
「大したことではありませんわ。ですが、二度と婚約者でもない女性を部屋に入れてはいけませんよ」
いつもと同じように気遣ってくれるシモンに安心感を覚え、サーシャは首を横に振った。

「うん、それについては浅慮だった。サーシャのことで内密に話したいことがあると言われて、つい招き入れてしまった」
妹を心配するシモンの優しさにつけ込んだやり方に怒りを覚えたものの、訪問した理由を思い出して切り替える。

「それよりもお義兄様、先日はご厚意を無下にしてしまって本当にごめんなさい。庇ってくださったのはとても嬉しかったです。――ですが、高貴な方を相手にあんな恐ろしい真似は二度となさらないでください」
シモンを傷付けたことを詫びつつも、釘を差すことは忘れない。
あのような状況でもサーシャを優先して守ってくれることに喜びを感じたのも事実だったが、身分差がある相手に攻撃的な対応されると後々厄介なことになる。

「……約束はできないけど気をつけるよ。それよりもシュバルツ王太子殿下の件だよね?ユーゴ様の話ではあの方はサーシャを軟禁しているという話だったが」
「お義兄様!」

ユーゴがそんな伝え方をしたとは思えない。たった今話したばかりなのに、エリアスに対する反感から敢えてそんな言い回しをするシモンにサーシャはため息を吐いた。

「エリアス殿下のあの言動は生理反応のようなものです。森で毒性のある植物に触れると勝手に赤くなったりかゆみを覚えたりするのと同じですわ。あれも個人差がありますし」
納得できない表情のシモンに、サーシャはエリアスから聞いた話と自分の解釈を伝えると、腑に落ちた様子で何度か頷いた。

「サーシャの着眼点は面白い。シュバルツ国の王族にのみ現れる特徴ならば遺伝的なものだろうし、番の判別方法が匂いであるというのなら改善も可能ではないかと思うんだね?」
「はい、それでお義兄様にもご助力いただけないでしょうか?体臭が変わればエリアス殿下も私を番と認識しなくなるかもしれません。ご自身の意思でないことに将来を左右されるなどお辛いでしょうから」

最初こそエリアスの行動に驚きと不安しか感じなかったが、よくよく考えてみれば番も一種の強制力だ。そう思えばエリアスもまた自分の力の及ばないところで、翻弄されている被害者なのだと気づいた。
ヒロインのような見た目と出生のエマが現れたことにより、自分は悪役令嬢ポジションだと何となく考えていたが、強制力はいまだサーシャに対して有効なのだろう。

(ヒロインだろうが悪役令嬢だろうが、強制力のせいで人生を左右されたくない)
シモンはそんなサーシャをどこか訝しげな表情で見つめていたが、嘆息すると苦笑しながらもサーシャの頭を軽く撫でた。

「殿下方には色々と思うところもあるけれど、サーシャのためなら手伝うよ」
「ありがとうございます」
幸いにも番についての仮説と改善方法を得ることができたし、今のサーシャには支えてくれる家族や頼もしい友人たちがいる。そう思うと強制力も何とか出来るような気がしてくるのだから、不思議なものだ。

「それでは少しお休みになってください。またお昼ごろにお義兄様のお好きなスープを作ってまいりますわ」
「それは嬉しいな。ちょっと試作してみたいものが思いついたから、それが終わったら休憩するよ」

シモンは根っからの研究者気質で、睡眠や食事を忘れて没頭してしまうことも多い。そんなシモンに対して何度か無理をしないよう伝えたことはあったが、いつも聞き流されてしまっていた。
だが今回は自分が原因だったため、サーシャも譲るわけにはいかなかった。

「駄目です。お義兄様が私のことを心配してくださるように私がお義兄様を心配してはいけませんか?」
サーシャが睡眠や食事を犠牲にすればシモンは絶対に止めるはずだ。シモンは一瞬きょとんとした表情になったが、すぐに口元をほころばせた。

「そうだね。僕が悪かった。心配してくれてありがとう」
自分の気持ちが伝わったことに嬉しくなって、気持ちが軽くなる。仮眠を取ると約束してくれたシモンを残して、サーシャは昼食の準備をするため部屋をあとにした。



「サーシャ!」
女子寮に戻る途中で満面の笑みを浮かべて駆け寄ってきたのはエリアスだった。
そのままの勢いで抱きしめられそうになったのを一歩横にずれて躱すと、はっと気づいたような表情に変わる。どうやら無意識の行動だったらしく、サーシャはカーテシーを取ることで受け流した。

入学後に学園内を案内することを条件に、同伴しないことを約束したエリアスが何故ここにいるのか。そんなサーシャの疑問に答えてくれたのはエリアスの後ろに控えていたレンだった。

「明日からご入学することが決まりましたので、その準備のために参りました。サーシャ様の邪魔をするつもりはございませんのでご安心ください」
「レン、邪魔とはどういう意味だ。……邪魔なのか?」
しゅんと表情で項垂れるエリアスはボルゾイやアフガンハウンドのような犬種を彷彿とさせる。王族と犬を重ね合わせるなどシモン以上に不敬だが、一度浮かんでしまったイメージはなかなか消せない。

(甘やかすなとは言われたけど、これはちょっと難しいかも…)

「エリアス殿下、そのようなことはございませんわ。明日はお約束通り学園をご案内させていただきますね」
「ああ、楽しみにしている。ところで、今夜夕食に誘っても良いだろうか?」
上機嫌に戻ったエリアスは期待と不安が混じった瞳でサーシャを見つめる。

先約や予定があるわけではないが、王宮を行き来するには少々時間が掛かる上にサーシャが気軽に訪問するような場所でもない。かといって王族とそれ以外の場所で食事を摂るのは安全上の理由から難しいだろう。

「エリアス殿下、明日の準備がまだ終わっておりませんよ。そのような急なお誘いは少々マナーに反しますし、明日から同じ学園で過ごされるのですからいくらでも機会があるでしょう?」
サーシャの躊躇いを察したようにレンが助け舟を出してくれた。

エリアスもそれ以上何も言わず、名残惜しそうな顔をしながらも素直に引き下がる。
アーサーとヒューと似た主従関係に、レンもエリアスと幼い頃から付き従っていたのかもしれないとサーシャは思った。

「それもそうだな。サーシャ、何か困ったことがあればいつでも言ってくれ」
入学式の時にシモンから同じような言葉を掛けられたことを思い出して、サーシャは苦笑した。まるで過保護な兄がもう一人増えたような気分だ。
日頃から気に掛ける言動を取っていたため、いつものことだと深く考えることなく、この時のエリアスの言葉の意味にサーシャは気づかなかった。


「エリアス殿下、大丈夫ですか?」
「ああ、助かった」
番に対する本能を理性で抑え込むことは頭で思うほど簡単なことではなかった。それゆえにエリアスが暴走しかければ止めるよう、レンに命じていたおかげでサーシャに我慢をさせずに済んだ。
大嫌いだと告げられた時には心臓が凍り付いたかと思うほどの絶望感を覚えて、思い出すだけで胸が締め付けられる。

「初対面の時に比べるとだいぶ打ち解けてくださったようですね。まあサーシャ様は恋愛にも殿下にも興味がなさそうですから、なかなか困難を伴いそうですが」
遠慮のないレンの言葉にむっとしながらも、本当のことなので反論ができない。

「番であることを押し付けられて嫌な思いをさせたのに、真剣に考えてくれたのだ。俺だけ本能に任せて行動するなんて出来ないだろう」
傍にいて欲しい、自分だけを見てほしいという利己的な渇望感は消えていないが、サーシャに嫌われたくないという想いとさらにはサーシャの言動にも興味を覚え始めている。

健気だと思っていた少女はエリアスが思うよりもずっと冷静で物事を考えられる女性だった。
番の仕組みを考え改善しようと考えてくれたのは、自分の身に降りかかった災難を払うためだけでなく、そこにはエリアス自身への思いやりの気持ちが含まれていると感じた。

「レン、引き続き調査は続けてくれ」
サーシャが傷つく前に不安要素は全て取り除いてやりたいが、彼女自身はそれを望まないだろう。

(頼ってくれれば全力で守れるのだが、こればかりは時間がかかりそうだな)
サーシャが去った方向にもう一度視線を向けて、エリアスは最愛の女性に想いを馳せた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】転生したので悪役令嬢かと思ったらヒロインの妹でした

果実果音
恋愛
まあ、ラノベとかでよくある話、転生ですね。 そういう類のものは結構読んでたから嬉しいなーと思ったけど、 あれあれ??私ってもしかしても物語にあまり関係の無いというか、全くないモブでは??だって、一度もこんな子出てこなかったもの。 じゃあ、気楽にいきますか。 *『小説家になろう』様でも公開を始めましたが、修正してから公開しているため、こちらよりも遅いです。また、こちらでも、『小説家になろう』様の方で完結しましたら修正していこうと考えています。

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///) ※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。 《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》

異世界で悪役令嬢として生きる事になったけど、前世の記憶を持ったまま、自分らしく過ごして良いらしい

千晶もーこ
恋愛
あの世に行ったら、番人とうずくまる少女に出会った。少女は辛い人生を歩んできて、魂が疲弊していた。それを知った番人は私に言った。 「あの子が繰り返している人生を、あなたの人生に変えてください。」 「………はぁああああ?辛そうな人生と分かってて生きろと?それも、繰り返すかもしれないのに?」 でも、お願いされたら断れない性分の私…。 異世界で自分が悪役令嬢だと知らずに過ごす私と、それによって変わっていく周りの人達の物語。そして、その物語の後の話。 ※この話は、小説家になろう様へも掲載しています

転生令嬢はのんびりしたい!〜その愛はお断りします〜

咲宮
恋愛
私はオルティアナ公爵家に生まれた長女、アイシアと申します。 実は前世持ちでいわゆる転生令嬢なんです。前世でもかなりいいところのお嬢様でした。今回でもお嬢様、これまたいいところの!前世はなんだかんだ忙しかったので、今回はのんびりライフを楽しもう!…そう思っていたのに。 どうして貴方まで同じ世界に転生してるの? しかも王子ってどういうこと!? お願いだから私ののんびりライフを邪魔しないで! その愛はお断りしますから! ※更新が不定期です。 ※誤字脱字の指摘や感想、よろしければお願いします。 ※完結から結構経ちましたが、番外編を始めます!

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野
恋愛
 難病に罹り、15歳で人生を終えた私。  だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?  でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!  ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?  1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。  ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!  主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!  愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。  予告なく痛々しい、残酷な描写あり。  サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。  小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。  こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。  本編完結。番外編を順次公開していきます。  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

処理中です...