ヒロイン気質がゼロなので攻略はお断りします! ~塩対応しているのに何で好感度が上がるんですか?!~

浅海 景

文字の大きさ
48 / 57

手の温もり

しおりを挟む
放課後もエリアスが教室に迎えに来てくれたので、そのまま学園を案内することになった。

「ご足労おかけして申し訳ございません」
本来であれば身分の低いサーシャが出向くべきだったが、エリアスは軽く受け流す。

「いや、俺がサーシャに早く会いたかったからな。それに俺のほうがサーシャを気に入っていると知らしめるためにもちょうどよかった」
後半のセリフはサーシャにしか聞こえないよう耳元で囁かれて、それを見た女子生徒が顔を赤らめている。
距離は近いが目的が分かっていれば、冷静に受け止められる。そのためサーシャもこの場で相応しいと思った言葉を伝えた。

「ありがとうございます」
感謝すること自体本心であったが、高位貴族に対する儀礼的なものではなく身内に対するように親しみを込めて微笑んでみせた。
エリアスの白い頬に赤みが差して、視線がぎこちなく逸らされる。

(あら、逆効果だったかしら?)

「サーシャ様、お気になさらず。学園のご案内を続けていただけますか?」
少し馴れ馴れしい態度だったかと反省していたが、レンの声で顔を上げる。エリアスを見ると口元を押さえたまま、未だにサーシャの方を見ようとしない。
本当に良いのかと目線で問えば、二度も首を縦に振られる。

「主がご迷惑をお掛けしますが、どうかご容赦ください」
ただの子爵令嬢相手に過分なほど深々と腰を折るレンに、サーシャはすっかり恐縮してしまった。

「レン様、顔を上げてください。私にそのような気遣いは無用ですわ」
「サーシャ様、私に敬称は不要です。貴女様は殿下の大切な婚約者なのですから」

レンの指摘は正しいが、本来であれば家格が上のレンを呼び捨てにすることなど恐れ多いことだ。そもそも体質が改善されるまでの一時的な、いわば仮の婚約者である。理解はできても躊躇うサーシャにエリアスが声を掛けた。

「サーシャ、そんなにレンばかり見ては駄目だ」
指と指を絡めるように手を繋がれて、驚いたサーシャが隣を振り向くとエリアスが満足そうな表情で頷いた。

「やっとこっちを向いてくれた。案内してくれるか?」
「……畏まりました。……エリアス殿下」

繋いだ手を離そうとしないエリアスを見つめれば満面の笑みが返ってくる。アーサーやシモンが譲れない時に浮かべる笑みを同じものを感じ取ってサーシャはそれ以上言葉にするのをやめた。

(笑顔で圧力をかけるのは貴族の嗜みなのかしら……)
これも噂を打ち消すためだと切り替えたサーシャは包まれた手の温もりを無視して、案内役の務めを果たすことに集中することにした。

寮まで送るというエリアスの申し出を固辞して、サーシャは寮へと歩いていた。先ほどまで温かった手が秋風に晒されて少し寒さを感じる。そのことが妙に気になってぼんやりしていたため、気づくのが遅れてしまった。

「シュバルツ王太子殿下に気に入られたからといって、何て傲慢な態度なのかしら」
顔を上げると見覚えのある令嬢たちが立っていた。確か昨年レイチェルを泣かせてしまった際に嫌味を仕掛けてきた令嬢たちだ。気づかなかっただけだが、向こうからしてみれば無視されたように感じたのだろう。
あの時サーシャもひどく腹を立てていて良からぬことを考えたが、結果的にユーゴが追い払ってくれたので事を荒立てずに済んだ。

「……考え事をしており失礼いたしました、バートン侯爵令嬢」
誤解したエリアスがサーシャの引き取り先を依頼し、身分を釣り合わせるため白羽の矢が立った侯爵家の一人娘、オリヴィア。

(ちょっと小物感が強いけど、この方も悪役令嬢ポジションなのよね)

アーサーの婚約者候補だった過去もあり、王族や公爵家以外と婚約するつもりがないと公言するような自尊心の高い我儘令嬢だと言われている。
前回アーサーとの噂が広まった時に、嫌味を言われたのは子爵令嬢ごときがアーサーと関わることすら許し難いと思ったからだろう。
そして今回は間違いなくエリアスが原因だ。

「お可哀そうに王太子殿下はご存知ないのね。あんなにたくさんのご令息方と噂になるような下賤な娘なのに」
嘆かわしいと大げさな態度で表現するオリヴィアに二人の令嬢は追従する。

「あんな容姿でどうやって誑かしているのでしょうね」
「まあ、嫌だわ。汚らわしい」

見下す表情の中には抑えきれない嘲笑が混じっている。諫めるでもなくただ貶めるためだけの言葉に耳を傾ける必要はない。前回は家族にまで言及されたことでキレかけたが、今回は無用な争いをしては駄目だと自分に言い聞かせる。

「御用がないのであれば失礼いたします」
「私は知っているのよ、王太子殿下は体質のせいで惑わされているだけだって。すぐに貴女なんか捨てられてしまうわ」

オリヴィアの言葉につい足が止まった。恐らくバートン侯爵は番のことをそう表現したのだろう。体質改善が必要なのはむしろサーシャのほうなのだが。

「存じておりますわ」
振り返って一言伝えると、サーシャは背後を気にすることなく歩き始めた。

(エリアス殿下が私を求めるのは番だから。そんなの今更だわ)

それなのに何となく息苦しいような胸が詰まったような感覚に襲われる。
そのことを少しだけ疑問に思ったが、今晩から体質改善のために試してみたいことがあったためそちらに気を取られたサーシャはすぐにその感覚を忘れてしまった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】転生したので悪役令嬢かと思ったらヒロインの妹でした

果実果音
恋愛
まあ、ラノベとかでよくある話、転生ですね。 そういう類のものは結構読んでたから嬉しいなーと思ったけど、 あれあれ??私ってもしかしても物語にあまり関係の無いというか、全くないモブでは??だって、一度もこんな子出てこなかったもの。 じゃあ、気楽にいきますか。 *『小説家になろう』様でも公開を始めましたが、修正してから公開しているため、こちらよりも遅いです。また、こちらでも、『小説家になろう』様の方で完結しましたら修正していこうと考えています。

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///) ※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。 《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》

異世界で悪役令嬢として生きる事になったけど、前世の記憶を持ったまま、自分らしく過ごして良いらしい

千晶もーこ
恋愛
あの世に行ったら、番人とうずくまる少女に出会った。少女は辛い人生を歩んできて、魂が疲弊していた。それを知った番人は私に言った。 「あの子が繰り返している人生を、あなたの人生に変えてください。」 「………はぁああああ?辛そうな人生と分かってて生きろと?それも、繰り返すかもしれないのに?」 でも、お願いされたら断れない性分の私…。 異世界で自分が悪役令嬢だと知らずに過ごす私と、それによって変わっていく周りの人達の物語。そして、その物語の後の話。 ※この話は、小説家になろう様へも掲載しています

転生令嬢はのんびりしたい!〜その愛はお断りします〜

咲宮
恋愛
私はオルティアナ公爵家に生まれた長女、アイシアと申します。 実は前世持ちでいわゆる転生令嬢なんです。前世でもかなりいいところのお嬢様でした。今回でもお嬢様、これまたいいところの!前世はなんだかんだ忙しかったので、今回はのんびりライフを楽しもう!…そう思っていたのに。 どうして貴方まで同じ世界に転生してるの? しかも王子ってどういうこと!? お願いだから私ののんびりライフを邪魔しないで! その愛はお断りしますから! ※更新が不定期です。 ※誤字脱字の指摘や感想、よろしければお願いします。 ※完結から結構経ちましたが、番外編を始めます!

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】勘当されたい悪役は自由に生きる

雨野
恋愛
 難病に罹り、15歳で人生を終えた私。  だが気がつくと、生前読んだ漫画の貴族で悪役に転生していた!?タイトルは忘れてしまったし、ラストまで読むことは出来なかったけど…確かこのキャラは、家を勘当され追放されたんじゃなかったっけ?  でも…手足は自由に動くし、ご飯は美味しく食べられる。すうっと深呼吸することだって出来る!!追放ったって殺される訳でもなし、貴族じゃなくなっても問題ないよね?むしろ私、庶民の生活のほうが大歓迎!!  ただ…私が転生したこのキャラ、セレスタン・ラサーニュ。悪役令息、男だったよね?どこからどう見ても女の身体なんですが。上に無いはずのモノがあり、下にあるはずのアレが無いんですが!?どうなってんのよ!!?  1話目はシリアスな感じですが、最終的にはほのぼの目指します。  ずっと病弱だったが故に、目に映る全てのものが輝いて見えるセレスタン。自分が変われば世界も変わる、私は…自由だ!!!  主人公は最初のうちは卑屈だったりしますが、次第に前向きに成長します。それまで見守っていただければと!  愛され主人公のつもりですが、逆ハーレムはありません。逆ハー風味はある。男装主人公なので、側から見るとBLカップルです。  予告なく痛々しい、残酷な描写あり。  サブタイトルに◼️が付いている話はシリアスになりがち。  小説家になろうさんでも掲載しております。そっちのほうが先行公開中。後書きなんかで、ちょいちょいネタ挟んでます。よろしければご覧ください。  こちらでは僅かに加筆&話が増えてたりします。  本編完結。番外編を順次公開していきます。  最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

処理中です...