転生令嬢は捨てられた元婚約者に微笑む~悪役にされたけど、今さら愛されてももう遅い~

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第13話 運命の歯車をずらす指先

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公爵家の拘束から三日。  
王都の空気は騒然としたまま落ち着かない。  
権力と金に塗れた貴族たちがざわつき、陰では「次に誰が裁かれるのか」と怯えている。  
しかし、リリアーナにとって静寂はむしろ恐ろしいものだった。  
平穏が訪れたときこそ、次の嵐が起こる――それを彼女は身に染みて知っている。

屋敷の応接室で、アランが彼女の報告書を手にしていた。  
「公爵家の捜査は進んでいる。記録の大半は抹消されていたが、君が持ち帰った写しが決定的な証拠になった」  
「これで、もう逆らう力はないでしょうね」  
「だが、一つだけ不自然な点がある」  
アランの声に、リリアーナは扇を静かに閉じて顔を向ける。  
「不自然?」  
「誰かが“意図的に”公爵家の報告を遅らせていた形跡があるんだ。内部からの操作……つまり、君の味方が城の中にいる」  
リリアーナは驚いたように目を見開いた。  
「城の中に、私の味方?」  
「そう。普通なら王家の関係者が動かない限り、捜査がここまで順調に進むはずがない。……君に心を動かされた誰かがいる」  
アランは意味ありげに彼女を見つめた。  
その視線に、なぜか胸の奥がざわめく。  
「私は誰も動かしていないわ。ただ、運命が少しずつ軌道を変えているだけ」  
「なら、その“歯車”を動かしているのは君の指先だろう」  
その一言に、リリアーナは思わず笑ってしまった。  
「ええ、少しくらいは。けれど……最後の一手を打たなければ、また未来は同じになる」  

彼女の手元の机には、一通の封筒が置かれていた。  
送り主は“王都高官局”。  
件名は“王国議会出席命令”。  
それは、王の前で証言を行う正式な召喚に他ならなかった。  
三年前、この場で彼女は“虚偽の証言”を求められ拒否し、すべてを失った。  
だからこそ今回は、その逆をやり遂げる。  
「運命の舞台、今度こそ私の手で動かしてみせるわ」  

***

翌朝、王都議事堂。  
重厚な扉が開かれ、白い大理石の通路をリリアーナがゆっくりと歩く。  
後ろには控えとしてアランの姿。  
周囲の視線が突き刺さるが、彼女は微笑を崩さなかった。  
やがて議場に通されると、中央の玉座に王が座っていた。  
その横には宰相、そして各貴族代表たち。  
ざわめきが止まり、空気が張り詰める。  

「エルヴェール伯爵令嬢、リリアーナ・エルヴェール」  
呼ばれて一礼。  
「此度の件、レインフォード公爵家の罪状について申し開きを願おう」  
王の低い声が響く。  
リリアーナはゆっくりと顔を上げ、壇上に立った。  
視界の端には、拘束されたエドモンドの父と、護衛に囲まれたセレナの姿。  
彼女の唇が染めた紅が怯えで薄れているのが見えた。  

「王よ、そして皆様。私が申し上げたいのは、レインフォード家が“罪”を犯したという単なる事実ではございません」  
彼女は声を清らかに響かせた。  
「この国の貴族制度という歯車そのものが、腐食して動かなくなっているということです」  
ざわめきが起こる。  
彼女は怯まなかった。  
「権力を守るために嘘を重ね、弱き者を切り捨てる。私が身をもって体験したその結果が、三年前の断罪でした。ですが、私は再び立ち上がりました。なぜだかわかりますか?」  
誰も答えられない。王がわずかに眉を動かす。  
「それは、この国が本来、信じる価値のある場所だからです。だからこそ、この腐った歯車を、ほんの少しだけずらしたい」  

その瞬間、場内は静まり返った。  
リリアーナは懐から証拠書類を取り出す。  
「これが公爵家と侯爵家の不正を裏付ける記録です」  
侍従がそれを手に取り、王の前に差し出す。  
王は目を通し、一つため息をついた。  
「確かに……揺るぎない証拠だ。だが、この真実を誰がここまで導いたのだ?」  
「たった一つの選択です。過去を恐れない勇気が、未来を変えたのです」  
リリアーナの瞳がまっすぐに王を見つめる。  

「……よかろう」  
王は小さく頷く。  
「この証言をもって、レインフォード公爵家は永久追放とする」  
瞬く間に場が沸き、歓声とため息が混ざり合った。  
リリアーナは息をつく。  
終わった――そう思った矢先、王が再び彼女に視線を向けた。  
「エルヴェール嬢。これほどの真実を掘り起こす勇気、見事である。しかし、質問をひとつ。何故そこまで命を賭してまで行動できた?」  
「……失った過去を取り戻すためです」  
リリアーナは静かに答えた。  
「かつて、私は裏切られ、命を奪われました。でも神はもう一度、私に選択の機会を与えてくださった。だから今度こそ、あの夜を終わらせたいのです」  

沈黙。  
誰もがその言葉を咀嚼しようとした。  
それは、転生者としての告白にも聞こえる言葉だった。  
しかし、不思議なことに誰もそれを現実のものとして受け取らなかった。  
王は静かに微笑んだ。  
「――神が与えた、か。ふむ。人の手が正義を動かすなら、それもまた祝福だろう」  

そのとき、後方から嘆き声が上がる。  
拘束されていたセレナが膝をついた。  
「お願いです……!私は、ほんの僅かな欲しかなかったのです……!」  
リリアーナは振り向かず、ただ言葉を落とした。  
「欲を選んだのはあなた自身。ならば、果実の苦味もあなたが噛みしめなさい」  
それ以上、誰も動かなかった。  

***

審理が終わった後、石造りの回廊に足を踏み出す。  
陽光が差し込み、白の床に影が伸びた。  
その中にアランが立っていた。  
「終わったな」  
「ええ。歯車を、少しだけ動かした」  
「君は国を変えたんだ。もう“復讐の令嬢”なんかじゃない」  
「そうかしら。まだ完全じゃないわ。運命は、少し向きを変えただけ」  

彼女は両手を広げて風を受けた。  
その笑顔に、アランの胸が痛くなる。  
「……君が泣くのを、もう見たくない」  
「泣かないわ。今度こそ、笑って終わらせるの」  
その宣言のような声が空を渡る。  

遠くで鐘の音が鳴り、王都の街が新しい一日を迎えようとしていた。  
過去という鎖がはぜる音が、確かに彼女の心の中で響いた気がした。  
運命の歯車はずれた。  
ほんのわずか――だが、確かに希望の方向へ。  

(続く)
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