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第26話 真実の愛を選ぶとき
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夜が深まり、ルクレシアの街が灯りに包まれていた。
リリアーナは高台の塔のテラスに立ち、遠くの灯を見つめていた。
商人たちが集まる街の中心に灯る火は、まるで生き物のように瞬き、息をしているようだった。
それは、あの日燃え落ちた王都の炎と違う、優しさを持った光――人々の希望そのもの。
風が吹き、髪が頬を撫でる。
昼間の会議の余韻がまだ心のどこかに残っていた。
新しい通商条約の成立は成功に終わり、反乱の報せは沈静化した。
だが、王都から届いた追加の報告書に、彼女の心は少し揺れていた。
――アラン・リオネル、重傷にて療養中。
胸の奥で、また小さな痛みが生まれる。
「無理をしたのね……」
彼はいつもそうだ。
自分よりも先に誰かを救おうとする。
まるで、それが自分の生きる意味だと言わんばかりに。
リリアーナは両手を軽く握りしめた。
その姿を、塔の階段を上ってきたマクシミリアンが見つめていた。
「ひとりで立っていると、風が冷たいでしょう」
「慣れているわ。孤独と風は、いつも私の味方だったもの」
「味方か……だが時には、味方より敵が優しく見えることもある」
「あなたも、そんな経験が?」
マクシミリアンは頷き、彼女の隣に立った。
「俺はいつも“正義”という名の敵と戦ってきた。だが結局、それが何を救ったのか分からなかった」
「人は、守ったものと壊したものを比べてしまう生き物だから」
「君はどちらを選ぶ?」
リリアーナは風を見上げた。
星が散る夜空へ向けて、ゆっくりと言葉を放つ。
「今までなら“守ること”を選んでいた。でも違うの。これからは“信じること”を選ぶ」
マクシミリアンが静かに微笑んだ。
「信じるとは、愛することに似ている」
「……愛?」
「恋と違って、愛は時に形を持たない。だが、それがある人は孤独にはならない」
その言葉に、リリアーナははっと息を呑んだ。
アランの笑顔、あの暖かな手の感触、彼の声。
あの時、確かに感じた。孤独でも、彼が傍にいるような安心を。
それは恋を越えた、もっと静かな“絆”だった。
「あなたは、愛を知っているのね」
「……いや、俺にはまだ分からない。ただ、君を見ていると、“これかもしれない”と思う」
「私を見て?」
マクシミリアンの瞳が揺れた。
「俺は、君を見ていると心が穏やかになる。正しさではなく、誠実さに動かされてしまう」
「……」
リリアーナは一歩、下がった。
胸が痛い。それは嬉しさでもあり、怖さでもある。
信頼が愛に変わる瞬間、その重さに耐えられるほど人は強くない。
「マクシミリアン、あなたは誠実な人。でも私は……まだ誰かを待っている」
「アランか?」
「そう。私はあの人に“生きなさい”と言われた。だからその言葉を裏切りたくない」
「君まで正義に縛られている」
「違うわ。これは私の“選択”よ」
彼は沈黙し、ゆっくり視線を外した。
「君が選ぶのは王国のためでも誰かのためでもない。君自身の心か」
「ええ。私の心が求めるもの。それをようやく掴めそうなの」
マクシミリアンの横顔に、苦笑が浮かんだ。
「……それが本当の愛なんだろうな。誰かに依存するんじゃない、誰かと生きる覚悟を持つことが」
「私は、もう一度だけ彼に会いたい。
もし会えたら、私はようやく“愛している”と胸を張って言える気がするの」
リリアーナの目には、ためらいではなく希望が宿っていた。
静かに夜風が吹き、二人の間を通る。
沈黙が苦ではなかった。
マクシミリアンは軽く頭を下げ、口元に穏やかな笑みを浮かべた。
「なら俺は、君の選んだ道を見送るだけだ。君が自分の愛を見つけたその時、きっと世界も変わるだろう」
「ありがとう。それがあなたの優しさね」
「違う。俺の贖罪だ」
リリアーナは彼に微笑んだ。そして、夜空の星を仰いだ。
風が衣の裾を巻き上げ、遠くの鐘が静かに鳴る。
***
翌朝。
宿舎に一羽の伝書鳥が届いた。
リリアーナ宛の封書に刻まれているのは、見慣れた筆跡。
封を切る前に、すでに涙が浮かんでいた。
――“この手紙を読む頃、君はきっと風の国にいるだろう。
俺はまだ立てないが、心だけはいつも君の隣にある。
だからもう、泣かないでほしい。
俺の願いは、君が“誰かを愛する勇気”を持つことだけだ。”
その一文を読み終える頃には、頬を伝う涙が止まらなかった。
彼の声が、心の奥で響いている気がした。
「アラン……ようやく、愛の意味が分かったの」
手紙を胸に抱きしめ、リリアーナは呟いた。
「人は愛されて強くなるんじゃない。誰かを愛せるようになって強くなるのね」
その瞬間、空を白く包むように光が広がった。
朝日だ。
夜明けの風が塔を通り抜け、リリアーナの髪を躍らせる。
彼女は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
「真実の愛を、私はもう選んでいる。彼を想い、私自身を赦す道を」
そして微笑みながら、再び歩き出した。
彼がいつか追いかけてきたとしても、もう彼女は待つだけの女ではない。
この世界で、自分の意志で愛を選べる人間として、前を向けるのだから。
空は高く、白い光が大地を照らしている。
それはまるで、未来そのものが祝福しているようだった。
(続く)
リリアーナは高台の塔のテラスに立ち、遠くの灯を見つめていた。
商人たちが集まる街の中心に灯る火は、まるで生き物のように瞬き、息をしているようだった。
それは、あの日燃え落ちた王都の炎と違う、優しさを持った光――人々の希望そのもの。
風が吹き、髪が頬を撫でる。
昼間の会議の余韻がまだ心のどこかに残っていた。
新しい通商条約の成立は成功に終わり、反乱の報せは沈静化した。
だが、王都から届いた追加の報告書に、彼女の心は少し揺れていた。
――アラン・リオネル、重傷にて療養中。
胸の奥で、また小さな痛みが生まれる。
「無理をしたのね……」
彼はいつもそうだ。
自分よりも先に誰かを救おうとする。
まるで、それが自分の生きる意味だと言わんばかりに。
リリアーナは両手を軽く握りしめた。
その姿を、塔の階段を上ってきたマクシミリアンが見つめていた。
「ひとりで立っていると、風が冷たいでしょう」
「慣れているわ。孤独と風は、いつも私の味方だったもの」
「味方か……だが時には、味方より敵が優しく見えることもある」
「あなたも、そんな経験が?」
マクシミリアンは頷き、彼女の隣に立った。
「俺はいつも“正義”という名の敵と戦ってきた。だが結局、それが何を救ったのか分からなかった」
「人は、守ったものと壊したものを比べてしまう生き物だから」
「君はどちらを選ぶ?」
リリアーナは風を見上げた。
星が散る夜空へ向けて、ゆっくりと言葉を放つ。
「今までなら“守ること”を選んでいた。でも違うの。これからは“信じること”を選ぶ」
マクシミリアンが静かに微笑んだ。
「信じるとは、愛することに似ている」
「……愛?」
「恋と違って、愛は時に形を持たない。だが、それがある人は孤独にはならない」
その言葉に、リリアーナははっと息を呑んだ。
アランの笑顔、あの暖かな手の感触、彼の声。
あの時、確かに感じた。孤独でも、彼が傍にいるような安心を。
それは恋を越えた、もっと静かな“絆”だった。
「あなたは、愛を知っているのね」
「……いや、俺にはまだ分からない。ただ、君を見ていると、“これかもしれない”と思う」
「私を見て?」
マクシミリアンの瞳が揺れた。
「俺は、君を見ていると心が穏やかになる。正しさではなく、誠実さに動かされてしまう」
「……」
リリアーナは一歩、下がった。
胸が痛い。それは嬉しさでもあり、怖さでもある。
信頼が愛に変わる瞬間、その重さに耐えられるほど人は強くない。
「マクシミリアン、あなたは誠実な人。でも私は……まだ誰かを待っている」
「アランか?」
「そう。私はあの人に“生きなさい”と言われた。だからその言葉を裏切りたくない」
「君まで正義に縛られている」
「違うわ。これは私の“選択”よ」
彼は沈黙し、ゆっくり視線を外した。
「君が選ぶのは王国のためでも誰かのためでもない。君自身の心か」
「ええ。私の心が求めるもの。それをようやく掴めそうなの」
マクシミリアンの横顔に、苦笑が浮かんだ。
「……それが本当の愛なんだろうな。誰かに依存するんじゃない、誰かと生きる覚悟を持つことが」
「私は、もう一度だけ彼に会いたい。
もし会えたら、私はようやく“愛している”と胸を張って言える気がするの」
リリアーナの目には、ためらいではなく希望が宿っていた。
静かに夜風が吹き、二人の間を通る。
沈黙が苦ではなかった。
マクシミリアンは軽く頭を下げ、口元に穏やかな笑みを浮かべた。
「なら俺は、君の選んだ道を見送るだけだ。君が自分の愛を見つけたその時、きっと世界も変わるだろう」
「ありがとう。それがあなたの優しさね」
「違う。俺の贖罪だ」
リリアーナは彼に微笑んだ。そして、夜空の星を仰いだ。
風が衣の裾を巻き上げ、遠くの鐘が静かに鳴る。
***
翌朝。
宿舎に一羽の伝書鳥が届いた。
リリアーナ宛の封書に刻まれているのは、見慣れた筆跡。
封を切る前に、すでに涙が浮かんでいた。
――“この手紙を読む頃、君はきっと風の国にいるだろう。
俺はまだ立てないが、心だけはいつも君の隣にある。
だからもう、泣かないでほしい。
俺の願いは、君が“誰かを愛する勇気”を持つことだけだ。”
その一文を読み終える頃には、頬を伝う涙が止まらなかった。
彼の声が、心の奥で響いている気がした。
「アラン……ようやく、愛の意味が分かったの」
手紙を胸に抱きしめ、リリアーナは呟いた。
「人は愛されて強くなるんじゃない。誰かを愛せるようになって強くなるのね」
その瞬間、空を白く包むように光が広がった。
朝日だ。
夜明けの風が塔を通り抜け、リリアーナの髪を躍らせる。
彼女は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
「真実の愛を、私はもう選んでいる。彼を想い、私自身を赦す道を」
そして微笑みながら、再び歩き出した。
彼がいつか追いかけてきたとしても、もう彼女は待つだけの女ではない。
この世界で、自分の意志で愛を選べる人間として、前を向けるのだから。
空は高く、白い光が大地を照らしている。
それはまるで、未来そのものが祝福しているようだった。
(続く)
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