転生令嬢は捨てられた元婚約者に微笑む~悪役にされたけど、今さら愛されてももう遅い~

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第28話 最後のざまぁと微笑み

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夜の帳が降りた王都は、夏の匂いをほんのりと含んでいた。  
数ヶ月ぶりに帰還したリリアーナは、懐かしさよりも静かな覚悟を胸に抱いていた。  
馬車の車輪が止まり、石畳の上に足を下ろす。空気が重い。  
王の招集による臨時謁見の場、それが今回の目的。  

「再びこの地に立つことになるなんてね」  
そう小さく呟き、自嘲めいた笑みを浮かべた。  

だが、今回の彼女は“帰ってきた娘”ではない。  
自らの意志で未来を掴もうとする、一人の“選ぶ者”としてこの地を踏んでいる。  
ミリアが緊張した面持ちで彼女を見た。  
「お嬢様、本当に王の前でお話になるのですか? 危険すぎます……」  
リリアーナは首を振る。  
「これは私の決着。安全な道を歩むなら、とっくにどこかで眠っていたわ」  

宮殿の門が開く。灯りが漏れ、白い大理石の長い回廊が続く。  
その奥に、かつてあの夜、自分の生涯が終わった場所がある――舞踏会の広間。  

彼女の歩みを先導する侍従が、王座の間の扉をゆっくり開いた。  
中に入った瞬間、視線が集まる。  
貴族、宰相、そして見覚えのある顔々。  
中には、失脚したはずのフィオリーナ侯爵派の者たちが再び席を占めていた。  

「リリアーナ・エルヴェール。戻ったか」  
低く響く声。王の声だ。  
「はい、陛下。王命により顧問職免職の件、並びに通商条約の成果の報告に参りました」  
膝を折り、一礼しながら淡々と述べる。  
だが、王の横に立つ宰相代行が口を開いた。  

「功績は認めよう。しかし、問題もある。  
あなたが不在の間に、王都では“反逆の芽”が再び芽吹こうとしている。  
その噂の発端が、あなたの旧領の者にあると聞いたが?」  

「……それは誤報です」  
冷静に答えるが、宰相代行の瞳には露骨な疑いが光る。  
「誤報? それを証明できるのか?」  
「できます。――これを」  

リリアーナは懐から、一枚の封書を取り出した。  
封印を破ると、中からは署名付きの文書が現れる。  
そこには侯爵派の資金流通の詳細と、宰相代行名義での密約書の写しが記されていた。  

「ルクレシアとの条約後、あなた方は密かに“逆流資金”を動かし、  
反王派を操っていましたね。目的は、“英雄令嬢”の失墜。  
しかし、その金の流れは――すべて追っています」  

一瞬、広間が静まり返る。空気が凍るようだった。  
宰相代行が立ち上がり、怒鳴る。  
「どうしてそれを知っている!」  
「陛下。ご覧ください。すべてはこの手紙が証明しています」  
彼女は王の前に文書を差し出す。  

王が目を通し、静かにため息をついた。  
「……宰相代行。これは真か?」  
「陛下、その女の策謀です! 彼女こそが――」  
言葉の途中、衛兵たちが宰相代行を取り囲んだ。  
王の声が響く。  
「連行せよ。お前の罪は明らかだ」  

その瞬間、ホールのあちこちからざわめきが上がった。  
「まさか……本当に裏で操っていたのか……」  
「エルヴェール嬢が……王国を救った……?」  

リリアーナは深く一礼した。  
「私はただ、この国を縛る“嘘”という鎖を断ちたかっただけです」  
そして顔を上げた時、彼女の瞳には一切の怒りも憎しみもなかった。  
ただ過去に対する、静かな“ざまぁ”の笑み。  

かつて彼女を嘲り、裏切り、殺そうとした者たち。  
その者たちの驚愕と屈辱の表情が、今ここに並んでいる。  
だが、勝ち誇ることはしなかった。  
ただ“赦さないまま、許す”という強さが、彼女を美しく輝かせていた。  

王が立ち上がる。  
「リリアーナ・エルヴェール。その忠誠、見事である。  
だが、これ以上この国に縛られる必要はない。お前の生き方は、お前自身で決めよ」  

静寂の中、彼女はゆっくりと微笑んだ。  
「ありがたきお言葉にございます。ただ、一つだけ伝えたいことがございます」  
「申してみよ」  
「私は、かつて運命に弄ばれました。  
ですが今、私はこうして立っております。すべてを終わらせ、全てを赦し、  
それでも、愛を選ぶ者としてここにいる――  
だから、この場にいる誰もが“恐れずに信じること”を選べますように」  

その言葉に、王は静かに頷いた。  

***

謁見が終わる頃、王宮の外に夜の風が吹いた。  
廊下を抜けると、月が光を注ぎ、庭の白い花々が霞む。  
そこにアランが立っていた。  
彼の姿を見て、胸の奥が一瞬だけ揺れた。  

「全部終わったんだな」  
「ええ。ようやく」  
「君は本当に……強い」  
「強くなんかない。ただ、弱さに流されるのをやめただけ」  

アランは微笑み、手を差し出した。  
「これでようやく、君を自由に見送れる」  
「送らないで。もう“共に歩く”って、決めたでしょう」  
「……覚えていたか」  
「忘れるものですか」  

月の光に照らされながら、ふたりは見詰め合った。  
沈黙の中に、過去の痛みも涙もすべて溶けていく。  
彼女は軽く息を吸い込み、そっと言葉を紡いだ。  

「アラン、あなたに“ざまぁ”を見せたい人がいるの」  
「誰に?」  
「私を嘲った世界全部に。  
でもね、それは復讐じゃない。  
この微笑みがある限り、私はもう何も奪われないって教えたかったの」  

アランが苦笑し、優しく頷く。  
「なるほど。君らしいやり方だ」  
「ええ。“ざまぁ”って、案外優しい言葉なのよ。  
だって、それを言えるのは“もう心が救われた人”だけだから」  

風が吹き、白い花弁が二人の間を舞う。  
遠く、王都の塔の鐘が静かに鳴った。  
リリアーナはアランの手を取りながら言う。  

「終わりじゃないわ。これが“本当の始まり”なの」  
「なら、同じ道を歩こう」  
「もちろん。あなたとなら、もう怖くない」  

二人の影が月の下で重なった。  
微笑みは涙に変わらず、ただ優しく世界を照らす。  
最後のざまぁ――それは、過去への勝利ではなく、  
運命さえ笑い飛ばせる女の誇りそのものだった。  

花の香りが夜空へと流れ、リリアーナはそっと目を閉じた。  
愛と赦し、そして自由。  
すべてを得た彼女の心が、ようやく完全に羽ばたいた瞬間だった。  

(続く)
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