婚約破棄された令嬢は氷の公爵に拾われ、気づけば溺愛されていました~見下してきたあなた、後悔してももう遅いわ~

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第8話 伯爵家の舞踏会、再会の瞬間

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夜空は群青に沈み、王都全体が灯りに包まれていた。  
その中でもひときわ光を放つのは、クラウン王家に連なる名家——グランベール伯爵家の大広間。  
王太子エドワードの婚約破棄後、初の大舞踏会。理由は表向き「新たな祝福の夜」とされているが、実際は誰もが知っている。主賓は元婚約者・レティシア・グランベル。噂の的は、彼女が公爵と共に現れるかどうか——その一点だった。

その夜、レティシアは鏡の前に立っていた。  
金糸の取り合わせが美しい白のドレス。胸元には小さくルミナス家の紋章が刻まれている。  
背中まで流れるブロンドの髪には、アランから贈られた白薔薇の髪飾り。  
彼女を守るように輝くそれは、まるで“氷の加護”のようだった。  

マリーがそっとその姿を見て息を呑む。  
「まぁ……なんてお美しいのでしょう、レティシア様。」  
「落ち着かないの。まるで全ての人に見張られる気がして。」  
「大丈夫です。公爵様が一緒にいらっしゃるのですもの。」  

低く穏やかなノックの音が響く。  
「入るぞ。」  
その声だけで空気が変わった。  
レティシアが向き直ると、黒の礼装に身を包んだアランが立っていた。銀のボタンが月光を返し、冷ややかな美しさを纏っている。  

「……美しいな。」  
一瞬、時間が止まったようだった。  
「え……?」  
「ドレスよりも、そのまなざしだ。」アランは表情を変えずに言った。「怯えが消えている。ようやく“本物のレティシア”になった。」  
レティシアは息を呑む。彼の声には優しさと誇りが入り混じっていた。  
「ありがとうございます、公爵様。あなたが、ここまで導いてくださったから。」  
「導いたのではない。お前が選んだ道だ。」  

短いやり取りの後、二人は馬車へと向かった。  
夜風は冷たい。けれど、隣に立つ彼の存在が心強く、恐怖は不思議と薄らいでいく。  

────  

伯爵家の屋敷は、まばゆい光と音楽に満ちていた。  
貴族たちの笑い声、シャンデリアの煌めき、飛び交う噂話。  
その中心に立つのは、紺色の軍装を纏った王太子エドワードと、淡いピンクのドレスを纏うミリア・ハートリィ伯爵令嬢。  
二人の姿は絵画のように華やかで、見る者の視線を奪っていた——だが、そこに漂う空気はどこか冷たい。  

「来たわよ……レティシア・グランベルが。」  
「本当に来るなんてね。恥知らずにもほどがあるわ。」  
「でも、お供がルミナス公爵だとか。王家も黙っていられないでしょう。」  

ざわめきが一斉に広がる。  
扉の両側に侍女が下がり、司会の声が響いた。  
「──アラン・ルミナス公爵閣下、ならびにご令嬢、レティシア・グランベル様のご来場です!」  

一瞬で空気が変わった。  
無数の視線が一斉に扉へ注がれる中、レティシアはまっすぐ背筋を伸ばして歩き出した。  
足音だけが響く。白のドレスが光を受け、まるで雪のように輝く。  
腕を差し出すアランの隣に立つ彼女の姿は、失脚した令嬢ではなく、凛とした新たな貴婦人そのものだった。  

「見ろよ……あの落ち着きよう……」  
「以前とはまるで別人だ。」  
「まさかルミナス様のおかげで……?」  
囁きがざわめきに変わる。しかし、その中心にいたレティシアは、一歩一歩、確かな足取りで進んでいた。  

会場の奥、王太子が笑みを浮かべる。  
「よく来たな、レティシア。」  
「お招きありがとうございます、殿下。」  
声は静かだが、その奥には一片の怯えもない。  
エドワードはその変化に驚いたように目を細めた。  
「ふむ……その顔。少しは反省したようだな。」  
「反省、ですか? 何を……?」  
「まだ白を切るのか。あの時、お前がミリアを罵ったこと、証人もいるのだぞ。」  
その瞬間、ミリアが隣で涙を滲ませて手を口元に添えた。  
「レティシア様……私は、ただ仲良くなりたかっただけでしたのに……」  
完璧な演技。人々の視線が一斉に集まる。だが、レティシアは微笑んだ。  

「ええ、あなたには感謝しています。あの夜、あなたが“持ってきた手紙”のおかげで、王太子殿下が誰に耳を傾けているかを知ることができましたから。」  
ミリアの表情がピシリと凍る。  
「な、なにを……」  
「ご存じのはずでしょう? あの手紙は、あなたが殿下に偽りの証言を信じさせるために使ったものでした。あなたの筆跡、そして使用された封蝋は、あなたの家の紋章のものでした。」  

会場がざわめいた。  
「手紙……?」  
「まさか証拠があるとでも?」  
エドワードの声が震える。「そんな馬鹿な。お前が……!」  

アランが一歩前に出た。  
「証拠ならここにある。」  
彼の副官が差し出した封筒。王家の紋章付きで、封が切られぬまま残っている。  
「これは、あの夜ミリア・ハートリィ嬢が届けたとされる“陳情書”だ。だが、内容を確認した者はいなかった。なぜなら、殿下がすぐに破棄したからだ。」  
「な、何を──!!」  
ミリアが青ざめるより早く、アランが続けた。  
「封蝋には確かに彼女の印章が押されている。そして検証した結果、文中の筆跡は彼女自身のもの。お前が偽りを申したのは明白だ。」  

貴族たちが息を呑む。  
「まさかハートリィ家が虚偽を……?」「そんなことが……」  
誰もが言葉を失い、ミリアは崩れ落ちた。  
「違うのです! 私は……私は殿下を守りたかっただけで……!」  
その泣き声さえ、今は誰の心にも届かなかった。  

エドワードは唇を噛み、視線を逸らした。  
「くだらぬ……そんな紙切れ一つで……」  
「真実はいつも紙切れ一つに宿るものです、殿下。」  
レティシアの声は静かながら、会場全体に響き渡った。  
「わたくしはもう何も失うものはありません。ただ、誇りだけは取り戻させていただきます。あの日奪われたものを——あなたの言葉ではなく、この真実で。」  

沈黙。  
誰もがその場の空気の変化を感じていた。  
長い間押しつけられてきた嘘が、たった今、崩れ落ちた瞬間。  

アランがそっと彼女の腕を取る。  
「もう十分だ。立派に戦った。」  
「……ありがとうございます、公爵様。」  
二人はゆっくりと踵を返した。背後で、王太子の怒声とミリアの泣き声が絡み合い、哀れなノイズだけが残る。  

階段を降りながら、アランが小さく言った。  
「見事だったな。」  
「私など……いえ、あなたがいてくださったから。」  
「互いに支え合っただけだ。だが、これで半分は終わりだ。まだ奴らは完全には失墜しない。根を断つには、もう少し時間がかかる。」  
「ええ、どんなことでもいたしますわ。」  
レティシアの声に迷いはなかった。  

屋敷を出ると、外に満月が浮かんでいた。  
白い光が彼女のドレスを包み、その姿はまるで白薔薇そのものだった。  
アランが視線をそっと向ける。  
「……お前は、もう完全に俺の誇りだ。」  
その言葉にレティシアは微笑み、ゆっくりと頭を下げた。  

もう恐れはない。  
この夜、かつて屈辱に沈んだ令嬢は、堂々と立ち上がった。  

続く
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