婚約破棄された令嬢は氷の公爵に拾われ、気づけば溺愛されていました~見下してきたあなた、後悔してももう遅いわ~

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第9話 氷の公爵の“護る理由”

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舞踏会の翌朝、王都はざわめきに包まれていた。  
王太子の失態、伯爵令嬢ミリアの偽証。昨夜の大広間で起きた出来事は、瞬く間に貴族たちの口に上り、社交界はまるで嵐の中心にいるようだった。  

真実を突きつけたレティシア・グランベル、その背後に立つ氷の公爵アラン・ルミナス。  
誰もがこの二人を、もはや軽んじようとはしなかった。  

だが、嵐の中に勝利の余韻など存在しなかった。  
淡い朝日が射す王都の別邸。その窓辺で、レティシアは力なく息を吐いた。  
ふとした瞬間に蘇るのは、昨夜の殿下の顔。怒りと狼狽、そして最後に見えた、あの歪んだ笑み。  

「……終わってはいないわ。」  
囁くように呟いたその声を、背後から低い声が拾った。  

「その通りだ。」  
振り向けば、アランが立っていた。白いシャツの袖を軽くまくり、冷たい瞳が彼女を静かに見つめている。  
「奴は負けを認めていない。昨夜の屈辱をそのままにしておく男ではない。」  

「……報復、ですか?」  
「その可能性が高い。」  
アランは近くの机に手を置き、王城から届いた報告書に目を落とした。王都にはすでに小さな動きがある。  
「ミリア・ハートリィは“療養”と称して拘束されたそうだ。しかし、その背後にはまだ動いている者がいる。」  
「デリック・ノア男爵……王太子の側近ですね。」  
「そうだ。あの男、殿下の影の手となり、裏であらゆる情報を操っている。」  

レティシアの指がわずかに震えた。  
「きっと、私を再び陥れようと……。」  
「おそらくは。だが、もう同じ手は通じない。」  
アランはそう言って顔を上げた。その視線がまっすぐに彼女を射抜く。  
「俺がお前を護る。」  

その言葉は、淡々としていたが、どこまでも真実だった。  
胸の奥が熱くなる。昨夜、堂々と立ち上がれたのも、彼が背後で支えてくれていたから。  
「公爵様……どうして、そこまで?」  
問いながら、レティシアの声は微かに震えた。  
これまで誰も、こんな一途な形で彼女を庇ってはくれなかった。  

アランはしばらく沈黙し、窓の外を見上げた。  
「……十年前、俺は一人の令嬢を失った。」  
その声には、かすかな痛みが滲んでいた。  
「病で命を落とした、と記録にはある。しかし、真実は違う。彼女は、王家の内にいた貴族の権謀に巻き込まれ、口封じのように葬られた。」  

「そんな……」  
「王家に逆らえなかった俺は、ただ見ているしかなかった。あの時の俺は、何一つ護れなかったのだ。」  

レティシアの喉が詰まる。氷と呼ばれた男。その心に、こんな痛みが宿っていたとは。  
アランはわずかに彼女の方を向く。  
「だから誓った。他人の策謀に利用され、傷つく者がいれば、必ず護ると。」  
「……それが、あなたの“護る理由”なのですね。」  
「そうだ。」  
彼の瞳が静かに光った。「お前を見た時、かつての彼女を思い出した。けれど、今は違う。お前は過去の幻ではない。自ら立ち、真実を掴もうとしている。」  

レティシアは唇を噛み、俯いた。  
「私……強くないのです。本当はまだ怖くて。でも、あなたに出会って、初めて“護られる”とはどういうことかを知りました。」  
声が震え、指がドレスの裾を掴む。  
「だから、もう逃げません。あなたの隣で戦いたい。」  

アランの表情がわずかに変わる。硬く閉ざされていた氷が、一瞬だけ緩んだ。  
「……頼もしい言葉だ。」  
「だって、公爵様がいつまでも一人で戦うのはずるいですもの。」  
その言葉に、アランは思わず息を漏らした。笑ったのだ。  

「ずるい、か。」  
「はい。」レティシアは微笑んだ。「あなたが守るというのなら、私はその剣を磨く者になります。護られるだけの令嬢ではありません。」  

短い沈黙ののち、アランは彼女の手を取った。  
冷たい掌に温かな熱が宿る。  
「……そうだな。ならば、共に歩もう。俺たちはもう、互いの武器だ。」  

窓の外では朝の光が強くなっていた。二人の影が交わり、一つになるように長く伸びる。  

────  

昼過ぎ、屋敷の廊下に不穏な足音が響いた。  
セバスチャンが慌ただしく駆け込んでくる。  
「公爵様、先ほど王城の門前で不審者が捕縛されました!」  
「不審者?」アランが眉を寄せる。  
「はい。我々ルミナス家の紋章を模倣した偽の通行証を所持していたとのことです。尋問の結果、どうやらハートリィ家に雇われた者だと……」  

レティシアの血の気が引いた。  
「また私を……」  
「焦るな。」アランの声が低く響く。「奴らはもう追い詰められている。虚像を作り、俺たちを貶めようとする程度のことしかできぬ。」  

「ですが、このままでは私だけでなく、公爵様まで巻き込んでしまうかもしれません!」  
レティシアの言葉に、アランは微かに笑った。  
「何を今さら。俺はそのためにここにいるのだ。」  
そう言い切る姿は、まるで冷たく美しい刃のようだった。  

「それでも……怖いのです。もしあなたまで――」  
「弱気になるな。」  
短く遮られ、次の瞬間、彼の手が彼女の頬に添えられた。  
「もう二度と、誰にも邪魔はさせない。」  
その声は低く、確信に満ちていた。  
「俺がこの手で断ち切る。たとえ王家そのものが立ちはだかっても。」  

レティシアの胸が高鳴る。  
その言葉の重みは、この男がどんな立場で、どんな責任を背負っているかを知るからこそ心に刺さる。彼は本気だった。  

息を整えながら、彼女は頷いた。  
「……わかりました。では、私も誓います。どんな嘘にも、もう屈しません。」  
「それでいい。お前が俺を信じる限り、俺は決して負けない。」  

それは契約にも似た誓いだった。  
互いの瞳に映る光が、やわらかく交錯する。  
屋敷に一瞬、風が通り抜けた。閉ざされた重い空気の中に、確かな希望の匂いが満ちる。  

────  

夕暮れ、アランは自室で一通の報告書に目を通していた。  
筆頭騎士団からの密報。王太子の側近デリック・ノア男爵が、王都の倉庫街で密商人と接触したとの記録。  
金と文書の取引——その中に王家に関する機密が含まれていることは間違いない。  

「動いたな……」  
アランは椅子から立ち上がり、窓の外の薄暮を見つめた。  
遠く、王城の尖塔が赤く染まり始めている。  

「俺たちの戦いは、まだ序の口だ。」  
その声は静かで確固としていた。  
それは復讐でも正義でもない。ただ、“護る理由”としての戦い。  

その背に、ノックの音。  
振り向くとレティシアが立っていた。  
「呼ばれなくても、来てしまいました。」  
「ああ。ちょうどいい。」  
アランは微笑みを浮かべた。その笑みは、氷のようでいて、不思議とあたたかい。  

「これから嵐が来る。覚悟はできているか。」  
「もうとっくに。」  
レティシアは白薔薇の髪飾りを指で触れ、真っ直ぐに彼を見据えた。  
「あなたがいる限り、私は負けません。」  

夜が訪れる。  
それでも、灯された炎は風に消えることなく、小さく揺れながら燃え続けていた。  
そして二人は知っていた。  
この先に待つのは静かな戦場ではなく、真に王家の闇を暴く戦いとなることを——。  

続く
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