婚約破棄された令嬢は氷の公爵に拾われ、気づけば溺愛されていました~見下してきたあなた、後悔してももう遅いわ~

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第11話 騎士団長の忠告

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夜明け前の王都は、霧のような冷気に覆われていた。  
王城の塔が遠くに霞み、街の灯が薄灰色に溶けていく。  
ルミナス公爵邸ではすでに出立の準備が進んでいた。黒い馬車のそばで従者たちが足早に動き、警護の騎士たちが整列している。  

アランは無駄のない動作で外套の襟を整え、短く指示を飛ばした。  
「予定通り王城へ向かう。残りの者は庭と裏門を警戒。屋敷の者以外、誰一人近づけるな。」  
その低く響く声に、騎士たちは一斉に頭を下げて命令を承る。  
彼が放つ気迫には、何人たりとも逆らえない。氷と呼ばれるゆえんだった。

背後の階段から、レティシアが静かに降りてくる。  
白いクロークに身を包み、髪にはいつもの薔薇の髪飾り。  
気品と緊張が入り混じる姿に、アランは目を細める。  
「準備は整ったか。」  
「はい。……ただ、王城に向かうのがこんなにも重く感じるなんて。」  
「それは当然だ。城は光ではなく影を抱く場所だからな。」  

馬車の扉を開けながらアランが言う。  
「いいか。今日訪れるのは“公的な閲覧”という建前だが、実際には王家の最奥に踏み込む行為だ。敵が動かぬ保証はない。」  
「承知の上です。」  
レティシアの返事は凛としていた。その瞳には迷いのない光。  
アランは一瞬、安堵にも似た感情を覚えた。  

────  

王城の中庭に馬車が到着すると、そこにはすでに黒い鎧の列が待っていた。  
王国騎士団。彼らは王家直属の守護を担い、誇り高くも厳格な組織だ。  
その先頭に立つ壮年の男――銀髪混じりの騎士団長、ギルバート・クレスト。  
彼はアランと視線を交わすと、深く頭を下げた。  

「公爵閣下。お久しぶりですな。」  
「ギルバート。まだ剣を振るう腕は鈍っていないようだな。」  
「はは、年を取っても腕の重さは増える一方でございますぞ。」  

副官たちはその軽口に息を呑んだ。  
この二人、互いの命を預け合った戦場の同志だった。  
アランがかつて前線指揮官として戦場に立っていたころ、ギルバートは右腕のように側を守っていた。  

「さて、今日は珍しい訪問だ。」  
ギルバートの目がすぐに鋭く光る。  
「……王家の許可は出ておりますが、おぬしの狙いが“記録塔”だと聞いたとき、正直言葉を失いましたぞ。」  
「真実を探しているだけだ。」  
「真実、とな。だが、王家は事実ですら自在に塗り替える。黒を白に、罪を忠義に変える場所ですぞ。」  
「それでも構わん。俺は事実の原石を掘る。」  

ギルバートは眉をひそめてレティシアの方を見た。  
「あなたが……噂の令嬢殿ですか。」  
「はい。レティシア・グランベルと申します。」  
「勇敢なお方だ。しかし、王家に刃向かう覚悟は容易ではない。あなたはこの殿方に守られているからこそ、その瞳で立てていることをお忘れなきよう。」  

その忠告には、厳しさよりも静かな優しさが込められていた。  
レティシアは小さく頭を下げた。  
「肝に銘じます。」  
ギルバートはアランを見やる。  
「……お前が彼女をどこまで抱え込む気なのか、分からんがな。俺は王城の異変を止めに来ただけだ。」  

アランはわずかに笑みを浮かべた。  
「心配するな。ただ、もう少しだけ時間を貸せ。」  
「俺の立場では貸し借りはせん。忠告だけだ――“王城の敵”は王太子だけではない。」  

その言葉に、一瞬空気が凍った。  
「どういう意味だ。」  
アランの問いに、ギルバートは低く答える。  
「王妃殿下が動いている。おそらく、王太子とは別に裏から糸を引いている。」  
「王妃が……?」  

レティシアは言葉を失った。  
王妃とはエドワードの母であり、この国で最も影響力のある女性。穏やかに微笑むその裏に、鋼の意志を持つと噂されている。  

「王妃殿下は自らの血統を重んじる。王家に傷がつくことを誰よりも恐れるお方だ。今回の件を内側で“処理”しようと考える可能性がある。」  
「私を、消そうとするかもしれない……ということですか。」  
「あり得る。」ギルバートは淡々と頷いた。  
「王家の名誉を守るためなら、彼女は徒花を抜くことをためらわん。」  

アランの目が鋭く光る。  
「つまり、王太子は表の敵、王妃は影の敵だというわけだ。」  
「どちらも斬る気か。」  
「光が闇を憎む限り、どちらも必要ない。」  

二人の視線がぶつかり合い、火花が散るような緊張が走った。  
やがてギルバートはふっと笑い、背を向ける。  
「まぁ、止めても無駄だろう。お前が歩き出したら誰も止められん。」  
「いつも通りだ。」  
「だからこそ言う。気をつけろ。王城の壁は厚く、俺の剣でも届かぬほどだ。」  

────  

記録塔は城の最奥、三重の鉄扉と衛兵によって守られていた。  
アランは正式な閲覧許可証を示し、半ば強引に門を通る。  
古びた時計台のような塔の中は薄暗く、無数の巻物と書簡が並んでいた。  
空気は乾いていて、古文書特有の香りが漂う。  

「……ここが記録塔。」  
「歴史そのものの墓場だ。」  
アランは壁の燭台に火を灯し、一歩、また一歩と進んでいく。  

探すべきは、十年前の婚約契約。エドワード王太子とレティシア・グランベルの名が記された書簡。  
これを見つければ、王太子側の出した“冤罪証言”の矛盾を証明できる。証拠こそがこの国で最大の武器だった。  

だが、書架を進むたびに不穏な気配がした。  
静かなはずの塔の奥から、誰かの足音。  
アランは即座に剣に手をかけた。  
「……来たか。」  
レティシアが緊張で息を詰める。  

闇の奥から現れたのは、衛兵服を着た男。  
だがその胸章が逆さに付けられている。偽装だ。  
「王城内で剣を抜けば罪になりますぞ、公爵。」  
「俺に触れる罪はない。」アランの声が低く響く。  
瞬く間に間合いを詰め、男の腕から短剣を弾き飛ばす。  

「貴様を誰が送った。」  
「あ、あんたを止めろと……!」  
「誰の命令だ。」  
口ごもる男。その喉元に冷えた剣が触れた瞬間、恐怖に顔が引きつる。  
「王妃……王妃殿下のお言葉です……!」  

やはり、とアランは唇を結ぶ。  
レティシアの顔から血の気が引いていた。  
「わたくし、一体どれほどの罪人として見られているのかしら……」  
「罪人などではない。ただの脅威だ。お前の存在はこの国の欺瞞を揺るがす。」  

アランは剣を納め、衛兵を拘束するよう副官たちに指示を出す。  
「ギルバートの言葉は正しかった。だがこれで確信した。王妃は完全に敵だ。」  

塔の奥にある金の鍵を回し、さらに深く進む。  
ようやく見つけた書類箱の中から、アランは目的の書簡を引き出した。  
封印の紋章、日付、署名――確かにそこには「レティシア・グランベル」と「エドワード・クラウン」の名が並んでいる。  
だが、その末尾に奇妙な記述があった。  

《契約破棄の理由:婚約者側の不行動および家門の失態。王家の威信保持を優先するものとする。記――王妃エリザベート》  

アランの眉がわずかに動く。  
「王太子ではなく、王妃自ら署名を……?」  
つまり、婚約破棄を最初に望んだのは母親だったのだ。息子の名を使い、すべてを作り上げたのは彼女自身。  

レティシアは膝に手を当てて震えた。  
「王太子も……操られていただけ? それとも――」  
「どちらだろうと関係ない。真実が見えた以上、あとは暴くだけだ。」  
「どうなさるつもりですか?」  
「王家の祝典が三日後にある。各貴族が揃う場だ。そこを証拠の場にする。」  

彼の声は静かに燃えていた。  
王国の闇を暴くために、いよいよ戦いの舞台は整いつつある。  

塔を出ると、朝の光が差し始めていた。  
アランは一度だけ振り返る。  
古い塔の影に、忠告した男ギルバートが静かに立っていた。  

「……忠告、しかと心に刻んだ。」  
「ならばいい。だが忘れるな、アラン。この道の果ては光ではなく刃だ。」  
「構わん。俺の隣に立つ者は光そのものだ。」  

そう言ってアランは前を向いた。  
霧の中、レティシアの白い姿がゆっくりと輝く。  
その光が、沈みかけた王城の闇を切り裂くように美しかった。  

続く
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