婚約破棄された令嬢は氷の公爵に拾われ、気づけば溺愛されていました~見下してきたあなた、後悔してももう遅いわ~

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第14話 嫉妬の炎と凍る心

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貴族評議会が開かれる当日の朝、王都の空は薄く曇っていた。  
灰色の雲の切れ間から陽が時折射すが、その光すら冷たい。広場にはすでに多くの見物人が集まり、噂に踊らされながら口々に囁いていた。  
「今日決まるらしいわよ、ルミナス公爵の処罰が。」「あの令嬢も一緒に連れて行かれるとか。」  
「でも公爵様は王家を告発する気だそうだ。王都がどうなるかしらね。」  

人々は恐怖と好奇心をない交ぜにしながら見つめていた。  
その中心を、黒い馬車がゆっくりと通り抜ける。  
中にはレティシアとアラン。互いに一言も発さないまま、視線だけで状況を確かめ合っていた。

王都の中心に位置する評議会議事堂。円状の構造は、かつて王城と同じ建築師により設計されたとされる。  
白大理石の壁、蜂蜜色の床、中央には円卓。  
ここでは王家の決定を補佐する名目で、二十の名家当主たちが意見を交わす。  
だが実際には、王族の意向に背く者など今までいなかった。  

会場に入った瞬間、レティシアは息をのんだ。  
冷ややかな視線が一斉に自分たちに突き刺さる。  
王妃付きの侍従アルベルトが声を上げると、静寂が広がった。  
「ルミナス公爵閣下、ならびに元婚約者レティシア・グランベル。陛下の御前にて、事実確認と処分の宣告を行う。」  

議事堂の最奥に座すのは王妃――エリザベート。  
昨日の夜の事件などなかったように、鮮やかな青のドレスを纏い、上品な笑みを浮かべていた。  
「ようこそ、閣下。そしてレティシア嬢。お二人の勇気ある行動には敬意を表しますわ。もっとも……王宮に剣を持ち込んだこと以外は。」  
あくまで優美な声。だがその目の奥には、嘲るような光が潜んでいる。  

アランは一歩進み出て、静かに頭を下げた。  
「誤解を解くために伺いました。昨夜の件は防衛行動です。先に仕掛けたのは王妃陛下の兵でした。」  
「まあ、私がそんなことをする理由があるのかしら?」  
「理由ならございます。」  
レティシアが言葉を重ねる。  
その声は透き通るように清らかだったが、芯は強い。  
「王妃陛下が、先代より続く密貿易に関与されている証があります。王家の威信を守るために、陛下は関係者の口を塞ごうとしておられる――そうでは?」  

その一言に、会場の空気が一変した。  
ざわめき、息を呑む音、紙が擦れる音。  
王妃は動じず、ただゆるやかに微笑んだ。  
「面白いことを言うのね。証拠はあるのかしら?」  
「ええ。」  
アランが懐から一通の封筒を取り出す。王城記録塔で見つけた文書、そして商会との取引書の写し。  
会場に緊張が走る。  

だが、王妃はひとつ笑った。  
「それが本物である保証は?」  
「王室印章が押されている。」  
「その印章など、偽造も可能ですわ。」  
冷ややかな声。次の瞬間、扉の向こうから高らかな声が響いた。  

「その通りです、母上!」  

扉を押し開けて現れたのは王太子エドワード。  
黄金の髪を整え、濃い赤の軍装に身を包み、強く輝く笑みを浮かべていた。だがその笑みに宿る光は、どこか狂気じみていた。  

「殿下……!」  
ざわつく議員たちの前に、彼は堂々と歩み出た。  
「この二人は私と王家を貶めようとしている反逆者だ。特にお前だ、レティシア。お前はあの舞踏会でもこの国を混乱させた。“ルミナス公爵”を惑わせ、この国の秩序を壊したのだ。」  
その言葉には明確な怒り――いや、嫉妬があった。  

レティシアは静かに見返した。  
「嫉妬ですか、殿下。」  
「なに?」  
「あなたは、かつてのわたくしを所有物としか考えていなかった。見るも、話すも、笑うも許されない檻の中に閉じ込め、そのくせ愛を語った。」  
「黙れ! お前が俺を裏切った!」  
「違います。あなたは、自分のプライドを裏切っただけです。」  

エドワードの頬が赤く染まり、拳が震える。  
「貴様……一介の女が! 俺に説教をするつもりか!」  
「ええ、今のあなたには説教が必要です。」  
毅然とした声。レティシアの瞳はもう揺らがなかった。  

だが、その瞬間、議場に怒号が響く。  
「衛兵! 二人を拘束せよ!」  
王太子の命令に従い、複数の兵が動く。  
会場の空気が一気にざわつくが、アランが斬り込むように前へ出た。  
冷たい視線、瞬きもない。次の瞬間、抜刀の音が鋭く響いた。  

一瞬で兵の剣を弾き飛ばし、残る者たちが後ずさる。  
「誰一人、俺の前に立つな。」  
その一言で、空気が凍った。  
「アラン・ルミナス! 貴様は王国を裏切る気か!」  
叫ぶ王太子に、アランは凍てつくような声で返す。  
「俺が裏切るのは不義のみ。王国を乞食のように貪る貴様らではない。」  

王妃が立ち上がり、低く命じた。  
「殺せ。」  
その一言で兵が一斉に動こうとしたその時――議場の天井が震えた。  
高い窓を突き破り、白羽色の封筒が降り注ぐ。  
議員たちが驚いて手に取ると、その中には一枚の書状が入っていた。  

『王家による密貿易の証拠を確認。取引記録は公文書として保存されている。誤魔化しは不可能。——王国監査官ギルバート・クレスト』  

その署名を見た瞬間、場内が凍りつく。  
騎士団長の名前。それは誰よりも信頼される公式記録の番人であり、王ですら軽んじられない立場だった。  

「ギルバート……!」  
アランがわずかに目を細める。  
「まさか……わたくし以外にも動いていたのね。」  
レティシアが呟いた。  

ざわめく声が広がり、議員たちは互いに視線を交わす。  
「まさか本当に密貿易を……?」「この場での追及は危険だ!」「だが証拠に監査の署名があるなら……」  
誰もが混乱する中、王妃は初めて顔を歪めた。  
「愚か者ども……」  
その声は、怒りと恐怖が入り混じっていた。  
「黙れぇっ!」王太子が叫ぶ。  
だが、もう誰も従わない。  

アランがゆっくりと剣を収め、王妃を見据えた。  
「陛下、あなたの罪を告発するのは俺ではない。この国の正義そのものだ。」  
「正義……? そんなもの、この世に存在しない!」  
「なら、俺が作る。」  

沈黙。誰も動けない。  
その緊迫を破ったのは、レティシアの穏やかな声だった。  
「陛下、王太子殿下。あなた方のおかげで私は多くを学びました。愛とは支配ではなく、許しなのだと。」  
アランが彼女を見つめる。その瞳の奥で凍った心が溶けていく。  
レティシアの存在が、冷たい刃を持った男の世界に光を差し込んでいくのを誰もが感じた。  

王妃は崩れ落ちるようにして椅子に座り込んだ。  
王太子の顔からは怒りも消え、代わりに幼子のような怯えだけが残っていた。  
「……全てを、終わらせましょう。」  
レティシアはそっと頭を下げた。その姿には嘲りでも勝利の誇りでもなく、ただ静かな慈悲があった。  

広場の外で鐘が鳴った。  
その音はまるで、王国の罪を告げる裁きの鐘のようにも、あるいは新たな夜明けの始まりのようにも響いた。  

アランはレティシアの肩に手を置く。  
「よくやった。これで第一幕だ。」  
「ええ、でも終わりではありませんね。」  
「終わりなどない。だが――少なくとも今日は笑え。」  
その言葉に、レティシアは小さく微笑んだ。  

騒めく議場を背に、二人は歩き出す。  
かつて彼女を嘲った貴族たちの視線が、今は称賛と畏敬の色に変わっていた。  

曇り空の切れ間から、一筋の光が刺す。  
まるで氷を溶かすように、その光はアランとレティシアを包みこんでいた。  

続く
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