婚約破棄された令嬢は氷の公爵に拾われ、気づけば溺愛されていました~見下してきたあなた、後悔してももう遅いわ~

exdonuts

文字の大きさ
22 / 30

第22話 真実の証人は誰か

しおりを挟む
凍結谷を後にしてから、レティシアは一週間もの間、ほとんど眠れぬ夜を過ごしていた。  
王都へ戻る道中は、静かで穏やかであるはずだった。しかし、彼女の胸の奥ではまだあの夜の冷たい光景が焼き付いて離れない。  
アランの命が消える瞬間の音、血の赤、呼びかけに応えるように震えた彼の唇――。  
思い出すたびに胸を締め付ける痛みが走る。

けれど、彼女には立ち止まることはできなかった。  
アランの言葉がある。「俺の代わりに、立て」。  
それが今のレティシアの唯一の支えだった。

馬車の揺れの中で、彼女は窓の向こうを見つめた。遠くの山々が朝の光を浴びて白く霞んでいる。  
マリーがそっと声をかける。  
「レティシア様……その、無理をなさらないでくださいませ。数日間ほとんどお休みになっていません。お身体が持ちませんわ。」  
「大丈夫よ。眠る暇があったら彼の想いを無駄にしない道を考えたいの。」  
「公爵様は、そのように望んではおられませんでしたわ。」  
「わかっている。でも、私は――」  

言葉が詰まった。槍のような記憶が胸を刺す。  
彼を思い出すとき、心が壊れそうになる。それでも涙は流さない。  
彼の最期を知る者は、この世界に彼女しかいない。  
その事実が彼女を立たせる力でもあり、同時に罪のように重くのしかかっていた。

王都に着いたのは、その翌夜だった。  
ひっそりとしたルミナス邸は、まるで時間が止まったように静かだった。  
アランを知る者たちは誰も口を開かない。彼の帰らぬ報せは既に届いていた。  
マリーもセバスチャンも、ただ無言で彼女を出迎えた。

暖炉に火が灯される。  
レティシアは屋敷の中心にある執務室で、ひとつの封書を見つけた。アランが遺したものだった。  
封は開かれていない。けれど、その筆跡を見ただけで涙が滲んだ。  
震える手で封を切ると、中から一枚の書簡が現れた。  

『レティシアへ。  
 この手紙を読む時、俺はおそらくこの世にいないだろう。  
 だが、お前が生きてさえいれば、俺の願いは叶ったも同然だ。  
 記録の中にある“血の書”はまだ王都にある。あの老人はすべてを燃やしたが、写本がひとつ残っている。  
 それを見つけろ。そこには、お前の母が遺した“真実の証言”が記されているはずだ。  
 それを見極めろ。お前の手で、この国を変えろ。  
 ――アラン・ルミナス』

最後の文字を見終えた瞬間、滴が紙を濡らした。  
「母の……証言……?」  
マリーが驚いた目で彼女を見る。  
「お母上の、ですって?」  
「そう。きっと母は、あの時すべてを見ていた。王妃にも、王家の闇にも。」  
レティシアの瞳には光が宿っていた。  
「彼の代わりに、私がそれを明かす。もう誰にも奪わせない。」

翌朝、早くも城から一通の召喚状が届いた。  
『王国審問廷、開催の辞。ルミナス公爵の死と、王妃エリザベートの秘事について説明を求む。』  
それは、王家が国民の不安を鎮めるために開く“真実の場”だった。  
アランの亡骸すら確認されぬまま、彼の名を侮辱するように王は審問を開こうとしていた。  

「……都合のいいことだけ真実にするつもりね。」  
レティシアは怒りに声を震わせたが、その目には強い意志があった。  

マリーが躊躇いがちに問う。  
「ですがレティシア様、証拠が無ければ逆に罪を着せられます。王妃陛下が作り上げた“血統の神話”はまだ信奉されています。」  
「だからこそ、行くの。彼の名を汚されたまま終わらせるわけにはいかない。」  

夜。  
城の前では民衆が集まり、国王の護衛が重々しく扉を守っていた。  
審問廷は厳かな空気に包まれている。  
階段を上り、中央の席に立つレティシアに、無数の視線が注がれた。  
王国の長老たち、各貴族の代表、そして王の側近。  

「グランベル令嬢レティシア。お前がここに来たのは、ルミナス公爵の背信を正すためと聞く。」  
司宰官の声が響く。  
「違います。真実を正すために参りました。」  
凛とした声音に重苦しい空気が揺れる。  

王座に座る国王は、疲れたような目で彼女を見た。  
歳を重ね、かつての威厳は薄れている。それでも、その眼光の奥には鋭さが残っていた。  
「語れ。お前が知る真実を。」  
「はい。」  
レティシアは静かに一歩前へ出る。  
手には、アランの手紙と、血の書の写本があった。  

「まず申し上げます。王妃エリザベート陛下が行っていた“純血の誓約”は、神のものではなく人の傲慢によるものでした。」  
会場がざわめく。  
「陛下は、民の血を差別し、己の地位を守るために“神の選別”を創り上げた。そしてその証拠が、この血の書です。」  
彼女は写本を掲げた。  
「ここには王妃自らが命じた『実験記録』が記されている。そしてその中には――」  
彼女の声が震える。  
「私の母、セリーヌ・ド・グランベルの名があるのです。」  

王妃の罪を指摘した瞬間、議場に氷のような沈黙が流れた。  
「王妃は、母を‘血の混ざりもの’だと蔑み、幽閉しました。それだけでなく……」  
彼女は喉を詰まらせ、深呼吸してから続けた。  
「当時、王命を受けてその任にあたったのが、アラン・ルミナス公爵です。」  
会場が再びざわついた。  
「ですが、彼は後にその罪を知り、私を守るために命を懸けました。彼は王に背いたのではありません。己の良心に従ったのです!」  

彼女の言葉が鋭く響く。  
司宰官の眉が動く。  
「証拠は?」  
「母が残した記述があります。彼女は幽閉中にすべてを書き残し、賢者に託しました。私は谷の聖堂でそれを見つけたのです。」  
「その書はどこに?」  
レティシアは胸元から鍵を取り出した。銀の小箱を開き、燃えかけた羊皮紙の束を取り出す。  
「これです。ほとんど焼かれてしまいましたが、残された部分に母の名、王妃陛下の印章、そして……父エドモンド・グランベルの署名があります。」  

この言葉に、貴族たちの表情が一斉に動いた。  
「父上も……知っていたのです。」  
自らの言葉に、レティシアの肩が震えた。  
「父は恐怖から黙っていました。それが罪です。でも私は、その沈黙の鎖を断ち切ります!」  

まっすぐに顔を上げた彼女の瞳に、かつての令嬢としての柔らかさはもうなかった。  
人々の囁きが次第に変わる。  
「嘘ではないのか?」「公爵がそんな……」「だが証拠があるなら……」  
その時、壇上の奥から声がした。  

「確かに、それは真実だ。」  
響いた声に、全員が息を呑む。  
ゆっくりと歩み出てきたのは、黒い外套を纏った男。  
血の匂いのような冷気が広がる。  
「アラン・ルミナスだ!」  
群衆がどよめく。  

レティシアは息を止めた。  
「……アラン様……!」  
信じられなかった。死んだはずの男が、そこに立っている。  
傷はまだ痛々しく、顔色も蒼白だったが、彼の瞳は確かに生きている者の光を宿していた。  

「死んだと思って油断したか。」  
アランが静かに王を見上げる。  
「証言の続きを話そう。真実を消そうとしたのは、王妃だけではなかった。王の黙認もあったのだ。」  
王の顔色が変わる。  
「貴様――!」  
「黙れ。俺はもう誰の命にも従わぬ。ここで、全てを終わらせる。」  

ざわめきが頂点に達した。  
レティシアはその中で息を詰め、アランに一歩近づいた。  
「生きて……いてくださったのですね。」  
「お前との約束を果たすまでは死ねなかった。」  
「約束?」  
「この国の光を、必ず目覚めさせると。」  

二人の瞳が交差した。  
人々の喧騒の中で、ただそこだけが静寂だった。  
そして、アランの言葉が再び轟いた。  
「証人はここにいる。この女が見たもの、この女が生き抜いたものが、全ての真実の証だ。」  

その瞬間、裁きの鐘が鳴り響く。  
長い長い闇が、ゆっくりとほどけ始めていった。  

続く
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】捨てられた皇子の探し人 ~偽物公女は「大嫌い」と言われても殿下の幸せを願います~

ゆきのひ
恋愛
二度目の人生は、前世で慕われていた皇子から、憎悪される運命でした…。 騎士の家系に生まれたリュシー。実家の没落により、生きるために皇宮のメイドとなる。そんなリュシーが命じられたのは、廃屋同然の離宮でひっそりと暮らすセレスティアン皇子の世話係。 母を亡くして後ろ盾もなく、皇帝に冷遇されている幼い皇子に心を寄せたリュシーは、皇子が少しでも快適に暮らしていけるよう奮闘し、その姿に皇子はしだいに心開いていく。 そんな皇子との穏やかな日々に幸せを感じていたリュシーだが、ある日、毒を盛られて命を落とした……はずが、目を開けると、公爵令嬢として公爵家のベッドに横たわっていた。けれどその令嬢は、リュシーの死に因縁のある公爵の一人娘……。 望まぬ形で二度目の生を享けたリュシーと、その死に復讐を誓った皇子が、本当に望んでいた幸せを手に入れるまでのお話。 ※本作は「小説家になろう」さん、「カクヨム」さんにも投稿しています。 ※表紙画像はAIで作成したものです

悪役令嬢としての役目を果たしたので、スローライフを楽しんでもよろしいでしょうか

月原 裕
恋愛
黒の令嬢という称号を持つアリシア・アシュリー。 それは黒曜石の髪と瞳を揶揄したもの。 王立魔法学園、ティアードに通っていたが、断罪イベントが始まり。 王宮と巫女姫という役割、第一王子の婚約者としての立ち位置も失う。

あなたが「いらない」と言った私ですが、溺愛される妻になりました

有賀冬馬
恋愛
「君みたいな女は、俺の隣にいる価値がない!」冷酷な元婚約者に突き放され、すべてを失った私。 けれど、旅の途中で出会った辺境伯エリオット様は、私の凍った心をゆっくりと溶かしてくれた。 彼の領地で、私は初めて「必要とされる」喜びを知り、やがて彼の妻として迎えられる。 一方、王都では元婚約者の不実が暴かれ、彼の破滅への道が始まる。 かつて私を軽んじた彼が、今、私に助けを求めてくるけれど、もう私の目に映るのはあなたじゃない。

見捨ててくれてありがとうございます。あとはご勝手に。

有賀冬馬
恋愛
「君のような女は俺の格を下げる」――そう言って、侯爵家嫡男の婚約者は、わたしを社交界で公然と捨てた。 選んだのは、華やかで高慢な伯爵令嬢。 涙に暮れるわたしを慰めてくれたのは、王国最強の騎士団副団長だった。 彼に守られ、真実の愛を知ったとき、地味で陰気だったわたしは、もういなかった。 やがて、彼は新妻の悪行によって失脚。復縁を求めて縋りつく元婚約者に、わたしは冷たく告げる。

追放された悪役令嬢、辺境で植物魔法に目覚める。銀狼領主の溺愛と精霊の加護で幸せスローライフ!〜真の聖女は私でした〜

黒崎隼人
恋愛
「王国の害悪」として婚約破棄され、魔物が棲む最果ての地『魔狼の森』へ追放された悪役令嬢リリア。 しかし、彼女には前世の記憶と、ゲーム知識、そして植物を癒やし育てる不思議な力があった! 不毛の地をハーブ園に変え、精霊と友達になり、スローライフを満喫しようとするリリア。 そんな彼女を待っていたのは、冷徹と噂される銀狼の獣人領主・カイルとの出会いだった。 「お前は、俺の宝だ」 寡黙なカイルの不器用な優しさと、とろけるような溺愛に包まれて、リリアは本当の幸せを見つけていく。 一方、リリアを追放した王子と偽聖女には、破滅の足音が迫っていて……? 植物魔法で辺境を開拓し、獣人領主に愛される、大逆転ハッピーエンドストーリー!

何も決めなかった王国は、静かに席を失う』

ふわふわ
恋愛
王太子の婚約者として、 表には立たず、裏で国を支えてきた公爵令嬢ネフェリア。 だが―― 彼女が追い出されたのは、嫉妬でも陰謀でもなかった。 ただ一つ、「決める役割」を、国が彼女一人に押しつけていたからだ。 婚約破棄の後、ネフェリアを失った王国は変わろうとする。 制度を整え、会議を重ね、慎重に、正しく―― けれどその“正しさ”は、何一つ決断を生まなかった。 一方、帝国は違った。 完璧ではなくとも、期限内に返事をする。 責任を分け、判断を止めない。 その差は、やがて「呼ばれない会議」「残らない席」「知らされない決定」となって現れる。 王国は滅びない。 だが、何も決めない国は、静かに舞台の外へ追いやられていく。 ――そして迎える、最後の選択。 これは、 剣も魔法も振るわない“静かなざまぁ”。 何も決めなかった過去に、国そのものが向き合う物語。

縁あって国王陛下のお世話係になりました

風見ゆうみ
恋愛
ある日、王城に呼び出された私は婚約者であるローク殿下に婚約を破棄され、姉が嫁ぐことになっていた敗戦国シュテーダム王国の筆頭公爵家の嫡男の元へ私が嫁ぐようにと命令された。 しかも、王命だという。 嫁げば良いのでしょう、嫁げば。 公爵令嬢といっても家では冷遇されていた私、ラナリーは半ば投げやりな気持ちでルラン・ユリアス様の元に嫁ぐことになった。  ユリアス邸の人たちに大歓迎された私だったけれど、ルラン様はいつもしかめっ面で女性が苦手だと判明。 何とかコミュニケーションを取り、ルラン様と打ち解けていくと、義理の父からもうすぐ6歳になる国王陛下の臨時のお世話係を任されてしまい―― ※史実とは異なる異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

お前など家族ではない!と叩き出されましたが、家族になってくれという奇特な騎士に拾われました

蒼衣翼
恋愛
アイメリアは今年十五歳になる少女だ。 家族に虐げられて召使いのように働かされて育ったアイメリアは、ある日突然、父親であった存在に「お前など家族ではない!」と追い出されてしまう。 アイメリアは養子であり、家族とは血の繋がりはなかったのだ。 閉じ込められたまま外を知らずに育ったアイメリアは窮地に陥るが、救ってくれた騎士の身の回りの世話をする仕事を得る。 養父母と義姉が自らの企みによって窮地に陥り、落ちぶれていく一方で、アイメリアはその秘められた才能を開花させ、救い主の騎士と心を通わせ、自らの居場所を作っていくのだった。 ※小説家になろうさま・カクヨムさまにも掲載しています。

処理中です...