婚約破棄された令嬢は氷の公爵に拾われ、気づけば溺愛されていました~見下してきたあなた、後悔してももう遅いわ~

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第25話 父の懺悔と娘の誇り

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王都の夜は異様に静まり返っていた。  
どこかで鐘の音が微かに鳴り、冬の風が街を横切る。  
その静寂の中、一台の馬車が王都の北をめざして駆けていた。  
馬上のアランは冷たい風を切り裂きながら、前だけを見据えている。  
彼の瞳は灼けるように鋭く、まるで怒りと焦燥を飲み込んだ炎だった。  

「エドワード……お前はまだ自分の業がわかっていない。」  
呟きが夜の闇に溶ける。  
あの日、彼は王も王妃も断罪した。  
正義が勝利したと思った――だが、それはただの幻想だった。  
闇は形を変え、王太子という名前のまま、再び蘇ったのだ。  

街道の向こう、赤い光が薄く空を染めている。  
そこが目的地――グランベル侯爵家の離れ屋敷。  
新たな王妃の血を持つ者として、今レティシアが囚われている場所。  
エドワードは再びそこを根城としていた。  
皮肉にも、その地は彼女の生まれ育った家である。  

アランは馬を止め、地面に降り立つと、剣の柄にゆっくりと手を置いた。  
門を見上げる。  
かつて王都でも有数の華やかな屋敷だったその門は、いまや赤茶に錆びて沈黙している。  
「……レティシア。」  
名を呼んだ瞬間、胸が痛んだ。  
それは彼を突き動かす唯一の灯火であり、同時に彼の脆さの象徴でもあった。  

屋敷の中に足を踏み入れると、空気が重く淀んでいる。  
油の切れた燭台、崩れかけた絵画、乱雑に敷かれた布。  
そこに、弱い灯りが一つだけ点っていた。  

「誰だ。」  
低い声が響いた。  
影の中から現れたのは、痩せこけた男――白くなりかけた髭を整えもせず、杖を支えに立つ。  
「……エドモンド・グランベルか。」  
アランが言うと、男の眉が動いた。  
「ルミナス公爵……いや、もはや王の犬ではなくなったか。」  
「もうその呼び名は必要ない。」  
冷ややかな声だった。  

二人の間にしばし沈黙が落ちる。  
やがて、アランが静かに問う。  
「娘の居場所を聞きに来た。知っているな。」  
父エドモンドの口元が引きつる。  
「……娘なら、塔にいる。そこへ行くがいい。残念だが、もはやあの子に私の言葉は届かん。」  
「それはお前が和解を諦めたからだ。」  
アランの一言に、男の肩がわずかに震えた。  

「和解……?」  
エドモンドの声は掠れていた。  
「私は娘を守るために何をしてきた?黙って王家に従い、血統に媚び、家を守ることだけを選んだ。結果、娘を王の餌にした。」  
彼は壁に背を預け、滲むような声で笑う。  
「国の忠臣であるより、父であるべきだった。あの子が泣いていた夜、私は耳を塞いだ。その罪は誰に告げればいい?」  
「俺にではない。お前が娘に償え。」  
アランは歩み寄り、杖を握る男の手を押さえた。  
「まだ間に合う。お前の口で伝えろ。」  

エドモンドは苦笑した。  
「いや……もう長くはない。王妃陛下に仕えていた頃、賢者の実験に関わった。その報いで命を蝕まれている。」  
咳がこみ上げ、血が吐き出される。  
床を汚す赤が、ランプの光に陰を作った。  
「レティシアは、もうこの屋敷にはいまい。塔に……塔の上の礼拝堂に、エドワードが連れ込んだ。」  
「何故教える。」  
「父だからだ。最後くらい、父として娘を守らせてくれ。」  

アランは頷き、扉の方へ向き直った。  
エドモンドが嗄れた声で言う。  
「ルミナス公爵……あの子を、頼む。あの子の目に、父の愚かさを映すな。」  
「……父親の償いは必ず娘が受け取るさ。お前が願わずとも。」  
アランの返答は短く、だが確かな響きを持っていた。  

屋敷を抜け、冷たい風の中に出る。  
東側の塔、その最上階だけに明かりが灯っている。  
そこが、レティシアのいる場所。  
風が雪を舞い上げ、長い螺旋階段を登るたびに重い音が響く。  
アランの呼吸が浅くなる。  
だがその足取りは一度も止まらなかった。  

────  

塔の最上階、古びた礼拝堂。  
そこには、壊れたステンドグラスから月光が斜めに差し込んでいた。  
その中央、祭壇の前にレティシアが立たされている。  
手首には細い鎖、そして彼女の正面にはエドワード。  

「久しいな、レティシア。」  
王冠を失った男の顔は、かつての威厳を微塵も残していない。  
青白い肌に、焦げついた瞳。狂気と憎しみだけがそこにあった。  
「殿下……もうやめて。これ以上、無駄な血を流さないで。」  
「無駄? 俺が流した血のどれが無駄だというのだ?お前たちが築く“正義”のために、俺のすべてが踏みにじられた!」  
叫び、彼は祭壇を殴る。  
「だが、俺はまだ終わっていない!王妃の遺志を継ぐ者として、俺の中に“覚醒の力”が宿っている!」  

レティシアの目に、胸元で揺れる紅い宝石が映った。  
血のような輝き。それはかつて王妃が身につけていた魔石――忌まわしい力の象徴。  
「その石は……もう呪いしか生まない!」  
「黙れ!」  
エドワードがレティシアの髪をつかみ、引き寄せた。  
「お前にはその血が流れている。王妃の計画の結晶だ。俺とお前が一つになれば、真の王が誕生する!」  
「そんなもの、誰が望むというの……!」  

その瞬間、扉が破られた。  
木片が飛び散る。雪の吹き込む夜風の中から、黒い外套の影が一歩踏み込む。  
「エドワード!」  
アランの叫びが響く。  

レティシアの瞳が光を取り戻した。  
「アラン様!」  
驚愕するエドワードが振り返る。  
「……貴様、死んだはずだ!」  
「この命はお前を止めるためにまだ残っている。お前がもう一歩でも彼女に触れたら、その手を斬り落とす。」  

アランの剣が月光を切り裂くように光った。  
エドワードは狂ったように笑った。  
「できるものか!俺は選ばれし血脈だ!ルミナス、貴様などただの影だ!」  
「影でもかまわん。闇に飲まれた王を討つ刃になれるなら。」  

激突した瞬間、金属音が礼拝堂に響き渡った。  
力任せの一撃をかわし、アランの剣が紅い宝石を狙う。  
火花が散り、石が床に転がる。  
エドワードが叫び、手を押さえた。  
「やめろ、それに触れるな!」  
「これが全ての元凶だ。」  
アランが足で宝石を押さえつける。  

しかしその時、砕けた宝石から強い光が放たれた。  
空気が震え、魔力が四方に弾け飛ぶ。  
レティシアが倒れそうになるのをアランが抱き寄せた。  
「下がれ!」  
床に描かれていた古い刻印が再び浮かび上がる。  
エドワードがその中心に立ち、呻きながら笑った。  
「見ろ……! これが王妃の力!神の血が俺に――!」  

アランは剣を強く握りしめた。  
「神でも魔でもない。ただの人間の欲だ。」  
その言葉と同時に、彼は光の中に飛び込んだ。  
爆風が走り、塔全体が軋む音を立てる。  

閃光の中、エドモンド・グランベルは屋敷の庭から空を見上げ、涙を流していた。  
「……すまぬ、レティシア。これが、父の償いだ。」  
その呟きが風に消える。  

塔の上――光の中心で二人の男が激しくぶつかる。  
その衝撃で紅い魔石が砕け散り、空気が裂けた。  

レティシアの叫びだけが夜を貫いた。  
「アラン様――っ!」  

すべてが崩壊するかのような轟音の中で、光と闇が一つに溶けていく。  
その先に何が待つのか、誰にもわからなかった。  

続く
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