婚約破棄された令嬢は氷の公爵に拾われ、気づけば溺愛されていました~見下してきたあなた、後悔してももう遅いわ~

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第26話 鎖を断ち切る口づけ

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砕け散った紅い魔石の破片が、まるで血の花のように宙へと舞った。  
その光景は、美しくも禍々しい。  
塔の天井を突き破る光の柱が夜空を裂き、周囲一帯が真昼のように照らされた。  
アランとエドワードは衝突し、剣と剣が弾ける音が何度も響く。  

「貴様が否定した王家の血! だが俺は選ばれし者だ!」  
「選ばれし者……? お前はただ、母の呪いを引き継いだだけだ!」  
鋭い金属音。火花。空気が焼け、二人の影が床を這う。  

アランの手の感覚は既に麻痺していた。  
だが、背後に立つレティシアがまだ息をしている――その事実だけが、彼を動かしていた。  
「アラン様、もうやめて……! このままでは二人とも……!」  
「下がれ! これは俺の戦いだ!」  
「違います! あなたの血を、あなたの命を呪う鎖を、わたくしが断ち切るための戦いです!」  

その瞬間、紅い光の中心に冷たい風が流れ込んだ。  
エドワードが低く笑う。  
「いい覚悟だ。だが、俺の血と彼の誓い、どちらが勝つか見せてやる!」  
彼は剣を高く掲げ、炎のような魔力をまとわせた。  
破れかけの衣装が燃え、瞳の中に黄金の光が宿る。  

「やめろ、エドワード――!」  
アランが叫んだ時にはすでに遅く、全てを呑み込む紅光が爆発した。  
衝撃波が塔を揺らし、床が崩れ落ちる。  

レティシアは咄嗟にアランの腕を掴んだ。  
互いに崩れ落ちる瓦礫の中で、ぎりぎりの距離で抱き合う。  
「放せ、レティシア!」  
「放しません!」  
「このままじゃ――!」  
「あなたを置いて死ねるわけないでしょう!」  

涙混じりの叫びが、崩壊の音を掻き消した。  
二人が倒れた先、紅い光は渦を描いて一つの輪となる。  
それがゆっくりと彼らを囲み、まるで過去も現在も束縛する鎖のように絡みついた。  

エドワードの声が響く。  
「見ろ、これが王家の運命だ! 愛も誇りも、血の呪いの前では無意味!」  
その姿はもはや人ではなかった。  
肌は白く、眼には痕跡のない赤が宿り、魔石の破片が体中に食い込んでいる。  
「母の意志を継ぐ者として、お前らを葬る!」  

彼が再び剣を掲げ、猛然と突進する。  
だが、その瞬間、レティシアが一歩前に出た。  
「――もう十分です!」  
彼女の声が紅い渦を震わせた。  
その胸元から淡い白い光が広がる。かつて修道院で拾った白百合の髪飾りが、熱を帯びて輝いた。  

「これは……!」  
アランがそれを見る。  
「あなたがくださった時、言ったでしょう。“絶望を越えた花は強く咲く”と。あの言葉だけが、私を支えてきた。」  
白い光が徐々に大きくなり、紅光を押し返す。  
エドワードが苦悶の声をあげた。  
「やめろ、それは王妃の封印――!」  

「王妃の血を否定する唯一の光です。  
 母が残した記録に、こう書かれていました。“純潔も血も意味を持たない。ただ人が人を信じる心が真の王の証”と。」  
レティシアは髪飾りを高く掲げ、白光を広げた。  
その眩しさの中で、彼女の髪もドレスも光を帯びる。  

アランは、その姿を見て息を呑む。  
「……レティシア。」  
彼女が振り返った。  
「あなたの剣は、私が信じた光です。だから――一緒に立ちましょう。」  

アランはゆっくりと立ち上がった。  
ふらつきながらも、紅い渦の中央へと進む。  
手を伸ばし、彼女の手を掴む。  
「お前が光なら、俺はその影だ。どちらが欠けても、この世界は立たぬ。」  
その言葉と同時に、彼はレティシアの唇を奪った。  

一瞬、世界が止まったようだった。  
崩壊しかけていた魔法陣が、音もなく砕け散る。  
紅と白が混じり合い、光が二人を包み、巨大な風が全ての闇を吹き払った。  

エドワードは悲鳴をあげて後ずさる。  
「やめろ! そんな穢れたものが王の力に勝つはずが――!」  
だが、光は容赦なく彼の身を覆った。  
「愛を侮辱する者に王の資格などない。」  
アランの声が重なる。  
「……ざまぁ、だな。」  

最後の嘲りと共に、エドワードの体は光に呑まれた。  
魔石が砕け、風が止み、静寂が戻る。  

────  

倒れ込んだアランの腕の中で、レティシアが息を整える。  
「終わりました……ね。」  
「いや……お前が終わらせたんだ。」  
アランの声は掠れていた。  
「俺はただ……お前を信じた。それだけだ。」  
「それが、世界を救ったんですよ。」  
レティシアの指が彼の頬を撫でる。  
血と涙が混ざり合う、その優しい手に、アランは唇を寄せた。  
「やっと……鎖が解けた気がする。」  
「ええ。あなたのものも、私のものも。」  

倒壊した塔の天井から、夜明けの光が差し込む。  
あれほど荒れ狂っていた空が、いまは静かに晴れている。  

「アラン様……この先、どうなっていくのでしょう。」  
「未来は、お前がつくる。俺はその隣で見守るだけだ。」  
「……隣、ですね。ならば、もう離れません。」  
レティシアが微笑む。  
白い光が二人を包み、冷たかった塔の空気が春のように柔らかくなる。  

アランは最後に再びその唇を重ねた。  
それは戦場の誓いでも、絶望の慰めでもなく、  
ただ生きる者としての、たしかな希望の証だった。  

外から朝の鐘が響く。  
夜と血と呪いの鎖は、静かに断ち切られていく。  
そして、ひとつの物語が終わり、新しい季節が始まろうとしていた。  

続く
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