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第28話 甘い誓い、二人きりの庭園
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塔での戦いから数週間が過ぎた。
長く凍てついていた王都の空気にも、ようやく春の香りが混じるようになっていた。
城下町の人々は新しい時代の到来に沸き、広場では子どもたちが花の冠を作っては笑っている。
雪解け水が川を流れ、凍りついた運命さえ溶かしていくように。
そんな中、ルミナス公爵邸もまた静かな再生の時を迎えていた。
かつては氷のように張り詰めていた屋敷の空気が変わり、今は柔らかい光が差し込む。
白薔薇が再び咲き、庭には甘い香りが満ちていた。
「まるで別の場所みたい……。」
庭を歩きながら、レティシアは胸の前で両手を重ね、微笑んだ。
「昔は寒くて、悲しみが漂う屋敷だったのに。」
「それはお前が来たからだ。」
背後から穏やかな声がした。振り向くと、アランが淡い朝の光を背に立っていた。
黒の上着に軽い外套を羽織り、以前よりも柔らかな印象を纏っている。
「季節が変わっても、あの庭の花だけは枯れなかった。お前と同じだ。」
「口が上手になりましたね、公爵様。」
レティシアが笑うと、アランの口元がわずかに動いた。
「褒め言葉のつもりだ。」
「ええ、わかっています。」
二人は庭園を歩き出した。
静かな風が花々を揺らし、陽光が土の匂いを包む。
レティシアは一歩進むごとに思い出が蘇ってくる。
初めてこの屋敷に来た夜、恐怖と絶望に怯えていた自分が、いまは同じ場所で笑っている。
「……あの頃の私が見たら、信じられないでしょうね。」
「過去は変えられない。だが、思い出の意味なら変えられる。」
「まるで詩人のようなことを言うんですね。」
「お前が俺をそうさせたんだ。」
メイドのマリーが庭の入り口から顔を出した。
「お二人とも、お茶の準備ができました!」
「ありがとう、あとで行く。」
「はい!」
マリーがうれしそうに微笑んで屋敷へ戻る。
穏やかな陽光の中、二人きりの時間が再び訪れた。
「いつの間にか、屋敷の人たちも笑顔が増えましたね。」
「お前がいてくれるからだろう。あいつらは俺よりも先にお前のことを主だと思っている。」
「それはあなたが氷のように見えるからですよ。誰でも、触れたら凍る気がして。」
「もう凍らない。」
アランが静かに言い切る。
「お前が溶かしたからな。」
その目に映る光は、もう冬のものではなかった。
それは確かに、春の日差しのように暖かい。
レティシアは花壇の白薔薇を見つめながら小さく息を吐いた。
「この庭って不思議ですね。どんなに寒くても、この花だけは必ず咲く。」
「白薔薇は俺の想いの象徴だ。誇り高く、傷ついてもまた立ち上がる。」
「それはまるで、あなたみたい。」
言葉に宿る静かな愛に、アランの胸がわずかに熱くなる。
「今のお前の言葉、覚えておく。」
「どうして?」
「照れ隠しのために、お前が忘れようとするからだ。」
「そんなことしませんよ、もう。」
二人は温室の前に立ち止まった。
そこはかつてアランが白薔薇を育てていた場所。
ガラス越しの光が揺れて、薔薇の花弁が風に舞う。
花の香に包まれる中で、アランがゆっくりと口を開いた。
「レティシア。」
「はい。」
「この世界が変わっても、俺たちは変わらない。お前がどんな道を選ぼうと、俺はその隣にいる。」
「あの日の約束、ですね。」
「そうだ。」
アランは腰に下げていた小箱を取り出した。
初めは何が起こるかわからず、レティシアは目を瞬いた。
「……それは?」
「受け取れ。」
小箱を開くと、そこには銀の指輪。中心に白い小さな宝石が嵌められている。
「この宝石は?」
「この屋敷の湖で見つけた。お前を助けたあの夜、月明かりの下で光っていた石だ。」
「まさか……ずっと、持っていたの?」
「機会を伺っていた。だが、ようやく渡せる。」
アランはひざまずき、彼女の左手を取った。
「これは、忠誠の証ではない。これまで奪われたものを取り戻すための誓いの印だ。」
レティシアの喉が熱くなった。
目の奥が滲み、声が出ない。
「アラン様……わたくし、本当にいいのですか。レティシア・グランベルが、あなたの……」
「レティシア・ルミナスとして、生きればいい。」
その一言は、氷のように冷たかった彼の過去をすべて溶かす力を持っていた。
彼女は息を詰め、ゆっくりと頷いた。
「……はい。」
指輪が彼女の薬指に光る。
昼の光を受け、その輝きはまるで朝露のように儚くも強く。
アランが小さく囁いた。
「これでいい。これでようやく、俺はお前を縛る鎖ではなく、共に歩む絆を持てた。」
「ねぇ、アラン様。」
「なんだ。」
「あなたが初めて笑ったとき、私、本当に安心したんですよ。」
「それがそんなにも嬉しかった?」
「はい。あなたが笑う顔が、美しくて。あのとき確信したんです――“この人の隣で生きたい”って。」
アランは彼女をゆっくりと抱き寄せた。
「お前の言葉が、どんな戦よりも重いな。」
「じゃあ、この言葉も信じてください。」
「なんだ?」
「――愛しています。その全てを、あなたに。」
その言葉を聞いた瞬間、アランの体から力が抜けた。
冷たい剣しか信じなかった人生の中で、初めて心から温かさを感じた。
彼はレティシアの頬に触れ、柔らかに口づけを落とした。
「……俺もだ。死ぬまでお前一人だけを、愛する。」
「約束ですよ。」
「破らない。」
二人の唇が重なるたび、吹き抜ける風が優しく頬を撫でた。
温室の中で、白薔薇がひとつ、音もなく花開く。
まるで二人の誓いに応えるように、春風が花びらを舞い上がらせた。
「この庭が世界一の楽園に見えるわ。」
「お前といるからだ。」
「ううん、あなたと一緒に作ったからですよ。これからも、何度でも花を咲かせましょう。」
「ああ、何度でも。」
それが、彼と彼女の“甘い誓い”。
過去の痛みも、涙も、すべてを超えた約束。
氷の公爵と白薔薇の令嬢の物語は、終わりではなく始まりへ。
春の陽射しが二人の影を伸ばし、庭園は静かに新しい季節を迎える。
続く
長く凍てついていた王都の空気にも、ようやく春の香りが混じるようになっていた。
城下町の人々は新しい時代の到来に沸き、広場では子どもたちが花の冠を作っては笑っている。
雪解け水が川を流れ、凍りついた運命さえ溶かしていくように。
そんな中、ルミナス公爵邸もまた静かな再生の時を迎えていた。
かつては氷のように張り詰めていた屋敷の空気が変わり、今は柔らかい光が差し込む。
白薔薇が再び咲き、庭には甘い香りが満ちていた。
「まるで別の場所みたい……。」
庭を歩きながら、レティシアは胸の前で両手を重ね、微笑んだ。
「昔は寒くて、悲しみが漂う屋敷だったのに。」
「それはお前が来たからだ。」
背後から穏やかな声がした。振り向くと、アランが淡い朝の光を背に立っていた。
黒の上着に軽い外套を羽織り、以前よりも柔らかな印象を纏っている。
「季節が変わっても、あの庭の花だけは枯れなかった。お前と同じだ。」
「口が上手になりましたね、公爵様。」
レティシアが笑うと、アランの口元がわずかに動いた。
「褒め言葉のつもりだ。」
「ええ、わかっています。」
二人は庭園を歩き出した。
静かな風が花々を揺らし、陽光が土の匂いを包む。
レティシアは一歩進むごとに思い出が蘇ってくる。
初めてこの屋敷に来た夜、恐怖と絶望に怯えていた自分が、いまは同じ場所で笑っている。
「……あの頃の私が見たら、信じられないでしょうね。」
「過去は変えられない。だが、思い出の意味なら変えられる。」
「まるで詩人のようなことを言うんですね。」
「お前が俺をそうさせたんだ。」
メイドのマリーが庭の入り口から顔を出した。
「お二人とも、お茶の準備ができました!」
「ありがとう、あとで行く。」
「はい!」
マリーがうれしそうに微笑んで屋敷へ戻る。
穏やかな陽光の中、二人きりの時間が再び訪れた。
「いつの間にか、屋敷の人たちも笑顔が増えましたね。」
「お前がいてくれるからだろう。あいつらは俺よりも先にお前のことを主だと思っている。」
「それはあなたが氷のように見えるからですよ。誰でも、触れたら凍る気がして。」
「もう凍らない。」
アランが静かに言い切る。
「お前が溶かしたからな。」
その目に映る光は、もう冬のものではなかった。
それは確かに、春の日差しのように暖かい。
レティシアは花壇の白薔薇を見つめながら小さく息を吐いた。
「この庭って不思議ですね。どんなに寒くても、この花だけは必ず咲く。」
「白薔薇は俺の想いの象徴だ。誇り高く、傷ついてもまた立ち上がる。」
「それはまるで、あなたみたい。」
言葉に宿る静かな愛に、アランの胸がわずかに熱くなる。
「今のお前の言葉、覚えておく。」
「どうして?」
「照れ隠しのために、お前が忘れようとするからだ。」
「そんなことしませんよ、もう。」
二人は温室の前に立ち止まった。
そこはかつてアランが白薔薇を育てていた場所。
ガラス越しの光が揺れて、薔薇の花弁が風に舞う。
花の香に包まれる中で、アランがゆっくりと口を開いた。
「レティシア。」
「はい。」
「この世界が変わっても、俺たちは変わらない。お前がどんな道を選ぼうと、俺はその隣にいる。」
「あの日の約束、ですね。」
「そうだ。」
アランは腰に下げていた小箱を取り出した。
初めは何が起こるかわからず、レティシアは目を瞬いた。
「……それは?」
「受け取れ。」
小箱を開くと、そこには銀の指輪。中心に白い小さな宝石が嵌められている。
「この宝石は?」
「この屋敷の湖で見つけた。お前を助けたあの夜、月明かりの下で光っていた石だ。」
「まさか……ずっと、持っていたの?」
「機会を伺っていた。だが、ようやく渡せる。」
アランはひざまずき、彼女の左手を取った。
「これは、忠誠の証ではない。これまで奪われたものを取り戻すための誓いの印だ。」
レティシアの喉が熱くなった。
目の奥が滲み、声が出ない。
「アラン様……わたくし、本当にいいのですか。レティシア・グランベルが、あなたの……」
「レティシア・ルミナスとして、生きればいい。」
その一言は、氷のように冷たかった彼の過去をすべて溶かす力を持っていた。
彼女は息を詰め、ゆっくりと頷いた。
「……はい。」
指輪が彼女の薬指に光る。
昼の光を受け、その輝きはまるで朝露のように儚くも強く。
アランが小さく囁いた。
「これでいい。これでようやく、俺はお前を縛る鎖ではなく、共に歩む絆を持てた。」
「ねぇ、アラン様。」
「なんだ。」
「あなたが初めて笑ったとき、私、本当に安心したんですよ。」
「それがそんなにも嬉しかった?」
「はい。あなたが笑う顔が、美しくて。あのとき確信したんです――“この人の隣で生きたい”って。」
アランは彼女をゆっくりと抱き寄せた。
「お前の言葉が、どんな戦よりも重いな。」
「じゃあ、この言葉も信じてください。」
「なんだ?」
「――愛しています。その全てを、あなたに。」
その言葉を聞いた瞬間、アランの体から力が抜けた。
冷たい剣しか信じなかった人生の中で、初めて心から温かさを感じた。
彼はレティシアの頬に触れ、柔らかに口づけを落とした。
「……俺もだ。死ぬまでお前一人だけを、愛する。」
「約束ですよ。」
「破らない。」
二人の唇が重なるたび、吹き抜ける風が優しく頬を撫でた。
温室の中で、白薔薇がひとつ、音もなく花開く。
まるで二人の誓いに応えるように、春風が花びらを舞い上がらせた。
「この庭が世界一の楽園に見えるわ。」
「お前といるからだ。」
「ううん、あなたと一緒に作ったからですよ。これからも、何度でも花を咲かせましょう。」
「ああ、何度でも。」
それが、彼と彼女の“甘い誓い”。
過去の痛みも、涙も、すべてを超えた約束。
氷の公爵と白薔薇の令嬢の物語は、終わりではなく始まりへ。
春の陽射しが二人の影を伸ばし、庭園は静かに新しい季節を迎える。
続く
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