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第30話 氷の公爵と白薔薇の令嬢、永遠に 完
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春が過ぎ、初夏の風が吹く季節となった。
王都は新たな時代を迎え、人々の顔にも以前のような不安の影は薄れていく。
広場には子どもたちの笑い声が響き、商人たちが通りを行き交い、王国にようやく“日常の幸せ”が戻りつつあった。
その中心に、ルミナス公爵邸の名は静かに、しかし確かに広がっていた。
かつて“氷の公爵”として恐れられた男が、民のために扉を開いた屋敷――。
そこは、花と緑の集う場所となっていた。
「公爵様、庭園の花祭りへの寄付金はどうなさいますか?」
「今年は倍にしろ。」
執務机の前で執事セバスチャンが一礼する。
「随分と太っ腹でございますな。」
「金は使うためにある。民の笑顔に変えられるなら、惜しくはない。」
アランはペンを置き、窓の外を見た。
その視線の先には、庭園で子どもたちに花を教えるレティシアの姿があった。
白いドレスの裾を翻し、子どもと同じ目線で笑い合っている。
あの日、血と戦いの果てで手を取り合った二人が、今では穏やかな日々の中にいる。
“愛は闇に勝る”。
かつて彼が否定した言葉の意味を、ようやく理解したのだ。
アランは執務室を出て庭へ向かった。
道すがら、咲き誇る白薔薇の間を抜ける。
季節ごとに育て替えられる庭だが、この白薔薇だけは変わらず根を張り続けている。
どんな嵐にも負けず、花弁を開き、香りを運ぶ。まるで二人そのもののように。
レティシアは彼に気づくと、手を振って駆け寄ってきた。
「アラン様! 今日も子どもたちがたくさん来てくれたんですよ。」
「見ればわかる。お前の回りはいつも賑やかだ。」
「あなたはもう少し人と打ち解けてもいいのに。」
「俺はあれで性分なんだ。」
「それでも、皆さんはあなたに感謝していますよ。だって、氷のようだった公爵様が、今では“慈愛の人”なんですもの。」
「慈愛の人、だと……?」
「ふふ、光栄に思ってください。」
レティシアの笑顔に、アランの唇から自然に笑みが零れた。
もう、自分が笑うことを怖がる理由などどこにもなかった。
白薔薇の列の脇で、子どもたちが二人を見上げては小声で話している。
「あれが本当に、あの氷の公爵様なの?」「うそ、優しそうだよ!」
レティシアが苦笑した。
「ほら、もうすっかり人気者です。」
「……もう氷ではいられないな。」
二人は庭園の奥、静かな小道に入った。
レティシアが立ち止まり、深呼吸する。
「ねぇ、アラン様。まだ信じられないの。ここがあの頃の屋敷だなんて。」
「お前が変えた。俺はただその隣にいただけだ。」
「いいえ、二人でよ。」
レティシアは花の冠を摘み、アランの頭にそっと乗せた。
「似合ってますよ。」
「おい、子どもみたいな真似をするな。」
「あなたも、少しくらい童心を思い出して。」
「……難しい注文だ。」
レティシアは微笑み、彼の手を取った。
「ねぇ、アラン様。あなたと出会ってから、わたくしは幾度も生まれ変わった気がするのです。」
「生まれ変わった?」
「ええ。あの城で地を這っていた日、修道院で祈っていた夜、そしてあなたに手を引かれた瞬間。そのたびに新しい自分に出会えた気がします。」
アランは彼女の手を強く握り返した。
「お前は変わらず優しい。だが、もう誰にも踏みにじられない強さを持った。」
「あなたが教えてくれたんです。“優しさと強さは、どちらも生きるために必要だ”って。」
二人の間を穏やかな沈黙が包んだ。
花の香りが風に流れ、太陽が照らす光が白く揺れる。
やがてレティシアが指に触れた指輪を見つめた。
「この指輪を見るたびに思い出すんです。あなたが命を懸けてくれた理由を。」
「俺は命を懸けたつもりはない。お前が“生きろ”と命じたから、生きただけだ。」
「ふふ。それでも少しは誇らせてください。わたくしの大切な人だから。」
アランの胸にこみ上げる感情があった。
長い戦いの中で感じたあらゆる激情とは違う、穏やかで満たされるような熱。
それは恋の果てに得た静かな情熱だった。
「お前といると、時が緩む。」
アランがぽつりと言うと、レティシアが笑った。
「それは褒め言葉ですか? それとも、退屈だと?」
「前者だ。」
「ならば嬉しい。……あなたも、時々ゆっくりしてくださいね。」
「そんな暇をくれるのはお前くらいだ。」
レティシアは少し首を傾げ、花壇に咲く小さな白薔薇を摘み取った。
「ねぇ、これを……。」
彼女はそっとアランの胸元にその花を飾った。
「これで、あなたは永遠の“白薔薇の公爵”。」
「そんな名をつけられては、二度と怖がられんな。」
「もう怖がられる必要なんてありません。」
「そうだな。」
ふと、背後から声がした。
「公爵殿、奥様。」
セバスチャンが頭を下げて近づく。
「王都から使者が参りました。新政の記念式典で、お二人にも列席をとのこと。」
アランは短く息をついた。
「……まったく、静かな日くらいはほしいものだ。」
「でも、王政が落ち着くのはあなたのおかげですよ。」
「俺ではない、民の力だ。それに……」
アランはレティシアを見やった。
「この国を導く光はいつだって、お前だ。」
「また甘いことを言って……。」
「事実だ。」
「あなたには負けますわね。」
二人は視線を交わし、軽く笑い合った。
セバスチャンが去った後、レティシアは少し寂しそうに空を仰ぐ。
「賑やかになると、またあの日を思い出して少し不安になります。」
「俺がいる。」
「ええ、わかっています。」
アランが彼女を抱き寄せる。
「お前は俺の誇りだ、レティシア。」
「そして、あなたはわたくしの奇跡です。」
風が吹き抜け、白薔薇の花弁が二人の周りを舞う。
同じ季節、同じ時間を分かち合う奇跡。
それこそが、彼らが戦いを越えて掴んだ“永遠”だった。
夕刻、庭園の端で子どもたちが走り回り、レティシアが笑顔で手を振る。
アランはその姿を少し離れて見つめ、静かに誓った。
「たとえ百年先の未来でも、この幸せを守り抜く。」
その誓いは風に乗って白薔薇たちの間を渡り、花びらのように世界へ舞い広がる。
氷の公爵と白薔薇の令嬢。
ふたりが築いた庭はいつまでも枯れず、人々はその話を代々語り継いだ。
――そして誰かが、そっと願う。
「どうか、この花が永遠に咲き続けますように。」
物語は終わる。けれど愛はここで生き続ける。
氷が溶け、薔薇が咲き、世界が再び呼吸する。
その始まりを告げる風が吹き抜ける中で、レティシアが最後に囁いた。
「アラン様、私たちの季節が、また来ましたね。」
アランは微笑み、彼女の額にそっと口づけを落とした。
「――ああ、永遠にな。」
完
王都は新たな時代を迎え、人々の顔にも以前のような不安の影は薄れていく。
広場には子どもたちの笑い声が響き、商人たちが通りを行き交い、王国にようやく“日常の幸せ”が戻りつつあった。
その中心に、ルミナス公爵邸の名は静かに、しかし確かに広がっていた。
かつて“氷の公爵”として恐れられた男が、民のために扉を開いた屋敷――。
そこは、花と緑の集う場所となっていた。
「公爵様、庭園の花祭りへの寄付金はどうなさいますか?」
「今年は倍にしろ。」
執務机の前で執事セバスチャンが一礼する。
「随分と太っ腹でございますな。」
「金は使うためにある。民の笑顔に変えられるなら、惜しくはない。」
アランはペンを置き、窓の外を見た。
その視線の先には、庭園で子どもたちに花を教えるレティシアの姿があった。
白いドレスの裾を翻し、子どもと同じ目線で笑い合っている。
あの日、血と戦いの果てで手を取り合った二人が、今では穏やかな日々の中にいる。
“愛は闇に勝る”。
かつて彼が否定した言葉の意味を、ようやく理解したのだ。
アランは執務室を出て庭へ向かった。
道すがら、咲き誇る白薔薇の間を抜ける。
季節ごとに育て替えられる庭だが、この白薔薇だけは変わらず根を張り続けている。
どんな嵐にも負けず、花弁を開き、香りを運ぶ。まるで二人そのもののように。
レティシアは彼に気づくと、手を振って駆け寄ってきた。
「アラン様! 今日も子どもたちがたくさん来てくれたんですよ。」
「見ればわかる。お前の回りはいつも賑やかだ。」
「あなたはもう少し人と打ち解けてもいいのに。」
「俺はあれで性分なんだ。」
「それでも、皆さんはあなたに感謝していますよ。だって、氷のようだった公爵様が、今では“慈愛の人”なんですもの。」
「慈愛の人、だと……?」
「ふふ、光栄に思ってください。」
レティシアの笑顔に、アランの唇から自然に笑みが零れた。
もう、自分が笑うことを怖がる理由などどこにもなかった。
白薔薇の列の脇で、子どもたちが二人を見上げては小声で話している。
「あれが本当に、あの氷の公爵様なの?」「うそ、優しそうだよ!」
レティシアが苦笑した。
「ほら、もうすっかり人気者です。」
「……もう氷ではいられないな。」
二人は庭園の奥、静かな小道に入った。
レティシアが立ち止まり、深呼吸する。
「ねぇ、アラン様。まだ信じられないの。ここがあの頃の屋敷だなんて。」
「お前が変えた。俺はただその隣にいただけだ。」
「いいえ、二人でよ。」
レティシアは花の冠を摘み、アランの頭にそっと乗せた。
「似合ってますよ。」
「おい、子どもみたいな真似をするな。」
「あなたも、少しくらい童心を思い出して。」
「……難しい注文だ。」
レティシアは微笑み、彼の手を取った。
「ねぇ、アラン様。あなたと出会ってから、わたくしは幾度も生まれ変わった気がするのです。」
「生まれ変わった?」
「ええ。あの城で地を這っていた日、修道院で祈っていた夜、そしてあなたに手を引かれた瞬間。そのたびに新しい自分に出会えた気がします。」
アランは彼女の手を強く握り返した。
「お前は変わらず優しい。だが、もう誰にも踏みにじられない強さを持った。」
「あなたが教えてくれたんです。“優しさと強さは、どちらも生きるために必要だ”って。」
二人の間を穏やかな沈黙が包んだ。
花の香りが風に流れ、太陽が照らす光が白く揺れる。
やがてレティシアが指に触れた指輪を見つめた。
「この指輪を見るたびに思い出すんです。あなたが命を懸けてくれた理由を。」
「俺は命を懸けたつもりはない。お前が“生きろ”と命じたから、生きただけだ。」
「ふふ。それでも少しは誇らせてください。わたくしの大切な人だから。」
アランの胸にこみ上げる感情があった。
長い戦いの中で感じたあらゆる激情とは違う、穏やかで満たされるような熱。
それは恋の果てに得た静かな情熱だった。
「お前といると、時が緩む。」
アランがぽつりと言うと、レティシアが笑った。
「それは褒め言葉ですか? それとも、退屈だと?」
「前者だ。」
「ならば嬉しい。……あなたも、時々ゆっくりしてくださいね。」
「そんな暇をくれるのはお前くらいだ。」
レティシアは少し首を傾げ、花壇に咲く小さな白薔薇を摘み取った。
「ねぇ、これを……。」
彼女はそっとアランの胸元にその花を飾った。
「これで、あなたは永遠の“白薔薇の公爵”。」
「そんな名をつけられては、二度と怖がられんな。」
「もう怖がられる必要なんてありません。」
「そうだな。」
ふと、背後から声がした。
「公爵殿、奥様。」
セバスチャンが頭を下げて近づく。
「王都から使者が参りました。新政の記念式典で、お二人にも列席をとのこと。」
アランは短く息をついた。
「……まったく、静かな日くらいはほしいものだ。」
「でも、王政が落ち着くのはあなたのおかげですよ。」
「俺ではない、民の力だ。それに……」
アランはレティシアを見やった。
「この国を導く光はいつだって、お前だ。」
「また甘いことを言って……。」
「事実だ。」
「あなたには負けますわね。」
二人は視線を交わし、軽く笑い合った。
セバスチャンが去った後、レティシアは少し寂しそうに空を仰ぐ。
「賑やかになると、またあの日を思い出して少し不安になります。」
「俺がいる。」
「ええ、わかっています。」
アランが彼女を抱き寄せる。
「お前は俺の誇りだ、レティシア。」
「そして、あなたはわたくしの奇跡です。」
風が吹き抜け、白薔薇の花弁が二人の周りを舞う。
同じ季節、同じ時間を分かち合う奇跡。
それこそが、彼らが戦いを越えて掴んだ“永遠”だった。
夕刻、庭園の端で子どもたちが走り回り、レティシアが笑顔で手を振る。
アランはその姿を少し離れて見つめ、静かに誓った。
「たとえ百年先の未来でも、この幸せを守り抜く。」
その誓いは風に乗って白薔薇たちの間を渡り、花びらのように世界へ舞い広がる。
氷の公爵と白薔薇の令嬢。
ふたりが築いた庭はいつまでも枯れず、人々はその話を代々語り継いだ。
――そして誰かが、そっと願う。
「どうか、この花が永遠に咲き続けますように。」
物語は終わる。けれど愛はここで生き続ける。
氷が溶け、薔薇が咲き、世界が再び呼吸する。
その始まりを告げる風が吹き抜ける中で、レティシアが最後に囁いた。
「アラン様、私たちの季節が、また来ましたね。」
アランは微笑み、彼女の額にそっと口づけを落とした。
「――ああ、永遠にな。」
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