永遠に君を手放さないと誓った、あの日の僕へ――裏切られ令嬢の逆転婚約劇

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第29話 「君を愛してしまった」

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王都に初雪が降った。  
静かな白が街を包み、屋根や通りを均等に染めていく。  
その光景を、フェルナンド邸の二階の窓からリディアは見つめていた。  
雪が降るたびに世界が少しだけ静まり返り、人の心の奥まで音が届くような気がする。  

「……もう、冬ですね」  
独り言のようにつぶやくと、背後から聞こえた。  
「雪を見るたび、あなたを思い出します」  

振り返ると、オーウェンが立っていた。  
白い外套を脱ぎ、髪についた雪を払いながら彼女に微笑む。  
「殿下……いいえ、今日は突然ですね」  
「重要な知らせがありまして。それと……ただ、あなたに会いたかった」  
リディアの頬がわずかに熱くなる。  
「お弟子さんたちには悪いけれど、会議の合間を逃げ出してきました」  

リディアは小さく笑った。  
「困ったお方ですわ」  
「あなたが私を困らせるからです」  
「まあ……私が?」  
「ええ。何度も心を鎮めようとしても、できなくなる。仕事を片付けても、あなたの声ばかり思い出す」  

淡々とした口調なのに、その想いの熱は真っ直ぐだった。  
リディアは息を飲み、背後の雪景色に目を泳がせた。  

「殿下。……一国の補佐官が、そんな軽率なことを」  
「そうでしょうか。私にとって、それは最も確かな感情です」  
オーウェンは一歩近づいた。  
「この数年、どんな言葉も立場も超えられずにきました。  
 でも、あなたが辛い時に隣にいられた夜、火のそばで笑ってくれた朝、どれも私の記憶の中で消えなかった」  

リディアは言葉を失った。  
その声音には嘘が一つもなかったからだ。  

彼女は椅子に腰をかけ、ほんの少しだけ首をかしげた。  
「……殿下。それは、“愛”という言葉で片づけてしまえるものですか?」  
「そう呼ぶほかありません」  

はっきりと、彼は言った。  
「君を、愛してしまった」  

沈黙が落ちた。  
暖炉の音だけが二人の間を繋いでいる。  
雪が窓硝子に当たるたび、かすかな音が響き、まるで時が止まったようだった。  

リディアは目を伏せたまま、ゆっくりと息を吐く。  
「……うれしい。でも、怖いんです」  
「怖い?」  
「愛されることも、愛することも。いつか失ってしまうのではないかと、思ってしまうから」  

オーウェンは静かに膝をついた。  
彼女が驚いて顔を上げた時、彼はその瞳を見つめた。  
「失うのが怖いほどの愛なら、それはもう生きる理由になる」  
「殿下……どうしてそんなにも真っ直ぐなのですか」  
「君に教えられたんです。誰かを想う痛みも、温もりも」  

リディアはそっと彼の頬に触れた。  
その指先に、彼の体温が伝わってくる。  
「わたくし……あの日、婚約を破棄された時、もう誰も信じないと決めたはずなのに。あなたと出会って、そう思えなくなりました。  
 今では、あなたが国を語る姿を見るだけで、なぜか胸が熱くなるのです」  

「なら、それが答えです」  
オーウェンはその手を包み込み、顔を近づけた。  
「君と出会えた。それだけで、王家の呪いも、すべて報われた」  
「呪い、ですか?」  
「ええ。血に縛られた家に生まれ、人を愛することが許されない。そんな王家の掟が、ずっと私を縛ってきた。  
 でも君を見ていると、人として生きたいと思える」  

リディアは微笑んだ。  
「それなら、私が殿下の呪いを解いてあげますわ」  
「どうやって?」  
「簡単です。呪いは“名”を変えれば消える。  
 ――わたくしを“リディア”と呼んでください。殿下ではなく、あなたの言葉で」  

オーウェンは一瞬驚いたように目を見開き、次の瞬間、ゆっくりと彼女の名を呼んだ。  
「リディア」  

響くその音に、彼女の心が震えた。  
それは初めて聞く響きなのに、ずっと呼ばれたかった声でもあった。  
リディアは瞳を閉じ、うっすらと涙をにじませながらつぶやいた。  
「……あぁ、嬉しい。本当にこの声が好き」  

オーウェンは立ち上がり、そっと彼女の肩を抱いた。  
「この声で何度でも呼びます。王の名ではなく、ひとりの男として」  
「ならば、わたくしも貴方を呼び捨てにしてしまいますわ……よろしいですか?」  
「望むところです」  

二人は笑い合った。  
その笑顔は、嵐のような日々を過ごしてようやく掴んだ穏やかな未来の証のようだった。  

しばらくして、オーウェンが真剣な顔に戻る。  
「リディア、私にはもう一つの覚悟がある。兄上が来春、正式に王位を降りる。  
 新しい政権を、私と君とで支えていくことを民は望んでいる」  
「わたくしも、力を尽くします」  
「そのために……君に一つ尋ねたい」  
「なんでしょう?」  

彼は一歩後ろに下がり、まっすぐに膝をついた。  
驚くリディアの前で、彼の表情には迷いがなかった。  
「リディア・フェルナンド。これまで国も運命も人も、君を縛った。  
 だがこれから先、誰のものでもなく、自由な君と共に歩みたい。  
 どうか、私と共に生きてくれないか」  

リディアは息を呑んだ。  
雪の光が二人を包み、外の世界が遠く霞んでいく。  
長い沈黙ののち、彼女はそっと頭を振った。  

「……いいえ」  
「……断るというのですか?」  
彼の声は震えたが、その手は決して離れなかった。  
リディアは微笑んで答えた。  
「今は、まだ“王弟とその側近”のままでいさせてください。  
 わたくしは殿下を支える者としての責務を、果たし切ってから――その時に、改めて受けたいのです」  

オーウェンはしばらく彼女を見つめた後、そっと微笑んだ。  
「……やはり、君は強い。誰よりも誇り高い」  
「その誇りをくださったのは、あなたです」  

彼は立ち上がり、彼女の頬に口づけた。  
「約束します。春が来て、国が安定した時、もう一度この言葉を伝える。  
 その時は、どんな障害も恐れない」  

リディアの目にも、再び温かな涙が溢れた。  
「ええ。その時を、お待ちしております」  

外では雪が降り続いていた。  
白い粒が光に照らされ、まるで祝福の花のように二人の間を舞う。  
この冬が終われば、新しい春が来る。  

“君を愛してしまった”――その言葉は、いつか誓いに変わる。  
互いの過去を赦しながら、未来を紡ぐための始まりとして。  

そしてこの夜、二人は雪の下で初めて、心の距離を永遠に結んだ。  

続く
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