安らかにお眠りください

くびのほきょう

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今日は4年に一度の初聖水拝領の日。
王城に来てから2年経ち9歳になった私と10歳のアハト殿下は初聖水拝領をするため、2人一緒の馬車で国で一番大きい大聖堂へ向かっている。

初聖水拝領は8歳から11歳の子供達が白い服を着て聖水を飲み祈りを捧げることで国教である女神教の教徒になる、4年に一度の通過儀礼。聖水を飲み祈願した時、魔力の多さに応じた光の玉が発現するのだ。そのため、初聖水拝領は魔力の量を他者に示す行事として認識されている。

アハト殿下は、今日この初聖水拝領に並々ならぬプレッシャーを感じているはず。

なぜならアハト殿下は陛下と王妃様が結婚してから5年たってやっと授かった一粒種。せめてもう1人は王子が必要だと常に側室の話が出ているのを、愛する王妃様のために陛下が拒んでいる、というのは貴族の間の共通認識。そして今、王城では「初聖水拝領で殿下の魔力量が少なかった場合はさすがに側室を迎えることになるだろう」という噂が、私の耳にまで入るほどに流れているのだ。

平民から王族まで全ての人が持つ魔力。やはり平民より貴族の方が魔力量が多く、そして爵位が高くなるほどに多くなる。約200年前のまだ魔道具が無かった時代に魔力量至上主義という思想があった我が国では、個人が持つ魔力量は多ければ多い方が良いという考えを持つ人が未だ存在し、高位貴族ほどその思想を持つ傾向がある。
魔道具の進歩と普及により、普通に生活する上ではわずかな魔力しか必要ない世の中となった今、普段の生活では個人の魔力量の差など分からない。それゆえ魔力量の多い高位貴族にしか魔力量至上主義という思想が残らなかったとも言える。

クレメラ侯爵家の次男だった私の父は、長男の伯父様を差し置きクレメラ侯爵当主になった。伯父様の生母が愛人の男爵令嬢だった事が主な理由だとは思うが、伯父様の魔力量が少ないことも当主に選ばれなかった理由の一つだったのだと知識を付けた今ならわかる。

”魔力量が少ない者は王位継承できない”という法などない。ないのだが、高位貴族の中にいまだに魔力量至上主義が残っている我が国の現状では、王位を継ぐ者の魔力量が多いことは暗黙の了解なのだ。

歴代王について記載されている本には、言葉は多少違うものの「初聖水拝領では大聖堂主祭壇にある女神像より大きな光だった」という意味の文章が全ての王の欄に記載されていた。初聖水拝領で現れる光は、平民のほとんどは飴玉ほどのサイズらしい。リンゴより大きければ貴族として充分だと言われている中、大人1人と同じ大きさの女神像より大きい光とはとんでもなく魔力量が多いのだとわかる。

初聖水拝領でわかる魔力量の結果次第で、自分の王位継承の可能性がなくなり、父親が側室を迎えることになるかもしれない。そんな重圧を感じているだろうアハト殿下。大聖堂へ向かうこの馬車の中、婚約者ならば励ましの言葉をかけるべきなのだろう。

婚約してすぐの頃は、勇気を振り絞りながら私からアハト殿下へ話しかけたり、殿下から話しかけられることもあった。でも、それらは会話が弾む前にことごとく従者や侍女の邪魔が入った。
陛下と王妃様、どちらの指示かはわからないが、私たちの馴れ合いを良しとしなかったようだ。万が一にもアハト殿下が私との婚約継続を望まないようにということなのだろう。度重なる使用人による非常識な会話への割り込みに、アハト殿下も私もそれを察し、次第にお互い話しかけることがなくなってしまった。

王城へ住むようになって2年、私が暫定の婚約者だということはもはや公然の秘密。それでも王族の婚約者の義務としての厳しい教育と、毎日30分のアハト殿下と2人きりのお茶会がある。
毎日午後15時からのお茶会の時間、今や殿下は仮眠をとったり黙々と読書をしたりと勉強や稽古の合間の休憩としている。もちろん私とは話をするどころか目が合うことすらない。

この2年で私がアハト殿下について知る事が出来たのは、騎士の人物伝をよく読むこと、剣術の稽古を楽しみにしていること、普段はストレートで飲む紅茶へ時々レモンを入れることくらい。アハト殿下は私がチョコレートが好きなことも、ピアノの授業が苦手なことも、殿下が読んでいた本を真似して読んでることも何も知らないだろう。

今の私には、私からアハト殿下へ話かける勇気はもう少しも残っていない。静かな馬車の中、私はアハト殿下を励ますどころか、本当なら今日の初聖水拝領は2歳上のお兄様と家族4人で来ていたはずなのにと自分のことばかり考えていた。

初聖水拝領の主役は幼い子供なので、家族が引率して付き添うのが常識なのだが、伯父様からは初聖水拝領をどうするかの相談など一切なかった。初聖水拝領についてどころか、王城へ来てから伯父様とリューリ様とは没交渉だ。伯父様は同じく初聖水拝領をするリューリ様だけに付き添うのだろう。
アハト殿下は、陛下と王妃様が公務で忙しいために大聖堂で現地集合となっている。

大聖堂へ到着し馬車を降りると、すでにそこは上等な白い服を着た同年代の子供たちとその家族で溢れていた。護衛により通り道が作られ、殿下と私は賑やかな混雑を横目にスイスイと大聖堂の奥へと歩き進める。子供たちの騒めきが遠くかすかに聞こえる静かな部屋まで案内され、私たちはここで待機している。

「ゴホッ……」

いけない。思っていたより長い距離を歩いたせいか殿下の前で咳き込んでしまう。

1年位前から歩いたり体を動かすと息苦しさを感じ、咳き込むようになってしまった。

アハト殿下とのお茶会中に咳きが止まらなくなってしまった日、殿下は王族専属医を手配してくれた。その診断結果は”気持ちの問題”。診断結果を聞いた殿下には、ただの甘えだったのかと失望されてしまった。お茶会の途中で咳こむ私を見たアハト殿下が、珍しく表情を崩し心配してくれたことに、不謹慎にも喜びを感じたことが悪かったのかもしれない。

それ以降、殿下の前では咳き込まないようにと息を止め我慢するようになったのだ。

「ゴホッ……」

マナー教師の夫人からも、咳は行儀が悪いから我慢するようにと強く注意されている。なるべく咳が出ないようにと必死に我慢するが、我慢できるのなら最初から咳き込んだりしない。

必死に咳を我慢していると、待機時間を持て余していたせいか、珍しく殿下から声がかかった。

「優秀な王族専属医師があなたのその咳はただの気持ちの問題だと診断した。私は幼い頃ベッドから出れないほど病弱だった。呼吸は常に苦しく、水を飲むために少し動くだけでも咳が出て辛かったのを覚えている。幸いにして病は治りこうして普通に生活できるようになったが、あの頃の苦しさを思い出すと、あなたのその咳は本当に病気で苦しんでいる者を馬鹿にされているように感じる」
「申し訳ございませんっゴホッ」

謝りながらも私は必死に咳を我慢するが、我慢すればするほど咳き込みそうになるという悪循環に陥ってしまう。この咳が気持ちの問題だと言うのなら、必死に咳を我慢しているこの気持ちに準じて治って欲しい。
せっかくアハト殿下から声をかけてもらえたのに。情けなくて、悔しくて、滲んでくる涙も必死に我慢する。そんな気まずい空気の中、初聖水拝領の時間になったと声がかかり私たちは主祭壇へ移動した。

その時、アハト殿下がプレッシャーと緊張で震える手を必死に握り占めていたことに、咳と涙を必死に我慢していた私は気づくことはなかった。

崇高な雰囲気の白い壁に天井の高い主祭壇の中央には美しい女神像が置かれている。この女神像の前で1人ずつ聖水を飲み祈りを捧げるのだ。

国で一番大きいこの大聖堂での初聖水拝領は伯爵以上の高位貴族の子息と令嬢しかいない。高位貴族でも自領の教会へ行く者もいるために全員ではないが、ざっと見ても40~50人ほどはいるだろう。
最後から二番目が私、一番最後にアハト殿下が行う事だけ決まっていて、残りは受付順だ。私と殿下は公務として観覧している陛下と王妃様の近くの席で同じく観覧して順番を待つ。

初聖水拝領が始まり、大きさや輝きがそれぞれ違う魔力の光を眺める。伯爵家以上ということで、魔力の光は小さい人でもメロン程の大きさがあり、侯爵家や公爵家の子息令嬢の中には女神像の半分以上の大きさの人もいた。

私と殿下を除いた最後の1人はリューリ様だった。2年ぶりに見るリューリ様は、艶やかな赤い髪に深い海のような濃い碧眼で、ここにいる令嬢の中で誰よりも華やかで美しい。

そんなリューリ様でも、強張った表情から緊張しているのだと見て取れる。私のお父様が事故で亡くなった事で運良く男爵令嬢から侯爵令嬢となったリューリ様。リューリ様が今後、”元”男爵令嬢と軽んじられるか、侯爵令嬢と認められるかは、この初聖水拝領の光の大きさにかかっているのだ。

「す、すごい…」

リューリ様が出した光は主祭壇にある女神像より大きく、その周りをキラキラと沢山の細かい光が囲い幻想的に輝いている。その異質さはアハト殿下が動揺して言葉を漏らすほど。大きさもだけれど、眩しいほどにキラキラと輝く周囲の細かい光が出たのはリューリ様だけだ。リューリ様の美しさと大聖堂の趣と相まって神聖な雰囲気に圧倒される。

「さすが私の娘だ!」

興奮した伯父様がリューリ様に駆け寄ってリューリ様を抱き上げ笑い、周囲は美しい父娘の抱擁にため息を漏らす。

「あの輝き、アイリスの時と同じだな」

そう王妃様に声を掛ける陛下の声が聞こえた。アイリスとは王妃様の名前。新興伯爵家の令嬢で婚約者候補の圏外にいた王妃様は、初聖水拝領の時に陛下よりも大きくそして細かい輝きを纏う美しい光を出し、その光を見て感動した陛下に一目惚れされ、魔力量の多さも後押しして即座に婚約が決まったというのは有名な話だ。

アハト殿下を見ると、楽しみにしている剣術の稽古の前の時のような瞳でリューリ様を見ていた。緊張でガチガチに張り詰めていた殿下の強張りを、リューリ様の幻想的な光が解したようだ。

その後アハト殿下は、歴代王と同じく女神像より大きい光を出し、陛下と王妃様と3人で笑いあっていた。

そして、私の光はメロン程の大きさしかなかった。お父様もお母様も魔力量が多かったと聞いていたので自分も魔力量が多いだろうと、そう思い込んでいた分打ちひしがれる。現実はいつも私に厳しいということを、愚かな私は忘れていたのだ。

「ゴホッ……」

咳が止まらない。
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