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第十八章 純然たる想いと勇気を秘める心
運命は歯車ではない
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「馬鹿を言え……落ち着け、みんな! 乗せられるな! アグリスから出ていけば殺されるぞ。拷問されるぞ! わかっているのか!? こいつらには兵もいないんだぞ? そんな連中がどうやって俺たちを守ってくれる! こんな狂った連中の口車に乗るなよ!」
彼の言葉を受けて、代表はエクアに問いかける。
「アグリスと事を構え、凌げる方法はあるのですか?」
「あります。ここでお話するわけにはいきませんが、我が領主ケント=ハドリーは決して、負け戦などしないお方です。勝算がなければ、動かない方」
もちろん、エクアはケントの考えなど知らない。
だが、信頼という絆で結ばれた彼女に、疑いなど微塵もない。
ケントは勝ちの道筋をすでに見出している。
ならば、その道を信じ歩むのみ!
代表は、絶対的な恐怖の象徴であるアグリスをも飲み込む絶大な自信に触れた。
それはこの街に住む者にはない力。
彼の心に信頼という思いが熱く滾る。エクアへの信頼。そして、その後ろに立つケント=ハドリーへ。
それでも、それでもっ、中年の男は声を上げる。
すると、あちらこちらから声が飛び始めた。
「馬鹿かよ、兵のいない連中に何がっ」
「兵がいないなら、俺たちが兵士になればいいじゃねぇか?」
「はっ、何を言ってんだ? 俺たちが戦えるわけないだろ」
「何を言ってんだはこっちのセリフだぜ。俺たちはエクアさんの言うとおり、生きていない。死んでいた。だからいまさら死ぬのなんて怖くないね」
「バカやろう、そんなわけ」
「そんなわけあるさ。はは、死んでるのに死ぬのを恐れていたんだ。馬鹿な生き方をしていたなぁ」
「馬鹿でも、生きていられるだろ!」
「そうだな、生きていられる……子どもたちが泣き叫ぶ毎日を見つめてな」
「うっ」
「もう、そんなのごめんだ。ようやく、目の前に希望ができたってのに、その希望を握り締めなくてどうすんだ?」
「希望……そんなものあるわけが、あるわけが……俺たちは、カリス。忌避されし存在……」
中年の男は絶望を知っている。深く心に刻んでいる。
だから、希望が見えない。絶望という名の闇に閉ざされ、希望の光を見つけることができない。
だけど、エクアは……。
「違います。あなたは忌避されし存在じゃない。私たちと同じ、人間」
「……おな、じ?」
「誰かを愛し、誰かを守り、誰かを育む。ごく当たり前のことを許された、人間なんです」
エクアは男の前に立って、手を差し伸ばす。
彼女の淡い緑の瞳には嘘も偽りも奸計もない。
どこまでも純白で清廉な思いが宿っている。
その瞳を前に、ついに中年の男は、がくりと膝をつく。
そして、心の奥に沈んでいた思いを吐露する。
「あんたは、いい人だっ。それはわかってる! 自信もあるんだろうよ。でも、でもよっ、う、ううう、こえ~よ。おれはこえぇんだよ。アグリスが。親父とお袋を八つ裂きしたアグリスがっ。復讐も憎しみも抱けねぇくらいにこえぇんだよ!」
「私も怖いですよ」
「……え?」
「でもね」
エクアは震えの止まらぬ男の手を両手で包み、強く握り締め微笑んだ。
「こうやって、手を繋ぎ合えば怖くない。一緒に歩めば怖くない。私たちは一人で生きているわけじゃない。支え合って生きているんですもの。だから、私があなたを支えます。あなたは私を支えてください。お願いします」
手からは熱が伝わる。言葉に宿る暖かさは心に浸透する。微笑みによって闇が浄化される。
男はエクアの手を握り締める。
エクアの手よりも遥かに大きな傷だらけの手で、勇気ある小さな手を包む。
そして、しゃくり声を上げながら、無言で何度も頭を縦に振って涙を流し続けていた。
――集会所・外・深夜
裏切り者が、恐怖に束縛されている五百人のカリスを説得してトーワへ連れていく。
絶対に不可能と思われた作戦を、一人の少女が心にある勇気を伝え、カリスたちを奮い立たせた。
カリスたちはトーワへと繋がる門へ移動するため、なるべく目立たぬ道を選び、向かう。
彼らに荷物などない。彼らには財を持つことが許されていない。
これは不幸なことでありながら、これから行う逃走劇に適していた。
彼らは僅かな食料をかき集め、エクアの指示に従って門へ向かう準備をしている。
親父は小さな少女が起こした奇跡を目の当たりにして、忌まわしき歯車の焼き印を左手で包み込んだ。
「運命は変わらず回り続ける。ルヒネ派の教えはそうだった。だが、どうだ。嬢ちゃんは運命を自らの意思で切り開いた。すげぇ子だ。ってのに俺は……」
命を捨てる覚悟で挑んだ説得。
そうであったはずなのに、彼の言葉はほとんど意味を成していなかった。
これは、エクアがいたからこそ起きた奇跡。
「このままで終わるわけにはいかねぇ。エクアの嬢ちゃんを利用した俺が助けられるだけで終わるなんてっ」
親父は命を捨てる場を求めて、覚悟を決める。
親父の決意に……彼が声を掛けた。
「ギウギウ」
「え、ギウか。どうして?」
門の確保は終えたのだろうか。ギウがカリスの居住区に訪れた。
彼はエクアの姿を光のない真っ黒な瞳に納める。
ギウの姿に気づいたカリスが騒ぎ立て始めたが、エクアはそれを安心という名の柔らかなベールに包み、彼らを鎮める。
「大丈夫、私たちの仲間です。ギウさんは魔族を七匹前にして勝っちゃうくらい強い人なんですよ。そんな人が護衛に来てくれたんです」
この言葉にカリスたちの喧騒は別の色に変わる。
彼らは港町アルリナの住人達とは違い、アグリスに住み、そのアグリスはビュール大陸の魔族と日夜戦い続けている。
そのため、カリスたちにも魔族の恐ろしさは身に深く伝わっていた。
絶対恐怖の魔族――それを七匹屠れる存在。
正確に言えば、彼が屠ったのは七匹中五匹。
エクアはわざと七匹と誇張したのだろう。
カリスたちを落ち着かせるために……。
きめ細やかに周囲を見ることのできる少女に、親父にはもはや言葉すらなかった。
「なんて、嬢ちゃんだ」
「ギウギウ」
「ああ、旦那の背中を……いや、旦那以上かもしれねぇ。旦那と違い、エクアの嬢ちゃんの心には闇なんかねぇ。純白な心でカリスたちを動かしちまった」
「ギウッ」
ギウは、門までの最短距離をカリスたちに尋ねているエクアを見つめる。
その視線に親父はギウの本来の目的に気づいた。
「ギウさんよ、本当はエクアの嬢ちゃんを迎えに来たんだろ。俺が失敗した場合を考えて」
「ギウ」
「しょうがねぇ話だ。こいつは絶対無理な話だったからな。そして、嬢ちゃんを回収するついでに、俺の首を……」
「ぎうう」
ギウは身体を左右に振って、手に持っていた魔法石の指輪を見せた。
「こいつは?」
「ギウ、ギウギウ」
「追跡用の魔法石? まさか!?」
「ギウ」
ケントは親父を見捨てる気はなかった。
彼に追跡用の魔法石を持たせて、一度アグリスに差し出し、エクアの放免を嘆願してトーワとアグリスに遺恨を残さないようにする。
その後、こっそりと救出する案を考えていたようだ。
「旦那……」
「ギウ、ギウ」
ギウは頭を垂れるようにうなだれる親父の肩をポンと叩き、カリスたちと合流するよう促す。
「あ、ああ、ありがとうよ、ギウ」
「ギウウ」
気にするなと軽く手を振って、エクアと会話を重ねるカリスのもとへ向かう。
親父も彼の背中を追いかけてエクアのいる場所へと向かった。
――カリスの居住区から門までは土地勘のあるカリスたちに従い人気のない道を選んで進む。
もちろん、いくら深夜とはいえ、五百人もの数。
誰かに気取られる可能性は十分にあった。
だが、彼らには世界一の錬金術師フィナがいる。
彼女が屋敷の会議室で使用した音を遮断する魔法石を使い、彼らの足音や呼吸音を消し去る。
ギウが先頭を警戒し、最後尾を親父が警戒する。
こうして、人々の目を遮り、門を目指す。
彼の言葉を受けて、代表はエクアに問いかける。
「アグリスと事を構え、凌げる方法はあるのですか?」
「あります。ここでお話するわけにはいきませんが、我が領主ケント=ハドリーは決して、負け戦などしないお方です。勝算がなければ、動かない方」
もちろん、エクアはケントの考えなど知らない。
だが、信頼という絆で結ばれた彼女に、疑いなど微塵もない。
ケントは勝ちの道筋をすでに見出している。
ならば、その道を信じ歩むのみ!
代表は、絶対的な恐怖の象徴であるアグリスをも飲み込む絶大な自信に触れた。
それはこの街に住む者にはない力。
彼の心に信頼という思いが熱く滾る。エクアへの信頼。そして、その後ろに立つケント=ハドリーへ。
それでも、それでもっ、中年の男は声を上げる。
すると、あちらこちらから声が飛び始めた。
「馬鹿かよ、兵のいない連中に何がっ」
「兵がいないなら、俺たちが兵士になればいいじゃねぇか?」
「はっ、何を言ってんだ? 俺たちが戦えるわけないだろ」
「何を言ってんだはこっちのセリフだぜ。俺たちはエクアさんの言うとおり、生きていない。死んでいた。だからいまさら死ぬのなんて怖くないね」
「バカやろう、そんなわけ」
「そんなわけあるさ。はは、死んでるのに死ぬのを恐れていたんだ。馬鹿な生き方をしていたなぁ」
「馬鹿でも、生きていられるだろ!」
「そうだな、生きていられる……子どもたちが泣き叫ぶ毎日を見つめてな」
「うっ」
「もう、そんなのごめんだ。ようやく、目の前に希望ができたってのに、その希望を握り締めなくてどうすんだ?」
「希望……そんなものあるわけが、あるわけが……俺たちは、カリス。忌避されし存在……」
中年の男は絶望を知っている。深く心に刻んでいる。
だから、希望が見えない。絶望という名の闇に閉ざされ、希望の光を見つけることができない。
だけど、エクアは……。
「違います。あなたは忌避されし存在じゃない。私たちと同じ、人間」
「……おな、じ?」
「誰かを愛し、誰かを守り、誰かを育む。ごく当たり前のことを許された、人間なんです」
エクアは男の前に立って、手を差し伸ばす。
彼女の淡い緑の瞳には嘘も偽りも奸計もない。
どこまでも純白で清廉な思いが宿っている。
その瞳を前に、ついに中年の男は、がくりと膝をつく。
そして、心の奥に沈んでいた思いを吐露する。
「あんたは、いい人だっ。それはわかってる! 自信もあるんだろうよ。でも、でもよっ、う、ううう、こえ~よ。おれはこえぇんだよ。アグリスが。親父とお袋を八つ裂きしたアグリスがっ。復讐も憎しみも抱けねぇくらいにこえぇんだよ!」
「私も怖いですよ」
「……え?」
「でもね」
エクアは震えの止まらぬ男の手を両手で包み、強く握り締め微笑んだ。
「こうやって、手を繋ぎ合えば怖くない。一緒に歩めば怖くない。私たちは一人で生きているわけじゃない。支え合って生きているんですもの。だから、私があなたを支えます。あなたは私を支えてください。お願いします」
手からは熱が伝わる。言葉に宿る暖かさは心に浸透する。微笑みによって闇が浄化される。
男はエクアの手を握り締める。
エクアの手よりも遥かに大きな傷だらけの手で、勇気ある小さな手を包む。
そして、しゃくり声を上げながら、無言で何度も頭を縦に振って涙を流し続けていた。
――集会所・外・深夜
裏切り者が、恐怖に束縛されている五百人のカリスを説得してトーワへ連れていく。
絶対に不可能と思われた作戦を、一人の少女が心にある勇気を伝え、カリスたちを奮い立たせた。
カリスたちはトーワへと繋がる門へ移動するため、なるべく目立たぬ道を選び、向かう。
彼らに荷物などない。彼らには財を持つことが許されていない。
これは不幸なことでありながら、これから行う逃走劇に適していた。
彼らは僅かな食料をかき集め、エクアの指示に従って門へ向かう準備をしている。
親父は小さな少女が起こした奇跡を目の当たりにして、忌まわしき歯車の焼き印を左手で包み込んだ。
「運命は変わらず回り続ける。ルヒネ派の教えはそうだった。だが、どうだ。嬢ちゃんは運命を自らの意思で切り開いた。すげぇ子だ。ってのに俺は……」
命を捨てる覚悟で挑んだ説得。
そうであったはずなのに、彼の言葉はほとんど意味を成していなかった。
これは、エクアがいたからこそ起きた奇跡。
「このままで終わるわけにはいかねぇ。エクアの嬢ちゃんを利用した俺が助けられるだけで終わるなんてっ」
親父は命を捨てる場を求めて、覚悟を決める。
親父の決意に……彼が声を掛けた。
「ギウギウ」
「え、ギウか。どうして?」
門の確保は終えたのだろうか。ギウがカリスの居住区に訪れた。
彼はエクアの姿を光のない真っ黒な瞳に納める。
ギウの姿に気づいたカリスが騒ぎ立て始めたが、エクアはそれを安心という名の柔らかなベールに包み、彼らを鎮める。
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そのため、カリスたちにも魔族の恐ろしさは身に深く伝わっていた。
絶対恐怖の魔族――それを七匹屠れる存在。
正確に言えば、彼が屠ったのは七匹中五匹。
エクアはわざと七匹と誇張したのだろう。
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「なんて、嬢ちゃんだ」
「ギウギウ」
「ああ、旦那の背中を……いや、旦那以上かもしれねぇ。旦那と違い、エクアの嬢ちゃんの心には闇なんかねぇ。純白な心でカリスたちを動かしちまった」
「ギウッ」
ギウは、門までの最短距離をカリスたちに尋ねているエクアを見つめる。
その視線に親父はギウの本来の目的に気づいた。
「ギウさんよ、本当はエクアの嬢ちゃんを迎えに来たんだろ。俺が失敗した場合を考えて」
「ギウ」
「しょうがねぇ話だ。こいつは絶対無理な話だったからな。そして、嬢ちゃんを回収するついでに、俺の首を……」
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ギウは身体を左右に振って、手に持っていた魔法石の指輪を見せた。
「こいつは?」
「ギウ、ギウギウ」
「追跡用の魔法石? まさか!?」
「ギウ」
ケントは親父を見捨てる気はなかった。
彼に追跡用の魔法石を持たせて、一度アグリスに差し出し、エクアの放免を嘆願してトーワとアグリスに遺恨を残さないようにする。
その後、こっそりと救出する案を考えていたようだ。
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「ギウ、ギウ」
ギウは頭を垂れるようにうなだれる親父の肩をポンと叩き、カリスたちと合流するよう促す。
「あ、ああ、ありがとうよ、ギウ」
「ギウウ」
気にするなと軽く手を振って、エクアと会話を重ねるカリスのもとへ向かう。
親父も彼の背中を追いかけてエクアのいる場所へと向かった。
――カリスの居住区から門までは土地勘のあるカリスたちに従い人気のない道を選んで進む。
もちろん、いくら深夜とはいえ、五百人もの数。
誰かに気取られる可能性は十分にあった。
だが、彼らには世界一の錬金術師フィナがいる。
彼女が屋敷の会議室で使用した音を遮断する魔法石を使い、彼らの足音や呼吸音を消し去る。
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