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15章
ナセルの壁画
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ルシアのアルマ公爵邸への引っ越しは、密やかに行われたわけではなかったが、知っている者はごく僅かだった。ルシアの存在は、それだけ知られていない証左でもあったのだが、国王フェリックスも知らないでいた。執事が報告しない限り、国王がルシアの動向を知ることも無いのが、今の現状であった。
「お前の行動力には驚くばかりだよ。既に公爵邸に移られとは、まさにとんとん拍子だったよな」
「俺も姉上はともかく、義兄上がこうも早く事を運ばれるとは、さすがに思ってなかった。だけど問題はこれからだ」
「どうするの?」
「ここまできたら、真っ向勝負だね。父上に、アルマ公爵令弟との結婚を願う」
「はっ! はーっ、本気か?!」
「勿論本気だ。これは避けて通れない。王族の結婚は陛下の裁可がいる」
確かにそうだ。そうだが、国王は未だルシアがアルマ公爵家の養子になったことも知らない。驚愕する国王に、フランソワは少々同情する。
「陛下も気の毒に、息子に振り回されて……でも、まあ仕方ないね。その時は、俺も王太子側近として控えているよ」
「ああ、お前が控えていてくれると安心だ」
安心なのは、フランソワもだった。側にいなければ、親子の対峙がどうなるか心配でならない。いざとなったら、止めに入らねばならない。何時ぞやの時もだったと、嘆息する。ひょっとしたら一番振り回されているのは、俺かもとフランソワは思う。
かくして、アレクシーはフランソワを従えて、父王に拝謁するため王宮へ向かった。
王太子アレクシーが、拝謁を願っていると聞いた時、国王フェリックスは嫌な予感がした。アレクシーが正式な拝謁などと、今度は何を考えている? と思う。
「なんじゃアレクシー、拝謁などと、かしこまって」
「はっ、今日は父上、陛下にお願いがあって参りました」
「拝謁と言うからにはそうだろうの、なんじゃ?」
「私の結婚のご裁可を頂きたいのです」
王太子アレクシーの結婚は、ここ何年も話題の中心だった。何人もの令嬢が候補に挙がり、噂になった。ある意味国家的関心事であり、国王としてもそうだったが、ルシアを番にして間がない。故に、結婚はもう少し先か? と思ってもいたので、意外に早く決めたなと思う。
「ほうー、そうか、どこの令嬢だ?」
「アルマ公爵家です」
「アルマ公爵? 公爵の妹は既に嫁いでおらんかったか?」
「妹ではなく、弟です」
「はあーっ! 弟!」
どういうことだ? 意味が分からん! 男を妃? しかも公爵に弟などいたか? その時フェリックスの脳裏に一人の人の姿が浮かぶ。でも、まさか……。
「アルマ公爵の令弟、ルシアとの結婚のご裁可を頂きたいのです。どうか、お聞き届け下さい」
やはり、ルシア!
「どういう事だ? 説明せよ」
「はい、私はルシアと正式に結婚し、王太子妃にしたいのです。そのため、姉上と義兄上に願い、ルシアをアルマ公爵家の養子にしていただきました。アルマ公爵家なら、王太子妃の実家として遜色ありません」
「馬鹿者! ルシアはオメガだ! オメガが妃になった例はない! 男が妃になった例も無い!」
「全ての前例の最初は、前例無き事例でした。私は、ルシアをこの国最初のオメガの妃にしたいのです。父上もルシアの魅力はご存じでしょう。ルシアには妃になれるだけの魅力があります」
「馬鹿者! それとこれとは別の話じゃ! これは国の伝統の話じゃ。とにかく許さん! 下がれ!」
「しかし、父上!」
「下がれ! 下がれと言ったら下がるのじゃ」
なおも言い募ろうとしたアレクシーを、フランソワが止めた。これ以上国王の怒りをかったらまずい。アレクシーは、フランソワに、引きずられるようにして拝謁の間を出て、王太子宮に戻った。
「少しは落ち着いたか?」
こんな事は、いったい何度目だ? と思いながらフランソワは問う。
「ああ、すまない大丈夫だ」
「で、どうするんだい? さすがに陛下の反対は分かってただろう?」
そう、分かっていた。すんなりと承諾されるなど甘い考えは、はなから無かった。だから当然その先は考えていた。アレクシーには切り札があった。
「勿論考えている」と言ったアレクシーの顔は得意気な表情だ。自信満々といった感じだ。
「お前、切り札があるって顔だな。でも以前のお前の切り札は見事玉砕したよな」
「お前、俺の古傷を容赦なく抉るよな。でも今度は大丈夫。ナセルの預言だ」
「ナセルの預言? あの壁画のか?」
「そう、あの壁画の意味が解けたんだよ」
ナセルの神殿とは、この国の建国前から存在した。ナセルの神々が建国し、王家はその子孫と信じられていた。そして、神殿には様々な壁画が残され、それは全て未来への預言とされていた。神官が読み取ったそれを神殿で神にお伺いを立てる。そして神からの承認を得たものが、正しい壁画の解釈、預言とされ国民に告げられた。それはこの国の人にとって拠り所となるものだった。
しかし、その壁画の中に解釈の分かれるものがあった。なぜか? 国王王妃が描かれて国が繁栄している様が描かれているのだが、その王妃は明らかに男性だった。なぜ王妃の位置に男性が? それが長年の論争だった。
「お前の行動力には驚くばかりだよ。既に公爵邸に移られとは、まさにとんとん拍子だったよな」
「俺も姉上はともかく、義兄上がこうも早く事を運ばれるとは、さすがに思ってなかった。だけど問題はこれからだ」
「どうするの?」
「ここまできたら、真っ向勝負だね。父上に、アルマ公爵令弟との結婚を願う」
「はっ! はーっ、本気か?!」
「勿論本気だ。これは避けて通れない。王族の結婚は陛下の裁可がいる」
確かにそうだ。そうだが、国王は未だルシアがアルマ公爵家の養子になったことも知らない。驚愕する国王に、フランソワは少々同情する。
「陛下も気の毒に、息子に振り回されて……でも、まあ仕方ないね。その時は、俺も王太子側近として控えているよ」
「ああ、お前が控えていてくれると安心だ」
安心なのは、フランソワもだった。側にいなければ、親子の対峙がどうなるか心配でならない。いざとなったら、止めに入らねばならない。何時ぞやの時もだったと、嘆息する。ひょっとしたら一番振り回されているのは、俺かもとフランソワは思う。
かくして、アレクシーはフランソワを従えて、父王に拝謁するため王宮へ向かった。
王太子アレクシーが、拝謁を願っていると聞いた時、国王フェリックスは嫌な予感がした。アレクシーが正式な拝謁などと、今度は何を考えている? と思う。
「なんじゃアレクシー、拝謁などと、かしこまって」
「はっ、今日は父上、陛下にお願いがあって参りました」
「拝謁と言うからにはそうだろうの、なんじゃ?」
「私の結婚のご裁可を頂きたいのです」
王太子アレクシーの結婚は、ここ何年も話題の中心だった。何人もの令嬢が候補に挙がり、噂になった。ある意味国家的関心事であり、国王としてもそうだったが、ルシアを番にして間がない。故に、結婚はもう少し先か? と思ってもいたので、意外に早く決めたなと思う。
「ほうー、そうか、どこの令嬢だ?」
「アルマ公爵家です」
「アルマ公爵? 公爵の妹は既に嫁いでおらんかったか?」
「妹ではなく、弟です」
「はあーっ! 弟!」
どういうことだ? 意味が分からん! 男を妃? しかも公爵に弟などいたか? その時フェリックスの脳裏に一人の人の姿が浮かぶ。でも、まさか……。
「アルマ公爵の令弟、ルシアとの結婚のご裁可を頂きたいのです。どうか、お聞き届け下さい」
やはり、ルシア!
「どういう事だ? 説明せよ」
「はい、私はルシアと正式に結婚し、王太子妃にしたいのです。そのため、姉上と義兄上に願い、ルシアをアルマ公爵家の養子にしていただきました。アルマ公爵家なら、王太子妃の実家として遜色ありません」
「馬鹿者! ルシアはオメガだ! オメガが妃になった例はない! 男が妃になった例も無い!」
「全ての前例の最初は、前例無き事例でした。私は、ルシアをこの国最初のオメガの妃にしたいのです。父上もルシアの魅力はご存じでしょう。ルシアには妃になれるだけの魅力があります」
「馬鹿者! それとこれとは別の話じゃ! これは国の伝統の話じゃ。とにかく許さん! 下がれ!」
「しかし、父上!」
「下がれ! 下がれと言ったら下がるのじゃ」
なおも言い募ろうとしたアレクシーを、フランソワが止めた。これ以上国王の怒りをかったらまずい。アレクシーは、フランソワに、引きずられるようにして拝謁の間を出て、王太子宮に戻った。
「少しは落ち着いたか?」
こんな事は、いったい何度目だ? と思いながらフランソワは問う。
「ああ、すまない大丈夫だ」
「で、どうするんだい? さすがに陛下の反対は分かってただろう?」
そう、分かっていた。すんなりと承諾されるなど甘い考えは、はなから無かった。だから当然その先は考えていた。アレクシーには切り札があった。
「勿論考えている」と言ったアレクシーの顔は得意気な表情だ。自信満々といった感じだ。
「お前、切り札があるって顔だな。でも以前のお前の切り札は見事玉砕したよな」
「お前、俺の古傷を容赦なく抉るよな。でも今度は大丈夫。ナセルの預言だ」
「ナセルの預言? あの壁画のか?」
「そう、あの壁画の意味が解けたんだよ」
ナセルの神殿とは、この国の建国前から存在した。ナセルの神々が建国し、王家はその子孫と信じられていた。そして、神殿には様々な壁画が残され、それは全て未来への預言とされていた。神官が読み取ったそれを神殿で神にお伺いを立てる。そして神からの承認を得たものが、正しい壁画の解釈、預言とされ国民に告げられた。それはこの国の人にとって拠り所となるものだった。
しかし、その壁画の中に解釈の分かれるものがあった。なぜか? 国王王妃が描かれて国が繁栄している様が描かれているのだが、その王妃は明らかに男性だった。なぜ王妃の位置に男性が? それが長年の論争だった。
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