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2章 手術
①
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蒼の虚弱体質には理由があった。心臓に疾患を持っていたからだ。母の病弱も同じ疾患で、母からの遺伝体質といえる。
蒼は、北畠総合病院へ定期的に受診していた。蒼の主治医は小児科医の北畠雪哉《きたばたけゆきや》。院長子息で心臓外科医長の北畠高久《きたばたけたかひさ》の夫。男オメガだった。蒼はその事実を知った時、大変驚いた。オメガでも医師になれるのだ。医師の社会的な地位は高い。
雪哉は、中性的な雰囲気の優しい人なので、ひょっとしてオメガ? とは思っていたが、結婚していて子供もいて、しかも相手はアルファでエリート中のエリート。番であるだけでなく、配偶者として遇されている。
蒼は、雪哉に対して深い憧憬を持った。オメガとして、これほど素晴らしいことはないと思った。母も多分、雪哉のような生き方に憧れ、それを蒼にも望んだと思った。
蒼は中学三年生になっていた。
今日は一月に一度の受診日だった。蒼は、雪哉に会える受診日が楽しみだった。
「蒼君、来年は高校生だよね。やっぱり、今のうちに手術したほうがいいと思うんだよね。今の状態だとかなり生活に支障があるだろ?」
その通りだった。体育の授業も、見学が多かった。母も同じで、だから病弱だった。
「そうですね……でも……」
「……お父さん反対なの?」
その通りだった。手術になると、入院が必要になり、経済的負担がある。蒼の母もそれが理由で手術していなかった。西園寺晃一の番になってからは、晃一もそれぐらいの金は出せたが、今度は手術に耐える体力がなかった。体力が低下する前に手術しなければならない。その意味でも、蒼は今のうちにした方がいいと、雪哉は考えていた。雪哉は、主治医として、蒼の母の事情も、大体は知っていた。
北畠雪哉は、今でこそ独り立ちの小児科医、夫は病院の次期跡取り。いわゆるエリート夫夫。しかし、オメガのため様々な苦労を味わった。
生家は、代々医者の家系で、雪哉以外皆アルファ。一人だけオメガの雪哉は、外れ者だった。大学もオメガには必要ないと言われたのを、何とか頼み込んで進学した。学費は渋々出してもらえたが、その他は自分で工面した。
その雪哉から見ても、蒼は可哀想だと思う。未だ中学生の子供が、一人孤独に耐えていると、雪哉は思っている。通院はいつも一人で、父親は一度も来ない。蒼に尋ねることの答えで、それは事実だろうと思っている。
蒼は、優しい子で、かなり勉強も出来ると、雪哉は見ていた。何とか、この子に手を差し伸べたい。それには、先ずは手術だと雪哉は思う。手術をしたら、体はかなり丈夫になる。無論オメガの特性としての、ひ弱な体質は変わらないが、元気にはなる。出産にも耐えられる体になる。おそらく今のままなら、蒼の体は出産には耐えられない。蒼の母の衰弱と早すぎる死も、結局それが原因だったろうと思うのだ。
加えて、雪哉は二人目の子供を妊娠中だった。それに伴い、産休と育休に入り、その間は他の医師に、蒼のことを託さねばならない。自分がいるうちに手術まで見届けたい。そして安心した状態で出産を迎えたいとの思いもあった。
「蒼君、僕からお父さんにお話してもいいかなあ? 先生妊娠中だから、できたら産休の前に君の手術を済ませたいんだ」
蒼は、どうしようか迷った。父に話して、父が雪哉に失礼な態度をとらないかと。でも、優しく微笑みながら、蒼の手を握り頷く雪哉に自然と頷き返していた。
「じゃあ、僕から話すから……蒼君は何も心配しなくて大丈夫だよ」
そう優しく言う雪哉の手は温かい。蒼は母の温もりを思い出した。
北畠雪哉は、病院の自室で蒼の父晃一と面談した。最初は、忙しいからと突っぱねた晃一だったが、それなら自分が西園寺家まで出向くという雪哉に折れた形だった。本当に押しかける勢いだったので、その方が厄介だと、自分の方が出向いたのだった。
「蒼はオメガですよ。オメガが虚弱なのは当然のこと。それが今更手術など、必要ですか」
晃一は、さも面倒くさい表情で言う。最初から、渋々来たのが丸わかりの態度だ。
「オメガは小柄で虚弱体質が多いのは事実でしょう。でも、蒼君はそれだけではない。ご存じのとおり、彼は心臓に疾患があります。そのため、一般のオメガ以上に病弱です。それを、手術で改善できるのです。おそらく、今のままなら彼は、大人になっても出産も出来ない。手術には体力がいります。小さい子供でも無理ですが、今くらいの年頃が一番いいのです」
「あれに出産など、はなから考えていませんよ。下手なことになって家の対面を傷つけられても困る。高校までは通わせますが、その後はひっそり暮らすのが一番いいと思っています」
余りの言葉に、雪哉は愕然とする。オメガへの偏見に満ちている。あれほど優しく、優秀な蒼を押し込めるつもりか! 怒りもわいてくる。
「手術しなければ、今の体力を維持するのも段々と難しくなります。少しずつ弱って、ある日こと切れるように亡くなる。それがこの疾患の特徴です。失礼ですが、蒼君のお母様もそうだったのでは? お母様には蒼君がいた。でも、もしこのまま蒼君がそうなれば、気付く人はいますか?」
晃一には、痛いところをつかれた。離れ屋に蒼の様子を見に行くことはない。本宅の家政婦が、週に二度掃除と洗濯の世話に行き、食事も置いていく。つまり、もし蒼が春斗のような亡くなり方をしたら、二、三日気付かれない事も在り得るのだ。さすがに、それは避けたい。
晃一は、手術を了承した。父としての愛情より、西園寺家の対面を考えてことではあったが、雪哉にはそれでも良かった。手術さえすれば、その後の蒼のことはその時に考えればいい。先ずは手術だ、そう思った。
蒼は、北畠総合病院へ定期的に受診していた。蒼の主治医は小児科医の北畠雪哉《きたばたけゆきや》。院長子息で心臓外科医長の北畠高久《きたばたけたかひさ》の夫。男オメガだった。蒼はその事実を知った時、大変驚いた。オメガでも医師になれるのだ。医師の社会的な地位は高い。
雪哉は、中性的な雰囲気の優しい人なので、ひょっとしてオメガ? とは思っていたが、結婚していて子供もいて、しかも相手はアルファでエリート中のエリート。番であるだけでなく、配偶者として遇されている。
蒼は、雪哉に対して深い憧憬を持った。オメガとして、これほど素晴らしいことはないと思った。母も多分、雪哉のような生き方に憧れ、それを蒼にも望んだと思った。
蒼は中学三年生になっていた。
今日は一月に一度の受診日だった。蒼は、雪哉に会える受診日が楽しみだった。
「蒼君、来年は高校生だよね。やっぱり、今のうちに手術したほうがいいと思うんだよね。今の状態だとかなり生活に支障があるだろ?」
その通りだった。体育の授業も、見学が多かった。母も同じで、だから病弱だった。
「そうですね……でも……」
「……お父さん反対なの?」
その通りだった。手術になると、入院が必要になり、経済的負担がある。蒼の母もそれが理由で手術していなかった。西園寺晃一の番になってからは、晃一もそれぐらいの金は出せたが、今度は手術に耐える体力がなかった。体力が低下する前に手術しなければならない。その意味でも、蒼は今のうちにした方がいいと、雪哉は考えていた。雪哉は、主治医として、蒼の母の事情も、大体は知っていた。
北畠雪哉は、今でこそ独り立ちの小児科医、夫は病院の次期跡取り。いわゆるエリート夫夫。しかし、オメガのため様々な苦労を味わった。
生家は、代々医者の家系で、雪哉以外皆アルファ。一人だけオメガの雪哉は、外れ者だった。大学もオメガには必要ないと言われたのを、何とか頼み込んで進学した。学費は渋々出してもらえたが、その他は自分で工面した。
その雪哉から見ても、蒼は可哀想だと思う。未だ中学生の子供が、一人孤独に耐えていると、雪哉は思っている。通院はいつも一人で、父親は一度も来ない。蒼に尋ねることの答えで、それは事実だろうと思っている。
蒼は、優しい子で、かなり勉強も出来ると、雪哉は見ていた。何とか、この子に手を差し伸べたい。それには、先ずは手術だと雪哉は思う。手術をしたら、体はかなり丈夫になる。無論オメガの特性としての、ひ弱な体質は変わらないが、元気にはなる。出産にも耐えられる体になる。おそらく今のままなら、蒼の体は出産には耐えられない。蒼の母の衰弱と早すぎる死も、結局それが原因だったろうと思うのだ。
加えて、雪哉は二人目の子供を妊娠中だった。それに伴い、産休と育休に入り、その間は他の医師に、蒼のことを託さねばならない。自分がいるうちに手術まで見届けたい。そして安心した状態で出産を迎えたいとの思いもあった。
「蒼君、僕からお父さんにお話してもいいかなあ? 先生妊娠中だから、できたら産休の前に君の手術を済ませたいんだ」
蒼は、どうしようか迷った。父に話して、父が雪哉に失礼な態度をとらないかと。でも、優しく微笑みながら、蒼の手を握り頷く雪哉に自然と頷き返していた。
「じゃあ、僕から話すから……蒼君は何も心配しなくて大丈夫だよ」
そう優しく言う雪哉の手は温かい。蒼は母の温もりを思い出した。
北畠雪哉は、病院の自室で蒼の父晃一と面談した。最初は、忙しいからと突っぱねた晃一だったが、それなら自分が西園寺家まで出向くという雪哉に折れた形だった。本当に押しかける勢いだったので、その方が厄介だと、自分の方が出向いたのだった。
「蒼はオメガですよ。オメガが虚弱なのは当然のこと。それが今更手術など、必要ですか」
晃一は、さも面倒くさい表情で言う。最初から、渋々来たのが丸わかりの態度だ。
「オメガは小柄で虚弱体質が多いのは事実でしょう。でも、蒼君はそれだけではない。ご存じのとおり、彼は心臓に疾患があります。そのため、一般のオメガ以上に病弱です。それを、手術で改善できるのです。おそらく、今のままなら彼は、大人になっても出産も出来ない。手術には体力がいります。小さい子供でも無理ですが、今くらいの年頃が一番いいのです」
「あれに出産など、はなから考えていませんよ。下手なことになって家の対面を傷つけられても困る。高校までは通わせますが、その後はひっそり暮らすのが一番いいと思っています」
余りの言葉に、雪哉は愕然とする。オメガへの偏見に満ちている。あれほど優しく、優秀な蒼を押し込めるつもりか! 怒りもわいてくる。
「手術しなければ、今の体力を維持するのも段々と難しくなります。少しずつ弱って、ある日こと切れるように亡くなる。それがこの疾患の特徴です。失礼ですが、蒼君のお母様もそうだったのでは? お母様には蒼君がいた。でも、もしこのまま蒼君がそうなれば、気付く人はいますか?」
晃一には、痛いところをつかれた。離れ屋に蒼の様子を見に行くことはない。本宅の家政婦が、週に二度掃除と洗濯の世話に行き、食事も置いていく。つまり、もし蒼が春斗のような亡くなり方をしたら、二、三日気付かれない事も在り得るのだ。さすがに、それは避けたい。
晃一は、手術を了承した。父としての愛情より、西園寺家の対面を考えてことではあったが、雪哉にはそれでも良かった。手術さえすれば、その後の蒼のことはその時に考えればいい。先ずは手術だ、そう思った。
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