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2章 手術
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「蒼君、お父さんの許可いただけたから、手術しようね。日程だけど、二月はどうかな?」
「僕は大丈夫です。高校へは内部進学だから、二月はテストも無いですから」
「そうだよね。そしたら、三月の卒業式と、勿論四月の入学式にも間に合うからね。それと、これは僕の都合だけど、三月末から産休へ入る予定なんだ。その前に、蒼君の手術を見届けられる」
「雪哉先生、大分お腹大きくなっていますね。こんな大変な時にすみません」
「何言ってるの、妊娠、お産は病気じゃないよ。それに手術は僕がするんじゃないからね」
心臓疾患のため、執刀は心臓外科医である、雪哉の夫高久がすることに決まっていた。蒼の手術は高度な技術が必要で難しかった。ハーバード大学で最新技術を学んだ高久こそ最適と、雪哉が、夫に直々頼んでいた。高久自身雪哉に頼まれるまでもなく、蒼の手術は自分が執刀して、助けてやりたかった。将来有望な少年を救ってやりたいという、医師としての純粋な思いであった。
二人が話していると、診察室へ高久が入ってきた。
「あっ、あなた来て下さったんですね」
「ああ、私の患者さんにもなるから、顔を見たいと思ってね」
蒼は、慌てて立ち上がった。高久は大きい人だ。父さんより大きいと思った。
「あっ、あの……初めましてこんにちは。西園寺蒼です」
「ああ、そのまま座っていいよ。私が北畠高久、雪哉の夫で心臓外科医だ。君の手術は絶対に成功する。だから安心していていいからね」
そう言って、微笑みながら高久は、蒼の頭を撫でた。母はよく撫でてくれたが、父からされたことはない。大きいけど、威圧感の無い優しい人だと思った。そして、その手は温かかった。
二月に入り手術の二日前に、蒼は入院した。誰の付き添いも無く、一人での来院だった。
こんな時まで、父親は来ないのかと、雪哉は怒りを覚える。しかし、詮無いことに怒っても仕方ないと、自分で自分の怒りを抑えた。
母が亡くなって以来いつも一人の蒼。当然通院もそうだったから、慣れてはいた。しかし今日は、さすがに緊張していた。
雪哉は、蒼の緊張を即座に見抜いた。まだ十五歳、やっと中学卒業。まだまだ親の愛が恋しい年頃なのに。思わず背中から抱きしめると、蒼の体は細くて頼りなげだ。可哀そうにと、憐憫の情と、庇護欲が沸き上がる。
「ゆ、雪哉先生……」
「心配しなくて大丈夫。僕が付いているからね。それに執刀は高久先生、自慢じゃないけど高久先生の腕は確かだ。絶対に成功する」
「はい、ありがとうございます。僕も信じています」
僕が付いていると言った通り、雪哉は病室まで付いて来てかいがいしく世話を焼いた。産休を一月後に控えて、雪哉の担当患者は全て引継ぎを終えて、残っているのは蒼だけだった。
蒼は、雪哉の気遣いがとてつもなく嬉しい。執刀は心臓外科医のエースとも言われる高久先生。だから、心配はしていない。だけど、正直怖いし心細い。側に雪哉がいてくれるだけで安心できる。
「雪哉先生ありがとうございます。でも、体大丈夫ですか?」
「そうだね、ちょっと休憩しようか」
そう言って、部屋のソファーに腰かけた時、ノックの音がして担当看護師の林田が入って来た。
「あっ、ちゃんと横になってますね。雪哉先生もお疲れじゃないですか? ふふっ、おやつを持ってきました」
と言って、お菓子とジュースを、じゃーんっという感じで出す。
「えっ! おやつがあるの!」
「えっ! おやつ出るんですか!」
二人がびっくりする。
「今日は特別です。私からの差し入れです。さあ、どうぞ」
「それは嬉しいね。林田さん気が利くなあ、蒼君遠慮なくいただこう」
「はい、ありがとうございます。いただきます」
ジュースとお菓子、病院の売店で売っているありふれた物だが、蒼には嬉しくて、そして美味しかった。母が健在の頃は時折、二人でおやつを食べることもあった。しかし、亡くなってからは、おやつを食べることは無くなった。食事は、週二回補充があるが、お菓子などはない。余分なお金を持たされていない蒼は、自分で買うことも出来なかった。
林田は、嬉しそうに食べる蒼に、持ってきて良かったと思った。入院に一人で来た蒼に驚いたのだ。そんな子供は今まで経験ない。皆、両親や中にはおじいちゃんおばあちゃんまで付いてきた。それでも子供は不安なものだ。それが一人ぼっちなんて……。
それで、売店までお菓子を買いに行った。これ好きかなあ、食べてくれるといいなあと思いながら買って来たのだった。
幸い、蒼の疾患は食事に制限はない。個室のため、他の子供への配慮も必要なかった。
この時、蒼が余りに嬉しそうにしたので、林田は蒼が退院するまで、度々お菓子を差し入れるようになる。しかも、次からは売店でなく、外で美味しいと評判のお菓子を買ってくるのだ。
実は、林田だけではなかった。蒼のはかなげな風情。そして、恥ずかし気で控えめな微笑みに、胸を撃ち抜かれる看護師が続出した。蒼は、看護師の庇護欲と母性を刺激した。勿論本人にその自覚は皆無だったのだが。
何かと理由を付けて、差し入れやら、世話を焼きに来る看護師の行動を、雪哉は気付いていた。行き過ぎたら注意せねばと思っているが、今のところ皆節度は守っているので黙認している。むしろ、こんな時でも一人ぼっちの蒼にはいいことだろうとの思いもあった。
「僕は大丈夫です。高校へは内部進学だから、二月はテストも無いですから」
「そうだよね。そしたら、三月の卒業式と、勿論四月の入学式にも間に合うからね。それと、これは僕の都合だけど、三月末から産休へ入る予定なんだ。その前に、蒼君の手術を見届けられる」
「雪哉先生、大分お腹大きくなっていますね。こんな大変な時にすみません」
「何言ってるの、妊娠、お産は病気じゃないよ。それに手術は僕がするんじゃないからね」
心臓疾患のため、執刀は心臓外科医である、雪哉の夫高久がすることに決まっていた。蒼の手術は高度な技術が必要で難しかった。ハーバード大学で最新技術を学んだ高久こそ最適と、雪哉が、夫に直々頼んでいた。高久自身雪哉に頼まれるまでもなく、蒼の手術は自分が執刀して、助けてやりたかった。将来有望な少年を救ってやりたいという、医師としての純粋な思いであった。
二人が話していると、診察室へ高久が入ってきた。
「あっ、あなた来て下さったんですね」
「ああ、私の患者さんにもなるから、顔を見たいと思ってね」
蒼は、慌てて立ち上がった。高久は大きい人だ。父さんより大きいと思った。
「あっ、あの……初めましてこんにちは。西園寺蒼です」
「ああ、そのまま座っていいよ。私が北畠高久、雪哉の夫で心臓外科医だ。君の手術は絶対に成功する。だから安心していていいからね」
そう言って、微笑みながら高久は、蒼の頭を撫でた。母はよく撫でてくれたが、父からされたことはない。大きいけど、威圧感の無い優しい人だと思った。そして、その手は温かかった。
二月に入り手術の二日前に、蒼は入院した。誰の付き添いも無く、一人での来院だった。
こんな時まで、父親は来ないのかと、雪哉は怒りを覚える。しかし、詮無いことに怒っても仕方ないと、自分で自分の怒りを抑えた。
母が亡くなって以来いつも一人の蒼。当然通院もそうだったから、慣れてはいた。しかし今日は、さすがに緊張していた。
雪哉は、蒼の緊張を即座に見抜いた。まだ十五歳、やっと中学卒業。まだまだ親の愛が恋しい年頃なのに。思わず背中から抱きしめると、蒼の体は細くて頼りなげだ。可哀そうにと、憐憫の情と、庇護欲が沸き上がる。
「ゆ、雪哉先生……」
「心配しなくて大丈夫。僕が付いているからね。それに執刀は高久先生、自慢じゃないけど高久先生の腕は確かだ。絶対に成功する」
「はい、ありがとうございます。僕も信じています」
僕が付いていると言った通り、雪哉は病室まで付いて来てかいがいしく世話を焼いた。産休を一月後に控えて、雪哉の担当患者は全て引継ぎを終えて、残っているのは蒼だけだった。
蒼は、雪哉の気遣いがとてつもなく嬉しい。執刀は心臓外科医のエースとも言われる高久先生。だから、心配はしていない。だけど、正直怖いし心細い。側に雪哉がいてくれるだけで安心できる。
「雪哉先生ありがとうございます。でも、体大丈夫ですか?」
「そうだね、ちょっと休憩しようか」
そう言って、部屋のソファーに腰かけた時、ノックの音がして担当看護師の林田が入って来た。
「あっ、ちゃんと横になってますね。雪哉先生もお疲れじゃないですか? ふふっ、おやつを持ってきました」
と言って、お菓子とジュースを、じゃーんっという感じで出す。
「えっ! おやつがあるの!」
「えっ! おやつ出るんですか!」
二人がびっくりする。
「今日は特別です。私からの差し入れです。さあ、どうぞ」
「それは嬉しいね。林田さん気が利くなあ、蒼君遠慮なくいただこう」
「はい、ありがとうございます。いただきます」
ジュースとお菓子、病院の売店で売っているありふれた物だが、蒼には嬉しくて、そして美味しかった。母が健在の頃は時折、二人でおやつを食べることもあった。しかし、亡くなってからは、おやつを食べることは無くなった。食事は、週二回補充があるが、お菓子などはない。余分なお金を持たされていない蒼は、自分で買うことも出来なかった。
林田は、嬉しそうに食べる蒼に、持ってきて良かったと思った。入院に一人で来た蒼に驚いたのだ。そんな子供は今まで経験ない。皆、両親や中にはおじいちゃんおばあちゃんまで付いてきた。それでも子供は不安なものだ。それが一人ぼっちなんて……。
それで、売店までお菓子を買いに行った。これ好きかなあ、食べてくれるといいなあと思いながら買って来たのだった。
幸い、蒼の疾患は食事に制限はない。個室のため、他の子供への配慮も必要なかった。
この時、蒼が余りに嬉しそうにしたので、林田は蒼が退院するまで、度々お菓子を差し入れるようになる。しかも、次からは売店でなく、外で美味しいと評判のお菓子を買ってくるのだ。
実は、林田だけではなかった。蒼のはかなげな風情。そして、恥ずかし気で控えめな微笑みに、胸を撃ち抜かれる看護師が続出した。蒼は、看護師の庇護欲と母性を刺激した。勿論本人にその自覚は皆無だったのだが。
何かと理由を付けて、差し入れやら、世話を焼きに来る看護師の行動を、雪哉は気付いていた。行き過ぎたら注意せねばと思っているが、今のところ皆節度は守っているので黙認している。むしろ、こんな時でも一人ぼっちの蒼にはいいことだろうとの思いもあった。
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